愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

三崎町のカワウソ伝承

2001年02月26日 | 口頭伝承
西宇和郡三崎町三崎に住む山本義麿さん(大正4年生まれ)から、三崎のカワウソ伝承を聞くことができた。山本さんが少年時代に聞いた話なので、昭和時代初期以前のことになるだろうか。
話の内容は次の通りである。
三崎から高浦に通じる海岸沿いの道は、現在では舗装されて二車線になっているが、昔は小道であった。この小道沿いの海にカワウソが多数生息していた。三崎ではカワウソのことを「オソ」と呼んでいるが、夜遅く、高浦のある男が三崎から帰るため、この道を歩いていると、海の方から「こっち来い、こっち来い」というオソの声が聞こえてきた。男はその声につられて、浜辺に降りて、そのまま海の中にじゃぶじゃぶと入って行き、引き込まれそうになった。そこを通りがかった別の人が、男に何をしているのかと聞くと、「わしは道を歩きよる」と答えた。男は、オソに化かされそうになったことを、そこでハッと気付いたという。三崎では、宴会や葬式などで酒を飲んだ後に、ふらふらしている人がいると、「オソに化かされんなよ」とよく言っていた。実は、高浦への小道ではオソが化かすというので、供養しようということになり、カワウソを彫刻した地蔵を作り、海岸端に他の地蔵とともに祀った。そのカワウソの石像は現在、三崎八幡神社の境内に移されている。三崎方面では、化かしたり、祟ったりする動物を供養するため、カワウソ以外にも、猫地蔵や狸地蔵が作られている。猫地蔵は川本というところにあり、有名な三崎のアコウ樹の上の農道近くに祀られている。また、狸地蔵は、三崎の伝宗寺境内に祀られている。また、三崎にはオソゴエという地名が何カ所か残っている。これは湾の出鼻に小さく窪んだ峠があり、そこをカワウソが通るというので、その地名が付いた。現在でも高浦、正野に残っている。また、三崎町名取では、カワウソに化かされて亡くなった人もいると聞いたことがある。
以上のようなものである。
名取の件については、保内町の木村明人さんから、以前教えてもらった話だが、名取の岡の川にも昔カワウソにだまされて、タネに落ちて死んだ跡、といって地蔵が祀られているらしい。「昭和二年古川清七」という銘の入った石塔があるということだ。

2001年02月26日
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