陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「そして父になる」

2017-09-16 | 映画──社会派・青春・恋愛
2013年作の邦画「そして父になる」は、福山雅治主演、是枝裕和監督作品で、第66回カンヌ国際映画祭 審査員賞を受賞したことで一躍有名になった話題作。「歩いても 歩いても」もそうですが、この監督さんの作品、派手な事件が起るわけではないのに、絶妙にひとの心理をえぐる鋭さがあるといいますか。やや辛口批評です。

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一流企業に勤めるサラリーマンの野々宮良多は、専業主婦の妻と五歳の慶多との三人暮らし。息子に自分とおなじくエリートの道を歩ませたい良多は、小学校受験をさせ、みごと息子はその期待に応える。だが、その矢先、愛息が生まれた病院から衝撃の知らせが入る。なんと、慶多は生まれたばかりの頃、取り違えられてしまった子だった。

自分と血の繋がったほんとうの息子・琉晴が育ったのは、田舎にある古びた電器屋の夫妻。いかにも貧乏じみた所帯で父はうだつの上がらない男、母親は蓮っ葉な感じ。とりあえず、ふたつの家庭の交流がスタートするものの、父親としての価値観や生きる姿勢の違いから、エリート然とした良多は嫌悪感をあらわにし、いっそ良多と琉晴の二人とも我が子にできないかと考えるのですが、そうはうまくいかない。ひたすら仕事人間で育児参加には非協力的、なにごともクールで完璧主義な面が出てしまい、実の子も育ての子も、どちらの心も離れていってしまいます。さらには、妻とも精神的な呵責から、ぎくしゃくした関係となってしまう。

取り違えっ子というのは、その昔、東海ドラマなどでまあよくあるテーマだったわけですが、それを家庭の経済格差や、男親の育児参加(最近では母親のワンオペ育児が問題視されていますよね)、生さぬ仲との家族の絆など、現代的なテーマを盛り込んでいますね。良多が貧乏な家庭や、躾の悪い子どもを蔑視するような背景には、彼なりの過去があきらかになってくるあたり、つくづく、子どもを育てる時間というのはじつに貴重であると同時に、扱いを間違うとおそろしい人間を育ててしまうのではないか、そんな怖れも抱きたくなろうという、この映画。自分的には感動という感慨はありませんでした。

相手方の父親・斎木雄大は遊び好きで子どもに慕われていますが、幼児にとって楽しい父親であっても長ずるにつれて好ましい親とは思えません。失礼な言い方をすると、社会人としてのスペックが負けているエリートへの対抗心で、相手の子育てをなじることで、自分が勝った気になっているようにしか思えませんし。

また諸悪の根源である女性看護師についても、けっきょく罪を問われないかっこうになってしまって、福山演ずるこの主人公が不憫ですね。がんばって、がんばって、努力して手に入れた地位や家族がつき崩れる瞬間、もっと絶望してもおかしくないだろうけれど、主人公が冷め切っているせいか、あまり悲愴感がありません。その淡々とした描写のおかげで、観る側によけいにじわじわ来るものがあるといいますか。心理サスペンスですよね。

客演は、リリー・フランキー、尾野真智子、そして真木よう子、樹木希林など。
おもしろいのは、福山ふくめて大河ドラマ「龍馬伝」のコンビということですね。

ちなみに、赤ちゃん取り違え事件は高度経済成長期に多発しており、最近では還暦を迎えた男性が裁判で病院を訴えた判決がありましたね。
裕福な親の元で生まれたとしても必ずしも幸せではないんだよ、というメッセージを本作は伝えたいのでしょうが、正直、主人公は父親として覚醒しはじめたけれど、相手方の風来坊の父親はどうなんだろう、と疑問に思ってしまいます。最近、政府が長時間労働と残業を規制して家庭に父親を還そうとしていますし、そもそも育児休業とれる父親は、やはり福利厚生のととのった大企業や公務員が多いんですよね。家庭を大事にしたくても、仕事の拘束が厳しくてできない会社員だって多い。

怪我をしても処置をしないでほったらかすような家庭、労働する姿を見せないだらしない父親(これは、夫の収入に頼って好き放題している専業主婦にも言えますが)、子どもにただ甘いだけ、楽しませるだけの親がはたして、子育てで成功しているとも思えないのですが…。

リリー・フランキー演ずるような子供好きのおもしろいオッサンは、そもそも、年長の兄姉やおじ、おば、もしくは祖父母などが同居・近居しているような昔ながらの大家族では、子どもの面倒見をしてくれる構成員がいたので、あまり尊敬される父親ではないように感じられます。父親の役目はうんぬん、というよりも、都会暮らしと核家族化および労働者のサラリーマン化が招いた現代の家族のひずみというべきなのでしょう。

(2016年9月7日)

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