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conscience

my diary

女性蔑視の流れ

2025年08月20日 | 日記
 我が国では、太平洋戦争に無残な敗北をした後、米軍を中心とする占領軍に国土を占領され、その時代、各地に米軍を対象にした慰安所が設けられた。そして、当時の内務省通達により、各県の警察が民間業者と協力して、その開設や運営に務めていたのは公然とした事実であり、そこでは、戦争未亡人や、被災して生活苦に陥った未婚の女性が集められ、売春行為を行っていた。今でも、我が国政府は、朝鮮半島などにおける従軍慰安婦の存在を隠したがっているが、終戦後に米軍対象の慰安所が設けられた経緯から推察すると、戦時中の従軍慰安婦についても、当時の官警が民間業者と協力して慰安婦を募集していたと見るのは妥当だろう。最も、その慰安婦という名で売春行為をしていたのは、朝鮮半島出身者だけではなく、むしろ、日本内地の女性も多く含まれてはいた。
 このように、女性の人権が無視されてきたのは、我が国だけでは無いが、我が国が再び独立を回復し、売春禁止法が制定されて売春が違法行為とされるようになっても、依然として、ソープとか、デリヘルとか、援助交際とかの名前での売春行為や、或いは、出会い系サイトなどを悪用して女性に性加害を加えるなどの事件が跡を絶たない。その他にも、職場・家庭・その他の社会活動の場において、女性が蔑視され、差別されてきたことも事実である。単に、女性議員の数や、企業などで幹部となる女性の数が男性に比べて少ないというだけではない。例えば、フジテレビにおいて、幹部の指示によって有名タレントなどとの会食の席に女性アナウンサーが動員され、接待させられていたのも、その一つの例であろう。中居問題では、性被害を受けた女性アナウンサーについて、一人で有名タレント宅に行ったのが悪いとか言い、彼女が後で中居とメールのやり取りをしていたことを持って、単なる男女間の交際のもつれだと強弁してやまない元知事の弁護士がいたり、知識人気取りの人物がいたりする。
 そもそも、全ての男は、精液が、ある程度体内に溜まると放出したいという欲求が生じる動物的本能がある。しかし、法律に違反してはならないという教育を受け、道徳心や人に対する優しさを持った通常の男性は、性欲を抑えたり、自分で適切な処理を行うことによってそれに対処している。明らかに立場の弱い女性に対して、他の関係者も来るからと誘いをかけ、直前で大雨であることを口実に自宅マンションに来るようにと、断れない立場の女性を誘い込み、挙句の果てに性加害を加えるなど、良識のある初老の有名タレントのやることでは無い。ところが、その女性が、被害によるトラウマの苦しさを訴えていても、有名タレントについて、その事実が明るみに出たことによって失った利益の方が大きいとして、彼を擁護している者が複数いること自体、女性蔑視の風潮が我が国に根強く残っていると感じさせられる。そういう人達は、被害女性に二次加害を加えているだけではなく、自分が古い世代の考えに染まった男性で、中居の行為が正しいと世間に頑固に主張しているのだと自覚する必要があるだろう。
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何か不安さを感じる近未来について

2025年08月17日 | 日記
 お盆も終わったというのに、真夏日超えどころか、猛暑日にもなりかねない日々が続いている。日本近海の海水温も依然として下がっておらず、今後の台風の襲来や大雨も懸念される。ここ数年、不足気味で価格が高止まりしていた米ついても、猛暑の影響や九州地方での大雨の影響もあり、秋になるまでは、我々消費者が適切な価格で手に入れられるかどうかは分からない。お盆の墓参りのついでに、田舎の道の駅に立ち寄ってみたが、例年であれば新米が並んでいた売り場には、24年産の、それも他の地方産の米しか置いてなかった。その周辺の田圃には、今頃であれば既に収穫が終わっていても良いはずなのに、未だに、青々とした稲が残っていた。何か異常さを感じた。

