雨音に負けじと己に向かって声を張りながら、雷雨の壁の向こうから近づいてきた若武者のシルエットの方を、ハッとアパサも振り向いた。
と見るや、アパサの鋼のように強靭な腕が、近づいてきた若者の胸倉に、いきなり掴みかかった。
「ア、アパサ殿…?!」
その若者アンドレス――彼は、トゥパク・アマルの指示で、アパサに休戦を促す伝言を携え、懸命にアパサを探し出し、やっとのことで彼の元に辿り着いたところであったのだが――は、アパサに本気で首を締め上げられて目を白黒させている。
一方、アパサは泥鼠のようになった顔をアンドレスの鼻先に齧(かじ)りつきそうなほど近づけ、グワッと鋭い歯を剥き出して、がなり出した。
「アンドレス!!
おまえ、今までどこにいた?!
おまえも、トゥパク・アマルも、大事な戦いの最中には、まるで影も形も見えやしねぇ!
それが、今頃になって呑気に現われやがって。
どこかで高いびきでもかいて、眠りこけていたんじゃねえだろうなっ?!」
「も、申し訳ありません…!
トゥパク・アマル様も、俺も…敵の砦の中にいました。
砦の中でも…いろいろあったんです。
詳しいことは後で話しますから…今は休戦を…と、トゥパク・アマル様からの伝言で……」
もの凄い剣幕で捲(まく)し立てられ、強く首を締め上げられたまま、アンドレスは息絶え絶えに声を絞り出した。
だが、アンドレスの胸倉を掴んでギリギリ締め付けるアパサの指は緩まない。
「あの重要な局面で、俺とビルカパサだけに戦わせやがって。
アラゴンを取り逃がしたのも、おまえたちの責任だぞ!」
雨水さえも弾き返さぬばかりの激昂のオーラを燃え立たせ、吐き捨てるように言い放ったアパサに喉元を抑え込まれたまま、アンドレスは、弁明することはおろか、呼吸さえもできずに顔色を失っていく。
そんなアパサとアンドレスの方へ、ついにアパサの部下たちが見かねて飛び込んできた。
「アンドレス様、しっかりなさってください!」
「お頭(かしら)、放してやってください!
ほんとに死んじまいますよ!!」
アパサの部下たちが、アパサとアンドレスの間に寄って集(たか)って割って入って、やっとのことで二人を引き離した。
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
≪アパサ≫(インカ軍)
隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。
「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。
かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。
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