写真は「デトロイトの奇跡」原田マハ 新潮社 1200円税別。
デトロイト美術館、その存続にまつわる4の物語。原田マハが短編でも達者なところを見せている。特に第1章のフレッド.ウィル[妻の思い出]が泣かせる。
主人公のフレッドはアフリカン.アメリカン、デトロイトの自動車工場で溶接工として働き、妻のジェシカと慎ましく生きていた。自身は不況のため解雇されさらに妻のジェシカが癌に侵されていたことがわかる。そしてジェシカの願いを聞き入れてふたりはデトロイト美術館におもむく。ここからは本文の引用。
ーあたしのお願い、一緒に行きたいの。ーデトロイト美術館へ。
そうして、フレッドは、やせ哀えたジェシカを乗せた車椅子を押して、DIAへ出かけていった。
これが最後の訪問になると、フレッドはわかっていた。だから、正面の堂々した入り口から入って、ホールを通り、リベラ・コートを抜けて、ジェシカが大好きな印象派・後期印象派の部屋へと入っていくことにした。
中略
車椅子を押して正面のエントランスへ行くと、階段の下で美術館の男性職員が四人、待機していた。ようこそDIAへ、彼らは、笑顔でふたりを迎えてくれた。そして車椅子を持ち上げて、入り口まで運んでくれたのだ。フレッドは胸がいっぱいになった。ありがとう、とひと言だけ告げて、あとは言葉にならなかった。
[マダム・セザンヌ]の前に、車椅子のジェシカとともに佇んで、フレッドは、ほんとうに思わず、彼女、お前に似ているね、とつぶやいた。ジェシカは[マダム・セザンヌ]をじっとみつめたまま、なんとも応えなかった。黙ったままで、いつまでも、いつまでも、絵をみつめていた。
P28~P29
折しも、上野の森美術館でデトロイト美術館展が催されていた。出かけてみた。
今日は撮影可能の日。ならば撮らせて貰いましょう、あの1枚の絵を。
[マダム・セザンヌ]
写真には映らなかったけど、あのふたりがたしかに佇んでいた。
ゆたかさってなんだ。
いまなら、こたえられる。
それは、みえないものをみるちからだと。