父の卒論は「自動車のエンジン」だったとか
したがって、父は自動車をエンジンで買う
決してオートマチックを買わない
エンジンがぶーんとまわると、うっとりと音にききほれる
ギアチェンジする時の歯車ががちっとかみあう感触を楽しむ
笑うっちゃうのは、それでいて運転がものすごくへたくそだ
がつんばたんして、父の運転する車に乗るには勇気がいる
小型のオートマチックを買ったらどうかという周囲の意見には「おもしろくない」と一蹴。
私が小さいころは、ステレオつくりに夢中になっていた
もちろん既製品は買わない。
棚に様々な部品を並べて、音を波状にかえる画面をみながら究極の音づくりをめざす。
ある日、究極の音ができあがった。
父は、それからというもの 部下を呼び集めてクラシック音楽会を盛んに催す。
部下こそ、あわれなり。
2~3時間、首をうなだれて正座してクラシックを聞いている。
子供心にも、同情をした。
父だけが、究極の音に満足してご満悦だ。
父は戦時中は、飛行機の設計をやっていたことは、前にも述べた。
飛行機ができあがると、設計者として操縦士の横に座り試験飛行を行う。
「自分が設計した飛行機なのだが 本当に飛ぶのか内心は怖かった」
私は、父が操縦しなくて本当によかったと思う。