( この写真は、Jプロの先輩スタッフが酔っぱらって西武線の線路上、椎名町駅近くを歩いているのを私が撮影
したものです・・・・・不謹慎だとか危険な行為だとか、怒られそうですが・・・・・まあ、若い頃にはお酒
が入ると、誰だって無茶な冗談をしたくなるものです。忘年会の帰りでかなりお酒が入っていました・・・・
ちなみに、左から二人目がAさんです・・・・・《 1989年、12月、撮影 》 )
【 はじめての方は、どうぞ 「第1章 改訂版」 よりご覧ください。 】
その2
《 漫画家アシスタントが・・・・忘れられない昔の話・・・・!? 》
ボンヤリと過ごしていたら・・・・・一週間があっという間に過ぎてしまい、丸々、一回分の記
事が遅れてしまいました。
いつもこのブログを楽しみにして下さっている方々( きっと1千万人位はいる )には、失望させてし
まって申し訳ありません。
今月は、PCの不調やら取材の遅延など・・・・・色々な出来事が重なり( ゲームのやり過ぎ・・
・・・という声もあるが )申し訳ない限りです・・・・・・
さて・・・・・・
前回からのつづきですが・・・・・・
1969年当時といえば、うちのJ先生( ※参照 )が26歳。連載する漫画は週刊誌数誌「 ○らふきドン
ドン 」「 ○ロリンマン 」等々・・・・・・完全な売れっ子漫画家。翌年には、有名な「 ○ゲバ 」
や「 ○シュラ 」が発表されます。
アシスタントに成りたいとアトリエを訪れる学生や若者は沢山いた様ですが・・・・・
Aさんの様に布団を持ってやって来るというケースは初めてだったのではないでしょうか。
ちなみに、タクシーのトランクから布団を引きずり出し、自分はマクラひとつを抱えて先生のマ
ンションのドアをノックしたそうです。
前もって何の連絡もなしに無茶な事をするものですが・・・・・・
「 Yちゃん(私)、若かったのよ~あの頃はさァ~!」
・・・・・と、当時の自分を照れる様に笑うAさん。
ところで、Aさんの出身は北九州は小倉( 高校生の時に広島へ移転 )の出身 ・・・・・ですので、
Aさんではなく、倉さんいう仮名で呼びたいと思います。
17歳、卒業間際の高校を中退して漫画家の弟子になる・・・・・当時の常識から考えれば、まっ
たく無茶な話なのかもしれませんが・・・・・・・その無鉄砲なところが、まさに九州男児その
ものなのかもしれません。
もっとも、J先生には100通以上のファンレターや、自作の4コマ漫画を送っていたし、いずれ東
京へ出ていきたいとも書いておいたので・・・・・
『 先生は、きっと俺を歓迎してくれる! 』
倉さんの頭の中には、漫画家に成って錦を飾る事しか存在しませんでした・・・・・
『 俺は、夜行列車に乗って一人で東京へ行くんだ! 』
緊張と期待で青白い顔をしていた高校生が列車の中で小さくなっていた事が想像されますが・・
・・・心には大きな大漁旗を「 バタッバタッ 」と、はためかせていたのでしょう。
友達から見送られながら乗った夜行列車( 各駅停車の鈍行! )に乗ること約18時間・・・・・・
花の都か、夢の都か・・・・・・・・東京へ・・・・・・・・しかし、さっそく東京の現実に出
くわします・・・・・・・
当時の東京駅には、何人もの少年課の私服警官が地方から出てくる家出少年や少女たちを探して
いました。
駅構内をキョロキョロしながら歩く倉さんは、すぐに警官の目に入ります・・・・・・・
「 君は、どこから来たんだい? 」
家出したとは言っても、一応、親代わりの叔父さんには容認してもらっているので、広島へ連絡
してもらってすぐに警察からは放免してもらったのですが・・・・・・・・
倉さんは、東京での生活を考えて、日用品などを買い集めるために駅構内をウロウロしていたの
で、また、同じ私服警官から声をかけられます・・・・・・
「 お前、まだこんな所をウロウロして・・・・何やってるんだ? 」
心配そうに倉さんに声をかけながら、こんな忠告をしてくれました・・・・・・
「 だいたい、警察だと言うだけで、警察手帳も確認しないで信用している様じゃ、簡単
にだまされるぞ・・・・・用心しなきゃダメだぞ! 」
布団を抱きしめながら警官に礼をして駅を出ます・・・・・・
布団と雑貨品をいっぱい持った高校生をひろってくれたタクシーの運転手は、気持ちよく荷物を
タクシーに積み込むのを手伝ってくれたそうです。
「 へぇ・・・・そうかい、漫画家の弟子になるのかい・・・・・頑張りなよ! 」
列車の窓から、追いかける様に見送ってくれた友人、東京駅で声をかけてくれた警察官、名も知
らぬタクシーの運転手の激励・・・・・・・
その一言、一言を・・・・・44年も前のその一瞬の出会いを・・・・・決して忘れる事が出来な
いと倉さんは語るのです・・・・・。