 トランプ・プーチンのウクライナ戦争をめぐる米露会談は、予想通り不調に終わった。プーチンは、占領下のウクライナ領土を占有することに対する要求を取り下げるつもりはなく、もし、そのような妥協をすれば、自らの大統領としての地位を追われるだけではなく、自らの身の安全すら危ういことを承知しており、北朝鮮の軍事支援に益々依存し、経済的には、中国による水面下での支援に頼って、自らの生命の続く限り、この戦争を続けるつもりだろう。一方、ウクライナ側にしても、将来の自国の安全が担保されること無しに、領土を放棄することでの休戦には応じないだろう。したがって、トランプ大統領の目論んたウクライナ戦争でのディールは、今の段階で不可能であり、この戦争が、まだまだ続き、ウクライナを支援している西側諸国においても経済的に疲弊していくことになるかもしれない。
 
 それにも関わらず、我が国の株価については、このところ、理由が良く分からない値上がりが続いている。あえて理由を考えれば、不動産バブルが崩壊した中国へ向かっていた投資資金が日本の株式市場に流入している可能性もあるし、トランプ課税で、米国市場に不安感を持った投資家が、資金の一部を日本市場に回している可能性もある。折から、日米金利差もあって円安が進んでおり、短期資金が日本市場に流入しているのだろう。しかし、我が国の低い経済成長率からして、このようなバブルにも似た株価高は、やがて修正されていくことになるだろう。その切っ掛けが、石破首相の早期退陣に関する政争であってもおかしくは無いと考えている。参議院選の時に、野党が唱えていた消費税減税などは、赤字国債発行を前提としている以上、円安傾向を促進する可能性が大きい。財務省悪者諭もあるが、財務省の企みは、これ以上の赤字国債の増加懸念での減税反対というよりも、インフレを促進して、結果として赤字国債の財政に対する割合を低減させることにあるのかもしれない。しかし、キャリアの上級公務員やセレブの世襲議員達には理解出来ていないかもわからないが、日本の相対的貧困率は2021年段階で15.7%とOECD加盟国の中で7位と高く、近年、益々貧困世帯が増加している。貧困世帯が増えると、教育格差や虐待リスクなどの将来的な社会的損失に繋がり、外国からの移民の増加もあって、治安の悪化も懸念されている。
 このような社会情勢は、主として、地方の中間層や富裕層に支持されてきた自民党の支持基盤を揺るがし、ネット社会になるにつれ、ネットを使ったアジテートに巧みな保守新党などの支持率の増加を招くことになった。このような社会・経済状況を打開するには、消費減税よりも、むしろ、富裕層への金融・所得課税を増加することが理にかなっているが、富裕層に厚い支持基盤を持つ自民党には、それに踏み切ることは出来まい。また、野党にしても、一見して国民受けする公約を並べているが、果たして、我が国の財政実態を正確に把握して、少子高齢化が進む中での、将来的な経済成長に向けた政策を打ち出しているとは言えない。安倍政権がそうであったように、赤字国債に頼り、金をばら撒いて、政府の財政基盤を益々悪化させることは適切では無い。公明党は嫌がるだろうが、寺社などの宗教法人への課税強化なども検討されるべきだろうし、新聞社への優遇税制も見直されるべきだろう。自衛隊を除く国家公務員の給与も減額すべきだし、国・地方を問わず議員定数や歳費の削減にも取り組むべきだろう。それくらいの身を切る改革をしてこそ、国民の理解も得られるというものだと考える。

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戦没者追悼式での「反省」への言及が、何故いけないのか?

