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conscience

my diary

「頭でっかち」の国日本の亡国への道

2021年05月11日 | 日記
 戦後、進学率が高くなり、現在では、国民の60%以上が大学に進学すると言われているが、このコロナ禍での特に政治家・官僚・医療関係者などの右往左往ぶりを見ると、「頭でっかち」ばかりになってしまって、柔軟で機動的な行動が出来ない国の将来が案じられて仕方がない。
 ワクチンの接種にしてもそうだ。ワクチンがあるなら、しかも、感染を抑える為に出来るだけ多くの国民に早期に接種しなければならないなら、この際、公平だとか、法規制がどうなっているとかの議論はすっ飛ばかせて、出来るところから片っ端からワクチンを打っていけば良いのに、やれ、医療関係者が先だとか、その次は高齢者と持病のある人だとか、小賢しい事を考えてばかりで、一向に早くしようとしない。それでも、少なくとも、ガース首相が7月末までに全高齢者にと言っているのなら、何も自衛隊にまで頼らなくとも、そこらの町医者や整形美容医から薬剤師、獣医師まで少しでも医学知識のある者を片っ端から動員すべきだし、問診票なども、一々、それを医者が見てチェックする必要はないのではなかろうか。もっとも、どうしても不安だという人が医者に相談するのは妨げないし、もし、重い副反応が出た場合は、国によって補償するということで良いのではなかろうか。
 公平と私権の尊重、前例踏襲・横並び主義が、今の日本の妨げとなっていて、例えば、検疫なども、どうして、入国者を一定期間隔離出来ないのだろうか。それを可能とする法律が無いのであれば、国会開会中でもあり、速攻で作れば良かろう。人の善意に頼るということは、一見して正しいようで、根本的に間違っている。むしろ、法律や倫理を破っても自己利益を図りたいという欲望が万人にある。戦後の食糧難の時代に闇米を買うことを嫌って栄養失調死した裁判官のような人は、むしろ、稀ではなかろうか。
 令和の時代になって、より明確となってきたことは、役人や教師のように、綺麗事ばかりの空ごとを言って、自ら突出することを嫌い、お上への忖度を繰り返し、挙句の果てに責任を取らないという、そういった論理の危険性であり、特にガース首相の政府が、上から下までそれを体現していることでもある。
 コロナ禍のピークも、季節的な要因もあり、既に過ぎている可能性もあるが、しかし、その先は、感染者は高止まりの状態で推移することも予想される。そうだとしても、国民が感染の不安を抱え、失業者や生活困窮者も増加している中で、スポーツエリートの祭典であるオリンピックを開催しても良いのだろうか。もし、IOCが、それで莫大な賠償を要求してくるようなら、日本は、自国の主権の元、断固として拒否すれば良いのではなかろうか。開催国民の健康や安全を無視するようなオリンピックなら、こちらから願い下げにしても良いのではなかろうか。
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