ウラとオモテの日記

私が見た裏と表の話を紹介する。今話題のニュースよりもあまり取り上げることの少ないニュースに注目します。

モデルノンストップ

2017年01月23日 22時20分05秒 | 番組あれこれ

 桑田さんというと清原さんとのコンビからプロとして活躍し、東大のコーチまで勤めましたが、その息子のことを今日放送のノンストップ!がインタビューしていました。ディリースポーツによると、次男のMattさんという人は桜美林大学で音楽を学びながら、モデルなどもこなしているが、父とまったく似ていない容姿で注目を浴びているようです。番組では「小さい頃から似てないと言われていた。父はあごにほくろがあるが、ぼくは右頬にあるのでほくろの位置が違う。大学の友達がうちに来ると、お母さんを見て、お母さん似だねとわかる」と母親似であると説明したそうです。幼い頃父が肘のリハビリのためにピアノを弾いていたのを後ろから見ていた影響でピアノを始めたそうで、父からは「怒られたことも怒鳴られたこともない。目上の人には正しい態度で、あとは努力し続け、謙虚にやっていきなさいと。それだけ注意すればあとは自由でいいよ」という教育方針だったことも明かしたそうです。父・真澄さんも取材に応じ、「小さい頃からぼくに似ていなかった」とコメントしたようです。フジテレビも無名なモデルにインタビューしたということで、苦しみながらも新たな有名人を輩出したことでしょう。桑田さんも野球しつつも、息子たちは野球はしない道を歩んだのでした。
http://news.goo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20170123035.html

 ZUU onlineというサイトにホモ属の地球拡散を逆行する旅、軽自動車ヨーロッパ大陸横断という企画があるそうで、記事では彼らが2万5千年かけた道のりを15カ月に短縮し、無事に人類の故郷アフリカ大陸に上陸したそうです。今回はモロッコを紹介しています。チュニジア、アルジェリア、エジプト、リビアと次々と隣国が春前線に巻き込まれるなか、花を咲かせることなく王国を守り抜いたのがモロッコです。素早い憲法改正と政権交代で国民を掌握したのは、我が家の老妻よりひとつだけ歳上のうら若き王様モハメッド6世です。王様は一般人を妻に娶り、自らハンドルを握り、国内各地をお忍びドライブする庶民派です。道中、泥だらけの悪路があればこれを舗装し、水不足に悩む村があれば水道をひく、世直し政治が大好評だそうで、その「すぐやる課」的行動力で、水戸黄門さながらの人気を博します。商店や一般家庭に祀られた王様の御本尊は、どこぞの独裁者や毛沢東とは違い、ポーズや背景のバリエーションが豊富で、アイドルスターのブロマイドのように愛されて貼られているそうです。
 一方国民であるモロッコ人といえば、インドとエジプトに肩を並べる「世界三大ウザい民族」だそうで、彼らのプリミティブな商魂が、日本人が忘れてしまった「営業マンに一番大切なこと」を教えてくれます。宿街に近づけば、すーっと間合いに入ってくる絶妙な商機で、「どこに泊まっていますか~? どこですか~、どこどこ~。どこ~。わたしホテル安い~」と考える暇を与えない間断ない質問ぜめで、ホテルを売込むそうです。ホテルを断っても、いつのまにか駐車場の警備員に早変わり。路駐の見張り人として小銭を請求してきます。駐車場がダメならレストランを案内したり、それでも金にならなければ土産物を売り込んだり、追い払っても追い払ってもまとわりつくこと蝿のごとし。そして最後に、ハッパ売り。「気持ち、いいでっせ~」。日本では「商品を売り込まず、自分を売れ」などと禅問答みたいなビジネス書があふれていますが、モロッコでは何を売るかは二の次で、どれだけ財布を開かすかに的を絞った営業だそうです。とりあえず、ニイハオ~と声をかけ、ちょっとでも反応したら先方の戦法。ボクらは無駄に愛想がいいものだから、アンニョンハセヨ~と笑顔を振りまいては術中にはまってしまいます。コンマ1秒でも商品を手にすると、「いくらなら買いますか~?」ついつい値段でも訊こうものなら法外な金額を請求され、買うとも言っていないのにラッピングし始める手癖の早さだそうです。立ち去ろうとしても「ラストプライスはいくら?」買うことを前提とした商談に持ち込まれます。消費者が誰であれ、自分の土俵に連れ込む技に長けているようで、売り込めば売り込むほど売れないと言われる時代において、商品のプレゼンは一切なく、ひたすら価格交渉によるクロージング攻勢は清々しいものです。モノを売るとは「信用の蓄積」ではなく、まさに「一期一会」、買わない客には捨て台詞も惜しまない真剣勝負なのです。また先般紹介した公共道路の私設管理人ですが、昼に駐車場代を払っても、夜になると別の輩に請求されるダブル請求となるそうです。金目のものを積んでいそうだと難癖つけては、追加料金を請求する提案型営業もお得意で、商品を選ばず、商品の説明をせず、ひたすら価格交渉、さらに想定外の追加請求、この営業力をもってして、世界の三傑を名乗れるそうです。すごい交渉力なんでしょうね。一人捕まえたらもう価格交渉を行うというのはやや強引な部分もありますが、これが文化なんでしょう。モロッコに行くときにはそのことを気をつけていってもらいたいです。
http://news.infoseek.co.jp/article/zuuonline_136804/

 郷ひろみさんの曲ではありませんが、JR西日本では「お嬢サバ」のブランドで首都圏や関西に売り出すと毎日新聞が伝えました。記事では6月から鳥取県岩美町でサバの養殖事業を始めるそうで、養殖では地下10メートルからくみ上げた海水を使用、地中でろ過されているため、寄生虫のアニサキスが付きにくいそうで、稚魚を生産する県栽培漁業センターとの共同研究で試験販売してきたが採算のめどが立ったそうです。刺し身で食べたり、通常は廃棄する白子も味わったりできるそうで、来春には3万〜4万匹を卸す計画で、JR西の担当者は「手塩にかけて育てます」と話しています。「お嬢サバ」という名前はいいとは思いますが、お嫁サンバというわけには行かなったのかな。でもいいネーミングなので、きっと大ヒットしていろんなところで披露してほしいです。
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/business/mainichi-20170124k0000m020046000c.html

 続いてはサッカーとドラえもんの不思議なつながりをゲキサカから取り上げます。セリエBの降格圏に沈むジェンナーロ・ガットゥーゾ監督率いるACピサは、21日に行われた第22節で残留を争うテルナーナと対戦しました。この試合には何とドラえもんが応援に駆け付けたそうで、これはイタリアで映画「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」が公開される記念で、ドラえもんはガットゥーゾ監督とともに前日会見に出席するだけでなく、ピサの選手はドラえもんが描かれた特別なユニフォームを着用してテルナーナ戦に臨んでいたようです。で、結果はというと前半44分にFWマッシミリアーノ・ガットが奪った先制点を守り抜いて1-0の完封勝利だったそうです。ちなみに昨年11月から勝利がなかったようです。ドラえもんはすごいというのが立証されたわけですが、それぐらいならもうドラえもんをスポンサーに迎えてもよさそうです。ぜひこれからも頑張ってほしいです。
http://news.infoseek.co.jp/article/gekisaka_208242/

 昨日取り上げたジョコビッチ選手を破ったウズベキスタンの選手ですが、残念ながら負けてしまいました。錦織選手よりもショックなファンもいたはずですが、でもそこまで頑張ったのでほめてやりたいです。さて全豪では日本人のダブルスが健闘しており、スポーツ報知によると、穂積絵莉、加藤未唯選手という人が勝利を収めました。第1セットの第3ゲームで早速ブレイク、5ー3の第9ゲームで11度のジュース、7度目のマッチポイントを制してセットを先取したそうで、第2ゲームは落としたが、第3セットは加藤選手のナイスショットや後衛から穂積選手の粘り強いラリーでポイントを重ねたそうです。こんな選手がいたとは、NHKもマークはしていなかったはずです。準々決勝進出しただけに、ぜひ放送を検討してみたらどうでしょうか。WOWOWでは確実にできますが、今後日本のエースとして期待してもよさそうです。
http://news.goo.ne.jp/article/hochi/sports/20170122-134-OHT1T50141.html
http://news.goo.ne.jp/article/dailysports/sports/20170123072.html

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「奇跡の」里、ふるさと最下位から頂点になれ

2017年01月22日 21時40分57秒 | ニュースあれこれ

稀勢の里関が優勝しました。おめでとうございます。ようやく賜杯を手に入れたとともに、横綱昇進ということですごく喜んでいますが、彼の地元茨城県は魅力度ランキングで4年連続で最下位だったそうで、何とかそれを変えようと試行錯誤しています。週刊朝日(dot.掲載)から紹介します。「ブランド総合研究所」が昨秋、発表した47都道府県魅力度ランキングで4年連続最下位に沈んでしまいました。確かに読者には水戸黄門やヤンキー、納豆などのイメージしかないかもしれないそうで、住民の間では「最下位のおかげで逆に注目された」との声が強いようです。実際魅力度上昇率では全国1位だったそうです。「これからブレークだべ。頑張っぺ、茨城」を合言葉に全国区進出へ向け、茨城の逆襲が始まっているそうです。
「別にショックはありません。外から見る人は茨城のことをよくわからない人が多いんだと思います。逆に脚光を浴びてメディア露出が増えて、絶大なPR効果があり、ありがたいぐらいですよ」
こう語るのは茨城県広報監です。この人は米大手IT「インテル」出身の元ビジネスマンだったそうで、2015年4月に広報監に転じて以来、茨城のイメージアップ戦略の司令塔として全国に茨城を発信しているそうです。魅力度の低さの原因をこう分析します。
「採算ベースで行動する外資にいましたから、県庁に勤め始めた当初は文化の違いを実感しました。押し出しの弱い、おっとりとした県民性と、東京から近いから農産物でも何でも買ってもらえる甘さがあり、積極的に茨城を知ってもらう手立てを打ってこなかった」
そこで、県が打ち出したのが吉本芸人の渡辺直美さんと綾部祐二さんを起用したコマーシャル戦術だったそうで、そのタイトルが
「なめんなよ いばらき県」(13年)、「いばらきは、宇宙である。」(14年)、「のびしろ日本一。いばらき県」(15、16年)
広報監いわく、「広告換算で宣伝効果は100億円に達した」と話しているそうです。あまり知られていないが茨城県は唯一地上波民放テレビ局がないそうで、このため12年10月からインターネット動画サイト「いばキラTV」をスタートしています。16年には総動画本数、総再生回数、チャンネル登録者数の3部門で2位以下の都道府県に2倍以上の差をつけて日本一となったそうで、住宅敷地面積(1住宅当たり)、耕地面積割合、工場立地面積、ビール生産量のほか、メロン、レンコンなどの産出量も日本一であるそうです。偕楽園(水戸市)は日本三名園、袋田の滝(大子町)は日本三名瀑、土浦全国花火競技大会は日本三大花火大会にそれぞれ数えられ見どころは数多いそうです。県内随一の老舗料亭「山口楼」(水戸市など)の客層の8割は県外から来ているそうで、専務の山口晃平さんは
「なまじ東京から近いので、北海道や京都のような観光地としてのイメージ付けの資本投下をJR東日本などの民間大手がしないので、茨城のPRができてなかった。しかし、ヤンキーでも一つの文化といっていいし、キツイ訛りも個性です。自然、食べ物、観光など住んでみないと良さはわからないのではないか」
茨城弁普及運動に励む傍ら、『いばらぎじゃなくていばらき』などの著作がある青木智也さんは
「以前は県民自身が茨城で生まれ育っていく中で、東京にはかなわない、脇役なんだという意識があった。しかし、だんだんとそうじゃないんだという理解が進み、そこそこ、ほどほどで田舎すぎず、都会すぎないちょうどいいバランスの県という意識、誇りが高まってきた」と指摘し、「車も走りやすいし、家も広い、雪も降らない。スキー場以外は何でもある。僕は勝手に都田舎(とかいなか)と呼んでます。ピンチをチャンスにしたい。本当の魅力を発信したいですね」と言います。
 4月からは追い風も吹くようで、次期NHK連続テレビ小説「ひよっこ」の舞台が茨城県北西部で、ヒロイン役の人気女優、有村架純さんが思いっきり、「んだんだ」(そうだという意味)という茨城弁をテレビ画面から連発するそうです。広報監は
「いつか行ってみたい銀座レカン(銀座のフレンチレストラン)ではなく、茨城は町の普段使っている定食屋さんのイメージでいい。SMAPの『世界に一つだけの花』にあるように、あえてナンバーワンを目指さなくていいんです」
青木さんも「『いい、やんべ』という茨城弁が好きなんです。いいあんばいという意味。茨城はそこそこ、ちょうどいい住み心地のいい場所です。ポテンシャルはすごくあると思う。近いうち、きっと大ブレークしますよ」と述べています。茨木というのは地味な街という印象でしたが、ここ最近のガルパンのような町おこしもしているだけに、もっと認知度は高ければいけないはずです。稀勢の里関の横綱昇進で上昇してほしいものです。
http://news.goo.ne.jp/article/dot/trend/dot-2017011800029.html

 四大大会の全豪オープンが行われていますが、有力選手が敗退する中、ジョコビッチ選手も負けてしまいました。その対戦相手が世界117位のイストミン選手です。THE PAGEによると、彼はウズベキスタン出身で、彼のお母さんがコーチをしていたようです。「母親のクラウディア・イストミンが彼のコーチをしているという点で、現在の男子テニスのトップ選手のなかでは、とてもユニークな存在である。母は優れたアマチュア選手で、息子にテニスの手ほどきをしていた。イストミンは『母とはとてもよい関係にあって、お互いをとても理解しあえている。母はいつも全てにおいて僕を助けてくれている、テニスだけでなく、日常の生活についても同じように。母は僕のテニスが少しでもよくなるよう、僕の人生がうまくいくよう、いつもよい言葉をかけてくれる。母がコーチをしてくれているのはとても幸せなこと』と話している」と欧州のスポーツ専門放送子局「ユーロスポート」のWEB版には掲載していたそうです。そして全豪オープンの出場についてこう書いています。
「イストミンは世界ランキング117位で、このトーナメントに出場するには十分なランキングではなかった。彼はアジア・パシフィック・ワイルドカード・プレーオフの勝者としてワイルドカードを獲得するという道のりの末に出場してきた。イストミンは(アジア・パシフィック・ワイルドカード・プレーオフの)トップシードだったが、準決勝では世界ランキング319位の選手との対戦で、マッチポイントを4つセーブしなければいけなかった。決勝ではイ・ダクヒ(18、韓国)を破った」
そして彼は大きな事故も経験しています。「イストミンの選手生命はほとんど終わりかけていたことがある。14歳のときに彼はトーナメントに行く途中で交通事故に遭った。足を80針縫う重傷を負い、3カ月間入院した。2年間はラケットを握ることもできず、スポーツすることをあきらめようと考えていた。母親がもう一度、挑戦するように説得するまではやめようと思っていたのだ」
最後はこれまでの成績です。「彼はグラウンドスラムでは4回戦に進出したことが2度ある。2012年のウィンブルドンと2013年の全米オープンだ。彼のランキングの最高は2012年の33位。トップ10の選手と34回対戦し、勝ったのはこれ(ジョコビッチ戦)が2度目だ。1度目は2012年インディアンウェルズで、ダビド・フェレール(34、スペイン)を倒したとき。イストミンのATPツアーの唯一のタイトルは2015年のノッティンガム・オープンだ」
相当波乱の人生を送っていたことになりますが、アジアの大会で優勝してようやく全豪に出場できたわけで、本当に苦労して獲得した試合での世界王者に対する勝利なのでした。いろいろと大変なことですが、これからも活躍をかげながら見守りたいと思います。
http://news.goo.ne.jp/article/thepage/sports/thepage-20170122-00000002-wordleafs.html

