陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「南極料理人」

2015-01-10 | 映画──ファンタジー・コメディ
生きていくことの基本は食べることですが、日がな毎日、食事を考えるのもなかなか大変ですよね? 
これ見ると毎日三度のおさんどんがんばろう(料理なんて生きていくために最低限必要なことなので、かくべつ頑張るほどのことでもないですが)って思える映画をご紹介します。
2009年公開の日本映画「南極料理人」。極寒の観測基地で暮らす八人の隊員たちの日常を描いたコメディです。

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可愛いペンギンも、アザラシも、シロクマすらもいない、太陽すらも昇らない日がある一面氷と雪に閉ざされた南極。そこには八人の越冬隊隊員たちが派遣され、400日に及ぶ生活に耐えていました。気象観測、データ収集などの任務のかたわら、男たちの唯一の楽しみと言えば、三度の食事だけ。そして七人の孤高な隊員の胃袋を支えているのは、料理人の西村さん。

この映画、実は南極に派遣されたことのある、もと海上保安庁所属の調理担当、西村淳さんのエッセイ『面白南極料理人』が原作。つまり、作中のエピソードが実話に近い。南極と聞けば、バナナで釘が打てます、というくらい日本での暮らしとはまったく異なった不自由さがあります。いちばん需要なのは水。そして、水がなくなると、自力で生み出すと言うから驚き。

監獄のような状況下、七人のおっさん達があーだ、こーだとわがままを言って、料理人を困らしてしまう。しかし、西村さん、料理人としての矜持にかけて、それに応えます。出される料理は、刺身、フライもの、フランス料理、そして中華料理、なんでもござれ。南極って、宇宙ステーションのように、レトルトパックに入ったものをトレイに開けて食べてるイメージがあったのですが、意外や意外、ふつうの一般家庭の食事、いやそれ以上のものが基地の食卓には並びます。こんな贅沢できるなんてうらやましい~と羨望してしまいますが、一見明るそうに見えている隊員たちも、家族と離れた孤独や密室に閉じこめられた鬱屈を、憂さ晴らししているに過ぎなかったんですね。

食料や水が底をついて、悲劇的なトラブルが起き、隊員たちのあいだに亀裂が…なんてサスペンチックな展開になりません。とにかくオチもなくヤマもなく、淡々とユーモラスなできごとが続く。しかし、次第しだいに冷蔵庫事情によって、料理人が手抜きしてしまったり、隊員たちの盗み食いが発覚したり、資源の無駄遣いで思わぬとばっちりがあったりします。女ッ気のないむさくるしい男同士、極限状態に置かれると、気が触れて奪い合ったり、喧嘩になったりもしそうなのですが、チームワークというよりは家族のようになじみはじめます。西村さんがしまいには肝っ玉母さんっぽくなるくだりは笑えます。

原作のエッセイがどんなものだか知りませんが、事実は小説よりも奇なり。しかし、その実話を映像化して、ここまでおかしみを醸し出せたのは、演出と役者さんたちの軽妙な掛け合いのたまものというべきか。さらに音楽のつかい方がなんとも言えない。とくに「ワルキューレ騎行」があの場面で流れるとは。

この作品、レヴューでもなかなか好評なようで。
人間の基本的欲求である食欲をそそるというこが大きいのではないでしょうか。ラーメンのおいしさをここまで訴えた作品も他にはないでしょう。あと伊勢エビのあの調理も吹き出します。泣き所を抑えるのはなかなか人によりけりですが、胃袋を刺激するのは万人の同意を得やすいといえましょうか。一人暮らしで食べ物や生活、娯楽に不自由した経験がありますと、この主人公たちの気持ちが痛いほどよくわかりますね。

主演は最近ブレイク中の堺雅人。この人はいつも笑っているようなのですが、本作では、その笑いのうちにあるいわく言いがたい悲哀も感じられます。共演は生瀬勝久、きたろう、豊原功補ほか。監督・脚本は沖田修一。

世界に文化遺産として誇れるべき和食の凄さ、日本人の舌の美学は、その実、闘争心を削いでいて、犯罪率も低い効果があるのでは、と思ってしまうぐらいの、全般的にのんびりほんわかした内容。平和ボケしていると言えばそうなのですが、大岡昇平の『野火』などに描かれたような戦時中の飢餓とは対極にありますよね。たべものはやはり人を幸せにします。

(2014年1月8日)

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