麦畑

太陽と大地と海は調和するミックスナッツの袋のなかで

家中の

2024-07-02 16:57:03 | 短歌

 

公園につくり物めく木蓮の咲けるを見つつ外周をゆく

家中のありとあらゆるゴムひもは明日休みと思えばゆるむ

金色の色鉛筆の奔放に日本武道館の擬宝珠ふくらむ

点描のようにたたきを染めてゆく雨の具現をしばし楽しむ

宴会の終わりのほうにあらわれてお腹を満たすうな丼ぞよし

生卵ひとつあるかもしれません重ね置かれた帽子のなかに

わが前にわがゆく道は開かれるフレアスカートはいて歩けば

どんぐりを蓄えていた秘密基地リスの属性ではないけれど

薬店と田んぼの境に翻るポイント5倍の旗うれしそう

かりんのど飴ひとつぶくれたひとのことうっすらと好き 春の長雨


_/_/_/ 未来7月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦4月号

2024-07-02 16:55:41 | 短歌記事

 

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦4月号    鈴木麦太朗

  ひと匙のクリームだけじゃ足りなくて何
  度もなんども口へ運んだ 吉村 奈美 
 クリームを食すときの様子が描かれている
が単純な情景描写ではないだろう。どこかセ
クシュアルな印象がある歌だ。
  妻の手に触れず過ぎたる年月に庭の松の
  木塀を越えゆく     原   裕 
 奥様と暮らした年月を庭の松の木の成長を
通して表現する手腕がすばらしい。長い年月
が培ったおだやかな愛情が感じられた。
  米袋を巻いた葡萄の木に宿る精霊は今朝
  雪に目覚めて      大田 成美 
 「米袋」という具体がいい。こういう細か
い描写はリアリティを支える柱となる。
  太き幹陣地となして捕虜をとる戦後の子
  どもの開戦ドンは    滝川 順子 
 「開戦ドン」は戦争をモチーフとした鬼ご
っこの様なものだろうか。斯様な遊びを思う
とき、やるせないような懐かしいような複雑
な感慨が生まれた。
  青森県産洗ひ牛蒡の三本をただの袋に縦
  に挿したり       長尾  宏 
 何ということを詠んでいる訳ではないが確
かに感じるものがある。映像が目に浮かぶし
牛蒡の過去や未来にも思いがおよぶ。
  たゆたへど沈まぬ舟を乗り継いではるの
  薄闇くらくらわたる   西谷  惠 
 ただ舟に乗るのではなく乗り継ぐところに
惹かれた。「薄闇」に呼応した「くらくら」
というオノマトペもいい。
  きんちやくに冬のひかりを閉ぢこめてお
  でんはしんと煮えてゆきたり 有村桔梗
 きんちゃくの中身はたまごかはたまた餅か、
分からないけれどそれを「冬のひかり」と美
しく表現した工夫が活きている。
  靴下を脱いだ瞬間ぴんと攣る足を笑って
  やりたい、けれど    田丸まひる 
 「けれど」がこの歌の肝である。そのあと
に続く心情をいろいろ想像した。
  だうだうとジャージの上からスカートの
  高校生の一団が来る   薮内 栄子 
 地方ではよく見られる光景だろう。「だう
だう」が効いていて高校生の集団が迫力をも
って近づいてくる様が伝わってきた。
  冬の木のあひだあひだにひかり射し無風
  のわたしそこに立ちをり 谷 とも子 
 上句のゆったりとした調べがいい。また、
下句の俯瞰的な視点も魅力的だ。
  いきおいよく座った少女に思いのほか右
  の座席は弾まなかった  案納 邑二 
 起こらなかったことをあえて詠み込むこと
で、その映像がむしろ鮮明に目に浮かんでく
るのが面白い。
  つき合いはもう長いから多くても少なす
  ぎても気になる雪よ   河原美穂子 
 雪の多い地域に住まわれている方には共通
する感慨だろう。特に「少なすぎても」に実
感がある。
  暖冬の師走の少女は川べりにトロンボー
  ン吹く脚を広げて    安保のり子 
 結句がいい。管楽器を吹くときは脚を広げ
てしっかり踏ん張らないといい音が出ないの
だろう。情景が目に見えてくる。
  からっぽの心をもって入りなさい足長蜂
  の巣くう車庫には    加川 未都 
 「からっぽの心」から蜂の巣くう車庫へ入
るときの緊張感が伝わってくる。また、「か
らっぽ」は「心」の空虚に加えて「巣」「車
庫」の空隙をも思わせて巧みだ。