 運転免許持っていますか。最近は高齢者が返納するケースもありますが、3月からは準中型免許ができると乗りものニュースが伝えました。記事では普通自動車、中型自動車、大型自動車に加えて「準中型自動車」が新設され、これに対応する新しい免許の区分「準中型免許」が誕生します。免許区分の新設は、2007年6月2日の中型免許以来約10年ぶりだそうで、このとき2007年6月1日までに取得した普通免許は、「中型車は中型車(8t)に限る」という「限定付き中型免許」へと自動的に移行しているそうです。たとえばいわゆる2tトラックの「キャンター」は、2017年3月12日以降に取得した普通免許では運転できなくなるそうです。
 今回新設される「準中型免許」で運転できるのは、車両総重量3.5t以上7.5t未満、最大積載量2t以上4.5t未満、定員10人以下の自動車です。この新設により、各免許で運転できる自動車は以下のとおりになります。
・普通:車両総重量3.5t未満、最大積載量2t未満、定員10人以下
・準中型:車両総重量3.5t以上7.5t未満、最大積載量2t以上4.5t未満、定員10人以下
・中型:車両総重量7.5t以上11t未満、最大積載量4.5t以上6.5t未満、定員29以下
・大型:車両総重量11t以上、最大積載量6.5t以上、定員30人以上
 2007年6月2日以降に取得した普通免許は、上記の準中型免許で運転できる範囲もカバーしていたそうで、つまり現在普通免許を教習中の人は、3月11日までに免許試験に合格しなければ、運転できる範囲が狭まるそうです。たとえば2tトラックなどは、3月12日以降に取得した普通免許では運転できなくなるそうです。
 中型免許を取得するには、2017年3月12日以降も引き続き、普通免許を取得してから2年以上経っていないと受検できず、20歳以上という年齢制限もあるそうで、一方新設される準中型免許は、普通免許がなくても受検でき、さらに普通免許と同じく18歳以上で取得可能、つまり準中型免許の新設によって、これまで中型自動車とされていた4tトラックなどが18歳でも運転できるようになります。警視庁は準中型免許の新設について、「貨物自動車による交通死亡事故の削減と、若年者の雇用促進のため」としています。全日本トラック協会なども「準中型免許によって、トラック運送業界への若い人の就職間口が大きく広がり、高校新卒者をはじめとして若年ドライバーの積極採用に大きな期待がかかっています」(『準中型免許Q&A』2016年7月発行)と、制度改正に期待を寄せていろそうです。東京都世田谷区の自動車教習所「フジドライビングスクール」の担当者は「普通免許を受験する人の多くはトラックなどを運転する目的ではないので、運転可能な自動車の範囲が狭まることによる影響は限定的」としつつ、以下のように話します。
「普通免許でトラックを運転できることは、貨物事業者にとってドライバー確保を有利にするものでした。しかし、目線が高く重心が後ろに偏るトラックの運転感覚は、乗用車とは全く異なるので事故も多く、専門的な教習を受けてから乗るべきです。今回の制度改正は、危険のカバーと貨物ドライバーの確保、双方に配慮したものといえます」
なお2007年6月2日から2017年3月11日までに取得した普通免許は、3月12日に「準中型車は中型車(5t)に限る」という限定付き準中型免許へと自動的に移行するそうです。準中型自動車というのが誕生するということで、トラック運転手にとっては死活問題かもしれません。若者の自動車離れがありますが、若者が運転するトラックというのを見てもらいたいという思惑もありそうです。まさしく走れ歌謡曲のようなトラックを見てみたいところです。
http://news.livedoor.com/article/detail/12574325/

 学校の先生も不祥事起こせば免職となるわけですが、子供たちにとってのヒーローであることには変わりません。東洋経済が教員就職者が多い大学トップ200を発表しました。1位は大阪教育大学で、500人が教員として就職しているそうです。意外と関西が1位だとは、素晴らしいところです。1873年に大阪府の難波別院内の集成学校に開設された「講習所」に端を発する、教員養成に140年以上の歴史を持つ大学だそうで、さらに2位北海道教育大学、3位愛知教育大学、5位東京学芸大学、6位福岡教育大学と、ランキング上位の大半は国立の教育大が占めているようです。7位の広島大学の教育学部を含め、いずれも明治時代に設置された師範学校が起源という共通点があるそうです。教育学部の運営に携わる、ある大学の関係者は、「卒業と同時にクラスの担任を持つ可能性がある教員は、最新の教育現場を学生時代から知っていることが重要。卒業生のネットワークを生かして情報を得られることは、採用試験においても大きい」と語るそうです。教育学部は「地元の高校」→「地元の教員養成系大学」→「地元で就職」という、地元志向の強い受験生の受け皿になっているそうで、2016年入試の合格者に占める地元高校の割合を見ると、大阪教育大学は2府4県(大阪、京都、滋賀、兵庫、奈良、和歌山)からの合格者が85.4%に上ります。同様に北海道教育大学は合格者の75.8%が道内高校出身者で、愛知教育大学は東海3県(岐阜、愛知、三重)が91.6%、東京学芸大学は1都3県(東京、埼玉、千葉、神奈川)の出身者は51.2%と低いが、福岡教育大学は84.5%が九州の高校出身者だそうです。国立の教育大が優位なランキングにおいて、私立大で最上位となったのが、4位の文教大学で、1969年に教育学部を設置した、私立大における教員養成の伝統校だそうえす。小学校における先生の助手やボランティア補助を通じた教育現場の体験や、手厚い教員採用試験対策が結果に現れているそうで、小学校の英語の教科化といった、教育のグローバル化に対応するため、2016年に英語専修を設置するなど、これからの教員に求められる新たなスキルの養成にも力を入れているようです。9位の岐阜聖徳学園大学も、1972年に「聖徳学園岐阜教育大学」として開学した私立の伝統校、教員就職率では国立大も含めた教員養成系学部の中で常にトップクラスだそうです。1年次から実際の教育現場を体験するクリスタルプランなど、入学直後から実践的な学びを展開していることが特徴であるそうで、大半の卒業生が小学校に加え中学校や高校、幼児教員の免許を同時に取得し、進路の選択肢が広がることが、ランキング上位に入る要因となっているそうです。前出の国立の教育大や文教大学、岐阜聖徳学園大学は、小学校教員の就職者が多いという共通点があるようで、対照的に私立の総合大学は、中学校や高校の教科教員が多くなる傾向にあるそうで、ベスト10の大学の中で、唯一教員養成学部を持たない8位の日本大学も代表例、学生数が多いこともあり、297人が教員となっているそうで、文理学部と国際関係学部は玉川大学の通信教育部と連携することにより、小学校教員の免許取得も可能だそうです。その他にも書いていますが、教員になるために様々な努力はありますが、採用試験を通らないと次にはいけません。学校の先生として呼ばれるためにも、恥だけはかかないでほしいです。
http://news.goo.ne.jp/article/toyokeizai/bizskills/toyokeizai-153493.html

 先週の大雪は京都でも明暗が分かれました。競馬が中止になる一方で、都道府県対抗女子駅伝は通常通り行われました。BLOGOSでも苦言を呈していました。中継車から選手が見えないほどの雪が降っている映像が、まとめサイトなどに開催され「こんな雪の中で走らされる選手たちがかわいそうだ」という形で紛糾したそうで、JRAが積雪を理由に京都競馬場でのレース開催を中止したことが伝えられると「馬は走らなくてもいいのに、人間は走らされるなんてかわいそう」などといった批判が相次いだそうです。雪が降り出したのは第2区間からで、第1区間では雪は残るものの天候は晴れであり、十分に除雪されていたそうで、その後雪は徐々に激しくなったが、4区の最後の方ではほとんど止んでいました。ネットで「こんなにひどい豪雪」と言われる映像や画像は5区から6区にかけてで、この2つの区間では雪は極めて激しく降り、選手の髪にも雪がつもり、中継車から選手が見えなくなることもあったそうで、実況のアナウンサーも困惑し、カメラの映像では順位確認もままならない状態であったそうです。その後7区以降は天気は回復傾向、最終9区の途中でまた雪が降り出したが、ゴール時にはしっかりと空は晴れていたようです。筆者いわく全体的にはスローペースではあっても、例年の記録から大きくかけ離れたものではなく、道路コンディションが走ること自体が危険であるような、極めて悪かったというようなこともなかったといえると書いています。選手の側から「こんな雪のコンディションでは走れない、中止するなりコースの偏向をしてくれ」という要望があり、それを日本陸連が突っぱねたというなら、「こんな雪の中で走らされている」という外野の文句も正当で、しかし選手も日本陸連もそのことを問題視していないのに、ただ、まとめサイトでごく一部の画像を見ただけの人たちが、さも自分たちの意見が正当であるかのように振る舞うことは、選手や主催と言った当事者側が持つ主体性に対する否定であり、それは極めて自分勝手で醜い論理であると思うと筆者は書いていました。危険すぎるとはいえ、予定通り実施しないといけないというのがスポーツの使命かもしれません。これ以上中止するわけにはいかなかったのでしょう。主催者としては想定外でしたが、ボランティアの協力でなんとか行けました。こういうことを経験してこそ、次に生かせるといえそうです。
http://blogos.com/article/206724/

 最後は結婚の話題。かつて水戸黄門のも出演していた野村将希さんの長男で、J2ロアッソ熊本の政孝選手が結婚したとスポーツ報知が伝えました。記事では「大変ご無沙汰しておりました。実は、おめでたい報告があります。実は、ブログに載せようか迷ったのですが、息子のことなので、報告します。長男の、Jリーガーの、政孝が、先日結婚いたしました。(相手の女性は)同年代の、素敵な子です。ついこの間まで、パパシュキ(笑)とか言ってたのに、嫁をもらう年になっていましたね。(笑)政孝は、今年から、グランパスを離れて、ロアッソ熊本でお世話になります。今年こそは、家庭も持ったので、頑張ってもらいたいと思います」と話し、結婚式の写真も同時に掲載したそうです。おめでとうございます。1月からいいことがあってうれしいでしょう。でも選手として苦戦して人生らくありゃ苦もあるさにならないことを願いつつ、今日のウラオモは終わり。
http://news.goo.ne.jp/article/hochi/entertainment/20170122-134-OHT1T50193.html

 

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地域版・地方紙甲子園2017年冬5

2017年01月16日 21時18分36秒 | ニュースあれこれ

地方紙甲子園、最後は昨年同様阪神淡路大震災と災害にまつわるニュースを引用します。もう22年がたちますが、地震対策が万全とは言えないところもあります。今年もその中からいくつか取り上げていきます。
最初は神戸新聞から、兵庫県内に建つ高さ100メートル以上に相当する「超高層ビル」が昨年末現在で、神戸をはじめ5市で計48棟に上ることが、各市消防局や消防本部への取材で分かったそうです。記事では消防法は高さ31メートルを越える建物を「高層建築物」と定義、神戸市消防局は2015年まで高さ100メートル以上の建物を「超高層」と位置づけていて、これに基づき取材集計したそうです。マンションであれば、おおむね30階以上の建物が該当するようです。市別の内訳をみると、神戸市は震災前に16棟だったのが40棟に増加、震災前にゼロだった宝塚市と尼崎市にそれぞれ3棟、西宮市と明石市で1棟ずつが建設され、県内では計48棟となった。震災以降に建てられたのは32棟で、県内で最も高い建物は神戸・三宮のタワーマンション「シティタワー神戸三宮」(54階建て、高さ約177メートル)だったそうです。
 長周期地震動の特徴は震源が遠い場合でも起こることで、2011年の東日本大震災では関西でも観測され、55階建ての大阪府咲洲(さきしま)庁舎が約10分間揺れ、庁舎の壁に亀裂が入るなどの被害が出たそうです。気象庁は長周期地震動の階級を強い順に4~1とし、昨年10月の鳥取県中部地震では、兵庫県で「物につかまらないと歩くのが難しい」とされる階級2を観測したそうです。免震や制震構造の高層建物は、地震発生直後の揺れでは倒壊の可能性は低いそうで、内閣府の推計によると、発生が危惧される南海トラフ巨大地震による長周期地震動で、神戸市内の一部では構造によって高さ100メートル前後の最上階で揺れ幅が2~4メートルになると想定されるそうです。このため高層階では家具の転倒防止が求められ、揺れが収まった後も、停電などで停止したエレベーターが復旧するまでの間、負傷者の搬送や地上との行き来は困難になるため、内閣府は普段からの備えが必要としているそうです。高層マンションが多くありますが、高いところに住んでいる人にとって地震が来ても怖くないのでしょうか。それよりは高所恐怖症の人のほうが一番心配なのかもしれません。安全であるとはいえ、災害なのできちんと避難所に行くことが大切です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170116-00000010-kobenext-l28

