陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「わが谷は緑なりき」

2012-05-04 | 映画──社会派・青春・恋愛
タイトルを失念してしまったのですが、ある小説を読んでいたら、こんなシーンが出てきました。
無頼生活を送ったがために、家族を不幸にした男が占い師にみてもらう。占い師は「あなたにとっての幸せとは何か」と訊ねる。男は「苦しみや悲しみが今後生じないこと」ととっさに答え、しかし、間をおいてからこう述べるのです──「幸せとは、苦しみや悲しみが押し寄せても、それにへこたれずに生きていけることだ」と。

世の中に不幸を謳った物語は山ほどありますが、そんな作られた不幸よりもなおのこと辛い境遇に置かれている方もおおぜいいらっしゃるでしょう。しかし、なぜにそうした薄幸の物語が胸を打つかといえば、同情を寄せるばかりでなく、どん底の苦しみにあっても健気に生きる人びとの姿にかすかな人の良心を感じるからなのでしょう。

1941年の米国映画「わが谷は緑なりき」(原題 : How Green Was My Valley)も、少々、時代がかっていますが、度重なる不幸に見舞われながらも、家族愛を失わない大家族の暮らし、そして心ない噂にめげない高潔な聖職者のすがたを、末っ子の少年の回想録として語らせたファミリー・ドラマです。

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英国ウェールズ地方の、緑ゆたかな渓谷で栄えるある炭坑街。
そこで暮らすモーガン一家は、厳格な家長の父ギリムを筆頭に、肝っ玉のいい母親、そして六男一女の大家族。末っ子のヒュー少年は年の離れた兄や姉たちに可愛がられていた。長兄に嫁いだ気だての良さそうなプロンにほのかな恋心を寄せるヒューは、幸せいっぱい。
だが、炭坑街近くの鉄工所の閉鎖にともない失業者があふれたことで、炭坑夫たちの賃金が引き下げられてしまう。

1930年代のエネルギー革命による,石炭の値下げ。折からの世界恐慌。こうした外的要因が、固い絆で結びついていたはずの家族を、そして音楽を口ずさみ団結していたはずのコミュニティを瓦解させていきます。とても昔のこととしては思えない状況ですね。
組合をつくりストライキを起こそうとする息子たちと、揉め事が嫌いな父親とが対立。父の意固地のせいで、経営者側の肩をもっていると村八分にされたモーガン一家。集会で夫の名誉挽回を訴えた母とヒューはとんでもない災難に遭ってしまいます。

モーガン一家を支えたのは、村に赴任してきた学識高く実直な青年牧師グリュフィード。彼はヒュー少年の先生でもあり、また姉のアンハードとひそかに思い通じた人でもありました。しかし、生活の苦しくなった一家を支えるためにアンハードは、一途な愛を諦めねばならなくなります。

その後に続くヒューの学校生活での騒動や、働き手をうしない職も奪われて離散してしまう兄弟たち、進学を諦めざるをえない少年、そして狭い地域社会だからこそありえる一家への蔑視など、矢継ぎ早に不幸が重なってしまい、最後も決して救われたとはいえません。

ふるさとの谷を去らねばならない、初老を迎えた主人公が、あえて「わが谷は緑なりき」という言葉を残す。石炭の煤煙などではなく、人びとのどす黒い心のうちを映したかのような暗さに覆われてしまっというのに、なぜか。
それは、きっと、家族と一部の村人から受けた温情と、平和で豊かだった日々への郷愁があって、たとえどんなに荒みきった魂に毒されようとも、幼年時代の美しい想い出だけは美しいままに慈しんで、今後も耐え抜いて生きていこうという強い決意の表れだったのでしょう。

監督は「駅馬車」「赤い河」で知られる、西部劇の名手ジョン・フォード。
主演は「雨の朝巴里に死す」のウォルター・ピジョン、「静かなる男」で、ジョン・ウェインのお相手役をつとめた美貌の女優モーリーン・オハラ。本作で子役デビューしたロディ・マクドウォールは「猿の惑星 」シリーズで有名。

原作はリチャード・レウェリンの同名ベストセラー小説。
第14回アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞、助演男優賞、撮影賞(白黒部門)、美術賞、室内装置賞を受賞した名作認定映画です。

(2010年9月29日)

わが谷は緑なりき - goo 映画

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2 Comments

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『How Green Was My Valley』 (ETCマンツーマン英会話)
2013-10-08 14:50:55
『わが谷は緑なりき』を調べていてこちらに辿りつきました。
ウェールズの知人に、ウェールズのことを知りたいなら、『ウェールズの山』なんかよりも、まずはこの映画を観て欲しいと言われた映画です。
彼らが大切にしているもの、そしてプライドのようなものがすべて、この映画の中に凝縮されているようなことを言っていました。

素晴らしい作品との出会いに感謝です。
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英国系の映画 (万葉樹)
2013-10-09 22:29:04
こんばんは、コメントありがとうございます。
ETCマンツーマン英会話さまは、以前、「ビッグフィッシュ」にコメント下さった方ですね。

英国系の映画は気質が合うのか、好んでよく見ます。
「ウェールズの山」も視聴済みですが、あちらはコメディタッチ。こちらは家族の悲喜こもごも。アメリカの西部劇もそうですが、自然の翠まぶしさと土の匂い、それにまみれて賢明に生きる人びとを描いたドラマが好きですね。

言葉は生きものです。感情が乗った台詞だと、英会話の勉強も楽しくなるかもしれませんね。海外の方と交流があって素敵ですね。
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