何かの成果を上げる気なんて毛頭無い。
まれに成果らしきものを上げることもあれど、殆どの時間は合法的サボタージュに終始していた。
『出来ない理由』ばかりを語りたがる人間が何て多いんだろう?と思った。
コレが怖れてた多数派の正体なのか?
こいつ等は人がやった後、余程安全が保証された事にしか手を付けない。
『演って見せる』こと、そして『動かし難い結果』を彼等の目の前に置くこと。
それしかないな?と思った。そして現実にそうやった。
中間多数派にかまけてる暇はない。心底そう感じた。
総じて世間は僕達の成果を褒めたし彼等からのオベンチャラも一杯聞いた。
しかし僕の腹の底には取り除けない『シコリ』見たいなモノが何時もあった。
『何となく感じる不安』だった。
Sの雰囲気がそうさせていた。
しかしそこに踏み込む事を僕は何故か?躊躇った。衣料品の世界に引き摺り込まれて十年の時が過ぎようとしていた……。
SもYも二十万円男に共通するのは『大人の女にからきし通用しない点』だった。
今から思えば人格の疑似成長なのだから当然といえば当然だった。
そういった点ではSもまた小学生から築いてきた『疑似の人格』を生きていた。
平均的な女はSに頗る好意的な反応を示したが彼はそれを現実の中で請けて立つ度量がなかった。
それは何もセックスして遊ぶっていうんじゃなくそれを自分の為に役立てるという事だけど。大人の女が示す好意を現実に落とし込む事がどうしても出来ないのである。
相手がどんな女であれ結局は志願して下僕になり下がるのだった。
何時だったか?……お前さんの女に対する訴求力は凄いなぁ?と言った時、彼はアイツ等は日頃は自分にイイ顔するけれど、いざ事が深刻となれば自分には相談しない。誰もが貴方に相談する?
そんな事を不満一杯に口にした事があった……。
Yが辞めて飲食店の運営は疎かになった。
一重に金額の大小故だった。夢だロマンだと言えないカネの過不足の波状攻撃がそうさせた。
仕方なくアパレルメーカーの提案を実行した。
彼はレストランの中に『築いていた彼の王国』を失ったのが面白くなかった。
アルバイトの女子高校生、女子大生に囲まれて過す彼の至福の時間は失われた……。
現実に押し寄せてくるカネの問題によって彼のメンタルの耐性は既に破綻が始まっていた……。
汚れるに任せ乱れ散乱している商品の数々?といった風情の彼の営業車を片付けている時……数社のサラ金の明細書を見付けた……。
全く働かず店で過すだけの彼の妻にそこそこの金額を支給していたから……サラ金には用がない筈だった……。
ゴミ屋敷にして家事をやらない妻のせい?
乱脈な金銭感覚の妻?彼はそこに言い訳のネタを見付けそれだけにフォーカシングして喋った。
それもSをギャンブルに走らせた一つの要因かも知れなかったけれど……。
彼は『自分の絶望の正当化』だけに一生懸命だった。
僕はそのストーリーを丸々信じた訳じゃなかった。信じたかったのである。
会社のカネを借用し隠れてパチンコ屋に通う為に彼は色々な理由を付けて全て自己正当化のエクスキューズにした。
サラ金がバレた後も彼は平然と嘘を駆使してバレるまで執拗に誤魔化しを貫いた。
彼のギャンブル依存は当時、既に深刻な領域に踏み込んでいた。
それまで僕は彼に経理を委ねていたというお目出度い感覚だった。
後から思えば当然なるべくしてなった事態だった。
会社を立て直す?そんなの彼はもう一ミリも信じてはいなかった。ただパチンコ屋に通う為には頗る都合の良い環境だっただけだった。
疑似成長した人格は困難にとても脆弱な性質がある。何時の間にか本来の目的などは消え失せその『ストレスから逃れる事だけが目的化』してしまう。
依存症を長引かせる原因は周辺の人間、『共依存者』の存在がある。
彼の兄、僕の家族、彼と僕の共通の友人、この三者がその役目を果たした。
彼は稀代の人たらしだった。
しかし、進化する彼のギャンブル依存症は僕を残して共通の友人も彼の兄も共依存の役割から逃れていった。
僕はカネとか?将来設計なんかより、Sを元いた場所に連れ戻すことだけが日々を過ごす為の目的になってしまった。
Sのギャンブル依存症は取引先の知るところとなりSを切れ!という要求は避けられないものとなっていった。
その頃には彼の実際は平気で商品を盗み、換金してはパチンコ屋へという日々となっていた。
発覚するまで架空伝票を提出する。
世間の常識として、アパレルの重役達は口を揃えていった。
そこまで育てた事業を君はどう考えている?僕に対する正直な疑問だっただろう。
誰もが事業を重大視したけれど……有り体に言えば僕はそんなの本当にどうでも良かった。
Yが押し付けた負債額の何倍もの穴をSが空けた事を僕は飲み込めなかったんだと思う。
何で?Sや僕がこんな目に合わなきゃならない?という思い。それが僕を飛んでもなく頑なにさせていた。
下手に企画を当ててはカネを生み出す『僕の本気』は余計に彼のギャンブル依存症を悪化させただけだった。
彼の盗む金額を全額僕と妻の年収で買い取る?というおバカな経理をそれから十五年を超えて僕は続けたのである。
僕達夫婦の合算年収は二千万円を超え、所得税、社会保障費は天文学的に増えていった……。