2025年08月16日 | 日記
 戦後80年目の戦没者追悼式の首相式辞で、首相が「反省」の文言を盛り込んで「あの戦争の反省と教訓を改めて深く胸に刻まねばならない。」と述べたことについて、自民党旧安倍派などの保守派の中から反発の声が挙がっているそうだ。私は、最近、NHKなどの太平洋戦争などを取りあげたドキュメント番組を見ていて、当時の我が国の指導者は、米国との間に大きな国力差があることが判っていたはずなのに、何故、無謀な対米戦争に踏み切ったのかということが十分に納得出来なかったし、ミッドウェー海戦等で多数の空母などが沈められ、また、米軍の潜水艦による攻撃で多数の輸送船が沈められるなど、1943年段階でも、我が国がどうやっても勝てないという事実が明らかであったのに、本気で講和に取り組むこともなく、それどころか、従来にもまして、無謀な作戦を行って、一般の兵士や多数の民間人まで犠牲にして、最終的に一億総玉砕まで叫ぶようになったのかも分からない。そして、そのことも含めて、戦没者追悼式で首相が「反省」という言葉を使うことは当然ではないかと考えている。
 そもそも、明治以降の我が国の歴史において、軍隊を含む官僚組織の指導者の間で、自らの失敗を潔く認めることなく、むしろ、組織を挙げてかばうような傾向があったと思われる例が数多く存在するようだ。例えば、盧溝橋事件の糸口を作った、無能で知られていた牟田口司令官に、インパール作戦という、結果として数十万人の日本兵を無駄死させた作戦の指揮権を与え、多数の部下は飢え死にしたり、病死したりしたのに、彼は、戦後も生き延びて戦争犯罪人として訴追されることも無かった。このような、例え失敗しても幹部が処罰されることのない体質は、安倍一強体制の中で発生した森友学園事件でも見られ、不当に廉売された森友学園敷地問題で、籠池氏と親しかった元首相夫人の名前が出ることを怖れた当時の財務省の佐川理財局長は、近畿財務局に公文書改ざんを命じ、それを苦にした真面目な性格の近畿財務局職員が精神を病んで自死してしまっても、佐川氏は、なお、国税庁長官にまで出世した。これなどは、未だに、ある程度まで出世したキャリア官僚であれば、多少の失敗をしても、組織として、かばい建てするという風潮が残っていることを示している。
 元安倍派の議員達は、保守派として、このような我が国の歴史を歪めて来た悪い風潮を維持し、多数の国民の苦しみも無視しても構わないという意味で、戦没者追悼式で首相が「反省」という言葉を使うことが許せないというのだろうか。近隣諸国が、戦後80年経過しても、戦後生まれが多数になった我が国民に、なお、反省と謝罪を求めることに反発する気持ちは私にもあるが、それとは別に、戦前・戦中の我が国の指導者層が、弱口を言えば右翼に攻撃されることを怖れて口を噤み、結果として多数の国民を死に追いやり、国土を焼け野が原にして、生き残った国民にも途端の苦しみを与えたという責任があることを忘れてはいけないとも考える。
 国の政策を歪める過剰な忖度や、自らの失敗を最後まで認めないというキャリア官僚達の悪弊は、我が国を悲惨な敗戦に導いてきたし、今でも、その残滓は残っているのではないか。例えば、元キャリア官僚であった兵庫県の斎藤知事の振る舞いや、鹿児島県警前本部長の不祥事隠しなどにも、キャリア官僚全体を覆う、このような傾向が色濃く窺えるように思えてならない。失敗は失敗として潔く認め、自らその責任を取るという、常識を上に立つ人達には持ってもらいたい。ノブレス・オブリージュとは、高い社会的地位には義務が伴うことを意味するフランス語 であるが、我が国の政治家や官僚達にそれを求めても無駄なんだろうか。

 SNS時代になり、昭和・平成時代に、上に立つ幹部には物を言えないという悪い風潮があったが、数々の不祥事隠しを官僚や政治家達がしていることが、我々国民にも見えて来るようになってきた。
 石破氏の政権運営については、欠点も多いが、それだからと言って、安倍闇金議員達や、財務官僚を筆頭にしたキャリア官僚達の策略通りになり、単に衆・参議院選挙で自民党が敗北したといっても、それだけで石破首相を辞めさせても良いとは思わない。石破氏が辞めるなら、今の議員達も総辞職をして、改めて国民の審判を受けるべきだろう。
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万博の緊急対策のお粗末さ

2025年08月14日 | 日記
 今回の万博は、その後にIRの開設を目論んでいて、その為に大阪メトロ中央線などを整備したという感じがしている。しかし、大地震などこなくても、台風が直撃しなくても、電気系統の故障であれ、事故であれ、会場への人の移動の主要動脈となっている電車が止まった場合、大勢の帰宅困難者が出ることは予め予想出来たはずであっただろう。大会運営委員会は寄せ集めの組織であり、予てから、その無責任体制について問題が指摘されていたが、今回の事でも、それが明らかになった。夜になっても暑くて湿度の高い中、会場内で野宿したり、来ない電車を待って行列を作った帰宅困難者のうちの複数の人が熱中症で倒れたりしたのも頷けることであった。非常時に備えた体制や、帰宅困難者への別の交通手段を用意してなかったのは大いに問題があっただろう。
 最近、とみにトリッキーな言動を増している元大阪府知事などが、安倍氏と会食している時に出したアイデアが元で、万博やIRの開設が決まったと聞く、吉村知事が謝罪のコメントを出していたが、むしろ、問題の源を作って、一早く、政界から引退してしまった元大阪府知事の責任はどうなんだろうか。これだから、維新の支持率は落ちているのだろう。
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昭和の時代から続く悪弊について考えた。