 神戸の長田といえば靴が盛んと言われますが、阪神大震災で関連企業の8割が被災した神戸市のケミカルシューズ(合成皮革の靴)産業を支援している市の第三セクター「くつのまちながた神戸」が、2017年度中に解散する見通しになったと毎日新聞が伝えました。神戸は戦前、外国人居留地があったことで靴産業が発展、戦後にケミカルシューズを開発し、国内最大の生産地に成長、「日本ケミカルシューズ工業組合」の加盟企業の8割超と関連企業が長田、須磨両区に集中し、神戸市の主要地場産業でした。だが震災で市内の組合加盟企業192社(当時)のうち158社の建物が全半壊・全半焼し、関連企業約1600社の約8割が被害を受けたそうで、組合によると、震災前年の1994年の全国の生産額は659億円だったが、95年は285億円と半分以下に激減し、代わりに安価な外国製品が流入したそうです。94年には6444人だった従業員数も95年には3640人と大幅に減ったそうです。市は地場産業の復興を旗印に、商品開発や販路開拓などの支援策を実施、99年には「くつのまちながた神戸」を中小企業基盤整備機構などと設立し、翌年にはJR新長田駅北側にメーカーのアンテナショップなどが入る「シューズプラザ」をオープンさせたようで、玄関に巨大な赤いハイヒールのオブジェを配置した建物は話題を呼び、この頃には生産額も500億円台に回復したそうです。
 しかし、08年以降はリーマン・ショックの影響で景気が低迷するなどして安い海外製品に対抗するのが難しくなり生産額は再び減少、15年には震災翌年と同程度の372億円にまで落ち込んだそうです。地場メーカーなどはデザインや品質を重視した「神戸シューズ」のブランド化で生き残りをかける戦略を採用、百貨店やネットでの販売を重視する方針に転換したそうで、その結果繁華街から離れた「シューズプラザ」の存在意義が薄れ、アンテナショップは全て退去、靴関連の店の入居も数店と低迷していたそうです。市ファッション産業課は「これ以上存続させても赤字が増えるだけ。復興支援の役割は既に果たした」と説明しているそうです。くつのまちとして知られているだけに売り上げが低くなって、役目終えるという決断をしたわけで、地元としては寂しいでしょうが、震災からの復興というのはここまで果たしたのだから、本当にお疲れさまでしたといいたいところです。
http://mainichi.jp/articles/20170116/k00/00e/040/128000c

 続いては産経新聞より、産経新聞の論説委員が震災に貢献した3人を取り上げています。最初は当時博報堂で関西支社長代理をしていた岩崎富士夫さんという人で、その時の広告には「私はここにいます」「We are Here」と書かれ、その下が伝言欄になっていたそうです。「とにかく見てもらうことが必要」と目立つように縁を赤枠にしたそうで、名前、居場所・連絡先の欄と、ちょっとしたメモを書き込める欄を設け、そして自費で約60万枚を刷って、市役所や避難所に持ち込んだそうです。伝言カードで離ればなれになった家族と再会できたり、友人、知人の安否を確認した人も多かったみたいです。
 次は小里貞利さんという人で、自民党で政調会長などを歴任していました。震災から3日後に震災対策担当相に任命されました。当時の村山富市首相に「超法規でもやりますよ」と相談すると、「(人事も予算も)すべて任せます」と言われたそうです。まず手をつけなければならないのは、がれきの処理だったそうです。個人に負担させるのは無理なので、大蔵省(現財務省)から来た官僚が「公費と言わない方がいいですよ」と言うのを、「計算するな」と一蹴して、公費負担を即決したそうです。がれきの集積場も、森林法や農地法の手続き、許可を一切とらず、六甲山の裏や神戸港に集めることを決めたそうです。仮設住宅は兵庫県から3万戸の要望があった。官僚主導なら2割減らそうかとなるが、小里さんは逆に4万戸の建設を命じ、最終的には4万8千戸になったそうで、そして建設会社の社長を集めて、「土日返上でやってくれ」と頭を下げたそうです。
 最後の下河辺(しもこうべ)淳さんは首相の諮問機関として設置された「阪神・淡路復興委員会」の委員長でした。関東大震災の1カ月後に生まれ、終戦時は東大在学中で戦災復興都市計画に参画し、卒業後は戦災復興院に入りました。さらに5次にわたる全国総合開発計画のすべての策定に携わり、「ミスター全総」と呼ばれたそうです。復興委員会の第1回会合では、特別顧問の後藤田正晴元副総理が「焼け太りは認められない」と発言したそうで、震災前の水準までは政府が支援するが、それ以上は全国的な均衡上、特別扱いはできないというのだったようです。いきなり壁にぶち当たった貝原俊民兵庫県知事が目指す「創造的復興」を支持したのが下河辺さんで、今風に言うなら「被災地ファースト」、すなわち被災地の意向を最優先して、全国の地方都市のモデルになるような復興を成し遂げました。こうして震災の復興のために努力した3人を見てきて、被災地だけでなく、国も動いての活動は必要と感じますが、東日本大震災のような今の政治に対する不満というのは解決は難しそうですね。今の政府の日とも学ぶところはあるはずです。
http://www.sankei.com/west/news/170116/wst1701160047-n1.html

 朝日新聞からは震災直後のビデオをこの時期に公開したという話題です。東灘区に住む81歳の男性は当時、吹奏楽などのコンサートのレコードを作る録音業をしていました。1995年1月17日、大きな揺れで目を覚ましました。木造2階建ての自宅は無事だったが、周辺で多くの建物が倒壊、発生から4時間ほど後、「記録に残さなければ」とビデオカメラを持って街に出ました。たばこに火を付けようとする男性に、「あかんで! ガスの臭いがするやろ」と注意する別の男性、車が行き交う道路のそばで燃えさかる炎、素手で焼け跡のがれきを掘り起こす男性、街や人の混乱ぶりにレンズを向けました。1カ月で撮った映像はテープ4本分、8時間に及びました。その後も近所の仮設住宅が解体される99年まで街の撮影を続けたそうです。10年ほど前、自宅で映像を編集し、自らナレーションを入れて26分の作品にまとめました。ただ「作品としての完成度が低い」と感じ、積極的には他人に見せなかった。今年の17日に初上映を決めたのは、「地震が『過去のものだ』という認識が広がっているのでは」という危機感からでした。昨年4月の熊本地震「九州では地震が起きないと思っていた」とテレビで話す被災者が、22年前の自分たちと重なりました。「阪神大震災の直後は、神戸の誰もが地震の恐怖と向き合っていた。今はどうか」。男性は疑問を投げかけます。神戸市によると、今や市民の4割余りが震災を体験していないそうです。作品の最後は、男性のこんな言葉で締めくくりました。
「のど元を過ぎても熱さは忘れるな。次の大震災にどう立ち向かうか、真剣に考える時期にきています」
本当にそうですね。風化しないことが一番思い出すものでしょうが、ビデオに保管して、語り継いでいくことも大切です。その時がビデオでも、DVDにダビングできるので、永久に見ることもできます。なお男性がビデオを集めてドキュメント上映することになりました。お近くに人はぜひ来てほしいです。
http://digital.asahi.com/articles/ASJDQ61F9JDQPIHB03K.html

 切り絵を通じて震災を語り継ぐということを読売新聞(兵庫版)が伝えました。県内を中心に活躍する切り絵ユニット「ari(アリ)」が、阪神大震災の鎮魂をテーマとした作品制作に取り組んでいます。原画担当の人は元警官です。作品は3枚で構成、1作目は鎮魂の横笛を吹く神の下に復興した神戸の街並みがのぞくそうで、2、3作目は母子がテーマで、震災後も力強く命がつながり、未来をつかみ取ってきた様子を表現、完成順に番号を振っているが、「見る人に自由に解釈してもらいたい」と、タイトルは付けていないようです。大学卒業後、フランス中部のオルレアンでパステル画家として活動、その後県警鑑識課で似顔絵を担当しながら、同僚で切り抜き担当の人(昨年3月退職)と、2011年8月に「ari」を結成したが、震災は悲しいイメージしか頭に浮かばず題材にできませんでした。心境が変わったのは昨年9月で、「プロとして活動するのに、原点の震災は避けられない」。脳裏に浮かんだのは、22年前に出会った高齢女性でした。
 学生だったあの日、暮らしていた神戸市須磨区の木造2階建てアパートは、激しい揺れで全壊、避難した公園にその女性はいました。白髪交じりで腰は曲がっていました。寒空の下、一人で座っていたのが気になりました。「温かいよ」と、配給のおにぎりを渡しても、わずかに顔を上げるだけでした。10日後、丹波市の実家に戻ることになり、別れのあいさつをすると、女性は「家族4人を失い、身内がいなくなった」と漏らしました。ぽつりぽつりと語る、子ども夫婦と孫娘2人の話から、ノートにボールペンを走らせて似顔絵を描き、真ん中に配した女性の顔と線で結びました。ちぎり取って渡すと、女性は涙目で「ありがとう」と手を握ってきました。それ以上、どうすることもできず、名前は聞けなませんでした。消息は分からず、絵がどれほど心に届いたのかも分からない。だが話を聞いた時、無意識にノートへ手が伸びたことで確信した。「自分には絵しかない」
  昨年9月下旬、ベランダから流れる雲を見上げ、イメージを膨らませました。頭の中に絵が浮かぶと、黒のボールペンを走らせ、鳥の羽や雲の流れ、赤ちゃんのまつげ、1本の線にも妥協せず、緻密な原画を約3か月かけて描きました。作品では公園で別れたきりの高齢女性や街の瓦礫がれきなどを描いていない。それでも「やっと、苦しい記憶と正面から向き合うことができた」と思えたそうです。3作品は近く完成する予定、昨年7月に開かれた「国際切り絵トリエンナーレ」で入選した作品などと、3月9~14日、神戸市中央区のデュオぎゃらりーで展示します。作品をポストカードにして販売した収益は日本赤十字社を通して、東日本大震災の被災地に寄付するようです。一人の女性を思い出して書くのはつらいでしょうが、似顔絵作成というのは美術大学の人しかできないことなので、その経験を生かして絵の才能もあったわけですね。震災の思いをいろんな形で切り絵で届けてほしいです。
http://www.yomiuri.co.jp/local/hyogo/news/20170114-OYTNT50221.html

 昨年発生した熊本地震では熊本城などの施設でも被害が多く出ましたが、NPOが中央区の水前寺成趣園で神々にフラダンスを奉納したと熊本日日新聞が伝えました。NPOのフラダンス教室の生徒ら13人が出演、ハワイの伝統衣装に身を包み、「ウラノベオ」という踊りを舞りました。木製のドラムの音に合わせ、太陽が昇って光輝く様子を表現したそうで、見に訪れた近くの女性は「とても静かな踊りだったが、力強さがあり迫力がすごかった」と話していました。NPOから招かれたハワイの神官という人も現地の神事を披露したそうです。フラダンスを披露して神に願うものでしたが、ハワイでも神官と呼ばれていると考えたらハワイ文化があるんだなと思いました。まだ復興が進んでいる中で癒してくれる踊りでした。
https://this.kiji.is/193537806076610043

 地方紙甲子園このシーズン最後は正月ならではの話。東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県山元町の住民を励まそうと、国内外から寄せられた黄色いハンカチ1500枚が14日夜、町内の坂元神社であったどんと祭でおたき上げされたと河北日報が伝えました。ハンカチはボランティアガイド「やまもと語りべの会」や住民組織「やまもと子どもも大人もみんなで遊び隊」などでつくるプロジェクトが募集、応援メッセージ入りで寄せられ、メンバーが中学校や沿岸部の慰霊碑周辺などに掲揚しているそうで、今回風雨で傷みが激しくなった分をおたき上げしたそうです。「大好きな宮城を応援しています」「たくさんの幸せが届きますように」などと書かれた一枚一枚を、住民らは感謝の気持ちを込めて火にくべたようで、メンバーは「寄せられた鎮魂の思いが天に届いてほしい」と話したそうです。長い間使ってきたのでこれを犠牲者のために使ってほしいという意味もありそうですが、復興の願いをこれからも届けるようにしつつ、ゲームセットにします。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170115_13024.html

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地方版・地方紙甲子園2017年冬3

2017年01月09日 19時34分07秒 | ニュースあれこれ

地方紙甲子園、第3回戦です。
今日は成人式でした。20歳となって大人としての自覚が芽生え始めますが、いろいろ人生も選択があることは忘れないでください。さて若者も仕事の選択はありますが、最近のあまちゃんに代表されるような海女はあまり増えていません。福井新聞によると、1997年の今頃起きた福井沖の重油事故を機に漁獲量減ったそうで、海女は3分の1に減り後継者不足と漁獲量減に直面するそうです。県は重油事故後、県内沿岸で大気、水質、海産物などへの影響や回復状況を調査、大気や生物など一部に一時的影響があったものの、全体的には目立った変化はなかったそうです。事故翌年の1998年3月の調査では県内海岸に重油はほとんど認められなかったようです。地元の海女さんは「育っているのを見た時は本当にうれしかった。今まで通り収穫できる喜びでいっぱいだった」と振り返ります。重油事故前の96年と97年を比べると漁協の漁獲量は、ワカメと岩ノリは減ったが、ウニ、アワビ、サザエなどは増加したそうです。だがその後ウニやサザエは減少傾向にあるそうで、97年に約1180キロあったウニは、2015年には約120キロと激減、サザエも約1万9030キロから約9920キロに減ったそうです。要因について漁協の組合長は、「重油事故との関連は分からないが、海女が減ったことによる人手不足がある」というそうで、漁協所属の海女は1997年の157人から昨年は55人にまで減少、60代の海女は「若手」とされるほど高齢化も進むそうです。20年以上前は、中高生が夏休みのアルバイトで一緒に潜り、海女の仕事に触れる機会があったそうで、現在は肉体労働を嫌う傾向や生活スタイルの変化などから、海女の魅力が若者に伝わらないようです。漁協は今年、後継者育成につながればと、一般参加者を募り、ワカメやウニ、アワビなどの漁体験を計画しているそうです。若手がいないとなると絶滅危惧種として伝統が途切れてしまいますが、このままほっといておくというわけにはいかないのでしょう。成人の日だからこそ、後継者不足について考える必要はありそうです。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/economics/112824.html

 次は名古屋からです。名古屋には「黄金通」という地名があるそうですが、変更することになったと朝日新聞が伝えました。記事によると、昨年8月に地元から町名変更の要望があり、市の町名・町界審議会が今月5日、河村たかし市長に変更を答申しました。2月市議会で認められれば、市が6月にも変更を告示し晴れて「こがねどおり」となるそうです。「黄金通」は地下鉄・中村区役所駅から近鉄・黄金(こがね)駅にかけての1〜8丁目の地域(約14万平方メートル)だそうです。市によると、1939(昭和14)年土地区画整理組合の上申書を受けた県が「オウゴンドホリ」と振り仮名を付けて告示し正式名となったそうです。おうごんとこがねはどちらでも読めそうですが、おうごんというのが贅沢すぎたのでしょうね。結果的にこがねがよいという結論に達したわけで、これから名古屋に来るときはこがね色で迎えることでしょう。
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/region/ASK15566FK15OIPE01C.html

