陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「ゼロの焦点」(2009)

2011-03-07 | 映画───サスペンス・ホラー
サスペンスのおもしろさって何でしょうか。
完全犯罪でトリックがすばらしいことか。最後の最後まで犯人が掴めずはぐらかされてしまうことか。むろん、それもあるでしょうが、探偵役の主人公の活躍もさることながら、むしろ真犯人の動機があまりにも切ないものであるがゆえに同情を寄せてしまう点にあるのではないでしょうか。

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2009年の映画「ゼロの焦点」は、松本清張原作の同名小説を映像化したもの。昨年は生誕百周年を記念してか、「書道教授」や「霧の旗」などのドラマ化がめだちましたがテレビで視聴したそれらはさっぱりでした。今回の映画の放映も期待してはいなかったのですが、期待に反していいできばえでした。
ただし、このDVDの表紙は、昭和の雰囲気を作りこんだ劇中の雰囲気とやや異なっています。

昭和32年11月。
広告代理店に勤める十歳年上の実直そうなサラリーマンと見合いで結婚した鵜原禎子は、幸せに包まれていた。ところが新婚早々、かつての勤務地・金沢に出張したはずの夫・憲一が帰ってこない。夫の行方を追って金沢入りをした禎子は、夫の取引先の傲慢な社長室田と、その美しい夫人・佐知子と知り合う。
一向に消息の掴めない夫を探し当てるうちに、禎子の周囲で連続した札事件が起きて…。

婚前の夫の生活を知らない、お嬢さん然とした若妻が恐い者知らずで、事件に首を突っ込んでしまう。観ているこちらとしては、彼女の身になにか起きやしないかと、なんとも冷や冷やします。この初心な感じ(声だけで若いのだけれど、顔をアップにすると若妻とは言えないのがやや難点だったりするけれど)の広末涼子演ずる禎子とは対照的に、強烈なオーラを放っているのが佐知子を演じた中谷美紀。そして、佐知子とともに金沢での夫の過去の秘密を握っているキーパーソンが、木村多江演じるところの、室田の会社の受付嬢・田沼久子。

市長選や警察の話が絡んでくるので、またぞろ、汚職か過去の犯罪絡みの恨みつらみなのかと思いきや、真相は意外なものでした。

事件の背景には、戦後の混乱期に生き延びようと必死にもがきつづけた女性の悲哀がありました。佐知子が女性初の市長候補(この部分はあきらかに現代のウーマンリブの視点からの付け足しにみえるが、終局で、ヒロインの対決の場を用意するから必要なものであったろう)を守り立てていくその裏にあった想いを汲み取ると、一概に責める気持ちにもなれない。終局である人物の死をきっかけにして、佐知子が半狂乱になって顔を血まみれにするあたりは凄みがありますね。

三人は一人の男に運命を翻弄された被害者だったとも言えるし、この三人が出会うべくして出会わなければ悲劇の連鎖も起きなかったでしょう。しかし、何より怖いのは、ナイフでも銃でもなく、たったひと言、ある名前を口にしただけで相手を追いこんでしまった当のヒロインでしょうか。厳しい北海の荒波になぶられたことが、東京育ちの苦労知らずのインテリ女性を情の強い女に変えてしまったのでしょうか。

いつの時代ででも女が幸せを掴むことは難しい。そのやっと掴みとった、築きあげた幸せを奪われたくない、その執念のために、とんでもない過ちを犯していく。身に沁みて人間の弱さを感じさせます。

鹿賀丈史演じる威圧的な経営者の末路がいささか腑に落ちませんでしたが、強欲な成金であっても、妻を誠実に愛していたのだとわかるやいなや、なぜか妙に親近感を寄せてしまいます。この室田夫婦が仮面夫婦のような関係でなくお互いを曝け出して分かりあえていたら悲劇は生じなかったともえいますが、同じ関係は、鵜原夫妻にも言えるのですよね。幸せにしてくれる相手と巡り会ったときに、消し去りたい過去が負い目となってくる。そんな人間の悲しさに胸が痛みます。

監督は犬童一心。

(2011年3月6日)

ゼロの焦点 - goo 映画

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