浮世風呂

日本の垢を落としたい。浮き世の憂さを晴らしたい。そんな大袈裟なものじゃないけれど・・・

中国の深窓 続き

2011-12-21 06:48:30 | 資料

  1980年代、90年代、中国のアメリカ大使館の報道官=大使館の「顔」として、中国政府要人の動向、中国政府内部での権力闘争の動き、また国家主席の病気の様子等を詳細にマスコミに伝えていたジェームズ・リリー。このマスコミ「顔なじみ」の報道官は、単なる報道官ではなかった。

リリーは、後に国家主席となる小平、江沢民等と個人的な親友であり、リリー自身がその親友ルートで中国政府内部の機密情報を入手していた。

リリーは表向き大使館職員であったが、実体はCIA情報官であった。

  1928年、中国の青島で生まれたリリー。その父はロックフェラーの代理人として、中国での石油採掘、販売ルート開拓のため1916年に中国に入国していた。リリーの母の旧姓はイネズ・ブッシュ。後に2代に渡り大統領を出すブッシュ一族の一員であった。リリーは青島で「従兄」のピーター・ブッシュと遊び、幼少時代を過ごした。ブッシュ一族もロックフェラーの部下として中国に入っていた。1910年代、約100年前の事であり、中国とブッシュ=ロックフェラー一族の親交の深さが分かる。

 成人したリリーは従兄のブッシュと共に、ピョンヤン(現在の北朝鮮)の外国人学校で教育を受ける。ここでの同窓生、親友達の多くは後に北朝鮮の政府要人となり、リリーはCIA情報官として親友達の行う北朝鮮の「共産主義革命」を強力に支援する。北朝鮮の政府機密がCIAに「筒抜け」になる基盤は、こうしてブッシュ、リリー一族により形成される。

 北朝鮮の学校を卒業後、リリーとブッシュは米国のイエール大学を卒業する。CIA上級情報官の養成学校と呼ばれるイエールを卒業後、リリーはCIA情報官となり、中国、台湾、韓国の大使を歴任し、現地に詳細なCIA情報網を作り上げる。台湾の富豪の資金を中国に投資させ、中国を経済大国に成長させ、また韓国・北朝鮮の対立、和平を巧みにコントロールするCIAの「要」の役割を、ロックフェラーの弟子リリーは果たし続ける。

  第二次世界大戦中、米国は中国の共産党、そして国民党(後の台湾政府)を支援し、日本軍を中国大陸から追い出す戦略を取る。リリーは、中国共産党の人民解放軍の軍事教育の担当者として中国軍を育て上げ、中国共産党指導者達からの絶大な支持を取り付ける。これはCIA情報官としてのリリーの仕事である。

リリーは中国共産党と協力し、中国に軍事用の滑走路を作り、そこに米国製のB29爆撃機を数機持ち込んだ。リリーは中国共産党と協力し、日本の本土をそこから爆撃した。また、米国製戦闘機で中国共産党軍のパイロットを育成した。

  戦後、この中国空軍の育成部隊はそのまま国民党台湾政府に「渡され」、東南アジアと中国国境での麻薬・アヘン栽培=輸送企業、エア・アメリカ社となる。東南アジア側での麻薬栽培は台湾政府が、中国・雲南省側は中国共産党政府が担当し、それを運搬する中国共産党=台湾政府の「合弁・麻薬企業」が、エア・アメリカ社である。

中国共産党軍、中国空軍を育てた組織がそのまま台湾政府に渡され、中国共産党と台湾政府が「協力して」国境地帯で生産する麻薬の運搬企業と成る所に、中国と台湾の「対立」等がマヤカシであり、政治的「作り話」である事が明確に出ている。このエア・アメリカ社の取締役が、後に大統領となる父ブッシュである。


  71年、中国は国連に加盟し国際社会に「復帰」する。そのためにリリーの「親友」小平が国連に出席し演説する「段取り」と、中国の国連加盟のための「根回し」はCIA情報官リリーが行って来た。

