尾身会長が「この状況で何のために大会をやるのか、目的が明らかになっていない」などと懸念を表明したことに丸川大臣は「まったく別の地平から見てきた言葉をそのまま言っても、なかなか通じづらいというのは私の実感」とコメントしたと報道されたことがあるが、 オリンピック開催の意義については別にして、現在のコロナ禍に対する見方も、現在に至るまで、人によって異なっており分かりにくいことこの上ない。そこで、私なりに整理してみようと思う。
そもそも、新型コロナウイルスに対する評価について
① 単なる風邪の一種に過ぎない。日本では、年間140万人近くの人が亡くなるし、インフルエンザで最も流行した年には、年間1万5千人以上の人が亡くなっている。コロナ禍については、騒ぎ過ぎで、マスコミや反政府派が大衆を煽っているに過ぎない。オリンピックの無観客開催など愚策だ。日本にはファクターXがあり、マスクをしていれば容易に感染しない。感染しても大半の人が軽度で済む。飲食店をこれ以上いじめるのもいい加減にしろ。
② コロナ禍では、海外で何百万人も亡くなっている国もある。変異株では、ファクターXは通用せず、若い年齢層でも重症化する例も多く、感染者の2割近くが後遺症を訴えている。既に、ゆるゆるの検疫などで、バブルでの開催が不可能になっているので、オリンピックは即刻中止すべきであり、また、感染対策が十分でない飲食店には営業させるべきではない。オリンピックを契機に感染爆発が起こり、医療崩壊が生じた場合、政治家はどう責任を取るのか。
等の極端に異なる意見があるが、私は、オリンピックについては、菅首相が勝手に国際公約をしてしまった以上は、やれるのなら、感染を広げないという前提でやっても良いのではないかと思っているが、かといって、この新型コロナウイルスは、何の対策も取らなければ、単なる風邪程度のもので収まることではないと思う。例えば、コロナウイルスの流出元と言われる中国では、未だに徹底的な予防措置を取っており、数人の陽性確認者が出ただけでも、都市封鎖も辞さないような強い対応をしており、これは、中国共産党政権特有のものからくるものだけではなく、サーズなどの流行を経験した中国政府が、コロナウイルスの危険性を正確に認識しているものから来ているものと考えられる。例えワクチン接種が進んだとしても、後、数年は、マスクや手洗い、換気の徹底などの対策はすべきで、ここで、経済を優先する余りに、感染対策を疎かにすべきではないと思う。
さて、別の地平で云々と、五輪担当相が述べたという件については、確かに、尾身会長と五輪担当相の立場の違いがあり、彼女は、そのことを言っているのだろうが、尾身会長の問いかけを、国民の命を犠牲にしてまでやるオリンピックの意義とは何かということと解釈した場合、『なかなか通じづらい』と切って捨てるのではなく、担当相である以上、『感染対策を万全にしているので感染爆発という事態は想像しにくい。それと、4年に1度のスポーツの祭典は、全世界の半数以上の人々が楽しみにしている。』などの丁寧な説明が必要であったのではなかろうか。勿論、五輪相に過ぎないので、感染対策が徹底しているかどうかの知識も無かったのかもしれないが、本当に五輪の成功を思うのなら、縦割り行政を乗り越えて、検疫体制と選手団や関係者の行動自粛の徹底などを関係部局や組織委員会に執拗に申し入れて、その上で上記のような回答をすれば、国民の一定の理解も得られたかもしれないが、彼女は、自分の担当している業務の範囲から一歩も出ようとせず、単に、上から目線で、国民や専門家の抱いている危惧を切って捨てたと見られても仕方がないと思う。
このコロナ禍は、図らずしも、上級国民と言われる特権階層と、飲食店関係者なども含む一般国民との間の意識の差というものを浮き彫りにしたと言える。都道府県知事や国会議員の力量や考え方も、コロナ対策の過程でなんとなく見えてきつつある。五輪開催都市の首長なのに、肝心な時に病気を口実に巧妙に逃げた知事に対して、それでも支持している都民がいるように、この国民に対してこの程度の政治家なんだろうが、日本国民よ、しっかりしろと言いたい。
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