 

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おはじきの

2024-06-02 20:06:08 | 短歌

 

おはじきのようにぱちんと弾かれてたどり着いたの関東平野

喜橋 青毛堀川 にごり水 夏は暑くて冬寒い街

埼玉の水は合わぬと言い続け十数年が過ぎてしまった

忘れようにも忘れられない波のごと地面が揺れたあの日のことは

川霧が薄れてゆけばあらわれるうすぼんやりとした筑波山

夕暮れの跨線橋から見えるのは富士山の完ぺきなシルエット

ひとたびも東武動物公園を訪れることなくさようなら

今生の別れと思うひとと飲み別れ際かたい握手を交わす

ぴゅんぴゅんとスイカの種を吐いている姉いもうとのまぼろしの庭

草だらけのちいさな庭よさようなら くすんだ色の家さようなら


  ※ ルビ  喜橋(よろこびばし)    2首目
  ※ ルビ  青毛堀川(あおげほりかわ) 2首目


_/_/_/ 未来6月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦3月号

2024-06-02 20:05:18 | 短歌記事

 

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦3月号    鈴木麦太朗

  美しいコンクリートに覆われて人影のな
  い新しい街       加川 未都 
 連作の冒頭の歌。この歌だけを読むと清々
しい都市の風景を想像するが、続く歌を読み
進むと東日本大震災のその後がぐいぐいと迫
りくるように伝わってくる。具体的な取材に
基づく詠みがいい。力作である。
  姿よきラ・フランス鎮座さてわたしどこ
  にナイフを入れれば正解? 安保のり子
 完ぺきな形状の果実を切るときはいくぶん
かの逡巡はあるものだ。そんなささやかな瞬
間の感情をうまく切り取って表現している。
  仲秋の名月見んと外に出ぬ曇天の夜に響
  く虫の音        岡田 淳一 
 一読で状況がよくわかるのがいい。残念な
結果をあざ笑うかのように虫が鳴いていたの
だろう。続く「アシダカグモ」の歌もよかっ
た。いずれも残念で情けない事象を歌にして
いるが、こういう歌は読む者に温かな笑いを
もたらすものだ。
  朴の花支ふる枝に朴の花散りたるのちの
  空はありたり      橋本 牧人 
棒杭に縄わたされて調うはクリーニング
  店ありし空隙      長尾  宏 
 並びで載っている作品に共通点を見出すの
は楽しい。ともにそこに無いものを詠んだ巧
みな歌。橋本作品。朴の花の、咲いている様
と散った後の様が二重写しになって目に浮か
んでくる。リフレインも効果的。長尾作品。
「調う」がよく効いていて、空虚な更地の様
子が伝わってくる。
  感情は見分けがつかずシダの葉がシダの
  あいだを飛びだしている 田島 千捺 
 感情のありようをシダの葉に仮託した歌。
ある感情にさらなる感情が重なってどうしよ
うもない状況に陥ったとしても他者から見た
ら分からないということだろうか。あるいは、
ある感情が止め処なくあふれる様を示してい
るのだろうか。いずれにしてもシダの葉から
は《悲しみ》や《憎しみ》といったネガティ
」ブな感情を連想する。
  くだらない夜を分けあう鳴き声とあくび
  の間くらいの声で    中山 小雨 
 分けあうのだから誰かとふたりで居るのだ
ろう。独特な声の表現からオールのときの気
だるいような狂ったような変な感じが伝わっ
てくる。
  よこがきをたてがきにするそれだけで世
  界が変はる変はればよいが 杉田加代子
 この歌は普遍的な、あるいはある特定の事
象の喩と思われる。確かに同じ事柄を述べて
いたとしてもその書き方の方向により世界は
変わるだろう。結句の願望表現には世界平和
への思いが含まれている様に感じられる。
  骨壺に入れない細かいやつとかは捨てる
  んですか祖母なんですが 田中  赫 
 当然の質問である。たしかに細かすぎる骨
片も祖母そのものである。しかしながら捨て
ざるを得ないことは分かっている。悲しみと
諦めと少しのユーモアが入り交じった味わい
深い歌である。
  ある時は陽だまりに伏す猫になり空に包
  まれ薄目を開ける    秋田  哲 
 家庭菜園を詠んだ連作の四首目。この歌で
は作者は猫になっているが、他の歌では青虫
になり、また他の歌では蛾になっている。さ
らに最後の歌ではディオゲネスにまでなって
いる(ようにも読める)。飛躍した発想が楽
しい。

