陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「めまい」

2010-07-18 | 映画───サスペンス・ホラー
1958年の映画「めまい」(原題 : Vertigo)は、アルフレッド・ヒッチコックが贈る傑作ミステリー。夢遊病の人妻と許される恋におちた男を巡るロマンスが主軸ですが、そこはやはりヒッチコック映画。一筋縄にハッピーエンドとはならない。
タイトルは、主人公の男が陥る心理状態のことですが、それをなぞらせるかのような巧みなカメラワークや、映像のからくりで、視聴者の目も眩ませてしまうのです。
冒頭のタイトルシーンからして、不安を煽り立てるような戦慄的な音楽と、オプアートのような意匠の回転で、視聴者は謎めいた物語へ引き込まれていってしまいます。

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捜査中に同僚の墜落事故がショックで、高所恐怖症になってしまった刑事のジョン・ファガーソン。高いところに上るとめまいを覚える彼は、しかたなく退職し気ままな生活を送っていました。
かつての学友のエルスターから、妻のマデリンを尾行してほしいと依頼されます。マデリンには精神障害の兆候があり、知らない場所へかってに出歩いては、その記憶がないといいます。自分と同じ年で命を絶った不幸な曾祖母の墓参りをしたり、肖像画をすがるように見つめている姿に、不審なものを感じつつも、その美しさに惹かれていってしまうジョン。

海に身投げを図ったマデリンを救ったことから、ふたりは急接近。距離をとって生活を探る任務も忘れて、ジョンはマデリンをどうしようもなく愛してしまいます。しかし、錯乱したマデリンは教会の塔から転落死。「私を失えば、私が愛した事に気づく」という謎の言葉を残して。
高所恐怖症のためにみすみす彼女を死なさせてしまったことを、ジョンは後悔し夢にまでうなされてしまいます。

と、中盤に恋のお相手が亡くなってしまってあっけにとられるのですが、もちろん、これだけでは済まないのがヒッチコック流。
このあと、ジョンは愛した女性に生き写しの女と巡り会い、愛してしまう。しかし、彼はマデリンの死に隠された恐るべき真相を知ってしまいます。

事実を知ったジョンのただならぬ怒りは、愛した女に純情を踏みにじられたためか、それとも元刑事として犯罪に巻き込まれた屈辱のためか。ショック療法を口実に再度現場を訪れたジョンの執念は、しかし、思わぬ悲劇を招いてしまいます。

一度筋書きを知ってから、ニ度三度と観なおすと、ヒロインの台詞が意外な意味あいを含んでいたことに気づかされます。ありのままの自分を愛してほしいと口走っていた女の真意は、時遅く男には届かない。なんとも悲しい話ですね。

また色彩の魔術師ともいっていい、ヒッチコックのカラーセンスによって、念入りに配色された一コマ一コマをじっくりと味わうのも乙なもの。たとえば、夫人が歩く横に映る黄落のイチョウが映った次のショットでは、主人公の後ろを鮮やかな黄色い車が走り抜けていく。また冒頭に出てくる渦巻き模様は、再三登場する花束や、ブロンドの髪との関係を保っています。

私が借りたDVDは、映像や音声を世界各地のネガや、ヒッチコックのスケッチ、ノートを元に復元したもの。修復人のかなり苦労が偲ばれますね。

めまいを生じさせる独特のエフェクトは、手前の風景を拡大したままカメラを遠くに引いたもの。画面中の被写体のサイズが変わらないのに、パースペクティヴだけが変わり、観る者に錯覚を生じさせるのです。
教会の塔や階段もじつは、ミニチュアワーク。なのに、現在のCGが出す効果よりも、それらしいリアリティを醸し出しています。まさにヒッチコックならではの技量といえるでしょう。

主演は、「素晴らしき哉、人生」のジェームズ・スチュアート。
お相手役は、二面性のある女性を演じ分けたキム・ノヴァク。

それにしても、ヒッチコック作品はおぞましい怪物も、気味の悪い死体も、流血もほとんででてこないのに、どうしてこんなに恐ろしいんでしょうね。昼間でも得体の知れないものが潜んでいるような空気感、誰かに覗かれているような緊張感のあるアングルが、なんとも絶妙です。

(2010年2月16日)

めまい(1958) - goo 映画

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