初めての東京で、その新しい人生の第一歩で・・・・・・・・いい人たちとの出会いがあって・・
・・・・・・ついに問題のJ先生との対面が・・・・・・・・・・
タクシーは目白通りから中落合の住宅街を抜けて小さなマンション( 当時としては普通のサイズ )
の前に止まります。
この時、まだ、何も知らないJ先生は、締切りギリギリの状況で、編集員に監視されながら黙々
と仕事をしていたのです・・・・・・・
「 漫画家アシスタント 古い話で章 その3 」( 10月20日以降公開 ) へつづく・・・・
★前の記事へ→ 「漫画家アシスタント古い話で章 その1」へ戻る 】
【 ※参照 】
・J先生・・・・・・・・有名漫画家、1966年、23歳で売れっ子作家に。70年には週刊誌同時連
載6誌という逸話もある。現在は1誌に連載中。2013年現在、70歳。1969年当時は26歳。
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★ 「漫画家アシスタント物語 4章の31~」に書かせてもらったガンさんの
(ブログ本では『ハアさん』)が描いたソープランドの実録漫画を公開
中です・・・ 特別寄稿「 親不孝通り 」 第40話お父さん
★ 拙ブログのうぷ主が1987年にヤングジャンプ新人賞で準入選デビュー
した作品・・・ 「 雨のドモ五郎 」
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【 各章案内 】 「第1章 改訂版」 「第2章 改訂版」 「第3章 改訂版」
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「第7章 その1」 「第8章 その1」 「第9章 その1」
「諦めま章 その1」 「古い話で章 その1」
「もう終わりで章 その1」 「移住物語 こりゃタイ編 その1」
しかし、結局アシをやったということは、画力はそこそこだったのでしょうか。
>まーくん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>布団かついで仕事部屋に来たら、大迷惑でしょうね。
確かに、大変な驚きをもって迎えられたそうです。
頭に来たのは、先生でなく・・・・・と、ここから先は、次回の本編にて・・
・・・・・・!
>画力はそこそこだったのでしょうか。
『そこそこ』・・・・・・・というのが、「底々」という意味なら・・・・・・そう
かも知れません。
>あんのんさん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>アシスタントたちも、どうやって漫画技術を習得していたんだろ
>う・・・・・
結構皆さん独学で勉強しているのではないでしょうか。(ブログに登場
するAさんの場合、雑誌の投稿4コマ漫画などを見よう見真似で勉強
していた様です)
私も劇画家の先生に師事する時には、劇画の背景画を模写したものを
何枚も描いて、それをサンプルとして持って行ったりしました。
もちろん、独学で勉強しないで、まったくのド素人が漫画家に師事し
ようとする場合も多いのですが・・・・・・・・・・
よほどの例外でない限りは、断られる場合が多いかと思います。
40~50年前には、何も描けなくても「トイレ掃除」やら「雑用係」や
ら、何か理由を付けて雇ってくれる作家さんもいた様ですが・・・・・。
もっとも、給料はタダ同然だったかと思いますが・・・・・!
残念ながらあまりの文量で読み飛ばししてしまった所もありますが、借金の話が自分が全くしならない世界でとてもためになりました!今後も応援しております、それでは。
しかし、ラストの状況からして、何やら嫌な予感がしますね・・・。
「アンパンマン」で知られる漫画家・絵本作家のやなせたかし(本名柳瀬嵩=やなせ・たかし)さんが13日午前3時8分、心不全のため東京都内の病院で死去した。94歳だった。東京都生まれ。葬儀は近親者で行った。後日しのぶ会を開く。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2013101500548
夏頃に癌が転移していて数週間で死ぬとイベントで語られていたそうですが、その後も変わらずに活動されていたので大往生と言えるのではないでしょうか。
やなせたかし先生のHPに素晴らしい詩が載っていたので、紹介したいと思います。
http://www.anpanmanshop.co.jp/yanaseworld-html/ynsw0812.htm
ご冥福をお祈りします。
>花だんごさん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめまして。
拙ブログへようこそ・・・・!
