コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第九話(1061) 碧海の彼方

2015-06-20 20:01:55 | 碧海の彼方

「本当に、ここにあるものを使っちゃっていいんですか?」


興奮と喜びに頬を上気させながら己の方を見つめている女性義勇兵たちに、マルセラは大きく頷いた。


「トゥパク・アマル様が、OKだって。


なんたって、砦で意識不明になったままの大勢のスペイン兵や負傷兵みんなの食事も用意するんだもの。


ただ、貴重な食料には違いないから、大事に使っていきましょう」


「はい!!」


元気に返事をして、女性たちが闊達な足取りで食糧庫の中に入っていく。


食糧庫の中を改めて吟味しながら、溌剌と声をかけ合って献立を話し合っている彼女たちの様子を見守りながら、マルセラの口元も自然にほころんでいく。


こうしていても、もう、この砦の大気中からは殆ど毒素の気配は消えているし、砦の内外が、つい先ほどまで怒涛の戦闘状態であったことなど嘘のように感じられる。


自分の身を振り返っても、今日の昼間までは、この同じ地下階の一隅にある牢獄に捕虜として閉じ込められていたなんて、信じられない思いだった。


インカ軍が砦に攻め寄せてきた時には、その進撃を牽制するための見せしめとして屋上階に連れ出され、味方の軍勢の面前で、アレッチェに酷い暴行を受けたのも、思えば、つい数時間前のことである。


だが、今は、全てが、まるで遥か遠い悪夢であったかのように現実味が無い。


ただ、自分の身体の随所に残る打撲の痣や切り傷の痛みだけが、思い出したくもないあれやこれやの名残を留めているだけだ。


楽しそうに食材を丁寧に切り分けて、いそいそと隣室の厨房へ運んでいく女性たちの姿を見つめながら、気丈に見開かれたマルセラの黒曜石の瞳が微かに揺れる。


(一時的に戦闘状態は収まっているけれど、決して予断を許せる状況ではない。

 

だけど、もし叶うことならば、この穏やかな時がずっと続いてほしい――

 

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪マルセラ≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。
砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。

≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。  

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コンドルの系譜 第九話(1060) 碧海の彼方

2015-06-20 19:51:05 | 碧海の彼方

かくして、アンドレスの懸命な説得によってアパサも砦に引き揚げる決断をくだした頃、紆余曲折を経てインカ軍が占拠したその敵砦には、数キロ離れた場所に布陣していたインカ軍本営から、炊事班や衛生班の女性義勇兵たちが、豪雨に打たれながらも、健気(けなげ)な足取りで移動を開始していた。

 
堅固で巨大なスペイン砦の地下階には、武器弾薬庫や様々な物品収納庫などと並んで大きな食糧庫が備えられている。

 
その扉の前に、女だてらに連隊長の一人であるマルセラを筆頭に、数名のインカ兵たちや数十名の炊事班の女性たちが、やや興奮気味の面持ちで集まっていた。

 
今、その食糧庫の扉を大きく開いて、中を覗き込み、その場にいた誰もが「わぁ!!」と歓喜の声を高らかに上げる。

 
ちょっとした大部屋ほどのスペースを有する広々とした食糧庫の中には、豊かな食糧や飲料がひしめいていたのだ。

 
乾燥肉や干し魚、乾燥豆、ドライフルーツなどの乾物類はもちろん、生野菜、果物などの生鮮食品、そして、パンや小麦、チーズ、さらには、水、ワイン、ラム酒、ブランデー等の飲料や、砂糖、天然塩、ビネガーなどの調味料に至るまで、その種類も実に豊かで多彩である。

 
その場にいた誰もがキラキラと瞳を輝かせて、感嘆の吐息を漏らしている。

 
「さすがにスペイン軍の砦ねぇ!」

 
「ほんとにそうね!

 
あるところには、あるものなのね」

 
頬を紅潮させながら、身を乗り出して言葉を交わし合っている炊事班の女性たちの言葉に、マルセラも深々と頷いた。

  

それから、彼女は、周りの皆を見渡して、「炊事班のみんなには、ここにあるものを使って、食事を作ってほしいの。隣の部屋には立派な厨房もあるしね」と、明るい声で呼びかけた。

  

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アパサ≫(インカ軍)
隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。
「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。
かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。

≪マルセラ≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。
砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。

