ウラとオモテの日記

私が見た裏と表の話を紹介する。今話題のニュースよりもあまり取り上げることの少ないニュースに注目します。

万博へ一直線

2024年04月13日 22時55分21秒 | ニュースあれこれ

 大阪関西万博まであと1年となりました。今日は読売テレビの全国ネットや関西ローカルに吉村知事が登場していましたが、万博の問題は山積です。課題についてニュースイッチから紹介します。記事によると、目玉となるリンクは8割程度完成しているそうで、企業でも三菱グループが3世代語り継がれるような建物や、住友グループが森が舞台のパビリオンを建設しようとしています。飯田グループホールディングスは大阪公立大学と共同で人工光合成を搭載した住宅の実証実験を続け、その成果や最新技術を紹介するそうです。NTTは次世代光通信基盤「IOWN(アイオン)」をはじめ最先端技術を活用し、未来のコミュニケーションのあり方を示し、会場内の他のパビリオンや催事施設などを「IOWN」で接続し、多くの展示演出も支えるそうです。スタートアップ企業も参画しており、3月には「大阪ヘルスケアパビリオン」内の展示・出展ゾーンに出る中小・スタートアップ377社が公表されました。大阪冶金興業は関西大学と連携し人工ルビーをミリ波で加熱加工する技術や、テーラーメイドの3次元(3D)人工骨などを披露する予定だそうです。海外のパビリオンの建設が進まない中で、国内、特に関西地方の企業では順調に進んでいることが分かります。建設費の問題もありますが、あと1年で一気に進んでほしいものです。
https://news.goo.ne.jp/article/newswitch/business/newswitch-41213.html

 ところでマスコットのミャクミャクがしゃべったとオリコンが伝えました。今日行われた大阪・関西万博 開幕1年前イベント~ぜんぶのいのちと、ワクワクする未来へ。~の中で事前収録の動画にて
「こ、こんにちは~」
と小声であいさつし、観客の声援にこたえてもう一度
「こんにちは~」
と言ったそうです。なお会場にも現れたそうです。どんな声だったのか気になりますが、相当恥ずかしかったのかなとも感じています。1年後にはもっとしゃべってほしいです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6cf8fdf2fdc3b162b5d1200d54c355cdaf155112
https://news.yahoo.co.jp/articles/07978b8864aa817b65941ef9a0930d82a25bcb51(吉村知事が毎日新聞の取材に答えました)

 次はめざましテレビで放送しているコーナーココ調から、落書きです。渋谷や下北沢では今年に入り落書きが相次いでいるそうで、番組が調査を行いました。店のシャッターには
「エビチリ」
と書かれています。取材したアナウンサーは
「近くで見てみると両手を広げたよりも大きなサイズで書かれています」
と表現していました。このエビチリというワードについて落書きを研究している専門家は
「2023年ごろから爆発的に増えていっている。東京だけじゃなくて地方都市でも増えていってる。元々は1人の犯行で数ヵ所に書いたんだと思いますけども、今増えているのは模倣犯ですね。それを真似た数十人あるいは数百人が書いているんじゃないかと思います」
と述べています。専門家の話ではSNSでもその言葉が拡散し、名古屋や沖縄の石垣島まで広がっているそうです。今回被害にあった商店街では月に4~5回の落書きもあうようで、連合会の会長は
「落書きに対応できる人間もいない。いなくなってきたわけよ。人手不足で商店街も。もうやめてください。とにかくやめてください。汚れますので。自分の家でやってください」
と怒り心頭でした。
 めざましテレビの取材班が深夜歩いていると、1人の男がキョロキョロとあたりを伺いながら、駅前の商店街の案内マップに何かを落書きしていました。落書きしているという男は
「自分は書きたい場所に書いているだけ。人の家だろうが、公共だろうが、国のなんちゃらだろうが。みんなそういうの思い思いに書いたりするのがアートなんで。それで成り立っている世界なんで」
と身勝手な言い訳をしていたそうで、商店街の会長に伝えると
「他人のものを傷つけるのと一緒ですからね。迷惑条例違反でもあるし、落書きは自分のところでやれと。自分のキャンパスで書けということですね」
と憤りを明かしました。
 一方大阪でも同様に被害があり、ひがし中通り商店街では2023年、シャッターに「B」の文字のような落書きが書かれる被害があったそうで、その様子を捉えていた防犯カメラを見ると、犯行時間は書き始めてから立ち去るまで、わずか3秒しかなかったそうです。できる限り早急に落書きを消し、防犯意識が高い地域と思わせたことで、それ以降、新たに落書きが書かれることはなくなったそうです。高圧洗浄機で落書きけしをしている業者は
「公道に書かれていても警察の許可を取ったりしないといけないので、行ってさっと消して帰ります、というわけにはなかなかいかないですよね。書くのは本当に簡単。でも消すのは大変」
と話しているそうです。子供の時には落書きをしていた人も多くいましたが、電車の高架下などで落書きを見かけると、なんか怖い感じもします。迷惑行為の一つとして存在しているので、絶対にしないでください。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c8ab20bb9b0725e7361d932a0e02e9a7532ac576

