陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「路上のソリスト」

2012-03-17 | 映画──社会派・青春・恋愛
2009年の映画「路上のソリスト」(原題:The Soloist )は、路上生活者と新聞記者との交流を描くヒューマンドラマ。実話に材を得たせいか、やや物語としての盛り上がりに欠けるきらいがあります。ただ、問題の輪郭だけ扱って、解決を提供することはできないジャーナリズム(さらには、われわれ一般人をふくめた世間の関心)の限界を示すことにはなっているのでしょう。

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ロサンゼルス・タイムズ誌の記者スティーヴ・ロペスは、名物コラム「西の視点(ポインツ・ウエスト)」を連載している。ロサンゼルスの公園でたった二本の弦を操ってたくみに美しい音を奏でるヴァイオリン弾きに出会う。ナサニエル・エアーズと名乗るそのホームレスは、ベートーベンについて熱っぽく語り、かつて名門ジュリアード音楽院にいたという。
彼のひたむきな音楽愛に惹かれたロペスは、コラムのネタにすることに決め、ナサニエルの知られざる半生を掘り返すことにするが…。

かつて将来を嘱望された天才音楽少年が路上生活になったというコラムは、好評を重ね、ナサニエルには高価なチェロや、コンサートのチケットなどつぎつぎに支援が届けられます。ロペスも記者という立場を超えて、ひとりの友人としてナサニエルの才能を生かし、社会復帰をさせたいと願うようになりました。

しかし、雨露をしのぐ住居を与えても、ナサニエルは怯えるばかり。
強盗や麻薬の売人、アルコール中毒者までがたむろする路上生活からどうしても離れないナサニエル。ナサニエル自身は、中毒でも犯罪者でもありません。そこにいれば身の安全があやういというのに、離れようともしないその行動は常人には常軌を逸したとしか思われない。ナサニエルが統合失調症ではないかと判断したロペスは、なかば強引に治療を望もうとします。それはふたりの亀裂を深めてしまうことに。

ナサニエルが輝かしい音楽家の卵として挫折した背景が、集団生活に馴染めなかったのか、黒人ゆえの劣等感(顔に白粉をまぶしているシーンがある)からなのか、それともトランスジェンダー(”ミスター”と呼ばれることにこだわりを見せる、ロペスを異常に慕う)からくるものなのか、いまいち良くわかりません。このよくわからないという描き方こそが、現実に別の世界にひきこもってしまわれた当事者の心傷の深さ、複雑さをものがたっているともいえます。なぜこの男は、音楽でしか自分を表現しようとしなかったのか? 傍目には美しいと思える音色も、声なき叫びではなかったのか。いろいろな想いがよぎります。

実在の記者の現存する連載コラムをベースにした映画化だそうですが、あまりにも、記者が取材の対象者を理解しているようで理解していないようにしか見えません。ですから、たいへんもどかしさが募るばかりなのです。

ロペスは同僚記者のメアリーと離婚したばかりで仕事に意欲も失いかけていたところに、飯の種になる弱者の人生を追っかけて自己満足たりえていたとしか思えません。ナサニエルの人生をよくしたいというロペスの慈善も、支援者であった読者の期待に応えてのことでほんとうに彼自身の友情のなせる技なのでしょうか。メアリーが語った、取材のターゲットに深入りすることはない、適当にあしらって利用すればいい、という言葉こそがジャーナリストの本音なのでしょう。

この映画を観た後で、冨士の樹海をさすらっている心を病んだ失業者などを取材するだけしておきながら救うことのできないテレビリポーターや、ホームレスや貧困生活に喘ぐ人間を取材する高給取りの新聞記者たちの行状を嘆きたくなりました。いや、マスコミだけでなく、自分のようななにがしかの事件や社会問題を記事のネタにしてしまう興味本位のブロガーだって、作家だとて、新聞の投稿者だって、皆そうなのでしょう。問題を知らせ、考えはするが、解決に動き出すことまではできない。そんな後ろめたさを抱えながら、書き続けていくしかない。

男やもめの孤独を噛みしめる独り暮らしのマンションに帰る日々のロペスには、締切も注文もなく、自由気ままに暮らしているナサニエルが羨ましかったのではないでしょうか。
ナサニエルの心情に添っていたのなら、青空コンサートを準備するなどの手筈も踏めたはず。むりやり格式の高い音楽の世界に引き戻そうとした点に、知的エリート階級の奢りを感じざるをえません。生活のために売文の徒となった側には、自分の精神を解放するためだけに芸術活動にいそしむ人間の気持ちは理解できない。他人のつつましい幸福が愚かだとしか思えない、その賢明さゆえの愚かしさ。悲しい平行線のドラマです。助けを借りたくないと頑なに思ってしまった人は、過去に救いを求めても手痛い仕打ちをうけてしまったか、負担だけ押しつけられることに疲弊してしまった人たちなのです。こういう心理状態に陥ってしまった人に、いくら行政がセーフティネットを張ったとしても、その網からこぼれ落ちてしまうだけなのではないでしょうか。地位にも権力にもすがらず、発言も封じられた者には自滅しか残されていない。

音楽映画なのに、音楽の演出もいまいちで楽しめませんでした。感動というにはほど遠い感想しか残せない作品。そうだと思うのは、胸に苦いものがこみあげてくるからです。

主演はジェイミー・フォックス、ロバート・ダウニーJr.
監督は「プライドと偏見」のジョー・ライト。

(2011年3月7日)

路上のソリスト - goo 映画


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