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コンドルの系譜 第九話(1059) 碧海の彼方

2015-06-12 01:00:42 | 碧海の彼方

「それよりも我らも一旦、砦に退いて、態勢を整え直さねばなりません。


皆に休息を与え、それに、動ける者たちは皆で力を合わせて、戦場の負傷兵たちを一刻も早く救出し、風雨を避けられる砦内に移送して、治療を施さねばなりません」


アンドレスの言葉を聞いているのかいないのか、ますます眉間に強く皺を寄せながら難しい顔をしているアパサに、アンドレスが、真摯な声音で畳み掛ける。


「いずにしても、アラゴンが戻る先は、最終的には、首都リマの王宮でしょう。


アパサ殿の懸念は俺も分かりますし、それに、アラゴン、ひいては、その父たる副王ハウレギとの決着は、遠からず、何らかのかたちでつけねばなりません。


でも、そのためにも、今はインカ兵たちの力を充分に温存し、高めておくことが必要です。


皆、今宵、どれほど死力を尽くして戦ってくれたか、アパサ殿が一番よく分かっているはずではありませんか。


さあ、アパサ殿、兵たちと共に砦に引き上げましょう。


トゥパク・アマル様も、どんなに会いたがっているか知れません」


「トゥパク・アマルは、無事にしているのか?」


あれほど先刻はトゥパク・アマルのことも毒づいていたアパサであったが、アンドレスに向ける彼の眼差しには、深い安堵の念が宿っている。


それがアパサの本音なのだと感じながら、アンドレスは笑顔で力強く頷いた。


一見、ひどく荒っぽく傍若無人で、傲慢な印象さえ与えるアパサの言動や態度の裏側に、比類ない篤い情を秘めていることをアンドレスはよく知っている。


「トゥパク・アマル様は、ご無事です。


あ、でも、ひどいお怪我や大火傷を負っていますけど」


「ひどい怪我や大火傷だと?


何があったのだ?」


平静を装おうとしながらも鼻腔をひくつかせて声を上擦らせているアパサの背を軽く押して、アンドレスは砦に向かって歩みだした。


「全て砦に行けば分かります。


さあ、アパサ殿も、部隊の方々も、はやく参りましょう。


トゥパク・アマル様も、どんなに首を長くして待っていることか!」


渋々ながらも歩み出した師匠の横を進みながら、アンドレスは、周囲に漂う血の臭いに混ざって、風に乗って微かに潮の香りが流れてくることに気が付いた。


そういえば、そこが、すぐ海の傍であったことを、そして、日中には海上で英国艦隊と砦のスペイン軍との間で熾烈な戦いがあったことを不意に思い出す。


(ずいぶん前のことのように感じるが、昼間のあの海戦も酷いものだった…。


陸地にも、海辺にも、たくさんの負傷兵たちが溢れている。


彼らを急いで救出しなければならない。


今夜は、まだまだ忙しくなりそうだ――)


そう内面で呟きながらも、漂いくる清々しい潮の香りが、アンドレスの心に、今やっと、ささやかな平安をもたらしていた。


★☆★☆★<註:「副王」について>★☆★☆★

この物語の舞台である「ペルー副王領(かつてのインカ帝国の中心地)」は、物語の時代にはスペインの植民地であり、この時代、当地にはスペイン副王ハウレギが最高権力者として君臨し、過酷な植民地政策を敷いていました。
なお、スペイン国王自身は、スペイン本国におり、スペイン本国を治めていました。
※但し、当作の内容は、ほぼフィクションであり、史実とは異なりますので、どうぞご容赦ください。

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。

≪アパサ≫(インカ軍)
隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。
「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。
かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。

≪アラゴン≫(スペイン軍)
スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。
反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。

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コンドルの系譜 第九話(1058) 碧海の彼方

2015-06-09 01:48:53 | 碧海の彼方

眉根を強く寄せて瞑目しているアパサの葛藤的な心境を察しながらも、アンドレスは、憔悴した戦場の兵たちの思いを代弁するかのように、言葉を選びながら、語を継いでいく。


「まだ此度の戦闘の双方の被害状況は正確には把握できてはいませんが、それでも、我が軍同様、アラゴン軍の被害も決して軽いものではないと思われます。


彼らが即座に態勢を整えられるとは考えにくい上、たとえ、それが可能であったとしても、少なくともすぐには当地での戦闘は望まないのではないでしょうか」


「なぜ、そう思う?」と、凄んだ声で言い放ち、アパサが目を開けて、片眉を吊り上げた。


「我らインカ軍が、あの敵砦を我らの手中に収めたからです」


――!」


「あの砦には、どれほど多くの要塞砲があると思いますか?