 先週からサンデーモーニングに出ている膳場貴子さんのことが日刊ゲンダイに掲載していました。筆者(コラムニスト)によると、進行はスムーズで、コメンテーターたちの批評も的を得ていると評していました。ただあの喝でおなじみのスポーツのコーナーはいまいちだったそうで、膳場さんも
「最初に白状させていただきますと、ちょっとスポーツはまだ『あれ』ですので、いろいろと教えてくださいませ」
と認めているが、ご意見番の上原浩治さんとの呼吸はいまひとつだったと書いていました。視聴率も裏番組のシューイチに逆転されたそうです。
「膳場は安定感抜群で、アドリブもこなしますが、“ボケ”は苦手です。7歳まで西ドイツで過ごし、女子学院、東京大医学部卒業の優等生。NHKに入ってからもバラエティーの経験はほぼゼロで、フリー転身後は『NEWS23』『報道特集』といった“報道のTBS”の看板を背負ってきました。ボケを身に付ける暇も環境もなかったでしょうね。お堅いイメージなので、他の出演者も膳場にはツッコミにくい。でも、日曜朝の司会は、ボケて笑いをとることも求められます。素が出せるかどうか。膳場サンモニのカギになりそうですね」
と番組制作会社のプロデューサーという人は語っていました。若返りしたということもあり、NHK出身ということもあってかスムーズだったように見えたのかなとも思いますが、報道特集などと違い、2時間でやるコーナーは制約もあるので、そのあたりを気を付ければ定着できるかもしれません。明日見てもらいたいつもりでご覧ください。
https://news.goo.ne.jp/article/nikkangendai/entertainment/nikkangendai-1034177.html

 最近ご無沙汰やなというのが水嶋ヒロさんですが、今日地震のインスタグラムを更新したとスポニチが伝えました。記事ではこの日、40歳の誕生日を迎え、長女、次女と手をつなぐ親子ショットを披露したそうで、
「絢香が撮ってくれてた」
と書き出すと、8歳長女と4歳次女の手を引く自身の後ろ姿のショットをアップしたそうです。インスタには
「こう見ると、長女が本当に大きくなった 頭ん中では次女くらいだと思って手を繋いでたんだが…。今日は虹も見れた このレーンでも、良い事いっぱいあるといいな」
と結びました。反応は
「ヒロくんお誕生日おめでとうー!久々の更新嬉しい YouTubeもずっと更新待ってます!笑」「1年ぶりの投稿 お誕生日おめでとうございます」「素敵な写真 ご家族でお出かけいいですね!」「Beautiful family!」「ヒロ様から『絢香』呼び聞けるの貴重 いつまでも仲良しなお2人が大好きです」
と書かれていました。綾香さんだけ活躍している姿を見ていたので、水嶋さん、元気そうでよかったです。お父さんとして子供を育てるのは大変そうですが、俳優としての活躍をもっと期待しています。
https://news.infoseek.co.jp/article/sponichin_20240413_0190/?tpgnr=entertainment

