「海外トップ大学への進学の潮流について、「グローバル化が進む中での自然な流れ」と説くのは、元文部科学副大臣で現在、東京大学教授の鈴木寛さんだ。
「欧米ではイギリスの高校生がアメリカの大学に行ったり、ドイツの高校生がイギリスの大学に行ったり、ということが当たり前に行われています。日本でも国内の大学と海外の大学を分けて考える時代ではなくなっている、ということでしょう」
国際スタンダードとかけ離れた日本の大学
「それは国際スタンダードとかけ離れた日本の大学の『特異な入試スタイル』です」(鈴木さん)
科目の筆記試験の比重が高い一般選抜がメインの日本の大学は、それぞれの大学固有の「過去問」を解くテクニックが求められる。このため海外の受験生は「日本の大学特有の入試対策」をしなければ合格できない。このハードルが海外の受験生を遠ざける要因につながっている。
一方、海外の大学は課外活動やエッセイを重視し、受験生の個性や実績を問うスタイルのため、十分な語学力と学力が備わっていれば日本の大学との併願も可能だ。この違いが、「海外への流出」と「海外からの流入」のバランスに不穏当な影響をもたらしつつある、というわけだ。」
「東大の理系はグローバルのトップ水準
東大の国際競争力はどうなのだろう。鈴木さんは「理系についてはグローバルのトップ水準に照らして全く遜色がない」と評価する。
「すべての学部や学科で『世界最高水準』という大学は、ごく一部です。東大に関してももちろん強みと弱みがあります。その中で海外の若者からも選ばれているのは大学院の理系の研究科です。日本の医学部・理学部・工学部の教育レベルなどは世界最高水準ですが、学部レベルでは、海外からの留学生は少ない。もっと学部レベルで多様な国からの優秀な留学生を受け入れる工夫をすべきです」
実際、東大入試でいま起きている変化の一つが、理科一類の人気の高まりだという。背景にあるのは東大発ベンチャーの隆盛だ。」
「東大発ベンチャーが増え始めたことで、灘や開成、筑駒といった有名進学校のトップレベルの生徒を中心に(医学部志望者が多い)理科三類ではなく、(工学部志望者が多い)理科一類を受験する地殻変動が起きています。なぜならベンチャーを立ち上げて将来上場するほうが医師の生涯年収を上回る、と考える若者が増えているからです」(鈴木さん)
最新のAI(人工知能)・データサイエンスに関心のある幅広い層に向けた東大松尾・岩澤研究室の公開講座はオンライン講義が中心ということもあり、理科一類を目指す全国のトップ進学校の生徒も多く受講しているという。」
「 一方、文系については東大に限らず大学教員や研究者のポストが少ないのが課題だ。
「大学設置基準で最低基準とされているST比(教員1人あたり学生数)は、文系が法・経済学部で約40人、教育学部で約20人に対し、理系は工学部が約10人、理学部や医学部では1ケタ台です」(同)
人文科学系、社会科学系のST比が高い半面、理工学系、医療系はST比が低く、医学と歯学はとりわけ低い。ST比が低いほど手厚い教育や指導が行われるのは言うまでもない。この背景について鈴木さんはこう説明する。
「大学進学希望者が急増した1970~80年代、国は学生の受け皿を増やすべく、文系学部の教員配置の設置基準を相対的に甘くして、理系学部は充実した水準をキープしたため手厚い教育環境が維持されました」(同)」
「東大でなくても『RU11』に入れば、国際頭脳循環にアクセスできるチャンスが得られるわけです。しかも授業料が私立大に比べて低く抑えられている国立の理系学部は授業料負担に対するコスパが特段すぐれています」(鈴木さん)
ちなみにRU11とは、高度な人材の育成に重点を置き、世界で激しい学術競争を続けている大学による国立私立の設置形態を超えたコンソーシアムで、正式名称は「学術研究懇談会」。旧帝大と早稲田大、慶應義塾大、筑波大、東京科学大の11大学で構成している。
国内か海外か。大学の進路の選択肢が広がりつつある今だからこそ、「グローバル」な視点で “学びの質”だけでなく、コスパも見極める必要がある。