備忘録として

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アーナンダの徒

2012-09-01 18:56:40 | 仏教

 シンガポールは今、Ghost Festival期間中で、町中でお香を焚き、Ghost moneyとも言われるjoss paperを燃やしている。Ghost Festivalは以前にも書いたように、道教、民間信仰、仏教が混交したご先祖様を祀る日本のお盆である。ブッダの仏教はそもそも死後の世界を教えるものではなかったはずが、いつのまにか葬式仏教になった。

 これまで日本の仏教について書いた本はいろいろと読んできたが、手塚治虫の「ブッダ」を読んで、本来の仏教、ブッダの教えがどのようなものだったかをまったく知らないことに気がついた。遅まきながら、ブッダの教えと仏教の教えを知るために手始めに山折哲雄の「仏教とは何か」を読むことにした。

 本は、ブッダの人生を概観し、ブッダの教えがどのように後世に伝えられたかを語る。衝撃的だったのは、ブッダの一番弟子でブッダの涅槃にも居合わせたアーナンダがブッダの教えを最初に裏切ったという事実である。そしてその裏切りを受け継いだのが現在の仏教徒であり、山折は彼らを”アーナンダの徒”と呼ぶ。

仏教徒の裏切り

「大パリニッパーナ教」(大般涅槃経)によると、80歳になったブッダは弟子のアーナンダをつれて最後の旅に出る。旅の途上、ヴェーサリーという町に入ったとき、ブッダは旅の疲れから生命の急速な衰えを感じたが、弟子や人々が望むならもっと生き続けられるということをアーナンダにほのめかす。しかし、アーナンダは3度あったブッダのささやきに気づかず聞き流してしまう。そのようなアーナンダの態度をみてブッダは3か月後に入滅することを決意する。これがブッダの最愛の弟子であったアーナンダの最初の裏切りである。次に、アーナンダに、”私の遺骨の供養にかかずらうな。”という遺言を残す。ところが、アーナンダと他の弟子たちは、ブッダの遺体を火葬に付し遺骨を分配しストゥーパを建てて安置し、その後長きにわたり供養を始めるのである。仏教はこのようにブッダの教えを裏切ることから出発したのだという。

しかし、山折はこの裏切りは必然で仕方がなかったと結論付けるのである。なぜなら、偉大な師を亡くした弱い人間は、仰天し、錯乱し、悲嘆と苦しみの中でブッダの遺骨を崇拝することしか救いがなかったのである。だから、現代のアーナンダの徒は、その歴史の必然を受け継ぐしかないのだという。葬式仏教だと罵られてもである。

仏教思想のキーワード

法(ダルマ) 聖徳太子が仏法僧の三宝を敬えと言ったその法である。法は法則や真理、存在を指し、事物と観念が重層したものである。色即是空ということばは、事物(色=物質)が無常=変化=消滅であることを表す。逆説的に観念は常住=永遠=持続であることを示す。

無我 我(アートマン)は意識のもっとも深いところにある意識の根源であり、無我はそれが存在しないという考えである。我は霊魂や実在を示し、仏教はそれらを否定するからである。仏教の我と心は異なるので無我と無心は異なるが、日本では同義に使われることがある。

霊魂 ブッダは我の否定と同様に霊魂も否定する。輪廻転生を繰り返す主体(我)は、輪廻からの解脱を目指す仏教では否定されるべきものである。ブッダはもともと霊魂の有無の問題を説かなかったのである。これは孔子が鬼神を語らなかったのと同じである。ところが、アーナンダの徒は一生懸命葬式で霊魂を送ったり祖先の霊をお盆でお迎えしたりするのである。

宿業(カルマ) 人間の活動には善悪があり、ものごとには原因と結果(因果)がある。現在の現象が過去の行いの結果によるものであり、逃れられないとする運命論が宿業で、そもそもブッダにはそのような考えはなかった。誰でも仏になれるという最澄と仏に成れるものは決まっているという徳一の論争は、宿業に基づく議論であった。スティーブ・ジョブズはカルマを信じろと言ったが、ブッダはそんなことは言ってない可能性が高い。

山折の話は途中から浄土真宗と親鸞を中心とした日本の仏教に重点が移り、結局、ブッダの根本思想が何だったのかわからなくなってしまった。

 ところで、広隆寺には有名な弥勒菩薩半跏思惟像がある。また、聖徳太子ゆかりの中宮寺の半跏思惟像は一昨年の奈良の旅で拝観した。四門出遊を体験したころの悩めるシャカの姿を表現したものだという。悟りを開いたあとのブッダの姿ではなく、悩めるシャカの姿をあらわした半跏思惟像が飛鳥・奈良時代の日本で流行した。これは弥勒信仰の流入によるとされているが、日本人の心の中に、出家後のブッダよりも出家前の悩めるシッダールタに共感するものがあったからではないかと山折は述べている。聖徳太子が在家仏教者として政治をおこなったように、日本人が在家仏教を出家仏教より重視したからだろうという。


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