 障がい者運動も苦労が多くありますが、その中の一つとして耳が聞こえない人を取材したものが本として出版すると京都新聞が伝えました。連載はフリーカメラマンの豆塚猛さんが取材を担当、2005年に始まり昨年6月に終えたそうで、全国のろう者の思い出から、ろうあ運動の歴史を振り返り、家族や仲間と交流する生き生きとした写真を添えてそれぞれの人生をつづっています。ろうあ運動の中心となってきた京都では「京都聴覚言語障害者の豊かな暮らしを築くネットワーク」の委員長などを歴任した竹谷明さんらを取材したそうです。竹谷さんは戦後、ろう学校で遊びながら手話を覚え野球に明け暮れました。施設建設のため署名活動に奔走、1966年に初めて開いたろうあ青年研究討論会をきっかけに「若いろう者に権利意識が芽生え、全国のろうあ運動が活発化していった」と振り返る竹谷さんの言葉は、運動の足跡を感じさせます。京都のろうあ運動の生き字引的な存在で2009年に亡くなった片岡吉三さんの回では、少年時代に父親が有志を募って妙覚寺の一角で開設した私立口話学校の様子が出てくるそうで、治安維持法の影響で戦時中に活動を休止していたろうあ協会の復活に向け、戦後にろう者が集って「碧字会」を立ち上げた吉三さんの功績なども紹介しています。豆塚さんは「ドラマチックな人生に毎回ドキドキした。掲載された人たちの生き方を通じて、若い人が自分の人生を切り開き、仲間とつながって社会をよくしてくれたらありがたい」と話しているそうです。歴史に人ありと言われますが、故人も含めて貴重なインタビューとなっていることでしょう。障がい者の歴史に興味がある方は是非読んでください。
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20170109000036

 暮れの話となりますが毎日新聞から、指導農業士という資格について紹介します。記事では指導農業士は石川・富山両県を除く全国の道府県で制度化しているそうで、都市農業を育成する国の取り組みが進むなか、都内でも後継者育成の必要性や新規就農への関心の高まりもあり、東京都でも今年度から制度を導入したそうです。今回紹介しているのは立川市で行われた都内初の認定式です。JA東京中央会の須藤正敏会長が「いずれも素晴らしい農業者ばかり。技術を後継者に伝授し、都民の農業への理解を深めるためにも頑張ってほしい」と激励、藤田聡・都農林水産部長が1人ずつ認定証を授与したそうです。43人を代表し立川市内で野菜生産に励む農家が「いままでお世話になった方々に恩返しできるよう、指導したい」とあいさつしたそうです。指導農業士という資格があるということで、農業を後進の指導として生かすというのは良いかもしれませんが、いずれはTOKIOも資格を取ってほしいですね。
http://mainichi.jp/articles/20161230/ddl/k13/040/005000c

 お次は西日本新聞から、大分県日田市の梅の木を紹介します。千点以上が出品されて4年に1度開かれる全国コンクールで、最優秀賞1回、準優勝2回、赤ちゃんの肌のように滑らかな皮、肉厚の梅肉、自家製シソと天然塩の素朴なしょっぱさがあるそうです。大梅と小梅の中間の大きさの「美咲梅」は、約20年掛けて開発したオリジナルの品種だそうで、料亭などで使われる枝の箸置き「ブラッサム」も「剪定(せんてい)した枝がもったいない」と考案したそうです。
 1961(昭和36)年「梅栗植えてハワイへ行こう」のキャッチフレーズで、高収益のウメやクリへの転換を進めた大分大山町農業協同組合でした。最初に植えた苗木には“不良品”も混じり、植え替えを余儀なくされたそうで、トラック運転手のアルバイトをして家計を支えた時期もあったそうです。でもやめようとは思わなかったようで「これでやると決めたら、絶対に妥協しない人。すごく負けず嫌い」、22歳で結婚した妻は振り返ります。土づくりにこだわり、自家製の堆肥に替えたそうで、夏冬の剪定は人に任せず、自分が納得するまでやるそうです。「明日は霜が降りる」。春先の夜中に冷え込むと、午前2時でも梅園に走り、咲いたばかりの花に霜が付かぬように、扇風機のような防霜ファンを回し、数々の受賞は50年以上重ねた努力の結晶です。梅園の中では妥協しない夫、でもウメを漬けて梅干しにする作業は、妻と、同居の次女に任せ一切口出ししないそうです。2人とも必死に学び、実から出る汁の色や量、気温や湿度も見極めて、重しやシソを調整するそうで、日本一の梅干しは家族みんなで作り上げた味です。ウメ栽培の技術は今、この道10年ほどの次女が学ぶようで、「ウメは25年やってやっと一人前。バトンタッチはまだ先よ」と笑った顔はいたずら小僧のようだったそうです。梅干しは酸っぱいけれど、作る人にとっても苦労で大変だったんだなと思いました。いい梅を作ることがこれからの人生だと思って頑張ってください。
http://news.goo.ne.jp/article/nishinippon/bizskills/nishinippon-20170106210248357.html

 最後は再び成人の日。20歳つながりなのか、福島県棚倉町で今年3月に誕生20周年を迎える町のシンボルキャラクター「たなちゃん」にも成人証書が贈られたと福島民友が伝えました。記事ではたなちゃんが登壇すると、会場から笑い声と歓声が起こったそうで、湯座一平町長から成人証書を受けると、新成人から「おめでとう」と祝福の声が上がったようです。たなちゃんは1997(平成9)年3月、町の公募で誕生したそうで、町がギリシャのスパルタと国際友好都市を結んでいることにちなみ、古代ギリシャの衣装「キトン」を着て、町の花「ツツジ」の月桂冠をかぶっているそうです。20年前からゆるキャラを採用する古参ですね。同じ20歳となって大人の一員となりましたが、くれぐれもお酒だけは飲まないでほしいです。
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20170109-140093.php

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地域版・地方紙甲子園2017年冬2

2017年01月08日 20時59分48秒 | ニュースあれこれ

地方紙甲子園、第2回戦です。
最初はアニメの聖地巡礼です。ここ最近でアニメの舞台となった地方は多くなりました。昨年の君の名はでは岐阜県が大きく注目を集めています。そんな中三重県熊野市波田須町では近年は「徐福(じょふく)伝説」の町として、また「アニメの聖地」として、県内外や海外からもひそかに人々が集まる隠れた注目スポットになっていると伊勢新聞が伝えました。ここには約2200年前に秦の始皇帝の命を受け不老不死の薬を探しに来た「徐福」が流れ着いたとされる徐福伝説があります。愛知県立大学講師の逵志保さんによると、徐福にまつわる伝説は全国各地20カ所以上に残っているそうで、秦の時代のものとされる「半両銭」が、徐福が降り立ったとされる場所にある「徐福の宮」の参道修復中に発掘されたそうで、半両銭の出土は国内でも大変珍しく貴重だそうです。また徐福が住民に焼き物を教えたとされる釜所があり、土器類なども出土していることから、「中国との交流があったのは間違いない」と話しており、さらに「全国調査している時に、多くの地域は『徐福さん』と呼んでいたが、波田須町の人々は『徐福さま』と呼んでいることが印象的だった。波田須町の人々が徐福を地域の神様としてあがめている」と話したそうです。
 そんな徐福ゆかりの町を昨秋中国上海市出身、東京在住のプロデューサー男性が訪れ、映画の脚本を練ったそうです。映画は今年の日中国交正常化45周年を記念し、徐福伝説をテーマにする予定で制作中だそうです。男性は昨年10月から2カ月ほど町内に滞在、写真と動画撮影のため、一日何時間も町内を歩き視察していたそうです。男性は「2200年前に徐福がこの地へたどり着いたとされる時から、今でも住民は(徐福への)信仰が続き、伝統や風景を壊さずに守っている。波田須町はまるで桃源郷のようだ」と話しているそうです。映画が放映されることになれば、波田須町への注目も集まり、新しい兆しが見え始めているようです。一方、波田須町はアニメの聖地として海外や県内外からファンが訪れ交流会を開いているそうで、恋愛ファンタジーアニメ「凪(なぎ)のあすから」の舞台とされており、昨年は1、4、8、11月に交流会を開催、11月はアニメの舞台の一つとなった新鹿小学校の波田須分校講堂に全国各地からファンら約20人が集い、アニメで流れた曲などの演奏会をしたそうです。聖地の第一発見者とされる京都府の男性(34)は「放送が終了して3年ほどたつが、地域の人や場所に魅力があるから何度でも訪れたくなる」と話すそうです。16年前から町に移り住みカフェ「天女座」を運営する矢吹紫帆さんは「今までこの地域で若者を見掛けることがなかったが、アニメをきっかけに多くの人が訪れてくれるようになった。世代を超えて多くの人と交流ができている」と喜んでいるそうです。中国から来て、映画を撮るくらい今徐福が注目を集めていることがこの地方にとっては良いかもしれません。いつ公開になるのはわかりませんが、もし深夜アニメで放送するならば見てみたいです。
http://www.isenp.co.jp/news/20170108/news01.htm

 続いては千葉日報より、夜だけ開く文具店の話です。市川市の閑静な住宅街にたたずむ「ぷんぷく堂」の軒先に開店を告げる赤い提灯がともります。夕方5時から開店する文具店としては異色の存在だそうで、ユニークなのは営業時間だけでなく「自ら目利きして、ときめいた文具のみ」という品ぞろえも独特だそうです。こじんまりとした店内に入ると、まず目に飛び込むのは、廃業した文具店から譲り受けたという年代物の筆陳列棚、中には昭和20~40年代に製造されたレトロなデザインの鉛筆がずらり、店を開業する前ネットオークションなどを通じて趣味で集めたそうで、未使用のまま大切に保管していたが、「誰かに使ってもらいたい」と、1本80円で売り始めた。「子連れで来たお母さんやお父さんの思い出の扉が開いて、親の方が夢中で見ている」とうれしそうに話します。2012年4月に開業後、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などの口コミで広まり「地元よりも、遠方から来るお客さんが多い」と話します。国内にとどまらず、日本製品へのあこがれが強い台湾など海外からも訪れるそうです。自身が思う「こんなものがあったらいいな」を形にした「オリジナル文具」の制作販売も手掛け、通販サイトなどで販路を拡大中、耐久性にすぐれた書類袋「過保護袋」や、万年筆でも裏抜けしないと評判の「競馬新聞の紙で作ったレポート用紙」など、客の心をつかむネーミングにもこだわりが見えると筆者は書いていました。夜だけの文具店に来る人は少なさそうですが、ひそかに開いているお店はぜひ一度行ってみるのもよしです。今年はこういうところを探すのもよさそうですが、くれぐれも変なかっこで来ないでください。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170108-00010005-chibatopi-l12

 次も千葉日報から、冬なのに水球部が活躍した話。南房総市富浦町に住む千葉県立安房高校水球部3年に感謝状を進呈しました。記事では生徒は昨年10月29日午後3時20分ごろ、館山市の館山夕日桟橋から海中に転落した市内の女性を海へ飛び込み救助し、水球で鍛えた巻き足で女性を支え、「大丈夫ですか」と声を掛けながら浮輪を体に通し桟橋まで引っ張ったそうです。小学校から水泳を始め、安房高では水球部の主将を務めるこの生徒は大学卒業後、救助の仕事に就くことも考えているそうで、「女性が生きてて良かった。将来、海上保安部で働くことが夢」と笑顔で話したそうです。昨年リオオリンピックで注目となった水球ですが、救助の仕事に就きたいということで、ポセイドンジャパンには入らないのかな。でも水球していたらきっと監督から代表呼ばれるかもしれないよ。その時にはどうするでしょうか。でも写真で見た限りでは普通の人のような感じもしますが、たくましくていい青年のこれからに期待です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00010004-chibatopi-l12

 各地域にも水がめはありますが、神奈川県の水がめは相模ダムです。そのダムを改修しようとして、工期約15年、総工費約200億円かかると神奈川新聞が伝えました。記事によると、県内の水道水の約9割は管理・運営する相模、城山、三保と、国土交通省の宮ノ瀬の4ダムを賄っているそうです。中でも相模ダムはもっとも古く、水道・工業用水のほか発電などにも使う多目的ダムとして国内初の大規模ダムだそうです。東日本大震災後、ダム本体のコンクリートの耐震や強度を診断し、建設当初の強度が保たれているとの結果を得たものの、放流ゲート6門と、それを支える7本のビア(柱)は老朽化が進み、現時点で問題はないが、今度も安定的に利用するため改修を決めたそうです。今後ゲートの形状、ピアの構造などを検討し、設計などを経て24年ごろの着工を目指すそうです。ゲートは門が垂直には開閉する現在の「ローラーゲート」から扇形に開閉して構造して構造がコンパクトな「ラジアルゲート」への形状変更を視野に入れているそうです。同時に水が放流される直下の川底と両岸の浸食が進んでいるため、コンクリートブロックで保護するなどの大規模な護岸工事も実施する予定だそうです。前例のない大規模改修となるため、国土交通省などと技術的な協議をしながら進めることになるそうで、利水課は「時期が限られるうえ、水があると制約が多い。したがって期間も長くなるし、難しい工事になりそうだ」と話しているそうです。ダム一つとっても大変な工事なだけに、15年は長いような短いようなところでしょうか。施設一つ改修しても5年も結構長いスパンであるといえそうです。阪急百貨店もできるのに時間はかかりましたが、今ではいい場所だと思います。それだけに今回もいい施設として市民にも期待してもらいたいです。
http://www.kanaloco.jp/article/223517

 雪不足は毎年のように言われますが、兵庫県の中学高校が集まる総体が中止となりました。神戸新聞によると、なんと2年連続だそうで、中学が1992、93年度以来、高校は71、72年度以来だそうです。開催予定だったスキー場は昨年12月31日にオープンしたが、雪不足により1月4日から一時的に閉鎖しているそうで、両大会が開幕する10日までに十分な降雪は見込めないといい、県高校総体の大会委員長は「生徒たちがかわいそうだが、自然相手ではどうしようもない」と話すそうで、来年度は県外開催など、会場変更も含めて善後策を考えるようです。せっかく頑張ってきたのに2年連続で参加できないというのは本当に悲しいことでしょうが、せめて学校同士の練習を兼ねて実施してもよさそうな感じもします。なおアルペン競技は11日に奥神鍋スキー場で記録会を行い、クロスカントリーは昨年末に長野県で記録会を実施済みで、前年度の成績なども考慮して全国大会の出場者を選ぶそうです。
http://www.kobe-np.co.jp/news/sports/201701/0009812751.shtml

 冬ということで休園する施設がある中で、高知県北川村にあるモネの庭マルモッタンでは、10日からの冬季休園を前にアニソドンテアの薄桃色の花が名残を惜しむように咲いていると朝日新聞(高知版)が伝えました。仏ジベルニーのモネの庭から移されたアオイ科の植物だそうで、「今冬は暖かいので、まだ咲いています」と庭師は話しているそうです。花は施設が開いてなくてもきれいに咲いていますので、高知に来た際にはご覧ください。
http://www.asahi.com/articles/ASK160SGHK15PLPB00P.html