 

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流れとは

2024-05-10 10:27:01 | 短歌

 

流れとは逆方向に波立って春が近いということだよね

所どころ乾いた土が見えている昨日の雪が残る庭には

踊り場のような河原に飛び乗って踊ることなきカルガモあまた

落ちてゆく太陽とてもまぶしいね川の景色をこころに映す

立ち止まり言葉を記しまた歩く革の手袋はずしてはめて

娘らの通いし太東中学校 裏手の堀とそれに沿う道

柑橘に隣り合えるは寒椿 樹木ふたつの葉のつややかさ

ケータイに電波を送る塔立ちて柵がなければ登ってみたい

不審者のこころわずかに持ちながら小公園のめぐりを歩く

吠えもせず噛みつきもせぬ犬たちの街はやさしさに包まれている


_/_/_/ 未来5月号掲載歌 _/_/_/
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工房月旦2月号

2024-05-10 10:19:36 | 短歌記事

 

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦2月号    鈴木麦太朗

  星ひとつ瞬くツリーその下にそれぞれが
  置く死者のくつした   千葉 弓子 
 クリスマスプレゼントを受け取るための靴
下を示していると思われるが、それを「死者
の」と定義することで一気に謎めいた印象が
立ち上がった。不穏な言葉を使っているのに
何となく温かみを感じるのが不思議だ。
  ストローを口腔あさく?みながら端より
  ほろんでゆく馬おもう  案納 邑二 
 この馬は競走馬と読んだ。多くの競走馬は
レース中や練習中の故障、特に脚の怪我によ
り命を断たされてしまうと聞く。ストローと
競走馬の脚の視覚的イメージが重なるととも
に、ストローの語感はどこか競走馬の名前を
思わせる響きがあって印象深い。
  穢れなき貧乳好きの左翼たち彼らの気持
  ちが少しは分かる    秋田  哲 
  豊かなる胸をボインと呼んでゐた昭和の
  かをる国会議事堂     同    
 連作の少し離れたところに置かれたこの二
首をあわせ読むとき誰もが感じ入るものがあ
るはずだ。それはノスタルジーかもしれない
し、屈曲したアイロニーかもしれない。
  予期せざる娘夫婦の電話から「今日は帰
  省」の予告受けたり   平井 軍治 
 的確な結句の収め方により娘夫婦の突然の
訪問を必ずしも歓迎していない様がよく伝わ
ってきた。この歌は五首連作の二首目。前後
の歌を読むと、そのときの様子が具体的に述
べられている。ひとつの物語を読んでいるよ
うな味わいがあった。
  生きのいい滑子、平茸、ブナカノカ並び
  ゐるなり森林組合    布宮 慈子 
 売店に色々なきのこが並んでいる様子を詠
んだ歌であるが「森林組合」という語の斡旋
がよかった。森の中にきのこたちの組合があ
ってわいわい騒いでいるような、楽しい映像
が立ち上がってきた。
  なめくじの残した糸のきらきらをキレイ
  とキライが行き来する夜 加川 未都 
 おそらく誰かを思う気持ちの喩であろう。
アンビバレントな感情を示す為になめくじの
あのキラキラを持ってきたのは、意外性があ
りながら納得させられた。
  あなたにはこの紺色が似合うだろうPEAN
  UTSの黄の文字のTシャツ 吉村 奈美
 まずパートナーに似合う紺色を提示して次
にその補色である黄色を持ってきて視覚的に
強い印象を与えている。そして最後に、それ
はTシャツであることを答え合わせのように
述べるという構造の歌。一読すると何という
ことは無さそうに感じるが、よく考えて作ら
れた歌である。
  恐竜の卵のなかに座り込みこのまま眠っ
  てみたいのですが    田丸まひる 
 恐竜の大きさにもよるだろうが、大きい恐
竜の卵であればちょうど人がひとり座り込ん
でいる位の大きさになりそうな気がする。そ
んな卵のなかで眠ってみたいという気持ちは
よくわかる。恐竜博物館に出向いたときの歌
のようなので、実際に斯様な展示物があった
のかもしれない。
  寝るまえに波打ち際の音を聞く 人工的
  な・人の手による    田島 千捺 
 波打ち際の音を下句でことさらに説明して
いるのが印象的。ざるのなかで小豆を滑らせ
ている音だろうか。CDか何かの音源と考え
るのが普通だが、枕元で誰かに音を出させて
いるようにも読めて面白い。

