陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「バッテリー」

2016-08-20 | 映画──社会派・青春・恋愛
2006年の邦画「バッテリー」は、あさのあつこ原作の同名ベストセラーを映像化した作品。投手と捕手の信頼関係はしばしば人間の絆に例えられるもので、本作もその倣いに添ったものだ。
終盤の試合に遅れて登場する主人公などなどお約束なシーンもあるのだが、主役二人だけでなく、周囲の人間も生き生きと描かれた卓越した群像劇となっているところがいい。主役が中学生だから、あまり気どった台詞は言わないが、そこがまた厭味ではないのがいい。

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岡山に家族四人で引っ越してきた原田巧は、豪速球で名を知られた中学一年生。中学入学の直前に、地元の少年野球で捕手をつとめた永倉豪と出会う。ふたりは意気投合し、中学の野球部入部とともにバッテリーを組む。

巧をはじめとして、野球少年たちがひたすら問いかける言葉がある──「野球は誰のためのものか。何のためにするのか」

この言葉がゆらぐ事件が大きく四つばかり起きる。
母親の真紀子は、巧の野球人生をちっとも応援していない。生まれつき病弱な次男坊・青波への気づかいからか、なんとか巧にボールから離れさせようとする。豪の母も、医者の跡取りとして勉強に専念してもらいたいという思惑から、息子の野球熱を理解していない。しかし、巧の「野球はさせられるものじゃない。するものだ」という一念が、母たちを説き伏せる。

しかし、巧は自分の才能を過信するあまり、人を寄せつけないタイプだった。
あくまで自分の我をとことん押し通す。目上への礼儀も知らない。そのことが、野球部入部後の教師や先輩部員たちとの軋轢を生む。部内での虐めが問題となって、巧たちは活躍の機会を奪われてしまう。野球は部員たちのものではない、試合を許可する学校のもの、教育委員会のものだ。冷徹にそう言い放つ校長は、まさに「坊ちゃん」に出てくるような権威に媚びる教頭そのもので、ステレオタイプだ。先輩が加える体罰というのも、いささか戯画めいているのだが、しかし、受験戦争の重圧に押しつぶされて鬱屈したエネルギーを弱者へぶつけようとする中学生の精神の荒廃を、視聴者は先輩部員の告白に見てとることができよう。彼もまた、野球を楽しめず苦い青春時代を送らざるをえない被害者だった。

中学生ではどうにもならない教育システム。それは巧たちがはじめて社会に阻まれた瞬間だった。自分の意思だけではどうにもならない現実。
それを救ったのは、部顧問の戸村だった。高校球児時代、監督に捨てられた悔いからいい野球を続けられなかった男が、やがて自分の勝利のためではなく、子どもたちの満足のために試合を取り戻そうと奮闘する。現実的にはありえない熱い教師像だ。

巧の前に立ちはだかる絶体絶命のピンチ、それは何をあろう、信頼していたはずの豪の存在だった。野球部顧問の計らいと同級生の矢島繭の取り持ちによって、強打者を抱える強豪校とのプライベートゲームが用意される。だが、球速の速くなりすぎた巧に豪が追いつかない。二人のバッテリーは敵方の仕組んだ心理戦によって翻弄され、気持ちが離れていってしまう。

巧と豪のこころを繋ぎ止めようとする友人たち、そして弟・青波の姿がなんともいじらしい。だが、その弟こそが巧にとってはアキレス腱だったといえるのかもしれない。緊急入院した弟をめぐって、ふたたび母との対立が表面化してしまう。
しかし、このとき、名監督であった祖父の威厳に隠れてあまり目立ったなかったサラリーマンの父親が、兄弟たちにとって野球がいかに必要であったかを悟らせる場面がまたじんわりと胸に響く。

なによりもまず、これはスポーツドラマではなく母子の和解を描いたホームドラマでもあったのだ。自分をどこまでも貫く息子を歯がゆい思いで見ていた母の歪んだ心情は、からだの弱い子を抱えたからのことで察して余りある。巧が最後に投げた快い一球は、豪だけでなく母の懐にも放り込まれたのだろう。

スポーツは楽しむことが大事。
しばしばよく聞かれる台詞であって、一点を争う厳しいプロの世界においては空回りしがちな文句ではあるが、十代という貴重な時代に人と人との絆の結び方を学ぶ手だてとしてのスポーツの役割を説くには、あまりに簡単だが深い台詞ではある。

巧役は目に独特の力があって投球フォームもサマになっている林遣都。豪役の山田健太は、屈託のない笑顔を浮かべる兄貴分。弟の青波やひょうきんな友人たちはじめ粒ぞろいの子役が揃った上に、岸谷五朗、天海祐希、萩原聖人、菅原文太らベテラン勢の渋い演技で固めている。強豪校の打者を演じた渡辺大は、あの渡辺謙の息子。原作者も教師役で特別出演を果たしている。

監督は滝田洋二郎。
演出・脚本もいいのだが、何より、役者の演技力で成功している。
ちなみに、原作とは最後が異なっているらしい。観た後に胸に爽やかな風が送り込まれてくる名作だ。

(2010年11月29日)

バッテリー - goo 映画



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