 次は沖縄タイムズより、65歳で空手を始めた女性の話。浦添市の女性は保育園で毎週1回教えています。もともと空手がすきだたそうで、沖縄空手道小林流大信館協会が10年前、65歳以上のシニアクラスを開設することになり、そこで習うようになりました。協会では6年前からこの保育園で空手を教えており、女性は3年前から担当しています。3月27日には稽古後、3〜5歳児クラスの32人に空手習得証と花束を手渡し、1年間の頑張りをたたえたそうです。保育園児は
「突きや蹴りが楽しい。先生も優しくて、空手が好きになりそう」
と笑顔を見せました。女性は
「園児たちの一生懸命な姿を見るとうれしくなる。いつか道場で一緒に稽古できる日を楽しみにしている」
と語りました。保育園児に囲まれての指導は厳しいかもしれませんが、空手の基礎から強くするための方法を学ぶことはより強くできると思います。そこからいい選手を育ててください。
https://news.goo.ne.jp/article/okinawa/region/okinawa-20240413105100.html

 次はカンテレから、障がい者が働くカフェです。大阪市中央区にあり、こだわりの豆を使ったドリップコーヒーや自家製のチーズケーキがあり、観光客や地元の人などが訪れます。そんな店員にはダウン症の人(26歳)も働いています。ダウン症は約500人から600人に1人の割合で生まれるといわれていて、知的な発達が遅く、筋力が弱い人が多いという特徴があるそうで、動作はゆっくりです。
店員「イチゴのチーズケーキどうぞ」
お客さん「10月のパンプキンのケーキめっちゃおいしかった」
店員「かぼちゃのチーズケーキですね」
仕事でしんどいはあるかと聞くと
「ないです」
と答えていました。オーナーは同じ26歳です。
「“光”というのが、僕の弟の名前なんです。彼がダウン症で生まれたことが、ダウン症というテーマに取り組み始めたきっかけです。弟が生きていて、誰が面倒を見ていたんだろうか、とか」
弟は1歳で亡くなり、生きていれば社会人だったそうです。日常生活の中でダウン症の人も普通に働くという環境を作るためにこのダウン症の人と雇いました。
 店員の母親がやってきました。店員は支援学校を卒業した後、福祉事業所で7年間働きました。その後このカフェに働きたいと話したそうです。母親は
「一度、就職したいというので、色んな所へ実習に行かせていただいたんですけど、なかなか受け入れ先がない。(ここで働いて)笑顔が増えた。写真を向けられたときに『笑って』って言われて、なかなか自然に笑えなかったのが、普通にここでは笑っている」
と話しています。
 ダウン症の当事者イベントでもコーヒーを入れました。オーナーの
「大丈夫、提供できる?」
という問いにも店員は
「できます」
と答えました。日本ダウン症協会の調査によると、企業の障害者雇用枠で働いているのは約6%だそうで、半数が福祉作業所に働いているようです。ダウン症の娘がいる親は
「私がやっぱり死ぬじゃないですか、先に。自分でちゃんと生活を立てていってほしい。(決まった)時間に、ちゃんと行って、時間の間きちんとお仕事して、時間になったら帰るルーティーンが、なかなか身につかないタイプなので、お仕事できればいいなって思うけど、なかなか難しい」
「知的(障害)の子たちの一般就労は現実問題、難しい。一回言って(頭に)入る子ではないことが多いので、(企業が)そこにどれだけ時間を使えるか」
と答えています。
 ダウン症には記憶の定着が難しいため、注ぐお湯の量やドリップする時間を定めたレシピがあるそうで、何度も繰り返すことで覚えられるよう、1回の勤務時間を短くし、出勤回数を多くしました。オーナーが
「自分の手の方にひいたらつくやん、なるべく逆の方向にひくようにして…」
と指導しています。スタッフはその日のことをノートにイラストにしてまとめています。オーナーは
「1人1人の特性が違うので、得意や好きを中心にできるお店の設計をする方が、当人にとって居場所や活躍の場所になる。働いている様子を見てもらって、1つでもこれまでと違った考え方になったり、(ダウン症の人が)“当たり前にいる”って結構、実現できる」
と話しています。店員の夢は
“自分がいれたコーヒーでたくさんの人を笑顔に”
だそうです。今回紹介したのはダウン症の人の話でしたが、障がい者が当たり前に働いている中で、長く働くためにどうしたらいいのか、差別や偏見にどう立ち向かおうとしているのか、課題も多くあります。就業の問題をもっと真剣に考えないといけません。
https://news.yahoo.co.jp/articles/98fc59381835e7de7cb3dee88745c8a61303158e

