「本当に、ここにあるものを使っちゃっていいんですか?」
興奮と喜びに頬を上気させながら己の方を見つめている女性義勇兵たちに、マルセラは大きく頷いた。
「トゥパク・アマル様が、OKだって。
なんたって、砦で意識不明になったままの大勢のスペイン兵や負傷兵みんなの食事も用意するんだもの。
ただ、貴重な食料には違いないから、大事に使っていきましょう」
「はい!!」
元気に返事をして、女性たちが闊達な足取りで食糧庫の中に入っていく。
食糧庫の中を改めて吟味しながら、溌剌と声をかけ合って献立を話し合っている彼女たちの様子を見守りながら、マルセラの口元も自然にほころんでいく。
こうしていても、もう、この砦の大気中からは殆ど毒素の気配は消えているし、砦の内外が、つい先ほどまで怒涛の戦闘状態であったことなど嘘のように感じられる。
自分の身を振り返っても、今日の昼間までは、この同じ地下階の一隅にある牢獄に捕虜として閉じ込められていたなんて、信じられない思いだった。
インカ軍が砦に攻め寄せてきた時には、その進撃を牽制するための見せしめとして屋上階に連れ出され、味方の軍勢の面前で、アレッチェに酷い暴行を受けたのも、思えば、つい数時間前のことである。
だが、今は、全てが、まるで遥か遠い悪夢であったかのように現実味が無い。
ただ、自分の身体の随所に残る打撲の痣や切り傷の痛みだけが、思い出したくもないあれやこれやの名残を留めているだけだ。
楽しそうに食材を丁寧に切り分けて、いそいそと隣室の厨房へ運んでいく女性たちの姿を見つめながら、気丈に見開かれたマルセラの黒曜石の瞳が微かに揺れる。
(一時的に戦闘状態は収まっているけれど、決して予断を許せる状況ではない。
だけど、もし叶うことならば、この穏やかな時がずっと続いてほしい――)
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪マルセラ≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。
砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆
ホームページへは、下記のバナーよりどうぞ。