 

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海鳴り聞こゆ

2024-04-09 22:00:17 | 新いろは歌

 

2024年のいろは歌の日の作品です。
題「海」。 #kiz48 3作品、#IRH48 2作品。

 

海鳴り聞こゆ嵐かも
娘はそよと震へ居て
上枝の大蛇笑まひけん
騒ぐ寝屋背に誰老いぬ

うみなりきこゆあらしかも
むすめはそよとふるへゐて
ほつえのをろちゑまひけん
さわくねやせにたれおいぬ

#IRH48 #いろは歌の日 op.17 2024/4/8

 

夜空演ずる眠り姫
急いても遠し夏の海
アニオタ眉を恋ふわれは
路地辺さやけく描きゐぬ

よそらえんするねむりひめ
せいてもとほしなつのうみ
あにおたまゆをこふわれは
ろちへさやけくゑかきゐぬ

#IRH48 #いろは歌の日 op.18 2024/4/8

 

夕焼けムードのこる街
青年雨に濡れており
作家も白き笛を干す
そよぐ花びらわたつみへ

ゆうやけむーとのこるまち
せいねんあめにぬれており
さっかもしろきふえをほす
そよくはなひらわたつみへ

#kiz48 #いろは歌の日 op.94 2024/4/8

 

メローな雪に濡れる土地
ふくらむ海へ照り返す
怒った湾のひそけさよ
姉や妹背は星を待つ

めろーなゆきにぬれるとち
ふくらむうみへてりかえす
おこったわんのひそけさよ
あねやいもせはほしをまつ

#kiz48 #いろは歌の日 op.95 2024/4/8

 

空いっぺんに煙り立ち
お魚もつれワープして
咆えぬ痩せ猫明日を説く
丸き広場よ夢の海

そらいっへんにけむりたち
おさかなもつれわーふして
ほえぬやせねこあすをとく
まるきひろはよゆめのうみ

#kiz48 #いろは歌の日 op.96 2024/4/8

 

 

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年齢の

2024-04-04 19:10:59 | 短歌

 