 地方紙甲子園最後はややこしい話。西日本新聞によると、北九州市の八幡製鉄所のお膝元として栄えた八幡中央区商店街(八幡東区)に、何ともややこしい広場があるそうで、それもなんと「ロータリー」「コミュニティ」「ふれあい」「中央」「チビッコ」「パサージュ」の6つだそうです。商店街協同組合によると、戦災復興の区画整理で現在の街路が整備されたのは1948年ごろだそうで、広場はこの頃できたとみられるそうです。54年に初代アーケードが着工、74年に2代目、97年に3代目が完成しました。屋根付きの広場では週末を中心に音楽イベントや祭りが開かれているそうです。さて広場をどう呼ぶか、30代以上の14人に質問しました。
 「ロータリー広場に行こうって言ったら通じる」と答えたのは、友人と買い物に来た女性(77)、11人が同じ回答で中高年層が目立つそうで、「ふれあい広場」の2人、「チビッコ広場」の1人に比べると圧倒的だったようです。組合関係者の話や本紙所蔵写真によると、55年ごろ広場の中心に円形の島が設けられ、3代目アーケードができた90年代まで存在したそうで、この島がロータリーの語源で世代を超えて使われてきたようです。島は時代とともに変化していったそうで、56年ごろに生花店などの店舗があり、74年ごろには噴水になったそうです。組合元役員(72)は「噴水の水深は浅く、子どもが入って遊んでいた」、水不足を理由に噴水は数年で廃止され、鳥小屋が設けられた時期もあったそうで、80〜90年代には子ども用遊具が置かれ「チビッコ広場」とも呼ばれたようです。ところが理事長(76)は首を横に振り「正式にはふれあい広場。十数年前に名前を公募し一番多かった」と説明するそうです。ちなみに「パサージュ」は3代目アーケードの名称にちなんで組合が命名したが定着しなかったようで、「コミュニティ」は近くの別の広場と混同しての誤用だそうです。「広場の目的はいろんな催しを開き、いろんな人がふれあうこと。みんな、その時々の思い出で呼ぶんでしょうね」と理事長は言います。約70年の歴史がある広場の多彩な名称には、それぞれの時代の人々の思いがこもっていたと記事は結びました。広場もいろいろ名前を付けていると思うと世代で違うんだなと思いました。定着するものしないもの、名前は大切にしてほしいといいつつ、今日のウラオモはここまで。
http://news.goo.ne.jp/article/nishinippon/region/nishinippon-20170106205042098.html

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地域版・地方紙甲子園2017年冬1

2017年01月01日 22時24分26秒 | ニュースあれこれ

 あけましておめでとうございます。今年もいろいろニュースを伝えていきます。元日から恒例の地方紙甲子園が始まります。今回も正月の話題を中心に地方の今がわかります。
開幕戦は小学生の安全を守る犬に関する話題です。大分県竹田市南部小学校のスクールガードは平日の朝、通学路の玉来西交差点で柴犬の「チビ」(雄・3歳)を連れ、児童の見守り活動を3年以上続けていると大分合同新聞が伝えました。県道と交わり交通量が多い交差点は毎朝約60人の児童が横断するそうで、この人は2003年度にスクールガードに委嘱されて以降、午前7時半から30分ほど交通指導に携わっているそうです。チビ君は13年2月に当時小学生だった孫が捨て犬を拾ってきたためスクールガイドが引き取ったそうです。その年の夏に散歩を兼ねて交差点に連れて行くと、子どもたちが大喜び、現在では地域住民や通勤するドライバーからも愛される名物犬になっているそうです。小学校では動物を飼っておらず、校長は「飼いならされた犬と安心して触れ合うことで、動物愛を育む教育の場にもなっている」と話すそうで、スクールガードは「冬休み期間も交通ルールを守って安全に過ごしてほしい。新学期に元気な姿で皆さんに会えるのを楽しみにしています」と話しているそうです。学校も最近は動物も飼っていないのでしょうか。私としたらいろいろいたほうがいいかもしれませんが、この小学校は安全犬を起用することで、アイドル的存在といえるかもしれません。 これからも事件が起きないように吠え続けてほしいです。
http://www.oita-press.co.jp/1010000000/2017/01/01/JD0055340794

 琵琶湖も関西の水がめとして知られていますが、滋賀県が誇るものとして自慢できそうです。京都新聞によると、滋賀県は7月1日の「びわ湖の日」を条例で県民の休日とするための検討を始めるそうです。記事では全国的に注目を集めた富栄養化防止条例の施行日(1980年7月1日)にちなみ81年に設けられたそうで、96年には県環境基本条例にも位置づけられ、環境保全の理解と認識を深め、保全活動への参加意欲を高める日としているそうです。自治体独自の休日は条例で定めることができるが、地方自治法はその条件として、特別な歴史的・社会的意義を持ち、住民こぞって記念することが定着していることや、広く国民の理解が得られることを挙げているようです。総務大臣との事前協議も課すなどハードルは高く、現在は沖縄県の「慰霊の日」(6月23日)と広島市の「平和記念日」(8月6日)しかないそうです。全国には条例上の休日とせず、「県民の日」を設けて学校のみを休みにしている例もあるようで、県は琵琶湖の汚染を防ぐ県民運動「石けん運動」を機にびわ湖の日が制定された経緯や、琵琶湖を国民的資産と位置づける琵琶湖保全再生法の成立を踏まえ条例化は可能と判断したそうです。今後県内市町や経済団体などに趣旨を説明し、県内にある国の機関や企業、私立学校などにも休日化への賛同を得ることにしていて、早ければ17年度中の条例化を目指すそうです。新たな休日として実現しようと努力をしていくようで、都民の日も休日と言われてみればそうかもしれません。地元に誇れるような休日はほかの自治体にも必要でしょうが、果たして住民からしたらどう思うのでしょうか。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170101-00000040-kyt-l25

 続いては島留学です。玄界灘に浮かぶ佐賀県唐津市鎮西町の馬渡島(153世帯)と加唐島(65世帯)は新年度から小中学生を対象に「島留学」を始めると佐賀新聞が伝えました。県内では過疎化による児童数減を食い止めようと、佐賀市富士町の北山東部小が学校の生き残り策として1994年から留学生を受け入れている「山村留学」の例があるそうで、今回はこの離島版と言える取り組みで、島ぐるみでの受け入れ体制をつくるようです。七つの離島では神集島が小中学校が廃校になり、小学校分校の向島と松島が休校の現状にあるそうで、島民や市職員でつくる「からつ七つの島活性化協議会」が3年前から先進地を視察するなどして準備を進め、12月26日に二つの島で実行委員会を立ち上げたそうで、馬渡島は現在小学生15人、中学生14人、加唐島は小中学生3人ずつが在校しています。留学期間は原則4月から1年間で、留学は島内の里親宅から通う「里親留学」、家族と一緒に島に住み込む「家族留学」、島に祖父母が住む家庭の「孫留学」の3タイプがあるそうです。里親留学は里親への委託料月額6万円を実行委と実親で半額ずつ負担するそうで、家族留学は転入家族に、孫留学では祖父母世帯に、月額3万円の助成金を実行委が出し、原資は公的な補助金を見込んでいるそうです。島にいる子供たちにとっては便利になる半面、家族と離れるかもしれないというリスクはあります。それでも子供たちに学ぶことの大切さを知ってほしいというのが教育者の願いです。ぜひいい成果を上げてください。
http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/391655

 ナンバープレートを見ると地域でもユニークなものがありますが、東京都文京区では区ゆかりの文豪・夏目漱石さんの代表作「吾輩は猫である」にちなんだデザインの原付きバイクなどのオリジナルナンバープレートを交付すると読売新聞(東京版)が伝えました。プレートは見開いた本の形だそうで、猫の姿や足跡が描かれ、背景に冒頭の文章があしらわれているそうです。現在の向丘にあった邸宅で執筆した漱石さんをはじめ、多くの文豪に縁を持つ「文の京」のイメージを広く知ってもらう狙いがあるようです。今年2月には漱石さん生誕150年を迎えるそうです。昨年5月、区が区民や在勤者らを対象にデザインを募集、24点が寄せられ、学識経験者らによる選考によって、区内に勤める40歳代の女性が手がけたこのデザインの採用が決まったそうです。原付き1種600枚と2種400枚の数量限定で交付は無料、新規購入や名義変更による交付のほか、交付済みの無地のプレートとの交換も受け付けるそうです。ナンバープレートに猫ということで、本当にユニークなものを採用しました。地元でもナンバープレートは変わったものがありますが、文学ファンにとっては一度見たほうがよさそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/local/tokyo23/news/20170101-OYTNT50004.html?from=ycont_top_txt

 このパート最後は障がい児の入所施設がなくなるという話。関東地方で唯一、耳の聞こえない子どもたちが共に暮らす施設「金町学園」(東京都葛飾区)が閉鎖の危機を迎えていると東京新聞が伝えました。記事によると、JR常磐線金町駅からバスで十分の住宅街に学園はあります。ろう学校に通う5~18歳の25人と、ろう学校の高等部に通う20歳の2人が暮らします。「公用語」は手話、11人の職員は全員手話ができるそうでそのうち4人は聴覚障害者です。もともとさまざまな事情で親と暮らせなくなった聴覚障害児を受け入れてきたそうで、最近は大学進学や就職を目指し、地方からやってくる学生が増えました。ただこれが閉鎖の理由にされたようです。運営者の社会福祉法人東京愛育苑(葛飾区)の法人本部長は「親からの虐待などを理由にした入所が減った。(困窮者の支援だった)役割は終わった」と説明、学園の跡地は法人が力を入れる児童養護や高齢者事業への活用を検討するそうです。一方園長は「手話で存分に話せる集団生活の場は、これから生まれてくる聴覚障害児のためにもなくしてはいけない」と訴えてきたそうで、新施設を建てるため昨年秋、新たな社会福祉法人の設立準備会を結成、寄付金集めに乗り出したそうです。ろう学校に通いやすい都内に土地を借り、定員30人、900平方メートルの施設を整備する計画、4億6000万円の費用を見込むそうで、インターネットで事業への協力を募るクラウドファンディングによって355万円が集まり、寄付を呼び掛ける動画を制作中だそうです。最近は家庭のことも大事になってきているので入所施設も不要になりつつありますが、かといってこのまま残すべきという意見もあって分かれそうです。新施設を作って何とか存続するというのがよいかもしれませんが、これから障がい児をどう育てていけばいいのか、当事者の意見も聞くべきでしょう。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201612/CK2016123102000116.html


 地方紙甲子園はこれまでですが、最後に今日元日に営業することについて産経新聞が2人に聞きました。最初はビッグカメラの石川勝芳執行役員です。
--元旦営業のメリットは
「元旦だけでなく年中無休で営業することで、お客さまに安心を感じてもらえる。家電量販店は家電だけでなく消耗品や日用品、化粧品、薬なども販売している。必要な時に、いつでも購入できるメリットがあるからだ。例えば、元旦に急に年賀状を返さなければならない時にも、プリンターのインクやはがきを買うことができる」
--元旦の買い物客は多いのか
「初詣の帰りに家族連れで来る人もいる。お年玉をもらった子供がおじいちゃんやおばあちゃんに連れられて来るケースもあるようだ。お年玉の使い道は子供ならおもちゃやゲーム、中高生は携帯音楽プレーヤーなどデジタル機器が多い。ゲームなどの販売額はクリスマスに次いで多い。全体の売上金額も、元旦は1年を通じ上位に入る」
--最近は訪日外国人も増えている
「外国人のお客さまは直近で10%程度増えている。特に年末年始の休暇を利用して来日する外国人も多い。炊飯器などを複数購入する、いわゆる“爆買い”はなくなったが、化粧品など消耗品はよく売れるようになった。昨秋以降の円安傾向は訪日客にとってメリットが大きい。今年の元旦も訪日外国人向けの売り上げに期待している」
--元旦営業は日本の個人消費にプラスに働くか
「元旦の買い物は日本の最大級のレジャーになっている。正月に購入する福袋は日本の文化だ。ビックカメラでは数千円から100万円を超えるものまで50種類程度の福袋を用意しており、店に来て選んで買う楽しみがある。最近では買った福袋の中身を写真に撮り、ツイッターなど会員制交流サイト(SNS)にアップして楽しむ人も増えている。こうしたお客さまの期待に元旦営業で応えることが、個人消費にもプラスに働くと考えている」
--正月に休みたい従業員もいる
「完全シフト制により、正月三が日は基本的に交代で休んでいるので問題はない。シフトは2カ月前に決まるが、例えば元旦は家族と一緒に過ごしたいと思えば、希望を出すことで元旦に休みを取れる。一方で元旦に働いても構わないという従業員もいる。また元旦には手当ても出しており、従業員は十分に確保できている。原則として元旦は通常通り午前10時に開店するが、夜は買い物客が少ないこともあり、通常より1~2時間早い午後8時には閉店する」
--ヤマダ電機など同業他社で元旦を休業にする動きもある
「他社の施策についてはコメントする立場にない。他社の動きとは関係なく、お客さまがいる以上は元旦営業で対応することが当社の使命だと思っている。元旦の福袋などを楽しみにする人がいる限り、開店するのが大切だ」
次は博報堂生活総合研究所上席研究員の夏山明美さんです。
--元旦営業をどう評価するか
「今の日本人は昔よりも忙しく、疲れている。流通や小売り、外食業界の方も元旦ぐらいは休ませてあげてほしい。当社が行った今年の行動を振り返る調査では『オフの時間に休んだ年』と、『気分転換で出かけた年』の二者択一の質問に前者の回答が約7割を占め、後者が約3割だった。来年に力を入れたいことについて聞いた調査でも『睡眠・休息』がトップだった」
--なぜ疲れている日本人が増えているのか
「バブルが崩壊した平成4年に共働きと専業主婦の世帯数が逆転し、共働き世帯が年々拡大している。仕事をやめたいが、家計を支えるために働いている女性が多い。今後も人手不足で共働き世帯が拡大し、さらに疲れている人が増えると見込まれている」
--疲れている日本人が増えると、消費面でどのような変化が起きるのか
「共働きが増えた結果、休日は外出せずに、家族と一緒に過ごす時間を増やしたいと考える傾向が強まっている。昔は人が集まるセールや初売りに出向いて買い物をしていたが、そんな元気のある人が減ってしまった。またスマートフォンが普及し、好きな時に自分で検索して安い商品を購入できるようになった。疲れている人はネットで買い物をする傾向が強い」
--一昨年、三越伊勢丹グループの一部店舗が初売りを1月2日から3日に変更すると発表した際、会員制交流サイト(SNS)では称賛の声が多かった
「それも疲れている人が多いからだと思う。ネットの声の方が一般の感覚に近く、正月ぐらいは休んだ方がよいと考える人が多いのではないか。ネットの普及で、消費者がさまざまな情報に接する機会が増えたことで価値観が多様化し、横並びのセールや行事などを求めなくなっている」
--最近は商品を得る「モノ消費」から体験やサービスを求める「コト消費」に消費者の志向が変わってきた
「消費者がモノを買うだけでは満足しなくなり、横並びのセールが通用しなくなっている。店員も休む時間がなければ、生活者の感覚がわからなくなり、モチベーションが上がらない。競合店に行く時間がないと、お客さんに楽しんでもらうコト消費の良いアイデアも生まれてこない」
--百貨店では元旦営業しない店舗が増えたが、量販店やスーパー、外食業界では営業するケースが多い
「さまざまな価値観があるので、何が正解とはいえないが、量販店やスーパー、外食業界は各社が横並びで営業しているので、休めないという事情があるのかもしれない。業界団体などが率先して、一斉に休みをとるなどの対応が必要ではないか」
私としては元日に営業しても問題はないと思いますが、やはり休みたいという人も多そうです。1年の中でも特別な1日なだけに静かに過ごしてほしいものですが、今年1年もサービス業は大変そうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170101-00000531-san-bus_all

