コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第八話(21) 青年インカ

2007-04-30 19:47:37 | 青年インカ
そして、そのまま、トゥパク・アマルは、リノの顔を鉄格子を隔てた己の顔の直近に引き寄せた。
リノは瞬間、ビクリと身を縮めたが、全く抵抗することができない。
むしろ、恍惚とした陶酔感に溺れるように虚ろな目で、降伏したように大人しくなっている。

トゥパク・アマルは薄っすらと笑みを湛えたまま、そんなリノの口元に己の唇を近づけて囁(ささや)くように言う。
「わたしの頼みを聞いてはくれまいか…――。
クスコのある場所に、わたしの手紙を届けてほしい」
「…!!」

さすがに、その瞬間には、冷や水を浴びせられたように、リノはギョッと目を見開いた。
「そ…そんなこと…まさか…――!!」
歪んだリノの口角から、震えるような擦(かす)れ声が漏れる。
その瞳は、自らの内面の混乱と衝撃と欲望との鬩(せめ)ぎ合いのために、既に涙ぐんでさえいる。

トゥパク・アマルは、リノの顎に添えた指先を、さらに己の方へと引き寄せた。
「頼みを聞いてくれれば、決して悪いようにはせぬと誓う。
力を貸してくれれば、礼金は望むだけ与えよう。
他にも、そなたが望むことなら、どのようなことでも…――」
「――!!」
唇と唇が触れ合うほどの距離で囁かれ、リノは電撃に打たれたように硬直する。


【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】

≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。

≪リノ≫
トゥパク・アマルが投獄されている牢獄を監視する端役の番兵の一人。
スペイン人ではあるが、正規のスペイン人将校たちに比して身分が低く、将校たちが休息する深夜の巡回を担当している。


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コンドルの系譜 第八話(20) 青年インカ

2007-04-29 19:12:15 | 青年インカ
リノの理性は、トゥパク・アマルが死んでさえいないのであれば、一切放置して、余計な関りをせぬ方が絶対に無難であると、激しく警笛を鳴らしている。
だが、普段は神々しいほどに近寄り難い崇高な雰囲気を持ちながらも、今はまるで妖艶な気配で己を誘惑しているようでさえある眼前の人物に、もっと近づき触れてみたい衝動と欲望を、今のリノには、もはや抑えることは難しすぎた。
リノは手に持っていたランプを足元の冷たい石床に置くと、興奮に昂(たか)ぶる足取りで、固唾を呑みながら鉄格子の傍に近づいていく。

トゥパク・アマルはまんじりともせず、近づいてくるリノを目の端でじっと見つめている。
その瞳に吸い込まれるように、リノは鉄格子を隔ててトゥパク・アマルの脇に膝をつくと、興奮と緊張に震える腕で、その身を起こすために相手の肩の辺りに触れた。

その瞬間、リノの意識は、咄嗟に現実に引き戻された。
トゥパク・アマルの体は本当に熱く、嘘偽り無く、かなりの発熱を呈していることが分かったのだ。
実際、日々の過重な拷問による付加のために、謀(はかりごと)とは別の次元で、トゥパク・アマルの体は高熱を帯びた状態になっていた。

「おい、本当に、熱いぞ…!
かなりの熱があるんじゃないのか?!」
再び焦り気味の動揺した声を上げるリノに、「ああ。だるくてかなわぬ。起こしてくれ…」と、先程と同じことをトゥパク・アマルが繰り返す。

リノは鉄格子の間からさらに深く両腕を差し入れ、トゥパク・アマルの肩を掴んで何とか起こし上げると、その体を牢内の石壁にもたれかけさせた。
その間も、トゥパク・アマルの視線は絡みつくように妖しくリノを見つめ続けている。
手の中にあるトゥパク・アマルの逞しく引き締った筋肉の感触と、高熱による燃えるような体温、それらとは対照的に、涼やかで妖艶な視線とに絡めとられ、リノの全身を身震いが走った。
動悸も速まるばかりである。

一方、トゥパク・アマルはやっと座した体勢になり、「ありがとう…」と低く言うが、顔や手足の随所に血を滲ませた肌が、痛々しくもかえって艶(なまめ)かしく、リノの目の中で、その姿は間近で見れば見るほど、いっそう妖艶で美しい。
しかも、今、微かに笑みを湛えた流れるようなトゥパク・アマルの切れ長の目尻は、リノの瞳の奥を完全にとらえ、リノは瞬きすらできなかった。
陶酔を誘う甘美な眩暈(めまい)と共に、頭の中が真っ白になっていく。

その機をとらえるように、トゥパク・アマルの目の端が、鋭く光った。
彼は、ゆっくりと、優美な仕草で、鉄格子の隙間から片腕を伸ばし、褐色のしなやかな指先でリノの顎を掬(すく)い取る。


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≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。

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コンドルの系譜 第八話(19) 青年インカ

2007-04-28 18:22:35 | 青年インカ
まるで縋(すが)るようなリノの呼び声に、「うう…」と苦しそうなトゥパク・アマルの呻き声が返ってきた。
相変わらずグッタリと倒れこんだままだが、とりあえず生きていると分かり、リノはホッと胸を撫で下ろす。

そんなリノの内面には気付かぬ素振りのトゥパク・アマルが、伏せたまま呻くように言う。
「体中が熱くてかなわぬ…。
水を一杯くれないか」
「勝手に水は与えられない決まりになっている。
知っているだろう!」
「そうか…では…」と、トゥパク・アマルの声が低く響く。

「せめて、身を起こすのを手伝ってはくれまいか。
力が入らず、自分では体勢を立て直せぬ。
牢の中に入ってきて、手を貸してほしい……」
そう言って、トゥパク・アマルは鉄格子にもたれたまま僅かに顔だけ動かし、リノを上目遣いに見上げる。