年齢のかさみしゆえにもうこれで限界という葉書が届く

今月の詠草を最終として未来短歌会を脱会するという葉書が届く

「笹短歌ドットコム」また「夜ぷち」に和菓子のごとき君の名ありき

笹欄立ち上げ二〇一二年十月号に君の名を見きうれしかりしよ

幾度かバレンタインのチョコレート贈りくれたりうれしかりしよ

数多いる歌友のなかでただひとりわが名を歌に詠みくれしひとよ

一度も出会いしことは無かりしも電話で話したことはあったな

ウェブログに書き込まれたる励ましのコメント読めば君を偲ばゆ

急に気が変わったなんて言っちゃって戻って来たっていいんだよ、おはぎさん

途切れとぎれの夜の雨音を聞きながらお湯で薄めたたジン飲んでいる


  ※ ルビ  幾度(いくたび)      5首目
  ※ ルビ  数多(あまた)       6首目
  ※ ルビ  一度(ひとたび)      7首目


_/_/_/ 未来4月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦1月号

2024-04-04 19:05:25 | 短歌記事

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦1月号    鈴木麦太朗

  四十年庭に咲きたる木犀をわたしの義理
  のおとうとと思ふ    有村 桔梗 
 長く庭に咲いている木犀を血縁のない親族
である「義理のおとうと」と捉えたところに
立ち止まらざるを得なかった。近過ぎず遠過
ぎず、触れることの許されないもの。何か特
別な思い入れのある樹だったということだろ
うか。
  着物姿のコーヒー店のママさんのきりき
  りしやんとして桔梗さく 高田 芙美 
 言葉の斡旋が行き届いた文句なくいい歌。
的確で個性的なオノマトペは心地よく、その
音韻から「桔梗さく」を導き出しているのも
うまい。むろん桔梗の有り様はママさんの立
ち姿につながっている。
  映画観て髪を切つては昼を食べ洋服見て
  は買はずに帰る     薮内 栄子 
 行動の羅列が面白いのと同時に調子を整え
るように挟み込まれた副助詞の「は」が効い
ていて、読んで心地よい歌となっている。結
句のウイットもいい。
  いつまでも夏日は続きピーマンと茄子を
  たくさんもらう十月   黒川しゆう 
 昨今の地球沸騰化を捉えた歌と言っていい
だろう。収穫のよろこびのなかにピーマンと
茄子が限りなく増えていくイメージを孕んで
いて恐ろしさもある。
  みつしりと中身のつまつた白雲のふちを
  焦がして月あらはれる  峰  千尋 
 食べ物、具体的に言えば目玉焼きが夜空に
浮かんでいるような描写が楽しい。「みつし
りと」「ふちを焦がして」といった句がうま
く作用して歌を魅力的にしている。
  洋画家の昼寝は長く、客来れば叩き起こ
  すのも私の役目     河原美穂子
 作者はギャラリーの案内の仕事をしている
のだろう。ギャラリーと言えば清閑とした場
所という印象があるが、裏ではこういった事
も起こっているという事実をありのままに提
示している。現場を知らないと出来ない貴重
なリアリティの歌である。
  シャーベットグリーンにふくらむカーテ
  ンの菩提樹は抱くははそはの母
              千葉 弓子 
 作者の母親はたわむれにカーテンに身を包
んでみたのだろう。上句の「シャーベットグ
リーン」という色名の軽やかさと下句の重厚
な感じとの対比が印象的だ。また、菩提樹の
大きな樹形と母のイメージとの呼応も効いて
いる。
  上は横、下には縦の縞縞の珍妙なれどき
  ょうは在宅       安保のり子 
 さても面妖なる生き物かな、と思ったが最
後の「在宅」で合点がいった。たしかに上下
ちぐはぐな服装でも外出しなければ大丈夫だ。
  日曜の雨はひとしくふりそそぐ隣のあな
  たに遠くのわたしに   吉村 奈美 
 言うまでもなく下句の対句がこの歌の要諦
である。物理的にはパートナーと隣り合って
いるのだが心は離れている(と感じている)。
精神的にももっと寄り添いたいという願望が
あるのだろう。
  受け取れるトレイを持ちて店内へ睨みを
  利かせ踏み出す一歩   服部 一行 
 マクドナルドに出向いたときのことを詠ん
だ連作の三首目。静かな席を選んで作業(お
そらく作歌)をしようとしているのだろう。
「睨みを利かせ」に実感があってその情景が
ありありと目に浮かんでくる。

 