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よいお年を

2016年12月31日 21時51分35秒 | ニュースあれこれ

 今年も残りあとわずかとなりましたが、最後は新年の始まりはいつなのかをtenki.jpから紹介します。午前0時に新年が始まるという考え方が一般化したのは、明治時代に入ってからといわれているそうで、本来は、大晦日の夜から、新年を迎える行事が始まっていました。晦日(みそか)というのは、その月の最終日のことです。「みそ」というのは、30という意味だそうです。30歳のことをしばしば「三十路(みそじ)」ということもありますが、同じようにかつては30日のことを「みそか」といっていました。ただし暦の上では毎月、必ずしも30日ぴったりというわけではありません。そこでそのうちその月の最終日のことを晦日と呼ぶようになり、12月の晦日を特に「大晦日」と呼ぶようになったそうです。月の最後の日を表す言葉としては、「つごもり」というものもあるそうで、月の満ち欠けをもとに暦を決めていた時代では、月末に月が出ることはありませんでした。そこから毎月の最終日には「月が隠れている」、すなわち「月隠(つごもり)」という呼称も生まれ、12月の「つごもり」を「大つごもり」というようになったそうです。以前は大晦日の夜と新年の朝は連なっているもので、それらの間には現在のような、明確な区切りはありませんでした。もともとは新しい一日のはじまりは日没からと考えられていたそうで、日が沈むと新しい一日が始まる、つまり新しい年も12月31日の日が暮れたところから始まるそうです。
 大晦日に年神様を迎え入れる準備を整えた後は、日没から夜明けに掛けて年神様を家に迎え入れる、新年の祭りが始まります。この神聖な夜にはお迎えした年神様に失礼がないように「一晩中起きている」という習わしもあったそうです。さらにもしもこの夜に早く寝てしまうと、「白髪になる」とか「しわができる」といった言い伝えなども地域によってはあるようです。恐ろしいペナルティーですが、かつては数え年といって、新年を迎えると誰もが一斉に1歳ずつ年を取っていました。ちなみに「寝正月」という言葉がありますが、夜を徹して新年を迎える行事があったため、元旦は寝ていても良いとされていたようです。「三が日」というように現在では1月1日から3日まで、お正月の儀礼は3日間かけて行うのが一般的で、1月2日からはもう普通の日、仕事始めが行われていたそうです。新年の始めが日没からだったというのも急なところでしょうが、1月1日だけが本来の正月休みだったと考えたら、過労で倒れそうな時代だったといえそうです。今の正月があるのは明治のおかげといっても過言ではありませんが、来年もいいことがあることを願いつつ、ウラオモ今年はここまで。明日からは久しぶりの地方紙甲子園です。
http://news.goo.ne.jp/article/tenkijp/life/tenkijp-18871.html

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最後までがんばりましょう

2016年12月19日 23時26分29秒 | 番組あれこれ

いよいよスマップの解散が迫ってきました。来月からもキムタクや草なぎさんのドラマが放送されるので何とかロスというのはなさそうです。さて先日の文化放送に続き、FMOSAKAでも放送しますが、なんと14時間やるとオリコンが伝えました。記事では『Precious.』(前6:00〜8:20)、『hug+(はぐたす)』(前8:20〜11:00)、『なんMEGA!』(前11:30〜後4:00)、『MUSIC FRIDAY+』(後4:00〜8:00)4つのワイド番組をまたにかけ放送するそうです。FM OSAKAの担当者によると、これまで長年SMAPを応援してきたスタッフたちの熱意で今回の企画が立ち上がったそうで「ファンのみなさんと共に25年分の“ありがとう”をSMAPに贈るプレミアム番組」として放送に向け意気込んでいるようです。文化放送は残念ながらラジコプレミアムでは聞けなかったようですが(トーク部分もあったそうで)、今回は多分リアルタイムでは放送するのでしょうか。さすがにタイムフリーではちょっと無理な部分もありますが、最後まで走り続けてほしいです。紅白は、どうでもいいや。
http://news.goo.ne.jp/article/oricon/entertainment/oricon-2083284.html

 菅官房長官というと、おじいちゃんのイメージがありそうで、1人くらい孫がいそうな顔をしています。毎日のように登場するだけに、注目度は高いですが、どうやらもし今度選挙に出たら落選するのではと警戒しているそうです。プレジデントによると、「支持率が高いからといって、怠けていたら(公認候補は)差し替えます」と二階俊博幹事長は記者会見で次期衆院選の候補者差し替えに言及したそうで、それまで自ら「解散風」を吹かし、安倍首相と会談後は一転して早期解散に否定的な見方を示した二階氏だが、この日は「国会は秋の空と同じようにすぐ変わる」として再び戦闘モードに入ったようです。各種世論調査で安倍内閣の支持率は約6割と依然高く、政党支持率も自民党が民進党を大きく引き離しており、選挙で事実上の実権を握る二階幹事長が「ゴーサイン」を出しても不思議ではないそうで、党執行部は次期衆院選で自民党の選挙区議席が86減の137議席になるとの試算を示し、当選基盤が弱い若手議員の危機感をあおっているようです。
 今年夏に参院選との衆参同日選挙を検討していた安倍首相が早期解散には前向きとされる点も「解散風」が吹き止まぬ要因と言えるそうで、当初首相は15日からの日露首脳会談で北方領土問題を前進させ、国民に信を問うシナリオを描いていたという見方が大勢だったそうです。消費税増税の延期を表明した記者会見にならい、「領土という国家の重要な部分を合意するのだから国民の声を聞かなければならない」などと日露首脳会談の成果をテーマに衆院選を戦うプランを描いているとされてきたようで、前回衆院選から約2年を迎え、「小刻みに解散権を行使することにより、権力を維持する」(首相周辺)という戦略に従えば、年末年始の解散が当てはまります。しかし野党共闘が実現すれば、自らの側近を落選させてしまうリスクが生じているためだそうで、首相の盟友である下村博文幹事長代行は「過去2回の衆院選は追い風だったが、同じ状況が続くとは限らない」と若手を叱咤激励するが、その下村氏自身も油断はならない情勢になるとみられているそうです。それは首相を間近で支える首相官邸内のメンバーも同じで、強面で知られる萩生田光一官房副長官は首相の側近中の側近だが、選挙は必ずしも強くはないようで、民主党に政権を譲り渡した2009年の衆院選で敗北し、12年の政権奪還の追い風で当選を重ねているものの、野党共闘が実現すれば、再び苦杯をなめる可能性がささやかれるそうです。12年、14年の衆院選で共産党が候補者を出していなかったと仮定した場合、大接戦になっていたとデータは示し、さらに都知事就任後「神ってる」と言われ、勢いの続く小池百合子氏が新党を結成し、選挙区に擁立した候補者に野党が相乗りした場合は落選もあるようです。リスクがある政府高官は萩生田氏だけではなく、いまや「影の首相」といわれる菅義偉官房長官もその一人です。全国の選挙区情勢に明るく「選挙博士」の異名を持つ菅氏は、選挙に強いことで知られてきたそうで、前回衆院選に民主党は擁立せず、共産党候補に大差をつけて当選したものの、次期衆院選で野党共闘が機能すれば、選挙区で勝利をつかめる保証はないそうで、「小池劇場」や「トランプ旋風」のように注目されれば、共闘した野党側に流れが傾く可能性もあり、現職の官房長官が敗北する異例の事態に発展する可能性もあるそうです。本当に野党共闘が勢力を増すことになればトランプさん並みになりそうな気配ですが、来年あまり選挙しないでのんびり過ごしたほうが国民は幸せなんでしょうけどね。私はそう願いたいです。
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%80%8c%e7%a5%9e%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%82%8b%e5%b0%8f%e6%b1%a0%e3%80%8d%e6%96%b0%e5%85%9a%e7%ab%8b%e3%81%a1%e4%b8%8a%e3%81%92%e3%81%ab%e6%80%af%e3%81%88%e3%82%8b%e6%94%bf%e6%a8%a9%e5%b9%b9%e9%83%a8/ar-AAlIV0e?ocid=FUJITSUDHP

 スポーツ選手を引退してから就職支援の取り組みについては報道していますが、第2の人生としてどのように過ごしているのか、AERA(dot.掲載)から紹介します。ます最初に紹介するのは元巨人で活躍していた小林敦司さんです。現在は代官山でカフェを経営しています。小林さんは1990年にドラフト5位で広島に入団、2001年にはロッテに移籍するも、プロ11年でわずか1勝に終わってしまいました。それでも99年、東京ドームで巨人時代の清原和博さんを相手に頭部死球を与え乱闘寸前になったときの投手だったようです。その後は父親の経営する和食店を継ぐつもりだったようです。だが実際に手伝いを始めると親子の甘えが出てしまったのを嫌ってカフェの道に行きました。
「(経営者の)息子が言いたいことを言ってしまえば、ほかのスタッフに迷惑がかかるじゃないですか。そんなとき母も別のお店をやっていたのですが、夜の仕事がしんどくてカフェをやりたいと言い出したので、それならそっちを手伝おうと思ったんです。当時は料理も何もできないですよ。でも、カフェを出すならケーキぐらい作れたほうがいいかなと思い、ケーキ店でアルバイトを始めたんです」
32歳でアルバイトを始め、5年弱、その後もイタリアンレストランやカフェなどでアルバイトを掛け持ちしながら約10年の下積みを経て、11年4月にチーズケーキが売りの店を開きました。小林さんは「自分は、プロでたいした結果も残してないし、この場所で元プロ野球選手だったと言ってもね(笑)。野球の打者なら3割打てば一流ですが、ケーキで残りの7割がダメじゃお客さんは離れてしまう。来てくれたすべてのお客さんにおいしいと言ってもらえるように完璧を目指したいんです」と話します。
次は力士です。力士の引退後の仕事というとちゃんこ鍋店ですが、日本相撲協会公認の漫画家としてスポーツ紙や相撲雑誌に多くの連載を持っているのが琴剣淳弥さんです。福岡県出身の琴剣さんは少年時代から手塚治虫の「鉄腕アトム」などにのめり込む根っからの漫画好きだったが、体が大きかったこともあり15歳で佐渡ケ嶽部屋に入門、76年春場所で初土俵を踏むと約10年現役として相撲を取ってきたものの、力士としては幕内昇格を果たせず「三段目」が限界でした。漫画家への道のキッカケは現役時代に先輩力士が後援会で配るグッズの似顔絵を描いたことだったそうで、それが評判となりスポーツ紙からの依頼で、現役にもかかわらず場所中にイラストを用いたコラムを連載するなど角界でも名物力士として知られるようになったそうです。
「引退から数年後には“若貴ブーム”もあって、元力士の漫画家としてテレビでも取り上げられるなど、仕事の依頼が殺到し、生活が一変した時期もありました。ただ、ブームはすぐに終わってしまいました……。一度は店をたたみ、当時病気がちだった妻と育ち盛りの2人の子どもを食べさせるために肉体労働に就いたこともありました。でも、あるとき妻が言ったんです。『あなたが本当にやりたいことは何なの?』って」
「当たって砕けろ」で描いた相撲の絵を国技館に置かせてもらえないかとお願いしたそうで、
「それが縁で11年に東日本大震災があってからは相撲協会と一緒に各地の巡業を回り、ボランティアで被災地の子どもたちの似顔絵を描いてきました。そうしたことが評価されて2年ほど前からは自分がイラストを描いた商品を相撲会場に置かせてもらえるようになったんです。まさか自分の商品が国技館で売れるとは思ってなかったですし、相撲協会が元力士だった私を“身内”として認めてくれたのが何よりうれしかったですね」
人気力士が描かれたマグネットは、一場所で約6千個も売れるそうで、ジャポニカ学習帳の表紙のイラストを手掛けると、そちらも人気を博したようです。現在はスポーツ紙や雑誌の連載に加え、相撲中継のゲスト解説やラジオ出演と仕事は多岐にわたるそうです。
 最後はシンクロ選手です。04年アテネ五輪で銀メダルを獲得した北尾佳奈子さんは現在、世界的なエンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」のパフォーマーとして活躍しています。人工湖での噴水ショーで有名なラスベガスの一等地にあるベラージオホテルで行われる「O」は、巨大プールを舞台にしたアクロバットあり、シンクロナイズド・スイミングあり、ダイビングありのまるで水中のオペラのようなショーで「シルク・ドゥ・ソレイユ」の中でもとくに高い人気を誇っていると評判でした。彼女は23歳で引退し、同世代のチームメートの多くは次の北京五輪を目指したが、そんな気分にはなれなかったようです。
「辞めたときは大好きなシンクロがもう一生できないという不安でいっぱいでした。でも、シンクロが好きだったからこそ、辞めるという“賭け”に出たんです!五輪に出て、メダルを取るという夢を果たせたのですが、どうもスッキリしなくて。自分が見せたいシンクロができなかったというか、これまでやってきたシンクロでは自分が思い描いていたものが全うできないと思ってしまったんですよね」
そんな折にタイミングよく日本であったオーディションをキッカケに06年に「シルク・ドゥ・ソレイユ」に入団、もちろん入団したからといって誰もがショーに出られるわけではないそうで、
「“O”のショーに出られるスイマーは16人のみで、その時点ではあくまで候補者リストに名前が入っただけ。空きが出なければショーには出られませんし、まずはトレーニングキャンプに招集されて、そこで実力や性格を判断されて、仮契約から本契約という手順を踏むことになります」
同じ芸術性を競うフィギュアスケートのようにプロへの道がないだけに、「O」のパフォーマーはシンクロを生かせる唯一の職業に近いそうで、そこでパフォーマーとして10年のキャリアを積んできました。現地でアメリカ人男性と結婚し、出産も経験、「O」のショーは、1日2回年間およそ470もの公演が予定され、基本的にはメンバー全員が参加するというハードさだそうです。だが選手時代、1日10時間近く水の中で厳しい練習を乗り越えてきた北尾さんにとって苦痛に感じることはほとんどないそうで、
「選手のときは連休が年に1、2回あるかないかでした。それに比べたらいまは週に2日も休みがあるので(笑)。ショーはだいたい19時と21時半の2公演で、昼間は自由になる時間も多くあります。現役時代は、なかなかシンクロを楽しみながらやることはできなかったのですが、ここではたとえ間違ってもみんな笑顔。いまは自分の好きなことが仕事にできていることを本当に幸せに感じています」
その後は五輪に出たことで感じたモヤモヤした気分を晴らすべく、男女混合のミックスデュエットのアメリカ代表として現役に復帰したそうです。今年9月には全アメリカ大陸大会に出場し、来年ブダペストで行われる世界選手権への出場もすでに内定しているそうです。すごい人だ。3人の第2の人生はいろいろありますが、経験を生かすものもいれば、洋菓子を作って喜ばせるというのも現役時代にはなかったはずです。これからの人生を選ぶ参考にしてもよさそうです。
http://news.goo.ne.jp/article/dot/bizskills/dot-2016120800315.html