2025年08月11日 | 日記
 今日から徳島市の阿波踊りが開幕するという。阿波踊りについては、地元占有率№1の徳島新聞は、毎年この時期になると、紙面上に同じような記事を出すのが恒例だが、年々暑くなる気候と、人混みに入る煩わしさで、地元に住んでいても、わざわざ見に行こうという気分が無くなりつつある。確かに、今の阿波踊りには、様式美があり、見せるショーとしての体裁は整っている連が多いが、昔のような誰でも踊れる阿波踊りというような素朴さが見られなくなっている。このままでは、少子高齢化による人口減少もあって、近い将来、阿波踊りという徳島県唯一の観光イベントが維持できないという事態も予見される。大暑が過ぎたとはいえ、夜も蒸し暑さを伴っている気候なので、阿波踊りを見物に行くには、暑さ対策が必須だろう。また、マスクをしない人が増えてきたが、暑さで免疫が弱っている人も多いので、コロナ等の感染には、依然として十分な注意も必要だろう。

 メイプル超合金のカズレーザーと、二階堂ふみさんの入籍発表のニュースには、久しぶりに驚いた。両人とも個性が強く、カズレーザーはバイセクシャルで過去に交際した人が複数いたことを公表しているし、二階堂ふみさんも、際どいセックスシーンなどがある映画に出演するなどしても、個性と演技力で魅力を見せつけて人気となってきた俳優である。その両人については、お互いの個性が、ぶつかり合うこともあるだろう。しかし、お互いに自立した大人であり、お互いに何も隠し立てしない所で、お互いに魅力を感じて結婚ということになったのだろう。余計なお世話だろうが、単なる恋愛関係でくっついたような世間一般の夫婦よりも、世間的なものからは一線を引いた所から互いを好きになったという点で、これから注目したい夫婦の一組ではある。

 広陵高校野球部の二回戦出場辞退にも驚いた。部員の暴力事件を過大に取り上げて、生徒の個人情報や虚実様々な情報を流して止まないSNSのせいにする向きもあるが、戦前の軍隊生活の残滓のような、全体責任などを強制するよううな寮生活を伴うクラブ活動があり、全国的な春・夏の高校野球が、一部の新聞社やテレビ局などの金儲けの手段となっていて、強豪校について、PL学園などで起こったことの反省もなく、教育活動の延長とはとても呼べないようなスポーツエリート養成手段になっていることに対する世間からの反発も多いと思われる。今回の事案も、暴力事案の発覚後も、一部の加害生徒について、形式的な処分をしただけで済ませ、その一方で、被害生徒は転校を余儀なくされたとも報じられていることに対しての世間の反発が、SNS上での情報の拡散という形となっているのではなかろうか。学校側は、保護者から強い抗議が無ければ、何も確認出来なかったなどと穏便に済ませて、甲子園に向けて野球部を送り出したのだろうが、別の事案として「監督などからも暴力があったのでは」との情報が拡散されるにつけ、二回戦辞退ということを止む負えず決断したのだろう。教育という観点を勘違いした勝利第一主義が、この問題の根幹にあるのではという問題提起については、SNSの時代で無ければ、学校当局や高野連は取り上げようとすらしないかったであろう。(いや、今もしてないか。)
 学校におけるクラブ活動が、地域のスポーツ活動に委任されようとする時代となっても、高校野球だけが、マスコミの金儲けの手段となり、プロ野球ドラフトへの選手の供給源となっている矛盾は、早急に検討されるべきだろう。
 人格教育が伴わない、学校における勝利第一主義のスポーツクラブ活動は、前時代的で、むしろ有害でもあるという自覚をスポーツをしている関係者は持つべきだろう。

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