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工房月旦12月号

2024-04-04 19:00:27 | 短歌記事


未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦12月号    鈴木麦太朗

  ほんにちひさな骨壺だつたゆふぐれは残
  りの骨のゆくへを思ふ  藤田 正代 
 初句二句のモノローグと下句の思慮の間に
「ゆふぐれ」を置くことで、作者と「ゆふぐ
れ」とが混然一体となったような、不思議な
感覚が生まれている。
  春の夜の闇に木目より生るる猫睦みて腹
  を見せるものあり(卯月) 柏原 怜子
 「木目より生るる猫」とは何とも奇怪であ
るが一連の歌は版画を見て作られたものと分
かれば納得がいく。斎藤茂吉の「地獄極楽図
」に通ずるものがあり面白く読んだ。
  まだ蓑をまとはぬ虫の垂れ下がる父よ母
  よと夜ごと鳴くらむ   上條  茜 
 ミノガが幼虫から蛹へと変態するところを
捉えた歌。下句の表現が秀逸。幼虫に仮託し
て作者の心情を描出したのかもしれない。
  グラッと沸きそのまま火を止め十五分ど
  んな日もある半熟卵   北野 幸子 
 「どんな日もある」がこの歌の肝であろう
。半熟卵のレシピのなかにこの七文字を差し
込む手際に感服した。
  部屋中を探しさがしたシニアグラスあら
  前髪に留めてあったわ  丸山さかえ 
 われら高齢者にはありがちな光景。下句の
工夫により諧謔味のある歌に仕上がった。
  手の甲をすべらせ位置を確かめて目薬の
  瓶を水平に置く     細沼三千代 
 枕元だろうか。見えにくい場所に目薬の瓶
を置いている場面だろう。ていねいな描写に
より情景がありありと伝わってきた。
  病床の子規食べつくす蜜柑十個いかにも
  食べそう旨かりしかな  秋本としこ 
 『仰臥漫録』を読むと子規の旺盛な食欲に
驚く。「蜜柑十個」という記述はあったかど
うか、定かではないが、あっても不思議はな
い。蜜柑を通して子規と心通わせたひととき
が歌に結実したのだろう。
  人生は吾だけのものだ缶詰にされたトマ
  トを鍋へと放つ     酒匂 瑞貴 
 初句二句の言挙げとその後の叙景により成
り立っている歌。前向きな言葉の裏にうっす
らと哀感が滲んでいるように感じられた。
  おそらくは豆腐とわかめ 汁だけの味噌
  汁をまたひと口と噛む  紺野ちあき 
 虫垂炎のため具入りの味噌汁を飲むことが
できない作者。早く固形物を食べられるよう
になりたいのだろう。具を想像したり噛んじ
ゃったりしているのが面白い。
  兄姉もおとうと妹もう亡くてわたくしひ
  とりお月見してる    江口マサミ 
 天体は亡きひとの魂に通じるものがある。
月を見ることで兄弟姉妹のことを偲ぶ感じは
よくわかる。
  酔の字を入れられなくてごめんねと新し
  い位牌に手を合わす   氏橋奈津子 
 故人が酒好きだったことが端的に伝わる。
仏教的には戒名に「酔」の字を入れるのは難
しそうではあるが……。
  馬追虫と似ても似つかぬゴキブリの髭も
  そよろに秋風に揺れ   赤木  恵 
 長塚節の「馬追虫の髭のそよろに来る秋は
まなこを閉ぢて想ひ見るべし」の本歌取り、
と言うよりパロディーと言った方がいいだろ
うか。ちょっと笑ってしまった。
  おえつって仮名に開くとどう見ても吐い
  てるよねとずっと笑った 西村  曜 
 たしかに仮名だと吐いてる感がある。結句
でバランスを取っているのが巧みだ。

 

