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英国人がマスクをしないという話は本当か
「英国ではコロナが終わってマスクを誰もしていない」という報道がしばしばなされているようです。本当にそうでしょうか?
2022年10月現在の時点で、英国の屋外でマスクをしない人は多いことは事実です。特に、多くの観光地、金融街・ビジネス街などの道路上では、マスクをしないで通行する人が圧倒的に多いようです。
ですから、よくニュースや新聞・記事に出てくる写真では、マスクをしない人が圧倒的に多くなります。
このことを考えるうえで、一つ重要なことがあります。英国ではロックダウンしていた頃から、屋外でのマスク着用は(近距離で話さない限り)必要ないものとされていました。一方、ロックダウン中には、スーパーの中や公共交通機関など、閉鎖された空間においてはマスク着用が義務付けられていました。そして、多くの人はこれらのルールを守っていました。
10月現在のロンドンで、さまざまな場所でよく観察すると、現実はもっと多様であることに気がつきます。
まず、住宅街では、屋外でもマスクをしている人がそれなりに存在します。このような人の多くは高齢者ですが、若い人もいます。
バス・地下鉄などの公共交通機関の中やスーパーの中では少し様相が変わり、マスクをする人が増えます。さらには病院といった場所では、マスクをする人の数も増えてきます。
たとえば記事冒頭の写真にもありますように、本年10月、英国のカミラ王妃が初仕事としてロンドン市内の病院を訪問しました。このとき、病院内で王妃ならびに関係者がマスクを着用している写真が報道されています。
また、最近首相に就任したリシ・スナクが病院を訪問したとき、やはりマスクを着用して患者と話をしていました。
英国の首相リシ・スナクがマスクを着用のうえ、病院で患者に語りかけている(2022年10月)。
当然ながら、英国においても、スナク首相やカミラ王妃がマスクを着用していたことについて、批判的な意見も肯定的な意見も特にありません。
つまり、病院でマスクを着用することについて英国でも多くの人は自然なことと考えているわけです。
英国国家統計局のマスク調査
このように概観してみると、英国におけるマスク着用の実態について理解するには、自分の生活圏の中だけ、付き合いがある人たちの範囲だけで即断できません。
たとえば、健康で会社に勤務している比較的若い世代のひとは、彼らの同僚もやはり健康で同じような世代であることが普通です。この範囲内だけで生活していると、地域で一人暮らしの高齢者の様子などを知る機会はほとんど無いかもしれません。
こういうときに重要なのが、統計とデータです。
英国国家統計局は、マスク(および顔面を覆うマスクの代替品)の着用について調査を継続的に行い、公表しています。
この統計調査では、「過去7日間のあいだに、あなたはコロナや他の風邪などの流行を抑えるために、家の外で「顔の覆い(訳註:マスクなど)」を着用しましたか?」という質問を、さまざまな年齢の人々に聞きました。
調査の結果をみると、本年4月以降マスクを使用する人は減少傾向ですが、重要な点として
•現在もなお、全世代で平均して30%(ほぼ3人に1人)はマスクなど着用している.
•年代が高いほどマスクなどを着用する人が多い.
•70代以上では半数近い人が着用している.
Publio opinions and social trends, Great Britain: coronavirus (COVID-19) and other illnesses, Office for National Statistics, 16 September 2022.
注目すべきは、高齢者ほどマスク着用率が高いことです。これはコロナの危険性が高齢者ほど高くなるということが英国でも常識として行きわっていることに関連していると思われます。つまり、英国において、コロナが危険と思う人はマスクを使用する傾向があるといえるでしょう。
データを踏まえて周囲を観察しなおす
このようなデータをみたあとに、英国で周囲を観察しなおす機会がある方ならば、いくつかのことに気がつくでしょう。
まず、マスクをしている人たちが確実に一定数存在します。マスクをしている人には、年齢が高いことや、持病で服用している薬のために、コロナの危険性が今なお高いことを案じていたり、あるいはコロナ弱者の家族を案じている人たちがいます。
このような人たちは、多くの人と接触しないように気をつけています。そして、周囲にもマスクをするなどの配慮をしてほしいと願っている人たちがいます。
そして、このように気をつけている人たちは、パブなど、マスクをしていないで大声で話をして、あるいはお酒を飲んで、食事をしている人が集まっているところには積極的にいかないようにしているはずです。
ですから、英国に住んでいる人でも、自分の生活圏内にマスクをしている人が少ないから、英国人はマスクをするのをやめた、と一般化するのは浅い見方になります。
現実に、統計データからも、全世代平均で、3割のひとは「コロナや他の風邪などの流行を抑えるために」マスクなどを着用しているわけです。
免疫学者、医師。免疫学の研究・教育を行う。生体内でのT細胞の動態を解析する測定技術Tocky(とき)の開発者。京都大学医学部・大学院医学研究科卒業。京大・阪大で助教を務めたあと英国に移動。2013年に英国でラボを開き、現在インペリアル・カレッジ・ロンドンで主任研究者、Reader in Immunology。がん・感染症(コロナなど)・自己免疫におけるT細胞のはたらきについて研究する傍ら、大学の免疫・感染症コースで教鞭をとる。著書「免疫学者が語る パンデミックの「終わり」と、これからの世界」「コロナ後の世界・今この地点から考える」(筑摩書房)、「現代用語の基礎知識」(自由国民社)などに寄稿。