 かつては愛のエプロンでのまずい料理やプロレスラーとしての活躍が話題を呼んだインリンさんですが、近況がマイナビニュースに書いていました。昨日放送された旅ずきんちゃんの中で出演していましたが、放送では「本職はお母さん。お仕事もちょこちょこしてるんですけど、月に2、3回とか。お小遣いみたいな感じ」と明かしたそうです。また代名詞である"M字開脚"について、「普通にしゃがんでたらそれがM字開脚ってなって、いつの間にか私もびっくりするくらい世の中に浸透した」と振り返り、M字開脚よりも実は自信があったポーズはないか聞かれると、「撮影のときにお尻を褒められることが多かった。なのでバックショットが多くて、お尻をぷりっとあげて振り返るのは好きだった」と語ったそうです。台湾での知名度を聞かれると「この前、日本で頑張っている台湾の女の子がいますって、ニュースで紹介された。そのときに"AV女優"という肩書がついていて、そういうカテゴリーに入っているみたい」と笑っていたそうです。旅ずきんちゃんは女性3人が旅をして、1人のみ男性が案内するという変わった番組ですが、台湾でロケしていて、それ以外はだれが旅していたのかということに触れないのはどうしてなんだい。せっかく旅をしているのだからほかの人にも焦点当てないといけないんだけどね。情熱大陸の後の人気番組に成長してほしいものです。
http://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%80%81%e5%8f%b0%e6%b9%be%e3%81%a7%e3%81%ae%e8%82%a9%e6%9b%b8%e3%81%8d%e3%81%afav%e5%a5%b3%e5%84%aa%e3%80%8c%e3%81%9d%e3%81%86%e3%81%84%e3%81%86%e3%82%ab%e3%83%86%e3%82%b4%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%81%ab%e2%80%a6%e3%80%8d/ar-AAlIVH2?ocid=FUJITSUDHP

 真田丸が最終回を迎えました。最後はびっくりする展開でしたが、無事に幸村さんはお亡くなりになりました。いろんなところで話題となりましたが、堺雅人さんなど多くの俳優女優には心から感謝いたします。見てない人も土曜の再放送がラストチャンスです。ぜひご覧ください。
http://news.goo.ne.jp/article/sponichi/entertainment/sponichi-spngoo-20161219-0114.html
http://news.goo.ne.jp/article/mycom/entertainment/mycom_1562933.html
http://news.goo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20161219063.html

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最後まで戦う真田丸

2016年12月11日 19時24分12秒 | 番組あれこれ

 真田丸が来週で終わります。これまでもいろんなシーンが出てきて話題を呼びましたが、最初に紹介するのはスポニチより峯村リエさんです。彼女が演じているのは茶々さんの乳母・大蔵卿局さんです。真田幸村さんら牢人衆を疎み「なりませぬ!」を連発、劇団で培った演技力を発揮しているそうで、大坂城の砦・真田丸の取り壊しに同意してしまうなど、SNS上で目の敵になっているようで、“ヒール役”として成功した証拠だが「やっぱり好かれた方が…」と複雑な心境を吐露したそうです。当初はキャラクター像に戸惑いもあったというが、脚本の三谷幸喜さんによる設定は突飛なものだったそうで、「ヒラリー・クリントン、土井たか子、三原じゅん子、井脇ノブ子、(三谷氏や峯村が所属する)シス・カンパニーの北村明子社長の5人を足して5で割ったような感じ」と話しています。物言いのキツい、威圧感のある大蔵卿局に納得「最近はマネジャーに『だんだん社長に似てきたね』と言われます」と笑ったそうです。劇中、幸村さんらの意見に反対し、何度も連発する「なりませぬ!」というセリフも、茶々さんや豊臣秀頼さんを思うからこそ力が入るそうで、「豊臣の重鎮たちが亡くなっていってしまって、大蔵卿局としては茶々様と秀頼公を守らなければという思いがすごく強いと思うんですね。この2人に少しでも嫌な思いをさせる者がいたら『私は許しません』。そんな気持ちから『私がやらなければ…』という思いが強くなったんだと思います」と解釈したそうです。
 三谷作品への出演は、2014年の舞台「抜目のない未亡人」(上演台本・演出)に続き2回目だそうで、三谷脚本の面白さと難しさに魅了されています。「三谷さんの脚本は間を面白く使うと、本当に面白いですね。普通の言葉なのに、微妙な間で本当に面白くなる台詞が多いと思っています。だから緊張します。せっかくの面白い台詞を活かしたいので」と話していました。とりわけ苦労したのが第47話「反撃」(11月27日放送)で徳川方の使者・阿茶局さんとの和睦交渉に臨むシーンでは、交渉の雲行きが怪しくなる度に従者として付き添ったきりさんが「足がつった」と場をかき乱し、そのたびに大蔵卿局は「何をしているのです」とたしなめたそうです。「最初はとツッコミの感じでやっていました。しかし『これは違う。こういう面白さじゃないんだ』と思って…。それも微妙なんですよね。微妙な間がハマると凄く面白いんじゃないかと思ったんですけれど、うまくできましたかね。無表情でコミカルなことを言うような、そういう演技には劇団の経験がとても役立っているんじゃないかなと思います」とコメントしています。第46話「砲弾」(11月20日放送)で大坂城を直撃したカルバリン砲が「大蔵卿局と有楽斎に当たれば」などの“過激”な投稿もあったようで、キャラクター作りに成功した証しだが「田中正監督から『SNSは見ない方がいいよ』と言われていたんですが、第40話『幸村』(10月9日放送)の後、ちょっと見てしまって…。案の定凄くて、ちょっとヘコみましたね」と苦笑いしたようです。さらに大蔵卿局さんの“悪評”は、三谷さんの母親からもお墨付きをもらったそうで「大蔵卿局が凄くよくなってきています。うちの母が『あの女が一番悪い』と言っていました。大成功ですね。(演技の方向性などは)間違っていなかったんだな…。やっぱり嫌われるというのはね。役とはいえ…。やっぱり好かれた方がいいですよね」と思わず本音も飛び出したそうです。「大坂の人に申し訳ないという気持ちはあります。今の大坂城の裏に碑があって、大蔵卿局の名もあるんですが(撮影が終わったら)そこを訪れ『こういう感じで演じさせていただきました』と伝えに行こうと思っています」と話しています。後ろめたさもありながら、最後まで精いっぱい“ヒール”として演じ切ると記事は書いていました。ちなみに彼女はナイロン100℃に所属しています。この人の名前は聞いたこともありませんでしたが、まさかあの犬山イヌコさんと同じ劇団に所属していたとは、かなりの実力者だったといえそうです。かなりのおばあちゃんのイメージですが、最後まで豊臣方の滅亡を見ることになるので、どんな形の最終回となるのか気になります。最後の戦いがどうなるのか、楽しみです。
http://news.goo.ne.jp/article/sponichi/entertainment/sponichi-spngoo-20161211-0077.html

 システムの構築は時間がかかり、完成してもメンテナンスは欠かせません。しかしみずほ銀行のシステムはまだ完成しないようです。東宝経済によると、投資家向けの説明会で明らかにしたもので、求人情報についてもネット掲示板などで取り上げられており、銀行の勘定系システムはおカネを扱う社会インフラともいえるシステムで、その信頼性は大変高いものが要求され、ITベンダーが負う社会的責任も大きなものになるそうです。銀行の取り扱う複雑な業務にも対応しなくてはならず、その開発に当たっては、それらの業務への深い理解を要求されるそうです。いつシステムが完成するのかというと、サグラダファミリア教会と同じくらいゴールが見えたらいいと筆者は書いていました。もうかなり時間がかかっているというのは気が遠すぎますが、完成した時に経営危機になってないことを願っています。
http://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20161211_146637/

 セブンイレブンは沖縄だけが進出していませんが、どういうわけかクリスマスケーキが発売されていると琉球新報が伝えました。アーティストの安室奈美恵さんを起用した今年のクリスマスキャンペーンに合わせ、キャンペーン対象のクリスマスケーキの一部を沖縄本島でも販売します。ネットショッピングサイト「オムニセブン」で15日まで購入予約を受け付け、23日に送料無料で届けるそうで、「安室さんの故郷である沖縄在住のファンの熱い声に応える」と説明する一方で、コンビニ店舗のない沖縄に送料無料で商品を届けるのは「異例」の対応とも強調しているそうです。なお社長は沖縄で初となる店舗を2018年にも出店する方針を明らかにしているそうです。地元出身でありながら沖縄にお店がないというのは寂しいものがありますが、やはり安室さんの力は強かったようです。いいクリスマスをお過ごしください。
http://news.goo.ne.jp/article/ryukyu/business/ryukyu-60016399.html

 君の名はなどここ最近アニメが盛り上がっています。そんな中で舞台を歩く聖地巡礼は多くの地で行われています。日刊ゲンダイによると、小さいものも含めると全国に5000カ所もあるそうで、最近は「アニメツーリズム」と呼ばれる立派な“ビジネス”となっているそうです。先がけは2007年に放映されたテレビアニメ「らき☆すた」の舞台・埼玉県鷲宮町(現・久喜市)で、アニメ放映後はファンが殺到、放映前に比べ3倍の観光客が押し寄せました。そのほか戦車と女子高生をモチーフにしたアニメ「ガールズ&パンツァー」の舞台である茨城県大洗町、大ヒット中のアニメ映画「君の名は。」の岐阜県飛騨市など、成功例は枚挙にいとまがないようです。今年9月16日にはアニメクリエーターの富野由悠季さんを理事長とした「アニメツーリズム協会」が設立され、88カ所の聖地が選定され、官民一体で日本はもちろん、海外の観光客も引き寄せる戦略だそうです。
 しかし一方で課題もあり、私有地への立ち入りやゴミの投げ捨て、コスプレをしての無遠慮な写真撮影など、トラブルや苦情が報告されており、アニメファンではない一般の観光客が「萌えキャラが見たくて訪れたわけではない」とガッカリするケースもあるそうです。ある旅行ジャーナリストは「個人の趣味にとやかく言う気はないし、アニメの力にすがりたい観光地の気持ちもわかるが、まるで押し付けるかのように、あっちにもこっちにも萌えキャラというのはいかがなものか。観光地の風景は公共財産。アニメファンじゃない人のことも考えて欲しい」と述べているそうです。有名なアニメでも多く訪れる人もいますが、マナーを守っていないと地元の人からそっぽを向きそうです。聖地巡礼がこれからも根付くように努力は必要です。
http://news.infoseek.co.jp/article/gendainet_364022/

 今日はノーベル賞受賞式でした。晩さん会など大忙しだったとは思いますが、これを母国に持ち帰って、今後の研究に生かしてほしいです。さてノーベル賞には今の社会にも大きく生かしているものがあります。今回は子供向けに発行しているジュニアアエラから紹介します(dot.掲載)
①<タッチパネル> 化学賞 導電性プラスチック/受賞年:2000年/受賞者:白川英樹 (日本)ほか
スマホのタッチパネルはもともと電気を通さないプラスチックに電気を通す技術が開発されたおかげだそうです。
②<携帯電話> 物理学賞 無線通信/受賞年:1909年/受賞者:G・マルコーニ (イタリア)ほか
地球の反対側にいる人とも話をすることができる携帯電話には、声を電波に変えて遠くに飛ばす無線通信の技術が生かされているそうで、ラジオやテレビの放送も無線通信のおかげで実現しました。
③<LED照明> 物理学賞 青色LED/受賞年:2014年/受賞者:赤崎 勇、天野 浩、中村修二 (日本)
少ない電力で明るく光り、環境を守る「21世紀のあかり」といわれるLED(発光ダイオード)照明、光の三原色の中で最後までつくれなかった青色LEDが発明され実現しました。
④<CD・DVD> 物理学賞 レーザー/受賞年:1964年/受賞者:C・タウンズ (アメリカ)ほか
CDやDVDで音楽や映像を楽しめるのは、表面に光を当ててわずかな凹凸を読み取るレーザーの技術が開発されたからだそうです。
⑤<電化製品> 物理学賞 IC/受賞年:2000年/受賞者:J・キルビー (アメリカ)
IC(集積回路)とはたくさんの電子部品を小さな板の上に載せてつないだもの、今ではパソコン、電卓、冷蔵庫、炊飯器などの電化製品に使われ、小型化や高性能化を実現しているようです。
⑥<輸血> 医学生理学賞 ABO式血液型/受賞年:1930年/受賞者:K・ラントシュタイナー (オーストリア)
ほかの人から輸血されると具合が悪くなり、命を失うことがあり、これを防げたのは血液にはA、B、AB、Oの四つの型があり、それによって輸血が可能か判断できるとわかったからだそうです。
⑦<MRI>化学賞/受賞年:1991年/受賞者:R・エルンスト (スイス)
医学生理学賞/受賞年:2003年/受賞者:P・ローターバー (アメリカ)、P・マンスフィールド (イギリス)
磁気を使って、脳などの体の中を手に取るように見ることができるMRI(磁気共鳴断層撮影)は、3人のノーベル賞研究者のリレーで実用化されました。
⑧<実用化までもう少し! 再生医療の切り札iPS細胞> 医学生理学賞 受賞年:2012年/受賞者:山中伸弥 (日本)
iPS細胞とは皮膚や血液の細胞から変化させたもので、胃、腸、筋肉、目など、体のさまざまな細胞に変化させることができます。まだ実用化はされていないが、今後研究が進めば、病気になった部分の機能を回復する再生医療の切り札になると期待されています。
身近なノーベル賞を紹介しましたが、歴代の受賞理由にはあまり知らないものも多いはずです。わかりやすく説明するためにも、一般でも生かすことが必要ですね。
http://news.goo.ne.jp/article/dot/life/dot-2016120700130.html