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工房月旦11月号

2024-04-04 18:58:12 | 短歌記事


未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦11月号    鈴木麦太朗

  パクチーがよけられた皿さげるときうか
  ぶあの日のビールのぬるさ 飯豊まりこ
 視覚の記憶から温度の記憶を呼び起こして
いるのが工夫であり印象深い。
  とび箱の中に隠れる夢をみてそれから数
  年間の真夜中      太代 祐一 
 ひたすらに暗い世界が続いている様を表し
た。誇張表現が活きている。
  連絡を待ちつつ直すしろくまの鼻のフェ
  ルトの小さな歪み    氏橋奈津子 
 「連絡」と「小さな歪み」が響き合ってい
て何か不穏な感じがある。
  兄さんの鷲鼻 すこし生きづらく壁にぶ
  つけたりしたでせう。好き 新井 きわ
 部分をていねいに述べることで「兄さん」
への惜しみない愛情が伝わってきた。
  友達の嘔吐物を片付けてやり平気でいた
  ら叱られたっけ     和田 晴美 
 褒められることはあっても叱られることは
なさそうに思うが……。気になる歌だ。
  ハイいいですとためらいながら返事して
  義歯填め込みはやっと終了 赤木 恵 
 「ためらいながら」にその時の感覚が集約
されていて状況がよくわかる。
  寿がきやのスープの面にネギの輪が偶然
  ハート描けば掬う    藤島 優作 
 微笑ましくこころ温まる感じの歌。結句を
言い過ぎずにまとめたのがいい。
  ゴーヤーを切ればどこからにんじんにな
  るのだろうか、みたいな天気 西村 曜
 独特な比喩。はっきりしない天気なのだろ
う。付け句の題材にすると面白そうだ。
  雨傘を開いてできた空間は雨の匂いと私
  の自由         岡田 淳一 
 結句の意外性にしびれた。世の男性の悲哀
を感じたのは私だけだろうか。
  七つある信号青に変わり行くわが越ゆる
  なき夕ぐれの道     西城 燁子 
 どこか懐かしいような風景が目にうかぶ。
「七つ」がちょうどいい塩梅だ。
  制服を着て教室に来る九月 きみはきの
  ふの雲を秘むるか    三田村広隆 
 謎めいた感じの内容も良いが、カ行の音を
巧みに使った調べの良さに注目した。
  「あにきー」と声にするときの甘やかさ
  三男坊の夫の口から   野口 道子 
 パートナーの意外な一面をみたときの感情
をうまくまとめている。
  中一で故郷離れる汽車に乗りそれからず
  っと旅をしている    さかき 傘 
 「人生は旅」という普遍的な事象を詠んだ
歌だろう。「中一」にリアリティがある。
  うごかざる水鳥の眼とわれの眼の出会い
  いたるをしずかに外す  立原  唯 
 水鳥と作者が対峙している場面。静かな緊
張感がいい。
  幸せかと夫が時おり聞いてくる多分あの
  世のあなたより幸せ   谷口ひろみ 
 皮肉めいた感じにドキリとしたが、作者の
幸せを旦那様は喜んでいることだろう。
  「見ましたか」「ええ夜遅く」「わたく
  しも」タヌキが結ぶ近所の絆     
              坂井花代子 
 なるほど、そういう事もあるだろう。台詞
を五七五にうまく収めて一首がきまった。
  それさつき言つたぢやないとは応ふまじ
  君もさういふ年齢だから 森 由佳里 
 「さういふ年齢」がどれほどの年齢なのか
述べずともよくわかる。

 

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さえざえと

2024-03-02 20:21:14 | 短歌

 

さえざえとしたる真冬の蒼穹に個人情報漏れ出ずるかも

もういちど湯を注ぐとき紅茶葉は最後の力をふり絞るのだ

モノクロの映画はいいねいきり立つ山田五十鈴の白目がいいね

裏側の世界はここにあるだろか三面鏡のすきまを覗く

使用期限とうに過ぎたる風邪ぐすり振ればざらざら音が楽しい

落ちてたら拾い集めることだろうレースクイーンたちのほほえみ

いつの日か蹴り飛ばしたいモアイ像ぼくはおそらく脚を傷める

パスワードを記憶の底から取り戻しぼくの脳内は盛り上がる

例えれば叶姉妹と十姉妹くらいの違いと言えばわかるか

いつのまにか獲得してたポイントがいつのまにかに消えている夜


_/_/_/ 未来3月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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老酒に

2024-02-04 18:54:58 | 短歌

 

老酒にゆらゆらとける角砂糖世界の終わりを見ているみたい

からころと振れば音する角缶のサクマドロップスそのハッカ味

そこここにころがっている幸せのきれいに焼けているパンケーキ

三十年がんばっている冷蔵庫ときどき変な音たてながら

たましいの停留所には屋根があるたやすく蒸発しないようにと

ほそぼそとことば遊びをしてる間にああ還暦が近づいてくる

「柿の実よ甘~くな~れ」と唱えればわずかながらに渋抜けるかも

今はもうそうなっているのかもしれず核のボタンをダブルクリック

美術室のとなりは美術準備室閉じ込められている空がある

しまむらのワゴンにごろごろ置かれたる狂いたいのよの靴下の束


_/_/_/ 未来2月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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退屈な

2023-12-30 10:29:56 | 短歌

 

