あれ、涙が…。
卒業式って、こんなに泣くものでしたっけ?
二年ぶりに読んだ感想、ひさかたぶりなのでところどころ忘れていた記憶のほつれを結びながらの読書。しんみり胸にしみいる一冊でした。いやはや、今野先生はかなり、去年の卒業式を意識して,最新作『卒業前小景』を練られたのだなと感心しきりです。まあ、もちろん物語の人物のなかでは人生の出来事として刻まれてきたイヴェントなんですからそうやすやすと忘れるはずもないのですが。しかし、これが出たのがもう七年前。月日の流れの早さを驚かずにはいられませんね。
表紙を飾るのは当時栄華をきわめた三人の薔薇さまがた。『イラストコレクション』で言及されていたのですが、文庫本表紙に水野蓉子さまが登場したのってこれっきりなんですね。小説読むとけっこう大活躍してるし、作者の愛着があるキャラだと思うのですが、残念~。本文じたいにはまだまだお目見えしそうですが、リリアン女学園の生徒でなきゃ本の表に出る資格はないですからね。
で、中身のほう。これは文句なしにシリーズ中の名作、機会があれば読み直したいできばえです。
卒業式前に聖さまにキスの「お餞別」をあげる祐巳。いやぁ、ドキドキしますね(艶笑)
『マーガレットにリボン』でも触れられていた蓉子の聖への憧れは、この頃すでに片鱗が。抱きつき魔と化す蓉子さまがかわいい。
蓉子・聖・江利子の三人の視点を交互に組み合わせながら、卒業式本番を描いていくのも。式の最中に、幼稚舎時代から中等部入学時までの三人の馴れ初めを爽快なタッチで描いているのが小気味よい。姉妹関係のベタベタな萌えじゃなくて、互いたがいが自立して張り合っているけれどけっして競わない、友情。いまの二年生トリオとはまた違った、三薔薇ファミリーの関係、おもしろかったです。これに比べたら、なにか今の山百合メンバーの状況って、異様に依存しあっているような間柄にみえてしまうのですよね。まあ、物語での生存期間が長い分、負の感情が出しつくされてしまった結果なのですが。
蓉子と聖はいわば作者の投影像で、『車輪の下』でいうところの優等生ハンスと放蕩児ハイルナーにあたるのでしょう。どちらが上でも下でもなく、相手のどこが好きでどこが嫌いかをはっきり口に出せるさばさばした関係って、女の子にはなかなかないものでいいですよね。
学生生活をもういちど楽しむために進学した聖。いい子ちゃんの殻を脱ごうとする蓉子。努力家でもなく成果を手にしてきたためたまに倦怠感をかかえているが、それでも高校には満足して別の世界を覗きたくなったという江利子。動機はどうあれ、彼女たちは物理的な卒業ではなく、精神的にも学び舎にお別れをつげることができているわけです。
にしても、この頃の祥子さまはほんとにヒステリックで手のつけられないお嬢様だったんですね。椅子を足で蹴るって(苦笑)
送辞のときの令ちゃんは珍しく(失礼)かっこ良かったし。
なかんずく秀逸なのは、聖さまと志摩子の出逢いを情感たっぷりにつづった「片手だけつないで」
桜の季節といい、手をつなぐしぐさといい、乃梨子との出逢いとの連関を思わせますね。前編の記事でうっかり江利子さまは下級生との交流がないみたいなことを書いてしまいましたが、山百合会デヴューをためらう志摩子をやさしく気づかったのは彼女だったのですね。にしても、この頃はずいぶんと由乃のキャラが違いすぎます(笑)
『卒業前小景』で気になっていた桂さんとテニス部の副部長の話は、ちゃんとこの時に伏線張られていたのです。しかし、七年間もずっと構想あたためてたのだとしたら、すごいですね、今野先生。