後に、大統領になる父ブッシュが米国政府の北京事務所(後の大使館)の所長の任務を終え、リリーと共に中国を離れる時、見送りに来た小平は.長年の中国共産党への貢献の「お礼のプレゼント」に何が欲しいかと2人に質問した。ブッシュとリリーは、「中国の軍事施設、諜報組織のどこにでも自由に出入りする権限が欲しい」と答えた。

77年9月、ブッシュとリリーが再び訪中した時、小平は全ての中国の軍事施設を開放し、ブッシュ、リリーに自由に出入りさせた。リリーは中国の機密施設を「自由にスパイ」する許可を、後に国家主席になる男から得た。見返りにリリーは、ロックフェラーが南シナ海の石油開発資金を出すプランを小平に提供した。この石油開発プロジェクトから生み出される多額の利益=資金が、中国共産党内部での小平の出世と国家主席就任を確実にさせた。さらにその見返りとして、後に国家主席となった小平は、中国経済を開放しリリー=ロックフェラーに中国市場を「提供」した。この「開放政策」が現在の経済大国中国を生む。小平とリリー=ロックフェラーの一体化が、現在の中国を「生んで」いた。

これ等は全て77年、未だ米国と中国が国交回復する「以前」の話である(国交回復は79年)。こうした水面下での米国・中国の一体化の下、後の国交回復が準備される事になる。

70年代、中国と米国が国交回復するためのキッシンジャー訪中、ニクソン訪中の「下準備」は、ロックフェラーのオイルマン=CIA情報官リリーが行って来た。そして79年、両国の国交は回復する。

中国と米国の国交回復、中国の経済大国化が、第二次世界大戦中の中国=米国による、対日本「ハサミ撃ち」部隊によって担われて来た事が分かる。


中国共産党軍=米軍のB29による日本本土爆撃等・・ここに中国=米国一体化による日本「叩き」の出発点がある。


 

 1998年、中国政府が作成した対、日本戦略文書「中国国務院対日内部文書」には「日本は基礎科学研究を、おろそかにし、既に技術水準では欧米に劣る2流国家になっている。日本は中国の戦略的パートナーとしては、ふさわしくない。中国は米国、ロシアとの同盟関係を最重要視し、国家戦略を立てるべきである」と記載されている。

一方、同じ98年、米国ホワイトハウスが作成した「世界の国力比較研究」には、「日本は.既に技術水準では欧米に劣る2流国家になっている。日本は、米国の戦略的パートナーとしては、ふさわしくない。米国は中国との同盟関係を重要視し、アジア戦略を立てるべきである」と記載されている。

中国政府と、米国政府の中枢が作成した、この2つの「国家戦略文書」は、ほぼ内容が同一であり、「誰かが作成した原版を、中国語と英語に翻案した」としか考えられない。

いずれにしても、10年程前から中国と米国は、アジアにおける「日本排除戦略」を協調して練り上げて来た事が分かる。第2次世界大戦でも中国と戦争し、米国を敵に回した時、日本は「ハサミ撃ち」に会い、壊滅状態に追い込まれている。

  「中国.北朝鮮を敵視し」米国との同盟関係に「頼る」という現在の日本の戦略、日本人の思考パターンは決定的に「時代遅れ」になっている。新しい国家戦略を持たなければ、日本は窮地に追い込まれる。「米国は日本を裏切る」という、国際社会では「誰でも自分を裏切り、敵と成り得る」という、ごく当たり前の常識の下、国家の戦略を再構築しなければならない。


 
尖閣諸島でのトラブルは、アメリカの軍事戦略として、中国=アメリカが画策した

日本の尖閣諸島への中国の、「事実上の侵略行為」によって、

日本人はアメリカへとの安保条約に「頼る」必要性を十分に「認識させられた」。

沖縄米軍基地問題で、前鳩山政権が、「米軍基地撤廃」を追及した事が誤りである事を「日本人全員に認識させる事」が、尖閣諸島への中国の「侵略を、アメリカと中国が同意の上で画策した」本当の、目的である。

「アジアで、戦争=冷戦を起こす事」が、アメリカ軍事産業にとっての利益である。

尖閣諸島でのトラブルは、アメリカの軍事戦略として、中国=アメリカが画策した。