退屈な郵便受けに「がん保険見直しませんか」の手紙が届く

世界中のありとあらゆる手続きが無くなるならばそこは天国

火の海を渡れと言われているようでプラス思考の本はおそろし

有線であればマウスはぶら下がる無線であれば行方は知れず

梅干しをふたつに分けてそれぞれのごはんに乗せる秋のひと日よ

しぶとくも瓶の内面にへばりつく海苔の佃煮かき出すあわれ

真逆なるいて座やぎ座の命運よ星占いを疑いやまず

てきとーな時間にとび出す鳩さんよ滝に打たれに行ってください

綿菓子のあまい香りの縁日の銀のピストル欲しくて泣いた

細き枝に真珠のごとき実をむすび何を告げんとする白式部


_/_/_/ 未来1月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

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工房月旦10月号

2023-12-30 10:22:03 | 短歌記事

 

未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

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工房月旦10月号    鈴木麦太朗

  六年を通ひしキルト教室の前をうつむき
  足早に過ぐ       坂井花代子 
 よくわかる。通うのをやめてしまった教室
の前はできれば通りたくないものだ。その日
はどうしても通らざるを得ない事情があった
のだろう。
  加圧され腕がきゆんとときめきてときめ
  き指数が表示されたり  高崎れい子 
 血圧を測っているところだろう。「ときめ
き指数」が圧巻の工夫である。血圧を測るた
びに思い出しそうだ。
  心配をしたのは僕であなたではなかった
  僕は僕が心配      太代 祐一 
 何が心配なのだろうか。つかみどころの無
い歌ではあるが、あえて「心配をしたのは僕
であなたではなかった」と述べることにより
作者の底知れぬ不安感が伝わってくる。
  サクレやレモンの味がしてたはず おぼ
  えてるのは木の匙の味  西村  曜 
 氷菓そのものの味よりも最後にしゃぶる木
の匙の味に焦点をあてることで、読む者が懐
かしさをもって共感する味覚のイメージがよ
り鮮明になっている。商品名の「サクレ」と
味名の「レモン」を等価に扱う手法、私は評
価したい。
  どしゃぶりの中を犬連れて散歩する男の
  傘の傾いている     叶 何時子 
 傘が傾いているのは犬を濡らさないための
配慮であろう。淡々とした描写のなかに温か
みが感じられる歌だ。
  「鯨の死」のニュースでニヤリと笑いた
  る女性アナウンサーをわれは許さず
              橋本 俶子 
 どうして笑ったのだろう。何か理由はあり
そうだが普通に考えれば不謹慎な行為と言え
よう。結句に置かれた作者のつよい言葉が刺
さる。
  朝々にカーテン開ける習いにて今日も開
  けない訳にはいかぬ   池田 照子 
 ごく当たり前のことを述べているだけのよ
うだが一筋縄ではいかない歌だ。もしカーテ
ンを開けなかったらどうなるだろうとか色々
と考えさせられた。
  降るやうで降らずふくらむ空のもとぱち
  んと弾くツリフネの花  北野 幸子 
 は行のやわらかい感じの頭韻にはさまれた
「ぱちん」は印象的。「ふくらむ空」との呼
応もいい。
  干し竿にひかる雨粒それぞれの小さき宇
  宙をいただきながらに  丸山さかえ 
 雨粒ひと粒ひと粒に宇宙をみている。突飛
な発想とも言えるが、そうかもしれないと思
わせる力がある。
  あ人がこんなに明るい人だったのと思え
  る時があってよかった  細沼三千代 
 無口で表情も暗い感じの人と何かの機会に
接したところ、意外にも明るい人だったこと
がわかった。そんな嬉しい驚きを素直に表現
した歌と読んだ。この歌を読む者は皆「よか
ったね」と思うことだろう。
  泥におう水田のなか蓮たちて今朝をえら
  びて白き花咲く     八島 わこ 
 蓮の白く大きな花はたしかに意思を持って
咲いている感じがある。土屋文明の睡蓮の歌
をすこし思った。
  待ちきれない夏を迎えにいくように水場
  を走る赤いスカート   秋本としこ 
 清々しい印象がある。噴水のなかにとび込
んでいく幼い子供が目にうかんだ。

 

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