2010年10月10日(日)
3連休を利用して、東海道沿いにある100名城を巡ることにした。
2日目の10月10日、 日本100名城のひとつ「掛川城」を訪れた。
この日は出来るだけ城巡りをするつもりで8時30分には掛川城に近い市街地に入った。
しかし、この日は掛川市の祭りと重なっていたため、駅前のほとんどの駐車場で断られ、
代わりに城から少し離れたJAの駐車場を案内された。やむを得ない。
JA近辺から掛川城が見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/4b/aa135bc553e0e4462e81884ff2b6b74a.jpg)
5分ほど歩くと、城に通じる柱が4本の四足門に着いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/4b/3ceac515d086d1d8ae35fb864222a810.jpg)
四足門は、掛川城本丸に通じる重要な門である。
城の調査では門の跡は見つかっていないが、正保城絵図を元に復元された。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/65/338513731b7e84c07d06e744563d4036.jpg)
四足門をくぐると掛川城天守閣が目に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/5b/e181fe6b5f33bf93aa455c2e6d4ac4bd.jpg)
天守閣の開場は9時。少し早く着き過ぎたので、近くを散策してみた。
大手門は、当時より城に60mほど近くに平成7年に復元された。
掛川城の表玄関に相応しい本格的な櫓門である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/9c/10fd675b11c55fc988809739d080c898.jpg)
大手門から天守閣を望む。
途中にある火の見櫓がやや目障りではある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/f8/5d1c5b530221fa603cb915f4fa41d491.jpg)
逆川に架かる大手橋から天守閣を望む。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/da/1720c56ec9dcbf99156ef2e8f76899a0.jpg)
城を撮影していると、山車が動き出した。
祭りの始まりだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/60/eabd6b79c465f33fb3c49f06d185348e.jpg)
9時を回ったので、城内に入った。
やはり目の前で天守閣を見上げると迫力が違う。
天守への階段は急である。足元には気をつけたい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/77/813047996fe4d845692f44c7ff8ad8c0.jpg)
天守台の脇に”霧吹井戸”が現存する。
西から徳川家康、東から武田信玄に攻められた駿河の今川氏真は、
重臣朝比奈泰朝の掛川城へ逃げ込んだ。
この城を落とそうと家康が攻撃を仕掛けた際、井戸から立ちこめた霧が
城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃できなくなったと言う。
以来、掛川城は「雲霧城」とも呼ばれるようになった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/1b/c09e562a50fa0461bc6f74694aa0b043.jpg)
いやぁ~、素晴らしい眺めだ。
新幹線からは時々天守閣を眺めていたが、天守閣から見るのは初めてである。
町の動きが手に取るように分かる。
町のあちこちの橋の上で山車がすれ違うのが見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/da/56e48fc7345c0281ce9dac0cfa8899ce.jpg)
しばらくは対峙しているが、特に揉めたりせずすれ違っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/c8/fe3326fa933db65e4f870c1e2f671d43.jpg)
太鼓櫓
城下に時を知らせるための大太鼓を納めてあった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/45/acaebeb7cb13fdbb39448f5726d9e980.jpg)
御殿
城主の公邸、藩の役所、公式式典の場などとして使用された。
国の重要文化財に指定されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/83/614e16b0e57239c1546750b03139c67c.jpg)
掛川城天守閣に据付られている原寸大の鯱
青銅製で重量は200Kgとのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/9a/03a95ab8596075389fd3e4140c1e41a8.jpg)
城の展示品としてはお馴染の鎧甲冑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/39/effe5c844130303cfcab3a8c71b20589.jpg)
山内一豊の騎馬像
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/b1/55f05844b6ab3b60c258be08008c03cd.jpg)
天守台の脇に御殿への通用口がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/d7/a96677fe427648bb7a39c26da36a5c00.jpg)
御殿の庭から天守閣を見上げる。
なかなか絵になる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/83/c330cd72774a3fb0f26458b18974c65f.jpg)
御殿の玄関
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/58/406270711b489d75c43f14a68d9512ae.jpg)
御殿の玄関を入ると、目の前に黒漆塗りの甲冑が。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/c0/d2fc5e449776085c9d56a90bb54cb69f.jpg)
部屋は用途に応じ約20部屋に分かれている。
対面儀式が行われる書院棟は、御書院上の間と、
謁見者の控える次の間、三の間から成る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/43/ace58706a29076cee57032b4256b8c53.jpg)
御書院上の間
御書院は城主の対面所で上の間はその主室にあたる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/87/8deaa457a66dd191ce0a80747702e4de.jpg)
小書院は御書院上の間の奥にあり、城主が政務を離れて
くつろぐ私的な部屋である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/0d/3d38d3f2b08b6a6e7b51a6d675344d37.jpg)
天守閣側の廊下部分。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/fa/8a68c4c460c1e1f8efba55a3c012d64e.jpg)
「竹の丸」は掛川城の出入口の一つ。
掛川城の北郭にあることから、本来「北の丸」と称すところ、
竹林が生い茂っていたことから「竹の丸」と呼ばれるようになった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/ac/966284d6fc8d99343143a13086063cdb.jpg)
掛川特産の「葛布」を扱った松本家が、明治36年に建てた豪邸。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/5e/7313c74fd6d55ee8badfdc399bd2e573.jpg)
市内を練り歩いてきたと思われる山車とばったり。
掛川の山車は、笛・鐘・太鼓の他、三味線があるのが特徴だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/7b/b7ffb2b9b9c90ecba1c00eb102fb01de.jpg)
祭りの真っ最中である掛川市内をもう少し観て行きたかったが、
時間が無いので次の目的地、長篠城に向かった。
ウマさんの「日本100名城巡り」の目次(日付順)に戻る。
ウマさんの「日本100名城巡り」の目次(お城順)に戻る。
3連休を利用して、東海道沿いにある100名城を巡ることにした。
