陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「マラソン」

2013-04-12 | 映画──社会派・青春・恋愛
2005年の韓国映画「マラソン」(原題 : Marathon)は、走ることにかけてはひたむきな自閉症の青年と、彼を育てる母親の懊悩、そしてコーチとの交流を描いた感動作。実話をモデルにしています。「韓国で520万人が涙した真実の物語」という触れ込みを疑りながらも手にしたのですが、こころに沁みるものがある一作でした。


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自閉症を抱える青年ユン・チョウォンは、大好きなシマウマのように走ることが大好きな19歳。母親のキョンスクは教育熱心で、長男坊の彼のただひとつの取り柄を伸ばしてやりたいと願い、指導者を求める。コーチをお願いしたのは、オリンピック級の有名ランナーであったが、引退後は自堕落な生活を送ってた男ソン・チョンウクだった。
目標は、フルマラソンに参加して、三時間を切るタイムを樹立すること。

障害者がアートやスポーツなど誰にも真似できない分野で才能を発揮させる物語は数ありますが、本作は通常のスポ根ものとは一線を画す雰囲気をもっています。

コーチとなったチョンウクは、当初、いかにも威圧的で横暴、純粋なチョウォンを手玉にとってろくすっぽ指導もせず、懸命な母親の願いも踏みにじっているいけすかない人物のように感じられます。
自閉症のチョンウンとの接し方に戸惑っていたチョンウクも、チョウォンのただ一途に走ろうとする行動の裏にある意味を知ったのでしょうか。母親のキョンスクが、我が子を他人の子よりも同じか、それ以上だと認めさせたいあまりに無理をさせてばかりいるのだとなじりはじめます。「マラソンは人間の勝利じゃない。現実逃避しているだけだ」と。

一見、やさぐれコーチの言い分は、20年間も障害児を育てる母親の苦労など知らない身勝手な言い分に聞こえます。ひょっとしたら、自分のマラソン人生と母親との葛藤を、教え子の母子関係に重ねているのかとも勘繰ってしまう。

しかし、キョンスクが息子とチョンウクとの師弟関係を解消し、ふたたび、みずから指導しはじめるやいなや、母子のあいだに微妙な距離が生まれています。「自分が息子よりも一日だけでも長生きしたい」と願う、切迫した母親キョンスクの態度は、すでに仕事熱心な夫や健常児である次男との抜きさしならぬひずみを生んでいました。

地下鉄のモール街でのとある一件から、キョンスクは教育熱心な母親として接してきた自分のなかにあった重大な過ちに向き合うことになります。思い悩んだ末に、マラソンをやめさせようとするキョンスクの説得も虚しく、チョウォンはすでに走り抜く決意を固めていました。

終盤のマラソンシーンは、障害者がひとりで生き抜いていく際の社会の理解を暗示したかのような演出で、なんともいえない感動に包まれます。甘いものに釣られてではない。自分の意志で走り続けていくという彼の姿に、人間の尊厳を感じさえします。王道的な展開といえばそれまでなのですが、これはこうした障害児を抱える家庭にとっての希望なのではないでしょうか。

自閉症の発症は千人に一人といわれ、けっして珍しくはない障害です。
障害児というだけでなく、子育てに苦労し孤立して自分を追いつめていってしまうお母さんがたには、ぜひ視聴してもらいたい作品ですね。子どもをよくしたいあまりに過保護に育ててしまう。誰でも陥りそうな点なのです。その母親の責任を問いはするが、それを青年の成長という爽やかさでくるんだところで、まだしも救われているのです。子どもが母親の手を離れていくことに、不安を覚える現代の母親ならではの心の揺れを深くふかく探っています。

出演は「ラブストーリー」のチョ・スンウ。母親役はキム・ミスク。「甘い人生」のイ・ギヨン。
監督はチョン・ユンチョル。

ずば抜けた演技力をもつ主演のチョ・スンウの自閉症の青年の微妙な表情の変化に注目。わざとらしくない演技なので、知的障害を持つ方を小馬鹿にしたような節が感じられず非常に好感が持てます。自然とほころんだ笑みで終わるラストが、鮮やかに胸に残ります。

(2010年11月17日)

マラソン(2005) - goo 映画

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