 昨年の山川選手のスキャンダルにより西武からソフトバンクへと移籍して初めてベルーナドームで対戦を行い、ソフトバンクは勝利を収めました。山川選手も満塁打を2発打ちましたが、ヒーローインタビューには勝利投手のモイネロさんだけだったとスポニチが伝えました。ネットでも
「さすがに山川のヒロインは無いよね」「8打点でもヒロインに出られないのが草」「これベルドのヒロインにあの人呼ばれちゃうのかな怖…と思ったけどモイちゃんだったっぽい、平和的解決」
と話題になったそうです。ああなってしまった以上、古巣としては出せないという結論となったようです。当然の結果です。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7177893178ce2cb40c2169f84ebf399d1417e13b

 今週はスポーツ界で訃報が相次ぎ、曙太郎さんが亡くなりました。若貴兄弟と同期であり、兄弟との勝負は名勝負として語り継いでいます。外国人力士初の横綱として、その後のモンゴル勢の躍進にもつながりました。そしてもう1人が競馬の藤岡康太騎手です。彼は先週落馬して意識不明のまま亡くなりました。今日は亡くなってから初めての競馬ということもあり、各競馬場では献花台が設置され、黙とうがささげられました。ディリースポーツによると、お兄さんの佑介騎手は
 「まずは康太のことに関して、たくさん心配していただいてありがとうございました。きのう、無事に家族で見送ることができたので、僕も含め家族も少しずつ気持ちの整理が付いてきているので、時間はかかると思いますが、前を向いていけるかなと思っているところです。気持ち的に落ち着かなければ、競馬に乗るのも失礼だと思ったので、その辺りも考えたのですが、生前から康太とは一緒に乗っている以上はこういうこともあり得るとよく話していて。お互いが相手の馬に乗っかかる形で落ちることもある。そういう覚悟がなかったわけでもないですし、僕は受け入れられるのも早かったのかなという気持ちはあります。突然のことで、お別れできないまま逝ってしまって、心に留めてくださっているジョッキーの方もたくさんいて。朝、(武豊)会長の方からみんなにひと言、声を掛けてあげてほしいということで、あいさつさせてもらう場面もつくっていただいて。気持ちを伝えることもできたので、なかなかすぐにとはいかないかもしれないですけど、一日でも早く、明るい空気が戻って、安心して康太が見守れる状況になればなと思っています。ファンの方も今までできていたこととか、楽しめていたことがそうじゃなくなってしまうというのは康太の本意とするところじゃないと思うので、変わらず応援してくれたらうれしいなと思います。JRAの方の配慮で、そういう場所(献花台)を作ってもらって、康太自身もこれだけたくさんの人に応援してもらっていたんだと実感できると思いますし、家族も康太が生きてきた証しとして見えることは悪いことじゃない。すごくありがたいと思っています。心配の声を僕自身にも掛けていただいていますが、朝から一つ騎乗馬を用意していただいて乗れたことですごく落ち着けましたし、思っていた以上に冷静に競馬に乗ることができたので、心配せずに今まで通り安心して応援してもらえればと思います」
と思いを語りました。兄弟で切磋琢磨して競馬界を支えていたのに、落馬事故で命を落としてしまうのは本当に悲しいです。武豊さんも弟(幸四郎調教師)を支えてきて、競馬がいかに大変なのかがよく分かると言えます。他のスポーツも危険と隣り合わせです。きちんと競技を行うことがファンのためになるものだと感じました。弟の分も生きて競馬を続けてください。お悔やみ申し上げます。
https://news.goo.ne.jp/article/dailysports/sports/20240413043.html