2日目の10月10日、 日本100名城のひとつ「掛川城」を訪れた。
この日は出来るだけ城巡りをするつもりで8時30分には掛川城に近い市街地に入った。
しかし、この日は掛川市の祭りと重なっていたため、駅前のほとんどの駐車場で断られ、
代わりに城から少し離れたJAの駐車場を案内された。やむを得ない。
JA近辺から掛川城が見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/4b/aa135bc553e0e4462e81884ff2b6b74a.jpg)
5分ほど歩くと、城に通じる柱が4本の四足門に着いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/4b/3ceac515d086d1d8ae35fb864222a810.jpg)
四足門は、掛川城本丸に通じる重要な門である。
城の調査では門の跡は見つかっていないが、正保城絵図を元に復元された。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/65/338513731b7e84c07d06e744563d4036.jpg)
四足門をくぐると掛川城天守閣が目に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/5b/e181fe6b5f33bf93aa455c2e6d4ac4bd.jpg)
天守閣の開場は9時。少し早く着き過ぎたので、近くを散策してみた。
大手門は、当時より城に60mほど近くに平成7年に復元された。
掛川城の表玄関に相応しい本格的な櫓門である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/9c/10fd675b11c55fc988809739d080c898.jpg)
大手門から天守閣を望む。
途中にある火の見櫓がやや目障りではある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/f8/5d1c5b530221fa603cb915f4fa41d491.jpg)
逆川に架かる大手橋から天守閣を望む。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/da/1720c56ec9dcbf99156ef2e8f76899a0.jpg)
城を撮影していると、山車が動き出した。
祭りの始まりだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/60/eabd6b79c465f33fb3c49f06d185348e.jpg)
9時を回ったので、城内に入った。
やはり目の前で天守閣を見上げると迫力が違う。
天守への階段は急である。足元には気をつけたい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/ce/9fdd2c21fef3cd03cb5a7d1893bd18d8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/77/813047996fe4d845692f44c7ff8ad8c0.jpg)
天守台の脇に”霧吹井戸”が現存する。
西から徳川家康、東から武田信玄に攻められた駿河の今川氏真は、
重臣朝比奈泰朝の掛川城へ逃げ込んだ。
この城を落とそうと家康が攻撃を仕掛けた際、井戸から立ちこめた霧が
城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃できなくなったと言う。
以来、掛川城は「雲霧城」とも呼ばれるようになった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/1b/c09e562a50fa0461bc6f74694aa0b043.jpg)
いやぁ~、素晴らしい眺めだ。
新幹線からは時々天守閣を眺めていたが、天守閣から見るのは初めてである。
町の動きが手に取るように分かる。
町のあちこちの橋の上で山車がすれ違うのが見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/da/56e48fc7345c0281ce9dac0cfa8899ce.jpg)
しばらくは対峙しているが、特に揉めたりせずすれ違っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/c8/fe3326fa933db65e4f870c1e2f671d43.jpg)
太鼓櫓
城下に時を知らせるための大太鼓を納めてあった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/45/acaebeb7cb13fdbb39448f5726d9e980.jpg)
御殿
城主の公邸、藩の役所、公式式典の場などとして使用された。
国の重要文化財に指定されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/83/614e16b0e57239c1546750b03139c67c.jpg)
掛川城天守閣に据付られている原寸大の鯱
青銅製で重量は200Kgとのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/9a/03a95ab8596075389fd3e4140c1e41a8.jpg)
城の展示品としてはお馴染の鎧甲冑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/39/effe5c844130303cfcab3a8c71b20589.jpg)
山内一豊の騎馬像
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/b1/55f05844b6ab3b60c258be08008c03cd.jpg)
天守台の脇に御殿への通用口がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/d7/a96677fe427648bb7a39c26da36a5c00.jpg)
御殿の庭から天守閣を見上げる。
なかなか絵になる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/83/c330cd72774a3fb0f26458b18974c65f.jpg)
御殿の玄関
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/58/406270711b489d75c43f14a68d9512ae.jpg)
御殿の玄関を入ると、目の前に黒漆塗りの甲冑が。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/c0/d2fc5e449776085c9d56a90bb54cb69f.jpg)
部屋は用途に応じ約20部屋に分かれている。
対面儀式が行われる書院棟は、御書院上の間と、
謁見者の控える次の間、三の間から成る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/43/ace58706a29076cee57032b4256b8c53.jpg)
御書院上の間
御書院は城主の対面所で上の間はその主室にあたる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/87/8deaa457a66dd191ce0a80747702e4de.jpg)
小書院は御書院上の間の奥にあり、城主が政務を離れて
くつろぐ私的な部屋である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/0d/3d38d3f2b08b6a6e7b51a6d675344d37.jpg)
天守閣側の廊下部分。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/fa/8a68c4c460c1e1f8efba55a3c012d64e.jpg)
「竹の丸」は掛川城の出入口の一つ。
掛川城の北郭にあることから、本来「北の丸」と称すところ、
竹林が生い茂っていたことから「竹の丸」と呼ばれるようになった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/ac/966284d6fc8d99343143a13086063cdb.jpg)
掛川特産の「葛布」を扱った松本家が、明治36年に建てた豪邸。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/5e/7313c74fd6d55ee8badfdc399bd2e573.jpg)
市内を練り歩いてきたと思われる山車とばったり。
掛川の山車は、笛・鐘・太鼓の他、三味線があるのが特徴だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/7b/b7ffb2b9b9c90ecba1c00eb102fb01de.jpg)
祭りの真っ最中である掛川市内をもう少し観て行きたかったが、
時間が無いので次の目的地、長篠城に向かった。
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