いくら副王直下のアラゴン軍が比類なき強壮な火器を備えているとしても、我が軍の手に渡ったあの砦の大砲群をまともに相手にしたいと思うでしょうか?」


そのアンドレスの言葉に、アパサの炯々たる黒眼が、光を強めて大きく見開かれた。


「あの敵砦を占拠したのか?」


「まあ、実質的にそのようなかたちになりました。


それというのも、アパサ殿が援軍として来てくれたおかげで、アラゴン軍を撃退してくれたために他なりません。


それに、砦を守備していた敵軍の親玉アレッチェも、意識不明になって我らの手の内におりますし、アラゴン軍も撤退してしまった今、あの砦を護る敵兵は、とりあえず当地にはいなくなりました。


とはいえ、アレッチェ隊の兵たちが、砦内にたくさん残ってはいますけれど。


ですが、その砦内の敵兵たちも、自軍の撒いた毒にやられて、皆、今も意識を失っています。


我が軍の砦内の兵たちも、未だ毒にやられて意識不明なのは同じですが


「なに、敵の撒いた毒?


砦の兵が、敵味方共々、意識不明だと?」


「毒と言っても、俺たちインカ軍が武器として使った大量の唐辛子弾や胡椒弾の粉末を、敵軍が掻き集めて燃やして発生させた天然の軽い有毒ガスにすぎなかったんですが。


それでも、大気中に撒かれたそれらを吸い込んだ砦内の誰もが、意識不明になって、倒れてしまうには充分でした」

 

ますます意味が分からんという不審顔で己をジロジロと眺め回しているアパサに、アンドレスは「まあ、砦に行ってみれば分かります」と軽く肩を竦めて答えた。

 

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。

≪アパサ≫(インカ軍)
隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。
「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。
かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。

≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 

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コンドルの系譜 第九話(1057) 碧海の彼方

2015-06-04 01:16:29 | 碧海の彼方

やがてアンドレスは、その胸からアパサを離し、未だ感動の醒めやらぬ瞳で、眼前の師をしみじみと見つめた。


このアパサは、トゥパク・アマルにとって最も有力な同盟者であると同時に、アンドレスにとって、武術から戦術指南まで、何年にも渡って厳しくも丁寧に指導を施してくれた恩師でもある。


やがてアンドレスは我に返ったように、辺りに集ってきている大勢の兵たちにも視線を馳せて、真摯な眼差しで礼を払い、それからまたアパサの方へ顔を戻した。


「さあ、アパサ殿、砦の中に参りましょう。


アパサ殿の部隊の皆々も、インカ軍本隊の者たちも、限界まで戦い尽くしてくれました。


砦で何があったかは後で詳しく話しますから、今は、アパサ殿とご一緒に、皆をすぐにも砦内に引き揚げさせてください。


敵を追撃しようにも、この豪雨では限界がありましょう。


それに、さすがに誰もが、全力を出し切り、疲れ切っている。


戦場に山のように溢れ返っている負傷兵たちを一刻も早く助け出し、早急に治療もせねばなりません。


このような冷たい雨の中に、大怪我を負っている彼らを長時間放置することはできません。


幸いにも負傷を免れた者たちだって、充分な食事や休息が必要です。


さあ、アパサ殿も、俺と一緒に砦に戻りましょう」


他方、アパサは、アンドレスの言葉に耳を傾けながらも、変わらぬ難しい表情で、ギュッと腕を組み、傲然(ごうぜん)と胸を反らしている。


「アンドレス、おまえ何を呑気なことを抜かしてやがる。


アラゴンの行方を掴めぬまま、のうのうと休んでなどいられる道理があるか。


すぐに追撃せねば、完全に取り逃がすことになる上、あやつの残党どもに反撃の機会を与えることにもなるのだ」


そう言いながらも、アパサは、その険しく鋭利な双眸(そうぼう)で、周り中に集まったインカ兵たちに、ぐるりと視線を馳せる。


いずれの男たちも生気は失ってはいないものの、誰が誰なのか判別不能なほど血糊や泥にまみれ、過酷な天候の中で長時間に渡って強敵と戦い続けたことによる苛烈な消耗が、ありありと滲み出している。

 

さらに、彼らのすぐ足元や背後や、否、広大な戦場のありとあらゆる場所では、敵味方双方の死傷した無数の兵たちが倒れ込み、滔々と傷口から流れ出る血を大雨に洗われ、戦場の大地を朱に染め上げていた。

 

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「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。

≪アパサ≫(インカ軍)
隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。
「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。
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