お互いの事情が行き違ってくると『何?アイツ……信じてたのに』なぁ~んて言葉を吐いてしまう?
自分が『信じていた?』のか『自分勝手な目算を用意してただけなのか?』……ソコんとこに思い至る様になれれば感性も大人になったってことなんだと思う。
♬〜♬ 海援隊『贈る言葉』の一節
人を信じて 傷つくほうがいい
求めないで 優しさなんか
臆病者の 言いわけだから……♬
『信じていたのに……』と呟く人……。
『お互いの心理事情のベクトルが変化した?』と考える人……。
この両者のメンタルには大人と子供の違いがある。
以前、『天動説の人』、『地動説の人』の例えで書いたけど……。
天動説派の人は、自分の価値観、思考法を『絶対』として設定して、世の中の動きを観てしまう。
メンタルが熟成を果たしてない人はよく『信じていたのに…』を呟く。
ま、それがかつての僕だった……。
そんな人が『自分は信じてたんじゃなく、目論んでいただけ』だったと気付く時、天は唯一絶対の法則として変わってはくれないのか?……。
変えられるのは自分だけだと気付き自分を動かし始める(地動説への転換)のである。
『求めないで優しさなんか』、『臆病者のいいわけだから…』という一節に、『自分の適正な客観的認識』が表現されている。
武田鉄矢も随分と悩んだんだろうなぁ?きっと。
♬……はじめて愛した あなたのために
飾りもつけずに 贈る言葉
これから始まる 暮らしの中で
だれかがあなたを 愛するでしょう
だけど 私ほど あなたの事を
深く愛した ヤツはいない……♬
これから始まる 暮らしの中で
だれかがあなたを 愛するでしょう
だけど 私ほど あなたの事を
深く愛した ヤツはいない……♬
これが、こと男女間の経緯となれば、他の事情の様に客観的に自分を観れなくなっちまうのは人の欲望の中で最も大きなウエイトを持っているからかも知れない。
彼は言う。
『私ほどあなたのことを愛したやつは他にいない』……と。
男と女の間で、如何に尽くそうと愛そうと事の経過と結果には何も比例関係は起きないのである。
時には『鬱陶しい』とか?『重たい?』なぁ~んて運びにさえなりかねない。
男女の事情は仕事の様に『利の軽重』で動いたりしないのである。
迷惑千万な振る舞いをする男が、ある女にとっては『仕方ない人ね?』なぁ~んて心に深く訴求したりもする。
正に天の配剤が決めるその組み合わせの『相性』の前では、作為的努力なんて何の力も発揮できないのである。
天動説から抜けきれない幼稚な男達、女達……。
天動説から抜けきれない幼稚な男達、女達……。
独り善がりで『僕が君を守る?』なぁ~んて頼まれもしない手助けを申し出る歌が世間には溢れてる。
TickTokkを見てると、ホストクラブに出掛け推しの応援に血道を上げる女達も多くいる。
『これだけおカネ払ってきたのに?』、『アフターしてくれないの?』なぁ~んて
『投資効果として男の愛を買える』と信じて疑わない醜悪な姿……。
店内に氷や水をぶち撒けて荒れる若い女の姿は観るものを哀しくさせる。
『これだけおカネを払ってきた』から男はその女の利用価値をカネで計算するようになるのである……。
ましてや相手が『恩を着せてきたら?』ソロソロ潮時かな?って心の中で計算が始まる……。
『愛し愛される関係』には相手が必要である。自分がどれだけ愛そうとこちらに対する相手の『愛のスタンス』は相手の100%の専権事項なのである。
見返りを求めるなら相手に踏み込まないことである。自分を守りたいならね。
頻発するストーカー事件の根っこにはこの『天動説人間』の『私ほど尽くした奴はいない』というお門違いの欲求がある。
『努力に見返り』を求める者は結果として何も得るものはない。
『努力したいからする者』だけが『自分はやれるだけの事をした……』という『自分に対する納得』を手に入れるのである。
男女の間の関係性もかくありたいと思う。
カネをこれだけ払ったのだから?付き合え!と迫る自分を……あなたはそんな自分を愛せますか?ってことだろうと思う。