コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第九話(123) 碧海の彼方

2008-08-31 19:30:48 | 碧海の彼方
それから暫くの時が流れ、アリスメンディが天幕の中から外へと姿を現した。

入り口の外で護衛をしていたビルカパサが礼を払うと、アリスメンディも無言で礼を払う。

表情を動かさぬ黒衣の僧からは、ビルカパサをはじめ、周囲の衛兵たちの誰もが、彼とトゥパク・アマルとの間で交わされた会話の内容を推察することは不可能だった。

天幕の外で控えていたロレンソが素早くアリスメンディの傍に参じ、僧の天幕へと導いていく。

他方、精悍な横顔で、その二人の後ろ姿を見送っていたビルカパサは、背後から不意に何かの気配を感じて、敏捷に振り返った。

そして、その目を瞬かせる。

「アンドレス様!?」

いつの間にか己の傍に立っていたアンドレスの姿に、ビルカパサは驚いて見入った。

「アンドレス様、いつからいらしたのです?!」

「すいません、驚かせて…!

今、来たところです。

何となく落ち着かなくて。

そろそろトゥパク・アマル様とアリスメンディ殿の話が終わる頃かと思って」

そう言いながら、アンドレスは所在無げに頭をかいている。

ビルカパサは低く息をつくと、誠実な瞳で頷いた。

「確かに、アンドレス様のお気を揉む気持ちは、分かります。

トゥパク・アマル様とお話をされていきますか?

アリスメンディ殿も戻られたところですし、お取次ぎを……」

そう言って天幕の中に入りかけたビルカパサを、「いえ…!そこまでは…!」と、アンドレスの手が、慌てて相手の腕を掴み、引き止めた。

が、その瞬間、二人の前で、天幕の入り口が、すっ、と内部から開け放たれた。

「――!」

ギックリとして見上げるアンドレスを、案の定、中から姿を現したトゥパク・アマルが黙って見下ろしている。


【登場人物のご紹介】 

≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アリスメンディ≫
イエズス会に属するスペイン人の高僧。
かつてはペルー副王領で布教活動をしていたが、スペイン国王から弾圧を受け、英国に亡命。
現在は英国王室と近しい間柄にあり、此度の英国艦隊に相談役として乗船している。

≪アンドレス≫
トゥパク・アマル(インカ皇帝末裔で反乱軍総指揮官)の甥で、インカ皇族の青年(18歳)。
若くして剣術の達人であり、4万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
英国艦隊及びスペイン軍との大決戦に向けて、ラ・プラタ副王領への遠征から、ペルー副王領のインカ軍本隊へと帰還を果たした。

≪ビルカパサ≫
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパクと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。


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コンドルの系譜 第九話(122) 碧海の彼方

2008-08-29 18:46:34 | 碧海の彼方
「此度の英国艦隊総指揮官ジョンストン提督より、あなた方のために、多数の武器を預かってきております」

「ほう、それはありがたい」

トゥパク・アマルの瞳が、静かな閃光を放つ。

「それで、その武器とは、いかほどですか?」

「銃剣類を中心に、ざっと1万5千点ほど。

今は、スペイン軍の目につかぬよう、沿岸部の一角に隠し置いている」

「そうでしたか」と、トゥパク・アマルは、その瞼を伏せて、アリスメンディの方へと深く礼を払った。

「それでは、その武器は、提督の率いる英国海軍のためにお役に立てねばなりますまい」

「――……」

トゥパク・アマルの言葉の意味を探ろうと、無言のまま、僧侶とは思えぬ鋭利すぎる目で刺すように見据えくる相手に、トゥパク・アマルは意味ありげに目を細めた。

そして、その美しい口元に微笑を浮かべる。

「単純なことです。

英国軍にとっても、我らにとっても、当座の敵はスペイン軍。

それに、あなたがたの持ち込んでくれた武器のことは別としても、敵を窮地に追い込むための策を、我らとて練っていないわけではない……」

含みをもたせて語りつつ、次第に見開かれゆくトゥパク・アマルの切れ長の目が、相手の鋭利な視線を貫いて光る。

「もちろん、そのためには、英国艦隊が攻撃を開始するタイミングを、我らも正確に把握しておく必要がありますが――」


【登場人物のご紹介】 

≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アリスメンディ≫
イエズス会に属するスペイン人の高僧。
かつてはペルー副王領で布教活動をしていたが、スペイン国王から弾圧を受け、英国に亡命。
現在は英国王室と近しい間柄にあり、此度の英国艦隊に相談役として乗船している。


