陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「さらば、わが愛 覇王別姫」

2010-08-31 | 映画──社会派・青春・恋愛
1993年の中国・香港・台湾合作映画「さらば、わが愛 覇王別姫」(原題 : Farewell to My Concubine)は、京劇役者の男形と女形、そしてそのふたりに割り込む女の三角関係を軸に、半世紀に及ぶ中国の近代史を描き出した一大巨編。
「覇王別姫」とは、中国の戦国時代の楚王項羽と妃の虞美人との悲恋を描いた京劇の古典。この劇中劇を演じる役者ふたりは、想い慕いあう恋人を演じても、私生活では惨憺たる泥沼の愛憎を演じてしまう。なんとも切なく苦しいラブストーリーです。

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1925年の北京。京劇役者の一座に拾われた少年、小豆子は兄貴分の小石頭に庇われながら、厳しい訓練に耐えていた。月日は流れ、美しい小豆子は程蝶衣に、逞しい若者の小石頭は段小樓という芸名でデヴュー、京劇の古典「覇王別姫」でコンビを組んで一躍人気スターとなる。兄のように慕う小樓に、蝶衣はひそかに思いを寄せるが、小樓は成りゆきから助けた女郎の菊仙と結婚してしまい…。

愛憎渦まく三人の関係がはじまったのは、1930年代後半、抗日戦争まっただなか。小樓を奪われたことで蝶衣は京劇から去り、コンビは解消。しかし、日本軍の北京占領、そして終戦、1949年の共産党政権成立と、60年代の文化大革命、つぎつぎに時代の荒波が彼ら京劇役者を襲います。
愛する小樓を救うために舞った舞台が、逆に蝶衣の立場を危うくしてしまう。アヘンに溺れ自堕落になる蝶衣。いっぽう、蝶衣をうしなったことで意欲をなくした小樓は、かつての威光をなくして落ちぶれていく。兄弟役者が和解してふたたび京劇を再興しようとしたとき、待っていたのは英雄鐔よりもプロレタリアの物語をのぞむ大衆の声。古い体質の京劇にこだわりつづける蝶衣は、革命思想に感化されてしまった若い弟子の裏切りに遭ってしまいます。

170分超えの長編には、台詞や小道具が繰り返し登場。そして、なんども再演されるのは、蝶衣と小樓の「覇王別姫」
役柄のなかだけでは相思相愛のふたりが、あたかも四面楚歌さながらに、反革命分子を糾弾する民衆の憎悪の輪に囲まれてしまう。そこで、長年涙と憎しみとを分かちあってきた三人の男女の感情が剥き出しに。小樓は我が身かわいさに弟を見捨てようとし、絶望した蝶衣はその鬱憤を、恋敵の菊仙に浴びせてしまう。娼婦だった身の上を暴かれたあげく、小樓に愛していないと叫ばれた菊仙は、悲しい最期を迎える。

敵に四方を囲まれてもけっして愛だけは棄てなかった伝説の覇王と姫を演じたふたりが、化けの皮が剥がされていってしまう、この筋書きがなんともみごと。蝶衣は私生活では振り向いてくれなくても、小樓演じる覇王だけを純粋に愛していたのでしょうか。1977年、11年ぶりに最後の「覇王別姫」を演じた蝶衣は、女を見捨てた小樓に幻滅したのか、それとも現実の恋が成就したために役得で追う必要がなくなったのか、みずからその愛を封じてしまいます。
単にゲイの恋愛(そもそも同性愛を禁断の香りがするラブゲームのように捉えるのは、あまり好まないのですが)とは、割り切れない愛情が底に流れているように感じます。蝶衣と小樓にあるのは精神的なつながりです。
ちょっとした感情のもつれが人の運命を変えていってしまう危うさを、華やかな色彩と、暗い社会背景に据えて描き出した大作。日本ではこうした作品は、まず生み出せないのではないでしょうか。

主演は、妖艶な美男子の程蝶衣に「ブエノスアイレス」のレスリー・チャン。伝説的な人気俳優で、2003年にまさにこの役どころのような最期を迎えてしまったのが残念ですね。
豪快な兄役者の段小樓を、「レッドクリフ」で曹操を演じたチャン・フォン・イー。したたかな小樓の妻に、「ハンニバル・ライジング」のコン・リー。
監督は「始皇帝暗殺」のチェン・カイコー(陳凱歌)。
第46回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞。

(2010年2月25日)

さらば、わが愛 覇王別姫(1993) - goo 映画

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