聖は「手を離されたもう一人」について、乃梨子が訊ねないことに安堵していた。
三歳年下の彼女に必要なのは、姉妹としての愛なのだ。自分の行き過ぎた、身の破滅を呼びそうなほどのあの恋の顛末についていまさら語ったところでどうにでもなるものではない。それは、志摩子にすら語ったことがない。リリアン女子大にいる友人たち、景さんたちにですら隠しとおしている過去だ。
「私はね、実はこう見えて、スールなんて馬鹿にしてたんだよ。あんなちゃちいロザリオの受け渡しで人を縛ったり、縛られたりするなんておかしいと思っていた。自分にお姉さまがいて、守られていたにも関わらずにね。それに気づいたのはね、乃梨子ちゃん、君が志摩子の妹になったと知ってからだったよ」
「私がですか?」
「そうさ。だから、君は私の意識を変えた記念すべき白薔薇の妹。誇っていいな」
志摩子さん言うには、佐藤聖という人物は幼稚舎からのエスカレーター組らしい。
すなわち大学まで含めると十五年近くは,リリアンのなかで育ってきたことになる。生粋の内部進学者ですら異常に思えるこのシステムに、乃梨子のような外部進学者、しかも第一志望校を諦めあげく転がり込んできた選択肢で、かねてから望んで入学したというわけでもない自分が反感を抱いたとしてもけっしておかしくはなかったわけだ。聖さまも、志摩子さまも、そして自分も似た者同士なのだ。ここは自分が相応しくない場所だと感じながら、いつのまにか、順応してしまっている。
「スール制度というのは、姉に受けた恩を妹が下の世代に贈りつづけること──なんですね。このロザリオが受け継がれていくみたいに」
「そのロザリオがどこから発生してるのはわからないけど、かなり古いものみたいだね。私のお姉さまに言わせると、すくなくともその二代前からあったらしいし。まあ、白薔薇の遺伝子は未だ途絶えずってことかな。お家断絶しないのは喜ばしい限り」
乃梨子はふと気になって、考え込んだ。
あれ、おかしいな、だとしたら瞳子は…?
言おうか、言うまいか。さんざん悩んだ挙げ句、やはりその疑問を口に出すことに決めた。
「聖さまは、このロザリオを白薔薇の蕾のときに頂いたのですか?」
「いんや、高校一年、白薔薇の蕾の妹のときだけど?」
「だとしたら、そのとき、聖さまのお姉さまは白薔薇の蕾で、その上に白薔薇さまがいらっしゃったわけですよね?」
「うん、そういうことになるね。だから?」
聖がじれったそうにして、口を尖らせた。
この人、他人を質問攻めにしたろ説教したりはするくせに、自分がそうされるのは大嫌いなんだな。でも、そこが白薔薇らしいのかも。乃梨子にもそう思える面があったからだ。
「だから、って…。いいですか、よく考えてみてください。聖さまのお姉さまがそのまた上のお姉さまから頂いたはずのロザリオを、なぜ妹の聖さまに下されるんです? お姉さまのロザリオがなくなっちゃいませんか?」
「…あ、そうか!」
聖がぽん、と手を打った。
ほんと、この人は自分のことになるとまったく盲目なのだ。こそばゆいような笑みが、乃梨子に浮かび上がる。