乱れた漆黒の長髪の隙間から覗くトゥパク・アマルの流れるような切れ長の目は、あまりに妖艶で美しく、同性であるにもかかわらず、リノの心臓を易々と貫いてしまう。
全身の血流が逆流するような感覚…――リノは、乾ききった喉から上擦った声を絞り出す。
「ろ…牢の中には、入れない…。
鍵は全て、アレッチェ様が管理されているのだ」
「アレッチェ殿が…――そうか…」
トゥパク・アマルの声が、探るように硬く変わるのを、しかし、今のリノは気付かない。

暫し、沈黙の後、トゥパク・アマルは再び妖しい気配でリノを斜めに見上げた。
その顔に無造作にかかっていた黒髪が揺れながらハラハラと零(こぼ)れ落ち、秀麗な造形の輪郭が現われる。
「それでは、鉄格子の外からでよい。
そなたも知っての通り、あの拷問以来、わたしの片腕は自由がきかぬのだ。
さあ…もっとわたしの傍に来て、わたしに触れ、そなたの腕で、この体を起き上がらせてくれ……」
「…――」
リノは、ゴクリと音を立てて生唾を呑み込んだ。


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≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。

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コンドルの系譜 第八話(18) 青年インカ

2007-04-27 20:23:20 | 青年インカ
スペイン人であるとはいえ身分の低いリノにとって、いかにインカ皇帝末裔であろうが、今や「インディオの重罪人」であるトゥパク・アマルは、普段、身分の高い将校たちに顎で使われている己自身の鬱憤を晴らすべく、当初は格好の蔑みの対象でしかなかった。
しかし、そのような蔑みからはじまったリノの監視の目は、時を経るにつれ、次第に変化していった。

今宵もその日の長々しい拷問を終え、深夜の暗闇に包まれた牢の中で、瞼を閉じて、じっと精神統一をしているトゥパク・アマルの全身からは、闇を圧倒していく黄金色の覇光が放たれているようにさえ見える…――。
日々、その息遣いや体温までが感じ取れるほどに非常に身近な位置から彼を見続けているリノの意識は、それを錯覚だと懸命に否定しながらも、もっと超意識の次元で、トゥパク・アマルの、強靭で、超人的でさえある精神性に、惹き付けられずにはいられなかった。
また、トゥパク・アマルのもともとの特質でもある稀有な秀麗さは、この過酷な環境にあって傷つくほどに、むしろ、日増しにいっそうの憂いと崇高さを纏い、浮世離れした妖艶な美しさを高めてもいた。

リノは、彼の意識の中では牢の中のトゥパク・アマルを「重罪人のインディオ」として懸命に蔑もうとしながらも、その姿に――血も滴(したた)る傷ついたさまにも、それをものともせぬ、不動の沈着さと高潔な輝きにも――夜毎、傍近く接するうち、己の意思を超えたところで、無抵抗に激しく魅了されていった。
一方、観察力の鋭いトゥパク・アマルは、いかに肉体的に傷つき衰弱していようとも、その意識は常に清明に保たれており、日毎に変化していくリノの視線を容易(たやす)く察知していた。

ある晩遅く、いつものように巡回に訪れたリノは、深夜の闇の中で、トゥパク・アマルが鉄格子にもたれるようにして倒れているのを発見した。
どのような過重な付加を加えられた後でも、倒れこんでいるような姿勢をこれまで一度も見せたことのないトゥパク・アマルの通常とは異なる様子に、リノは慌てふためいて鉄格子の傍に駆け寄った。

まさか、自分の見張りの時に死なれでもしようものなら、監視怠慢とされ、いかなる罰を与えられるか…――と、情け容赦の無い冷酷無情な上司、アレッチェの形相がよぎり、リノは顔面蒼白になる。
「おい!!
どうした!
大丈夫か?!」
すっかり動転したリノの声が、冷たい闇を震わせる。


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インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
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コンドルの系譜 第八話(17) 青年インカ

2007-04-26 19:39:51 | 青年インカ
ミカエラや息子たちを救出するためにも、そして、何よりも、外界で今も果敢に展開しているであろう反乱を成就して民を解放するためにも、この身を何とか自由にすることはかなわぬものか…――と、彼は本気で考えた。
トゥパク・アマルは、再び、重々しい足枷に視線を走らせる。
(牢を破る手立ては…――)
この期に及んでも、決して諦(あきら)めることの無いトゥパク・アマルの不退転の精神は、健在であったのだ。

彼は、アレッチェが自分たちインカ(皇帝)一族を、「見せしめ」として公衆の面前で処刑にすることを強く望んでいることをよく認識していたため、役人たちが如何なる拷問を加えようとも、獄中で致死に至らしめるまでの付加は加えまいと見切っていた。
それは、己自身に対しても、ミカエラや息子たちに対しても同様のはずである。

監視の厳しい獄中からの脱獄など針の穴を潜(くぐ)るほどに困難なことではあるが、僅かな可能性でも、ゼロではないはずだ。
トゥパク・アマルは、己の身辺で監視の目を光らせているスペイン兵たちを、首尾よく抱きこめまいかと思案した。
そして、監視のために己の周りをうろついている兵たちを一人一人つぶさに観察しながら、スペイン側の中枢部に帰属意識の高いスペイン人将校たちは避けて、スペイン人ではあるものの身分の低そうな番兵たちにその狙いを定めた。

そんなトゥパク・アマルが白羽の矢を立てたのは、リノというスペイン人の番兵だった。
リノは、正規の将校たちが休息をとる深夜を中心に、見張りの巡回に来ている端くれの番兵の一人である。
トゥパク・アマルは、最近、リノが自分に、ある種の特別な関心を持ちはじめていることを敏感に察知していた。


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