陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「モンド」

2009-01-30 | 映画──社会派・青春・恋愛

ダイナミックな展開でぐいぐいひっぱって、ラストまで惹きつけて離さない、そんなハリウッド映画ももちろんよいのだけれど。たまには春の陽だまりにたたずむような温かさを覚える、そんな作品に出会うのもいいかもしれませんね。

一九九六年作の映画「モンド」は、家もなく親もいない少年と街の人びととの触れあいを描いています。台詞できりこむタイプではなくて、映像作家らしい手腕が冴えます。とにかく自然がうつくしい。以下、ネタバレありです。

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フランス南東部の都市ニースに、ある日ひよっこりやってきた少年モンド。彼は自分の名前以外、語るものがありません。ラストでも、彼の出自はわからない。彼がどこから来て、どこへ行ったのかすらも。しかし、少なからず彼と交流を深めた人びとには、温かさが残っているでしょう。

孤児を保護しようとする施設員に追われたり、野宿をして暮らすモンド。さいしょは船に乗って海を渡ることを夢見ていましたが、彼の屈託ない笑顔に惹かれ、街の人びとに愛されていきます。パンを分け与えてくれる中年女性、礼拝堂でコーラスを歌う女性。しかし、温厚そうな紳士をみかけて、いきなり養子にしてくれとせがむ彼にとまどいを隠せない人もいます。

釣り好きの船乗りには文字を教わり、鳩を飼うホームレスの翁をダディと呼んでつねに寄り添っている。亡命者の妻をもつ大道芸人には綱渡りをならって、波止場の興業では人気を博す。ある家の庭先で熱を出して倒れこんだ少年をすくったのは、家主のベトナムの老女。やがてふたりはほんとうの親子のように睦まじく暮らすのですが…。
仲良しのダディが病院に収容されたことがきっかけで、混乱したモンドは街で倒れて、施設職員に保護されてしまい。親代わりの老女が引き取りにきたけれど、時すでに遅し。モンドは脱走して、行方知らずになってしまいます。
モンドを失った街の気配は太陽をうしなったようにおもく沈み、彼となじんだ人びとは悲しさと寂しさを抱えて生きていく…。

モンドに優しくするいちぶの人とは対称的に、その外側にいる人びと──スーパーで買い物をする中流の家族、多忙な朝の駅前を冷たい顔で歩く通行者の列、そして家なし子のモンドを問題児扱いして更生させんとする施設職員や、野犬狩りのおとな──が、それとなく辛らつに描かれています。貧しいけれどやさしさを忘れない者と裕福だが冷血漢。この構図、いまの日本にもあてはまりそうですね。
駅前で倒れている少年をみても、誰もかえりみない。そして少年はまるで野良犬のように捕われてしまうという。このシーン、前半部の和みが一挙にくつがえされてしまって、流血したりするわけではないけれど、サスペンスタッチになって恐かったです。

観終わった直後は淡々とすすむ話だけに印象に刻まれなかったのですが、あとから妙にじわじわと滲み出る感慨。
主演のオヴィデュー・バランという少年、かなり愛くるしい少年で、今やすっかり美貌の青年として銀幕で活躍しているかと思いきや、その後の情報がありません。もともとジプシーの少年だったそうです。あと、この映画に出てくる大半の人はエキストラ。ですからいかにもつくりこんだような涙に訴える演技をしないので、よけいリアルなんですよね。

原作は〇八年にノーベル文学賞を受賞したジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオの『モンドその他の物語』(七八年、邦題『海を見たことがなかった少年』)
ル・クレジオハはメキシコやタイ、ナイジェリアなどに滞在経験があり、先住民族文化に造詣がふかい。アンフォルメルの先駆けとなったフランスの画家にして詩人アンリ・ミショーの研究論文も発表しています。

舞台となったニースは作家の生まれ故郷。花やかなパリの印象とは違って、街の黒さ─汚れている黒さではなくてシニシズムを匂わせるような暗さ──が、いじょうな迫力があります。翠さんざめく森や青い海との対比もよいですね。その黒さというのが、主役の少年の黒い髪と深い瞳といえるでしょう。

ニースといえば画家アンリ・マティスがアトリエを構え、現在はマティス美術館があることでも有名。ヴァンスという北の小村の山肌には、「ロザリオ礼拝堂」が建てられ、マティスがステンドグラスを手がけています。その色彩は、青、緑、黄そして黒と白。まさにニースの街のカラーといえるでしょうね。

(〇九年一月二十二日)


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