早起き梟のひとりごと

仕事に追われる日々を少しだけ立ち止まって見つめてみると・・・

中華「宝亭」のおやじ

2015-11-19 06:19:04 | 出来事

写真は、東武練馬、旧川越街道沿いで見かけた飲み屋街。人生横丁と言ったところか。郷愁を感じさせる昭和レトロな風景だ。そして私には郷愁を誘うだけでなくたしかな記憶を呼び覚ます風景だ。

私の父親は私が中学生の時他界した。そんな父に変わり母は「お多福」という小料理屋を生業として私を育ててくれた。忙しい母に代って買い物などもよくした。本郷精肉店でメンチカツをよく買った。店のおばさんはみつるくんは偉いねなどと言ってポテトフライをおまけしてくれたりした。外でひとりで食事することも多かった。中華「宝亭」もその1つだった。その日は朝から雨が降りつずいていた。傘をさすのが面倒な私は3軒先の「宝亭」に走り込んだ。「宝亭」はおやじ独りでやっているカウンターだけの店だった。

「チャーシュー麺、下さい」

「また、チャーシュー麺か、それじゃ野菜が摂れないから今日は特製ラーメンにしな」

そう言っておやじはもやしたっぷり、刻みチャーシューたっぷりの特製ラーメンを作ってくれた。チャーシュー麺の方が良かったなどと言えない私は特製ラーメンを黙って食べ始めた。話し好きのおやじはもやしの栄養について語り出したが、私は気のない返事を繰り返しテレビの相撲中継を見ながら特製ラーメンを食べ続けた。その時店の引き戸が開き男がひとり入って来た。男は濡れた合羽を脱ぎ傘立ての上に合羽を置き丸椅子に腰掛けた。男は無造作に十円玉を4枚 カウンターに置くと飯をくれと言った。「宝亭」のライスは40円だった。おやじは山盛りの丼飯を男の前に置いた。

「うちはライスにはスープとお新香が付きますから」

今度はラーメン丼にたっぷり注がれたスープと白菜のお新香が男の前に置かれた。お新香の横には切り落としのチャーシューが少し添えられていた。

日焼けした顔をほころばせて男が飯をかきこみ始めた。スープをすすり、お新香を口に入れ、また飯をかきこむ。あっという間に男は飯を平らげた。満足気に箸を置くと男はごちそうさまと言って、合羽を手にして店を出て行った。おやじも満足気に丼を片ずけてカウンターを拭き始めた。

「みつる、忘れちゃダメだぞ、ああゆう男達が今の日本を支えているんだぞ」

私はしっかりと頷いた。

そんなおやじが胃がんで亡くなったと聞いたのはそれから十数年してからだった。

おやじ忘れてないよ、あの日のことも、あなたのことも。