がじゅまるの樹の下で。

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めんそ〜れ♪

3000年01月01日 | ・徒然日記


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栄枯盛衰

2016年05月22日 | ・琉球史散策/第二尚氏

 

ここんところ書いている西原の金丸関連史跡。

この冊子を元に紹介してみました。

その名も「ガイドブック 内間御殿」

西原町教育委員会の発行(2015.2)です。

 去年、
金丸生誕600年のシンポジウムを聴きに行ったときに
いただきました。

 

 

中は史跡マップや内間御殿の歴史、
金丸の生い立ち漫画など
オールカラー18ページのなかなかの充実度です。

前記事のウガンジャマーなどは
こちらに載っていた記述です。

 

 

この冊子での1番気になったページはここ。

最後の奥付。

 

…何、この意味深なコスモス。

 

栄枯盛衰ってか?

 


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金丸の元妻

2016年05月21日 | ・琉球史散策/第二尚氏

 

 

前記事の続き。

 

内間ノロとラブラブに過ごしていた金丸。

それがいつの頃かは分かりません。

その頃、すでにオギヤカと結婚していたのか
それともその前なのか。

出世してからのことなのか、
それともまだ放浪の身のことなのか…。

 

ともあれ、金丸には一緒に伊是名を脱出した妻がいました。

その妻について一切謎なのがミステリー。

早くに命を落としたのか、
それとも最初にたどり着いた国頭に置いたままにしたのか。

金丸が放浪南下する場所場所で
女を作ってるからには
一緒に放浪したとは考えにくいような気がしますが…。

しばらく国頭に置いていて、
内間に安住した頃に弟の尚宣威と共に呼び寄せたのでは
と推測している本もありますね。

 

 

さて、写真は西原にある「ウガンジャマー」と呼ばれるスポットです。

この場所は

 

首里へ登る金丸へ、元の妻が再縁を求めた場所

 

と言われているそうです。

 

…元妻って…誰!?


さあ、伊是名の妻か、それとも内間ノロか、
それともまた別の女性か!?

 

再縁を求めたということは
わざわざ離縁して首里にのぼったということ。

なぜ離縁する必要があったのか。

 

やはり、オギヤカパワーか!?

 

実際、元妻の記述が一切ないのは
オギヤカによって抹消されたのでは
とみる人もいます。

 

 

ウガンジャマーのエリアにあったカー(井戸)。

 

 


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二人の愛の巣

2016年05月19日 | ・琉球史散策/第二尚氏

 

前記事の続き。

 

内間ノロさんと出会った金丸。

ちゃっかりというか、しっかり(?)
デキちゃうわけですね。

(二人の間にできた子供については→

 

 

ナコーモーのすぐ近くにあるこの
カヤブチ御殿(うどぅん)は
二人が一緒に過ごした場所
とも言われています。

 

史跡案内板には、
内間ノロが金丸に送った琉歌が掲載されています。

 


↑クリックで拡大。金丸と出会った経緯も載っています。

 

内間ノロさん、
相当金丸にハマってたようですね。

 

ところで、
金丸が内間に移り住んだ時、
一緒に暮らした「妻」は誰なんでしょうね。

オギヤカ年齢表を見てみたら
金丸が隠居した時には
すでに結婚してたっぽいのですが…。

その時、内間ノロはどうしていたのでしょう…。

 

ってゆーか、
伊是名から一緒に出てきた元の「妻」は!?

 

(続く)

 


 

*再掲載*

 

ワタシはツイッターはやってません。
ワタシと同じ名前や肩書の人がいても
全く無関係であることを再度記しておきます。


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ナコーモー

2016年05月18日 | ・琉球史散策/第二尚氏

 

西原の329号線の北向け車線をよく通る人は
必ず目にしたことがあるであろう、この御嶽。

ワタシも子供のころからよく目にしていました。

この御嶽の名前は「ナコーモー」もしくは「ナコモー」

なんだかかわいい響きですね(笑)

「モー」とは「毛」、
原っぱのことを言います。

万座毛の「毛(もう)」と一緒です。

当時はこの辺りは原っぱだったのでしょう。

 

ここは、西原町内間が誇るあの金丸が、
内間ノロさんと出会った場所!

 

そして、もちろん、例外なく
LOVEへと発展するのです。

 

(続く)

 

 

 


あれ、ナコーってもしかして「仲」??


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琉球/沖縄、一問一答 【第43問】

2016年05月15日 | ・琉球/沖縄、一問一答

*琉球沖縄、一問一答*

 

【第43問】

 

 

沖縄が本土復帰した年月日は?

 

(答えはランキングバナーの下)

 

 

 

琉球/沖縄、一問一答シリーズについて

 

 

 

 

 

 

 

 

【答え】

 

1972年5月15日



44年前の今日です。


復帰した時の県知事は?→ 


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北山滅亡600年

2016年05月10日 | ・琉球史散策/グスク時代


↑クリックで拡大

 

なんとインパクトのあるタイトル。

北山滅亡600年だよ、600年!

そうか、もうそんなになるのか…(笑)

600年を記念して、こんな講演会が催されます。

 

 

5月14日 (土)
14時〜16時
今帰仁村コミュニティーセンターホール
(今帰仁グスクや隣接する資料館ではないのでご注意を!)