 今日最後は松戸市に起きた殺人事件で亡くなった娘さんの夢をかなえた両親の話。千葉日報によると、福島県二本松市の岳温泉に昨年6月、一軒のベトナム料理店がオープンしました。事件は当時9歳の娘が殺され、大きなニュースにもなりました。その娘さんの両親がレストランをオープンしました。JR二本松駅から車で約20分、標高1700メートルの安達太良山のふもとにベトナム料理店があります。元旅館で壁に描かれた日本画と鮮やかなベトナムのテーブルクロスが印象的だそうです。牛・鶏・アヒル肉のフォー(800~900円税別)や揚げ春巻き(150円)、3種類のバインミー(500~650円)など20種類以上のベトナム料理を提供しています。郡山市の会社員は
「塩ベースのスープがすごくおいしい。麺がもちもちしている」
と話しています。開店して9カ月ほどだが、本場の味付けながらクセが少なくて食べやすく、料理のボリュームもあって客に好評、中でもスペシャルバインミーは自慢の逸品で、自家製ピクルスを具材に使用し、パンは本場のものと同じく外はカリッと、中はふわっとした食感で、市内のパン屋に特注しています。娘の母親は
「おいしいという評判が多くてとてもうれしい」
と喜んでいます。亡くなった娘さんは母親と一緒にフォーやバインミーを作り、
「ベトナム料理を日本の友人に作ってあげたい」
と夢を語っていました。2017年3月に当時通っていた小学区の元保護者会長に登校中、わいせつ目的で連れ去られ殺害されました。その後松戸市内でベトナム料理店をオープンしたものの、コロナ禍の影響もあり、売り上げも伸びませんでした。そんな時に父親が元旅館の売却物件と見つけて購入しました。
 東日本大震災や原発事故で福島の人たちの生活は一変しました。その境遇が亡くなった娘と重なってしまいました。家族の生活の拠点を二本松市に置くことにしました。娘の弟が通う小学校の食事会を店で開いたこともあるそうです。使っていない部屋を活用して近く旅館も開業する予定で、現在改装を進めています。20部屋ある客室はもともとあった和室を生かしつつ、外国人も宿泊しやすいよう床をフローリングにしてベッドを設置、露天風呂もあり、安達太良山から湧き出る名湯を堪能できるそうです。父親は署名活動もしましたが、その後被告には懲役22年5か月が確定しました。
「裁判で本当にいろんなことがあって、つらかった。一生懸命全てを尽くしたけど、結局死刑にできなかった」
と父親は無免を口にしました。旅館の名前は
「rbHotel」
としました。rebirthからとりました。生まれ変わりや回復、復興を意味します。娘さんは生きていれば高校2年生になります。父親は
「普通の生活に戻りたい。そして良い人生をもう一度送りたい」
と静かに語りました。震災で甚大な被害を出した福島に料理店を出した両親、娘の死を乗り越えて、新たな出発をして、娘が喜ぶようなお店を作り出してください。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2521941b1210b664626ecfe4c7867b284e6da545


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