陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「バルトの楽園」

2009-11-12 | 映画──社会派・青春・恋愛
年末になると毎年どこぞの大きな音楽ホールでかならず流れる第九は、日本人がおそらくいちばん親しんできた合唱歌ではなかろうか。このベートベン作曲交響曲第九番「歓喜の歌」は、ベルリンの壁崩壊から二〇周年を迎えた二〇〇九年のドイツ国民にとっても想い出深い音楽であったはずだ。一九九〇年の東西ドイツ統一式典において、この歌は華々しく詠唱された。

この第九が日本にはじめてもたらされた場所が、とある地方であることはあまり知られていない。本日ご紹介する、〇六年の映画「バルトの楽園」は、その第九の日本伝来を巡るこころ温まる実話を下敷きにした物語である。

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第一次大戦末期。中国の青島の前線で敗北したドイツ軍兵たちは捕虜として、日本の収容所に移送されることになった。そのひとつが現在の徳島県鳴門市にあった板東俘虜収容所。この収容所の松江豊寿所長はいたって人道的立場にたった好人物で、敵兵であったドイツ兵たちを奴隷のように扱わず、収容所内にカフェや印刷所、パンの製造所を設けて自由な暮らしを許した。
松江が敗残者にも情けをかける背後には、彼が会津藩出身で戊辰戦争で官兵に敗れたため流浪生活を余儀なくされた幼少時代があった。このシーンは涙なくしてはみれない。
そしてもうひとつの理由は、ドイツ兵がもっていた高い技術力に目を付けたせいでもあった。

出兵した息子をドイツ人に殺された恨みから敵意をもつ村人とのいざこざや、ドイツ人とのハーフで父親のいない村娘と、娘を亡くしたドイツ兵とに生まれた親子の情などを含みつつ、松江の人徳により、村人と捕虜収容兵との交流は深まっていく。
が、その矢先。ドイツの完全敗北によってドイツ帝国の皇帝が退位したことをうけ、ドイツの少将クルト・ハインリッヒが自殺未遂をしてしまう。交友を深めていた松江はいたく傷つくも、みずからの生い立ちを語ることでハインリッヒを励ます。ドイツ側の降伏によって収容兵の帰国が決ったが、坂東収容所での歓待に謝意を示して、ドイツ兵楽団はコンサートを開く。そこで披露されたのが、第九「歓喜の歌」だった。

もと誇り高いパン職人であった収容兵のひとりは神戸に渡り、パンの製造技術を伝えた。私はそのパン屋の食パンを毎日好んで食べている。

タイトルの「バルト」は、ドイツ語でひげを意味し、松江やハインリッヒがみごとなカイゼル髭をたくわえていたことに由来するらしい。
松江を演じたのは松平健、ハインリッヒを演じたのは「ベルリン・天使の詩」のブルーノ・ガンツ。ドイツ兵の配慮を軍部から批判された松江を支える献身的な妻に高島礼子、部下に阿部寛(この人はなぜか軍人役が似合うのよね(笑))らと配役としては申し分ないのだが、序盤に出てくる板東英二は台詞がまったく棒読みでいただけない。

南京での大虐殺や従軍慰安婦問題など、第二次世界大戦中に日本人が起こした悪罪ばかりがクローズアップされがちだが、その十数年前に、このような良心的な日本人がいたことを忘れてはいけない。

(2009.10.10)

バルトの楽園(2006) - goo 映画

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2 Comments

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Unknown (blog459)
2009-11-19 21:16:23
こんにちは!

この映画大好きです!
徳島で撮影された時、
見学に行きましたー!

分かりやすいレビューで良いですね^^
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希少価値のある作品 (万葉樹)
2009-11-20 18:45:43
blog459さま、コメントありがとうございました。

第九を初演したのは松山だという説もあるそうですが、どうなんでしょうかね。
二、三年前だったかロケ村が残されていた当時、徳島在住の知人に誘われて訪れたことはあります。現在移転したようですね。

ハリウッドの戦争映画を観るに、たいがいドイツは世界大戦の敵方にされていますので、こういう日独の交流を描いた作品は希少価値があるはず。なのに、あまり評価されていないように感じます。演出にいま一歩大胆さがなかったゆえなのか。松平健好きの私としては残念です。

そちら様のブログにあるドイツ館も訪れたことはあります。懐かしいですね。
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