◆講演「北山王攀安知のビジュアル復元の試み」(講師:上里隆史氏)
◆対談「北山滅亡とアジアの海の世界」
(上里隆史氏・屋良健一郎氏 司会:宮城弘樹氏)

080-6490-8250 (ヤマノウチ)

 

 

北山王攀安知のビジュアル、
いわゆる「組踊」風な、統一された無個性のモノではなく
当時の、北山の、王のビジュアルとは。
もしかしたら攀安知のイメージが
ガラッと変わるかも??!

チラシの攀安知イラストは「琉球戦国列伝」より。
いつか本部もイケメン風に描いてやらんとなぁ…。

 

  


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いさんなに? 琉球/沖縄、一問一答 【第42問】 

2016年05月09日 | ・琉球/沖縄、一問一答

*琉球沖縄、一問一答*

 

【第42問】

 

 

琉球が初めて朝貢したのはいつ?

 

(答えはランキングバナーの下)

 

 

 

琉球/沖縄、一問一答シリーズについて

 

 

 

 

 

 

 

 

【答え】

 

1372年


 

 

単語帳には
「いさんなに?(遺産何?1372)」
ってメモ!(笑)
めっちゃ受験っぽい語呂合わせ(笑)

でも単なる語呂合わせより
既に覚えている年号(自分や家族の誕生年とかでも可)に
関連づけてると覚えやすいよね。
下二桁だけでいいから。

ワタシは沖縄の本土復帰1972年の「72」で
関連付けて覚えたかなー。

 

ちなみに既に何度もブログで書いてるけど
1372年は尚巴志の生まれ年と一緒
ってゆーエピソードを知ると
もう忘れません。


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琉球を舞台にした恋愛ファンタジーゲーム

2016年05月07日 | ・琉球/沖縄、徒然日記


↑クリックでジャンプ

GWにモノレールに載ったんですね。

1年以上ぶりくらいに。

そしたら、駅にこんなキャラクターのパネルが
どーん!!
っておいてあって
「なんじゃこりゃ!?」ってなりました(笑)

チラシも置いてあったらからもらってきて、
公式サイトを見てみると。

 

感涙必至の女性向け恋愛ファンタジーゲームがスマホに登場!
はるか昔の琉球国を 舞台に繰り広げられる壮大なストーリー

 

だそうです。

いつの間にこんなゲームが…。

って、スマホゲームまったくやらないので
もともと情報には疎いのですが。

どうやら去年の9月に配信がスタートしてるみたいですね。
(今更でごめん…)

評判とか、どうなんだろう?

面白いのかな?

とりあえず、登場人物などを見てみましたが
キャラデザも音楽も完全和風ファンタジーな感じ。
(名前に沖縄感が少々)

 

でも和風ファンジーなゲームキャラや音楽って
何気に好きだったりする。
なんせ、ワタシの和好きの原点はゲームですから。
(↑中学生まではかなりゲーマーだった)

 

いや、ファンタジーエンタメとして
長髪赤毛、青毛、イケメンキャラでもいいですが
せっかく琉球が舞台なら
せめてもう少しエッセンスが入ってた方が
異国情緒感が出るんじゃなかろうか…。

1番琉球感が出てたのはこのお方。

聞得大君さん。

 


(画像お借りしました)クリックでジャンプ

 

でも動画を見てみたら
琉球各地のスポットが出ているみたいで
ちょっと「おっ」ってなりました。

これ↓

 

 …あ、首里城正殿のシーン、夕日が沈む方角間違ってる…。こっちは北北東くらい。

 

ともあれ、
琉球史エンタメは大歓迎。

興味の出た人は一度チェックしてみては?

 

 

 

*おまけ*

「賢了」という舞踏家キャラが
大城賢雄の子孫設定?と思ったのはワタシだけじゃないはず。
一応、子孫の湛水親方(賢忠)→  が歌三線の始祖だし
その芸術家イメージでの舞踏家設定か…?

 

 

プレイしたらもしかしたら
ハマっちゃうかもしれない…(笑)


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棚原グスクと按司の妻

2016年05月05日 | ・琉球史散策/グスク時代

 

前記事に関連して、
西原町の棚原グスクを。

約1年半前(冬)に訪問した時の写真です。

 

 

言い伝えによると、
安慶名グスクの安慶名大川按司の弟が
棚原按司となってこのグスクを築いたのだとか。

 

 

棚原按司の妻は絶世の美人だったそうな。

夫人の美しさに目を付けたのが
幸地グスクの幸地按司。

幸地按司は棚原按司を殺し、
夫人を奪おうと計画。

夫人はグスクを逃げ出すが
幸地按司は執拗に追いかけ
ついに捕まってしまう。

夫人はこのまま手籠めにされてなるものかと
舌をかみ切って自害したそうだ…。

 

参/「沖縄のグスクめぐり」(当真嗣一監修)

 

 

まーた幸地按司かよ。

前記事の熱田子とはもしかしたら
別の人の可能性もあるけど、
同一人物だとする伝えもあるそうです。

(ちなみに津記武多按司の妻も
熱田子に抵抗して自害しています)

幸地グスクの領主、
印象悪すぎ…(^^;)
とりあえず、西原の3つのグスクの中では
幸地按司が1番力持ってたっぽいね。

 

 

主郭には拝所。

「棚原城之殿」と呼ばれるこの拝所には
歴代の棚原按司の霊が祭られているそうです。

 

 

茂みの奥には崩れた石積みのようなものが見えました。

 

 


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