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コンドルの系譜 第九話(121) 碧海の彼方

2008-08-27 18:49:50 | 碧海の彼方
他方、トゥパク・アマルは沈着な佇まいを変えぬまま、閃光を放つグラスの向こうから続けていく。

「どうか誤解の無きように。

わたしは、あなたのお心までを、英国側の人間だなどとは思っておりません。

わたしの発言の失礼をお許しください。

ただ、あなたは、形の上では、まだ、英国側の人間であることは事実。

わたしと接触を図った以上、英国のために有益なお働きを為すことができねば、我らの元にお留まり頂くことも叶わなくなりましょう?」

ますます面差しの鋭くなっていく相手を前に、トゥパク・アマルは、ゆっくりと光るグラスを持ち上げ、唇に触れた。

「英国艦隊は、今や世界最強と言われる実力。

ですが、スペイン軍も決して弱小ではない。

ましてや、ここは英国艦が得意とする外洋ではなく、馴染みのない最果ての敵地。

それに対して、スペイン軍にとっては、己の庭のごとく懐の内――」

「そういえば……トゥパク・アマル殿。

すっかり申し遅れていたのだが――」

トゥパク・アマルの言わんとしていることを察してか、アリスメンディの口元から、思い出したかのように低い囁きが漏れる。


【登場人物のご紹介】 

≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アリスメンディ≫
イエズス会に属するスペイン人の高僧。
かつてはペルー副王領で布教活動をしていたが、スペイン国王から弾圧を受け、英国に亡命。
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コンドルの系譜 第九話(120) 碧海の彼方

2008-08-25 18:43:00 | 碧海の彼方
しかし、アリスメンディは鋭利で沈着な面差しを変えることなく、ただ、ゆっくりと首を振る。

「わたしは、神の御心が果たされることを願うのみ。

それ故、神は、わたしをあなた方、インカの民の元へと遣わされた。

それだけのこと。

わたしには、個人的な望みなど、元々、ありはしないのです」

「アリスメンディ殿」

トゥパク・アマルは、黒衣の僧の方へと瞼を伏せて、今一度、深く礼を払う。

「それでは、神は、我らインカの民の解放が成就することを真に望んでおられると?」

アリスメンディは、相手から鋭い視線をはずさぬまま、無言で頷いた。

「アリスメンディ殿、あなたの我々に対するお心は良く分かりました。

とはいえ、あなたは、形式上は、今も英国艦隊側の相談役というご身分を降りてはいないご様子」

「!――」

トゥパク・アマルの言葉に、アリスメンディは訝しげに目元を聳(そび)やかす。

「トゥパク・アマル殿…――何が言いたい?」


【登場人物のご紹介】 

≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アリスメンディ≫
イエズス会に属するスペイン人の高僧。
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コンドルの系譜 第九話(119) 碧海の彼方

2008-08-23 18:16:10 | 碧海の彼方
夜の深まりと共に外では風が強まり、天幕の中にも隙間風が吹き込みはじめる。

このサンガララ周辺の山岳地は、アンデス一帯の中でも特に気温が低く、流れ込む夜風は強い冷気を帯びている。

暫し、二人は、風に煽られる蝋燭の火を見つめていたが、やがて、トゥパク・アマルが、真摯な光を宿した目を上げた。

そして、そのガッシリと強靭な肩を、真っ直ぐアリスメンディに向ける。

「アリスメンディ殿、あなたは、かつても我らインカの民のために、己の全てを投げ打ってくださった。

あの時、国外追放までされたあなたを、我らは、どのような打つ手も持てなかった。

にもかかわらず、此度のわたしの呼びかけに快く応じ、英国艦隊まで動かしてくださった。

そのような、あなたのために、わたしに何か報いることができるだろうか?

このような言い方をするのは、あなたに対して失礼かもしれぬが――敢えて、単刀直入に尋ねさせてほしい。

今、あなたは、何を望んでいる?

真のあなたの望みは何なのです?」


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≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アリスメンディ≫
イエズス会に属するスペイン人の高僧。
かつてはペルー副王領で布教活動をしていたが、スペイン国王から弾圧を受け、英国に亡命。
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