随分と長いこと続けておりますので・・・・・・ここまで一気に読むのはさ
ぞ大変だったと思いますが・・・・・・・・凄い根性です・・・・・・・・信じられな
い気持ちです。(感謝)
以前、確か・・・・・・・・本文だけではなく、コメント欄も全部、一気に読
んだという凄い方がいて・・・・・・・・・・・・
それは・・・・・・・・最近は、テレビにあまり登場しなくなりましたが・・・・・
・・・知る人は知っているあの○八郎さんです。
・・・・・・・・それはともかく・・・・・・・・花だんごさん、お疲れ様でした・・・・・
・・・これからも、よろしくお願いいたします!
>B・INABAさん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>布団を担いでアトリエを訪れるとは・・・・・
変わった先輩たちがいたものです・・・・・・・・・
本人が来るのではなく、自分の荷物の入った段ボールを先に仕事場へ
郵送してた人もいました。
今回のAさんもユニークですが、次に登場を予定している先輩は、耳
に赤鉛筆をはさみ、手には競馬新聞をを持って先生のところへ弟子入
り志望に来た人物です。
でも、真剣に絵に取り組む真面目な実力者(優秀で頭の良い人)よりも・・・
・・・・・ちょっと壊れかけの人の方が先生は好きみたいなのです・・・・・・・・・・
>ふじもんさん へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>素晴らしい詩が載っていたので・・・・
「素晴らしい詩」を紹介いただき、ありがとうございました。
こういう美しい世界とは、ついに縁がなかったなぁ・・・・・・・・
若い時にどんな志向を持つかで人生が決まってしまうのかも知れませ
んね・・・・・・・
38人目と「週刊P」に。
http://www.news-us.jp/article/377113213.html
以下のサイトで、人気のあるマンガ家さんの年収が分かります
http://www1.ocn.ne.jp/~siesta/mannga-ka-nensyu.htm
先日、亡くなられた「やなせたかし」先生の名前もありました
<マンガ家さんの年収(2004年時点)>
●藤子F不二雄 どらえもん 4億5600万円
●長谷川町子 サザエさん 4億4700万円
※●やなせたかし アンパンマン 2億7000万円
●秋本治 こち亀 1億2100万円
●弘兼憲史 島耕作 1億0700万円
※全盛期の鳥山明(ドラゴンボール)年収50億円
※JKローリング(ハリーポッターの原作者:マンガ家じゃないけど)年収100億円
アンパンマンの「やなせたかし先生」稼いでいたんですねぇ…
『島耕作』の倍ですよ、スゲェ
『サザエさん』は『あんぱんまん』のそのまた倍。倍倍(ばいばい)ゲームですね
サザエさん>アンパンマン>島耕作…になるのか
アンパンマンの「お腹がすいて、落ち込んでいる人に、
アンパンでできている自分の顔を分けて、食べさせてあげる」
というアイデアは、若かった頃、生活が困窮しているときに生まれたアイデアだそうです
貧乏にまつわるエピソードが多かった人なのに、
しっかり稼いでいたんですねぇ…(ちょっと、裏切られた気分w)
晩年は、恵まれた人生だったのかな…「お別れの会」とかあったら、行ってみたいなぁ
「あんぱんが飛ぶようなくだらぬ絵本は描くな」。40年前、絵本「あんぱんまん」が世に出た時に面と向かってそう言われた。いや評判はさんざんで「図書館に置くべきでない」との批評もあった▲お気づき通り名前はひらがな表記、今より足の長いアンパンマンは砂漠で餓死寸前の人に自分の顔を食べさせる。さらに森で迷子になった子に残りを食べさせ、ふらふらに……そもそも当の作者自身が子どもらにはうけないと思い、元気のないあとがきを書いている▲大人たちの誰一人として予想しなかった異変は幼稚園や保育園で起こった。図書館ではいつも貸し出し中、園の絵本はたちまち読まれすぎてボロボロになり、出版社の営業に注文が殺到しだしたのだ。アンパンマンはひもじい人を救うため世界へ飛び立つことになる▲漫画家で絵本作家のやなせたかしさんが亡くなった。いや三越の包装紙のロゴを描いたデザイナー、童謡「手のひらを太陽に」の作詞家、「音楽的教養が皆無」を自称する作曲家兼歌手、そして雑誌「詩とメルヘン」の編集長にして詩人でもあったやなせさんである▲ではなぜうけないと見込んだ絵本「あんぱんまん」を描いたのか。「背景にあったのは戦争の体験、正義のスーパーマンは飢えた人を助けるのが先決だろうと痛感していたからです」。やなせさんは先の戦争で22歳で戦死した弟の思い出をことあるごとに記していた▲震災の被災地でも、それがあれば子どもらが元気づいたアンパンマンの絵本や歌だ。「なぜか。作者のぼくには分からない」というやなせさんは、今ごろ天国で神様からそのわけを聞いていよう。
http://mainichi.jp/opinion/news/20131016k0000m070131000c.html