 最後の話題は伊原剛志さんです。ディリースポーツによると、今年のほのぼのMVPに上げたいと書いていました。記事によると、先日落語家デビューを果たしたそうで、1983年に俳優として舞台でデビュー、役者として30年以上たち「年初に思っていることを行動に移そうと思ったんです。それが落語と(歌の)ライブだった」と打ち明けたそうです。96年にNHK連続テレビ小説「ふたりっ子」で故桂枝雀さんと共演、それが落語に興味を持つキッカケだったそうです。“落語をやる”と決意してからの行動力も圧巻で、4月に枝雀さんの弟子・桂雀々師匠の独演会を大阪で聞いた後、すぐさま「教えてください」と手紙を書き、会場の受付に預けるという早業だったようです。新幹線に乗ったら、間もなく師匠から電話があり5月に東京で会ったところ「稽古だけではつまらんでしょうから、高座に上がるつもりで」と話があり、とんとん拍子に高座デビューが決まったそうです。雀々師匠は「手紙はとってあるで。長々とホテルのやつでな」と裏話を明かしたようで、伊原さんによると、女優の松雪泰子さんからも「手紙を書いたんですか?まるで追っかけじゃないですか」と言われたそうです。高座で12分にわたる演目「動物園」を無事に披露した伊原さんは、場内のアンケートで高座名が「雀々や剛々(じゃくじゃくやごうごう)」に決定、今後は俳優と並行して落語家としても活動し「師匠は英語落語に挑戦しているので、僕も挑戦してみたい」と意気込んだそうで、来年3月3日にはライブも実行に移します。
 もう一つは今年8月の「超高速!参勤交代 リターンズ」のスペシャルセレモニーで何と女優・深田恭子さんにチューしようとしたそうで、男性キャストが約7メートルのトラックで最速の男を競ったが、伊原さんは最年少のHey!Say!JUMPの知念侑李さんなどを抑え堂々1位でゴールしたようです。伊原さんは金メダルを首にかけにきた深キョンにそのままキスを迫るパフォーマンス、キスを迫られた深キョンがのけぞって交わし、事件は“未遂”に終わったが、伊原さんが「深田さんのチューがもらえるよう頑張りました」と明かすと場内は大爆笑したようです。さらに深キョンが優しく「走る姿のMVPはやはり伊原さん」とフォローすると、伊原さんは「なのにチューしてもらえなかった」とうらめしそうに話し、またまた場内は大爆笑となったそうです。落語をしたと思ったらキス未遂事件を起こすとは、俳優として大丈夫なのかと思ってしまいます。しかし今年のゲス不倫と比べたら、伊原さんは面白そうに見えます。落語家としての伊原さんはぜひ一度見てみたいです。
http://news.goo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20161211054.html

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猫の手も借りたいえさやり

2016年12月06日 23時02分14秒 | ニュースあれこれ

 猫というとかわいいというイメージがありますが、野良猫となるとかなりの迷惑となり、困惑するのでしょう。先月放送されたあさイチで猫の糞尿被害に悩まされた視聴者から「毒餌をやった人に同情します」というFAXが寄せられたことがインターネット上で話題になったと弁護士ドットコムが伝えました。番組ではこの日、千葉県浦安市における飼い主がいない「地域猫」を管理する活動について紹介、地域猫の避妊去勢手術などを行う活動員の女性が、飼い猫が脱走した際、仕掛けられた毒入りのエサを食べて死んでしまったエピソードを語ったそうで、番組に猫の糞尿被害に悩まされたという視聴者から「毎日糞の始末をし、気が狂いそうでした」「毒餌をやった人に同情します」というFAXが届き、番組内で紹介されたようです。ネット上では「迷惑でも毒エサ仕掛けるなんて犯罪だ!」といった反応が見られた。野良猫を撃退するために毒餌を仕掛けることは法的にどのような問題があるのか、弁護士に聞きました。
●飼い主がいない猫でも、みだりに殺傷すると、動物愛護管理法の動物殺傷罪に該当し、2年以下の懲役または200万円以下の罰金に処せられます(同法第44条1項)。ただし処罰の対象となるのは、『みだりに』殺傷した場合だけです。ここでいう『みだりに』とは、合理的な理由なくという意味です。野良猫が糞尿被害を与えている場合に毒餌で殺処分することは、動物に対する生命尊重という同法の目的(同法1条)、他の方法を取り得ることを考えれば、合理的な理由があるとは言えないでしょう。この処罰の保護の対象になるのは、生き物の中でも愛護動物に限られます。愛護動物は、牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひるの11種類の動物と、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するものに限られます。人と結びつきの深い家畜など、猫を含む11種類の動物については、飼い主がいない野生の動物である場合を含めて保護の対象になっています。当然、野良猫であっても愛護動物に含まれることになります。害虫や飼い主のいないネズミは、愛護動物には含まれませんので、駆除しても違法とはなりません。もっとも、ネズミであっても人が占有している場合には愛護動物となり、保護の対象となります。飼育されている猫が室外に出て毒餌を食べることは、通常予測できますから、毒餌を仕掛けた人は、不法行為責任(民法第709条)として慰謝料などの損害賠償を支払う責任を負うことになります。無責任な餌やりに伴う糞尿被害は、深刻な問題に発展します。ところが、この問題を簡単に解決することは難しいと言えそうです。基本的には、餌やりしている人との話し合いでの解決が望ましいのですが、関係がこじれてしまうと先に進みません。動物愛護センターなどの行政機関に苦情を申し出ても、強制的に餌やりをやめさせるようなことはできない場合が多く、抜本的な解決にならないようです。京都市や和歌山県には、無責任な猫への餌やりを禁止する条例も存在しますので、地方議員に働きかけて条例を制定してもらうという方法も考えられます。裁判所に、餌やり禁止の仮処分を求めるというやり方もあるでしょう。無責任な餌やりに関しては、餌やりをしている人に対し数十万円の損害賠償を命じた裁判例があります(平成15年6月11日神戸地方裁判所判決)。また、餌やり自体を禁止した裁判例もあります(平成22年5月13日東京地方裁判所立川支部判決)ので、弁護士などに依頼して裁判を提起することも考えられます。
最近は猫にえさやりをする人たちも見られましたが、黙認している姿を見ると猫と仲良くして共存していると思います。動物が身近である一方で、えさやりを無断ですることは禁止に等しいです。絶対に許可を得るようにしないといけません。
http://news.goo.ne.jp/article/bengoshi/life/bengoshi-topics-5424.html

 アヲハタと聞いて、どうして「アオハタ」ではないのかと聞かれてもわかりません。缶詰会社として有名ですが、私はジャムのメーカーだと答えます。そんな中、今夏の北海道の台風被害を受けて生産を中止しているキユーピーのコーン缶「アヲハタ 十勝コーン ホール」などが、今後も製造できない見通しであると朝日新聞が伝えました。記事ではキユーピーは「アヲハタ」ブランドのコーン缶の製造を日本罐詰にすべて委託していたそうで、8月の台風10号などの影響で、日本罐詰の十勝工場が浸水被害を受けて操業を停止、工場は操業再開を模索してきたが、製造ラインの復旧に時間や費用がかかることから、缶詰の製造をやめることを決めたそうです。キユーピーはコーン缶の製造にはノウハウが必要で、委託先の変更は難しいとしており、缶詰での販売はできなくなる見通しだそうで「長く親しまれているブランド。缶詰でなく、レトルトパウチにすることなども考えたい」(広報)としているようです。缶詰も便利でいつでも食べられるようにしないといけませんが、今年の台風の影響がいろんなところで影響が及んでいるんだなという記事です。いざとなったときにコーンが食べられないのはつらいです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161205-00000079-asahi-soci

 かつてほっしゃん。と呼ばれてきましたが、今は星田英利として活躍しています。その彼が引退を宣言していましたが、今日当該記事を削除したとディリースポーツが伝えました。星田さんは今日未明、自身のインスタグラムに「デビューからお世話になった大先輩方々を裏切る、っていうか、お世話になり過ぎて、その方々にご相談できへんかったけど、年内の引退を夏からずっと会社と相談してて、そうしようかなと思います。27年。・・・凄い」と書き込んだそうで、さらに「あ、今やってる仕事は、3月までやから、それは絶対、手ぇ抜かんと死ぬ気でやるから」と続けてたが、引退を決意した理由についてなど、詳細は明かさないままだったようで、所属事務所はデイリースポーツの取材に対し「調査中です」と回答したそうです。その後午後8時過ぎ、自身が削除した文言のスクリーンショットを投稿、「心配かけてすみません。いろいろ考えましたが、続けさせてもらおうと思います。ひたむきに頑張ります」と引退宣言を撤回し、騒動を謝罪しました。インスタグラムでの発言をどうして削除することになったのか、憶測も出てきそうですが、わからないままだったら言い訳に過ぎないのできちんと釈明してほしいです。
http://news.goo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20161206076.html

 女子の野球人口もじわじわと増えているようで、神戸新聞によると、兵庫県丹波市である「全国高等学校女子硬式野球選手権大会」(全国高校女子大会)は今年20回の節目を迎え、プロ選手中心の日本代表はワールドカップ(W杯)で5連覇を達成するなど存在感を増します。神戸市内で10月にあった、女子硬式野球チーム日本一を決める「第6回女子野球ジャパンカップ」準々決勝。神戸弘陵高は大学王者の尚美学園大(埼玉県)を破りました。男子硬式野球部に監督などで30年間携わり、甲子園経験もある石原康司監督の指導の下、今夏の全国高校女子大会優勝に続く創部3年目の快挙だったそうです。部員数は約70人、兵庫県内外から20人以上が毎年集まるそうで、3年生の約4分の1は卒業後も大学やクラブチームなどで野球を続けます。3年の龍田美咲投手は日本女子プロ野球リーグのトライアウトに合格したそうです。
 全国高等学校女子硬式野球連盟によると、加盟校は1都2府13県の23校(11月現在)で兵庫県内は1校、最近5年ほどで増え、北海道や熊本などで創部の動きがあるそうです。1997年に東京都で全国高校女子大会が始まった際、参加数は5校、ソフトボール部員も多く、優勝はソフトボール強豪校の夙川学院高だったそうです。2008年までの加盟校数は5校、09年に福知山成美高が関西初の女子硬式野球部をつくり、大会をつくると、他校が次々と創部し、関西の加盟校は6校(16年現在)を数えるそうです。同様の動きが全国各地で起こり、今年の全国高校女子大会には過去最多の24チームが参加したそうです。09年には選手の受け皿の一つとなるリーグも誕生しました。
 08年から女子野球を取材するフリーライター飯沼素子さんは「今後の課題は中学生以下への普及と女性指導者育成」と指摘するそうで、全日本軟式野球連盟は今夏、女子野球人口の底辺拡大を目指し、京都府で中学生の全国大会を初開催、35都道府県から36チームが集まったそうで、大会運営の担当者は「普段は別々で練習し、大会のために結成されたチームが多い。普及には時間がかかる」と話していました。野球経験者の少なさもあり女性指導者は多くないそうで、飯沼さんは「男性は女性選手に距離を置いて気をつかいがちだが、女性は厳しく接する」とその重要性を説明するそうです。そんな中、今夏の全国高校女子大会に過去の出場選手が監督で戻ってきました。また4チームある女子プロ野球のうち3チームの監督が高校時代女子硬式野球部員だったそうです。全国高等学校女子硬式野球連盟の堀秀政事務局長は「高校の硬式野球部や女子プロ野球で活躍した女性指導者の誕生は今後の競技人口の拡大にもつながるはず」と期待するそうです。女子の野球経験者はまだまだ少なさそうで、私の身の回りにもこういう人は少ないです。ソフトボールをしていた人は多いですが、50年くらいたったらもっと多く活躍できる女子選手も出てくるでしょう。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161206-00000001-kobenext-base

 最後の話題は松屋です。R25によると、今日から「鶏と白菜のクリームシチュー定食」を新発売することを発表したそうで、生野菜、ライス、味噌汁つきで630円という内容で、ご飯どころか味噌汁もセット、「シチューに味噌汁はアリかナシか」という新たな議論も勃発する事態に発展しているようです。記事によると、ゴロっとジューシーな鶏もも肉に、国産白菜と北海道産牛乳、フランス産マッシュルームを使用した濃厚クリーミーなソースをかけた冬のあったかメニューだそうで、Twitterでは案の定「米と乳製品の組み合わせはちょっと遠慮したい」という“シチューにご飯はナシ”派と「シチューにはご飯もパンもいける僕としてはこれは楽しみだw」という“アリ”派の声が並んでいるが、一方でツッコミが多数あがっているのが、定食についてくる「味噌汁」についてでした。
「米とサラダは良いけどみそ汁は無いと思う・・・」
「ウチは『クリームシチューとご飯』は よく食べるけど、かけない派。 私的には味噌汁はいらん気がする(^_^;)」
「味噌汁はいらないかもだけど、シチューとご飯は普通かな」
「松屋の新メニューらしいけどシチューに味噌汁がつくっておかしくない? でも美味そうだから食べにいこうかな」
など、シチューに味噌汁と、汁物が2つもつくのは微妙……という声がみられるようです。松屋はカレーにも味噌汁がサービスされる(※店内で食事する場合のみ)ため、
「松屋のクリームシチュー定食 (・ω・)なぜ味噌汁付きなのか? まぁカレーに味噌汁付ける松屋だからな」
「『鶏と白菜のクリームシチュー定食』という汁物中心のメニューにも、みそ汁を欠かさない松屋のブレない姿勢を、個人的に高く評価したい」
と納得する声や、ご飯ものには味噌汁をサービスするという一貫した姿勢を評価する声もあるようです。松屋でシチューが売られていたというのも初耳でしたが、それに味噌汁を付けるという定食の定番としてはかなりの違和感ではないでしょうか。私はどちらでもよさそうですが、今度一度食べてみたいです。いいものを食べるのは良いと思いつつ、今日のウラオモはここまで。
http://news.goo.ne.jp/article/r25/trend/r25-20161204-00054230.html

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