サンチョパンサの憂鬱

私なりに……

そう言われても……私は『私なりに精一杯やってる積もりです!』……とまあこういう風に使用する。

そんな精一杯要りませんがな!……遊んでても良いから、それ位の常識的なレベルはこなしてよ?……とまあ、大抵そんな会話の運びになる。

何処まで行っても『私基準』の自己満人間なのである。
業務に大変な支障来しているのに……ご本人はと来れば、これ以上まだ要求するのか?的な居直りを画策する。
そんな時に用いられる呪文だ……。

男はマザコン、女は母親が父親を支配している?そんな育ちの人間に顕著に見られるという特徴がある。

こんな人を僕は『天動説型人間』と名付けている。テコでも自分は変えない、動かない。
周りの世の中を……全て自己都合の目線で見ているからである。

地動説型人間は世の中の定理に従って動きつつそれによって『自分の折々の風景』を表現する。世の摂理、人の道理、他者の思考は変わらないし変える事は出来ないことを承知している人である。

地動説型人間は『変えることが出来ないモノ』が在ることを熟知しているからこそ『変えることが出来るモノ』……即ち自分をドンドン変革していける。それが地動説型人間なのである。

人によって加減乗除は変えられないテーマに対して『私なりに……』なんて論外である。
誰であろうと『私であろうが……』ソコ外さないでね!という世の決まりに何時も喧嘩を売ってる天動説型人間なのである。

知らないという事は世のルールを破壊する時……最高の凶器となる。そして、本人にとっては最悪の恥を掻いているだけの話です。

『出来ない人の気持ちを分かる』のが何か素晴らしい事の様に喧伝される(特にガッコで)けれど、事と次第によるのである。

誰であっても皆が『演らなきゃ始まらない事とレベル』を度外視してその人を看過すれば『演りたい放題』そのものになるのである。

こんな輩の行状と、演る事以上の事をこなしてる『出来る人の成果を棄損してること』は表裏一体のワンセットとなる。
何かにつけてアマチュアリズムの曖昧に流れ
『まあまあのレベル』が醸成される。

それが世界で戦うには『ウリがない』人、モノが多数派となる元凶でありこの国の『中流の没落』と『優秀なプロフェッショナルの流出』を引き起こしているのだと思う。

『私なりに……の天動説型人間』は、一重に薄気味悪く『無知の無知』の極みである。自分で自分の尊厳をドブに捨てる行為なのだと教えて差し上げたいけれど……彼等、彼女等はひたすらにそれを『知りたくない人達』なのでその術はない……。
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