陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「Not Found」 Act. 2

2006-09-02 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


古代ベルカの歴史書。
王家の家系図。
各王家の起こした戦争。
そして聖王教会の設立を伝える縁起絵巻。
ベルカに関する手記、もろもろ。

古代ベルカに関する大ざっぱな教育は学校で習ったし、一般公開されている無限書庫の閲覧室でも目を通すことはできる。だが、百科事典が伝えるような概説はヴィヴィオが知りたいものではなかった。

数千年も真実が伏せられ、信仰の対象のために神格化されてしまった聖王家について、ヴィヴィオが抱く思いは、かびくさい神話や古典に寄せる浮ついた憧憬でも、研究家然としてのまじめくさった情熱でもない。それは彼女が忘れてしまった古い日記帳をひもとくような気持ちだった。しかし、それはもうすぐ十を数える年の少女にしては、いささか長すぎる日記帳であったのだが。

古代ベルカの歴史は近いうちに書き換えられるだろう。
最近になって蔵書されたばかりの一部のコレクションによって。
それらは、聖王教会図書室からの寄贈本として銘打っているが、その実、いわくつきの書物であった。めったと人の訪れないこの地下特別文庫には、重要犯罪に関わる情報源がロンダリングされて、管理されているのだ。

JS事件に加担した評議会の三首脳の私邸には、驚嘆すべきほど大量の古代ベルカに関する古文書が秘蔵されていた。
その一部は、スカリエッティ博士の研究施設からも発見され、押収された。博士のアジトに潜入捜査したのは、時空管理局所属の高名なハラオウン執務官であったが、彼女はのちにこう語った。容疑者の身柄を確保するのは当然だったが、ポッドに収納された生死もさだかならない実験体にされた人びと、そしてその場にあった各種の情報源を保存することも、疎かにしてはならないことだった──と。その執務官の胸には、十年前に生じたある痛ましい事件が去来したに違いない。自分と似た面差しをしたポッドに浮かぶ少女と、その母親は、奈落の底へと消えた。自分を生み出したあるおぞましいプロジェクトの鍵を握るあまたの情報源とともに。

特殊クローン技術も、生体兵器としての戦闘機人改造への手ほどきも、その文献をたどってスカリエッティが完成させたものだった。つまり、最先端科学の髄をあつめて生命操作の聖域に踏み込んで創造主をきどっていたスカリエッティであったが、けっきょくは忘却されていた古代のテクノロジーを復活させたに過ぎない。

換気口からは時おり、唸るような音が聞こえる。
それは怒りを溜め込んで、不定期に静か夜にぶちまける犬の咆哮のようでもある。
ステンレス製のファンが、ここ数箇月沈殿したままのもったりとした空気をまぜっかえしていた。天井を走る幾本ものパイプの空洞を冷たそうな風が渡っていく。
ここに収められたのは、行間から真新しい活字の匂いを放つことすらやめた古書ばかりだった。漂ってくるのは、綴じ目に畳みこまれた湿った埃ぐらいのものだろう。




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