2年かかってBMI23台までダイエットした私ですが、開き直ってケーキを作り始め、順調にリバウンドしています。我慢の限界です。
ケーキと言えば、やはりガトーナンテ。 自分で焼いても不味いものは売れません。
ガトーナンテはあっという間になくなります 。
18cmを三國シェフが動画をアップしています
#901『ガトーナンテ』バター、アーモンドパウダー、ラム酒が最高にリッチな味わいに!フランス郷土菓子!|シェフ三國の簡単レシピ
「レモン味のショートブレット」
米粉を使ったクッキーを焼いてみました。
レモンは生を一個買ってきて使いました。香りが良いです。サクサクして美味しかった。
小麦のグルテンがどうのこうのという理屈がありますが、私は単に小麦に対するお米の逆襲だと思ってます。
さくさくして美味しかったです。
レモン味のショートブレット Shortbread au citron
【材料】13枚分 無塩バター 100g 米粉 125g 甜菜糖 40g 塩 ふたつまみ レモンの皮 1/2個分 レモン汁 小さじ1 *オーブン予熱:180℃
#906『レモン味のショートブレット』バターとレモンの香りが最高!成功しやすい作り方!|シェフ三國の簡単レシピ
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●三國 清三:1954年北海道・増毛町生まれ。15歳で料理人を志し、札幌グランドホテル、帝国ホテルにて修業後、74年、駐スイス日本大使館料理長に就任。ジラルデ、トロワグロ、アラン・シャペルなど三ツ星レストランで修業を重ね、82年に帰国。85年、東京・四ツ谷にオテル・ドゥ・ミクニ開店。99年、ルレ・エ・シャトー協会の世界5大陸トップシェフに選出される。15年、フランス共和国レジオン・ドヌール勲章シュバリエを受勲。2020年4月YouTubeチャンネルを開設。簡単な家庭料理を中心にレシピ動画を毎日配信。
三國 清三(みくに きよみ、1954年8月10日 - )は、日本のフランス料理シェフ。北海道留萌支庁管内増毛町出身[1]。父・正(手漕ぎの漁師)、母・亮子(農家)の間に7人兄弟の三男(兄2人、姉2人、弟2人、妹)として生まれる。実家は半農半漁。現在は東京四ツ谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」等のオーナーシェフ。「ソシエテミクニ」代表取締役。日本フランス料理技術組合代表。称号(名誉学位)は美食学名誉博士(仏トゥール大学)[2]。北海道食大使、北海道白老アイヌ食文化大使。フランス農事功労章オフィシェ章受章。一般社団法人全日本・食学会理事長代行[3]ほか、政府・各種社団法人の委員・理事等を務める。
経歴
1969年、中学校卒業後、札幌・南16条の米店に住み込みで働きながら、夜間の調理師学校に通う[4]。16歳の時、まかないで食べたハンバーグに感動し、「ハンバーグを作る料理人になろう」と決意[
米店の女性から「ハンバーグと言えば札幌グランドホテル」と聞き、同ホテルで開催されたテーブルマナー講習に参加し、そこで料理課長の青木保憲の許しを得て、料理人の修行を開始[4]。半年後、中卒ながら正社員になる。1971年、札幌グランドホテル総料理長・斉藤慶一に紹介状を書いてもらい、帝国ホテルへ就職[4]。オイルショックの時期に重なり、社員としては雇用されなかった[4][5]。
1973年、20歳で帝国ホテル・村上信夫料理長の推薦により、スイス・ジュネーヴの日本大使館(軍縮会議日本政府代表部)の料理長に就任[4][6]。大使館勤務のかたわら、フランス料理界で有名な「ジラルデ」のフレディ・ジラルデやトロワグロ兄弟、アラン・シャペルに師事[1][7]。1978年、大使館を退勤し、引き続きフレディ・ジラルデの元で修業。
1998年、ルレ・エ・シャトー協会の「世界のトップシェフ60人の一人」に選ばれ、ロサンゼルスにて饗宴。
1999年、沖縄・米国海軍基地にて外国人シェフとして初めてボランティアフェアを実施。フランス・ボジョレーにてルレ・エ・シャトー世界5大陸トップ・シェフ5人の一人に選ばれる[10]。「Santi SANTAMARIA」(ミシュラン3ツ星:スペイン)、「Patrick O'CONNELL」(USA2ツ星:ワシントン)、「Thomas KELLER」(USA2ツ星:ロサンゼルス)、「Luisa VALLAZA」(ミシュラン3ツ星:イタリア)、「Nadia SANTINI」(ミシュラン3ツ星:イタリア)、「三國清三」(日本)。フランスの高級レストランの料理人を中心とする組合「Chambre Syndicate de la Haute Cuisine Francaise」(フランス高級料理組合)に日本人として初めて加入[9]。日本フランス料理技術組合(フランスと日本の組合が相互に協力し、行政との交渉や広報活動、料理人の育成や子どもの味覚教育等に取り組む組織)を発足。