コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第九話(806) 碧海の彼方

2013-01-12 02:28:54 | 碧海の彼方

「言っておくけど、この私を、突き落としたりしない方がいいわよ!」


時間稼ぎのために切り出した言葉であったが、己の内面の怯えが声に滲んではいまいかと、マルセラは密かに固唾を呑んだ。


アレッチェが、苛立たしげに片眉を吊り上げて、半顔ほど振り向いているマルセラの横顔を睥睨する。


「この期に及んで命乞いか?


残念ながら、おまえをここから突き落とすか否かを決めるのは、わたしではない」


そう言って、アレッチェは、砦の向うに布陣するロレンソたちの方を顎でしゃくった。


「あそこにいるインカ軍の若造どもの動き次第だ。


あの者どもが、我らの要塞砲を恐れず、おまえを助けに来る心意気を見せるならば、突き落とすのを暫し待ってやる。


だが、おまえが、あの者どもにも見放されるようなら、わたしも、おまえには用済みだ」

 
「あそこにいる『アンドレス様』たちの軍は、決して、あそこから動かないわ!

 
トゥパク・アマル様への忠誠心は、とても固いの。

 
ご命令に背いて、勝手に兵を動かすようなことは、『アンドレス様』は、決してならさないわ。

 
だから、こんなことをしても無駄よ!」

 
不意に、アレッチェの腕が、グイと、マルセラの体をさらに大きく手すりから押し出した。

 
「それ以上、余計な無駄口を叩くと、今すぐに――

 
憎悪に満ちたアレッチェの両眼が氷のように冷たく光るさまに、マルセラは、心の底で震え上がりながらも、表向きは気丈な表情を懸命に保ったまま、アレッチェの言葉を遮った。

 
「ち、ちょっと待って!

私の言いたいことは、これからよ!」

  

【登場人物のご紹介】

≪マルセラ≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
此度の作戦では、昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を陸上のインカ軍陣営に報告するため、少人数の部下と共に沖合の小島に渡っていたのだが

≪ホセ・アントニオ・アレッチェ(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。 
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。

 

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