ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

大規模大学の研究者の多くが望んでいることは何か?ー文科省科学技術・学術政策研究所定点調査より

2015年05月10日 | 高等教育

OECDおよび国立大学における論文数等の分析から、学術論文産生面でのわが国の国際競争力喪失の最も大きな要因が「FTE研究従事者数(研究時間を加味した研究従事者数)」の不足および、それと関連する「基盤的な公的研究資金」の不足であることが示唆されることをお示ししたところですが、今日は、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)から最近報告された重要な報告書について、ご紹介することにしましょう。そのタイトルは「科学技術の状況に係る総合的意識調査」(NISTEP定点調査2014)と言います。大学・公的研究機関および企業の研究者約1500名(今回の回答者1252名)から集められたアンケート調査の結果です。

副題に「定点調査」とついているのは、同じ研究者に対して、毎年同じ質問票を送って回答していただいていることによります。この定点調査は、現場の各層の研究者の主観を継続的にモニターすることにより、各種研究状況の動向の変化を一早く察知しようという主旨であり、経済の指標で言えば、「日銀短観」に似ているかもしれませんね。

実は、僕はこの定点調査にアドバイスをする「定点調査委員会」の委員をさせていただいています。

非常に貴重な調査だと思うのですが、膨大な調査報告なので、あまり多くの皆さんに読んでいただけないという面があるかもしれません。それで、この膨大な調査を1枚にまとめた「インフォグラフィクス」が作られています。ぜひ、ご覧ください。

このブログでは、僕なりの視点で、膨大な報告書のごく一部を読者の皆さんにご紹介することにいたします。今回は「大規模大学の研究者の多くが望んでいることは何か?」という視点でお話をします。

まずは、この報告書の表紙からです。

 

 

この次の何枚かのスライドは、この調査の基本的な情報についてです。

 

 

 

 

ここで、注意をしていただきたいのは、論文数のシェアでもって大学のグループ分けがなされているのですが、特に第4グループについては、回答者の属性が、国立大学以外に公立大学や私立大学が多く含まれるなど、多様であるということです。

アンケートの内容は、下の表に示されているように多岐にわたっています。

 

 

アンケートの多くは「充分」から「不充分」を6段階に分けて、選んでいただく形式です。その6段階の回答を、下に示す方法で10点満点の指数に変換して、集計がなされています。そして、指数の値の範囲をマークで対応させて、例えば、指数2.5未満は「著しく不充分」と認識して、稲妻マークとし、視覚的に理解しやすいように配慮されています。

 

 

調査票には、前年から点数を変更した場合には、その変更理由を書かなければならないようになっており、また、自由記載欄では、改善意見を書いていただくようになっています。回答される方の労力もたいへんと思われ、ご協力いただいた先生方に心から感謝いたします。

そして、下のように、科学技術状況サブ指数が算出され、それを合計して科学技術状況指数が算出されます。

 

まず、下に示す「科学技術状況指数」ですが、この4年間で全体的に悪化していることがわかります。

 

 

ただし、先にも触れたように、大学グループによって、多様なタイプの大学から構成されていることに注意する必要があること書かれています。

 

次に、サブ指数である、研究人材状況指数、研究環境状況指数、産学官連携状況指数、基礎研究状況指数の変化を示しました。少なくとも、大学や公的研究機関の指数は、概ね悪化傾向を示しています。

下の表は、2011年からの指数のマイナス変化が大きかった質問を示しています。最も大きかったのは「基盤的経費の状況」でした。僕の分析では基盤的研究資金の多寡が、学術論文数に大きく影響することをデータ的にお示したわけですが、それが現場の研究者の主観とも、一致しているわけです。

 

 

最も大きく改善したのは、科研費における研究費の使いやすさでした。これは、基金化等による改善を現場の研究者も高く評価しているということだと思われます、

 

 

下の図は基盤的経費の状況についての指標の変化の詳細が、各属性別に示されている図ですが、いずれの群においても、悪化しています。特に注目したいのは、第1グループの大学、つまり日本を代表する大規模4大学の指標が急速に悪化している点です。第2グループと第3グループは、このシリーズが始まった2011年以前にすでに悪化していた状況であると思われます。なお、第4グループが比較的高い値であることについては、次回のブログで分析します。

 

 

 

研究費の基金化、および研究費の使い安さについての質問については、いずれも改善しています。

研究時間を確保する取り組みについては、低い値が、さらに低くなっているという感じですね。

 

 

 

ただし、研究者の研究時間の確保にもつながるリサーチアドミニストレータの確保については、低いながらも、指数が改善傾向にあります。

 

ここで、基盤的経費の状況、および研究時間の確保についての変更理由を第1グループの回答者についてのみ、まとめてみました。

最後に、研究開発に集中できる環境を構築するための改善案についての自由記載を、やはり、第1グループの回答者に限って、まとめてみました。各回答の分類および、文中の赤字は、豊田が行ったものです。

 

 

このような大規模大学の研究者の記載を見て、皆さんはどう思われましたでしょうか?いろんな感じ方があろうかと思いますが、僕は、地方大学からすれば非常に恵まれているはずの大規模4大学の多くの研究者たちが、競争的資金よりも基盤的資金を確保してほしい、教員数や研究支援者数を増やしてほしいと訴えていることは、最初はちょっと意外でした。運営費交付金の削減は、まず、地方大学のような体力のない大学の機能を低下させたわけですが、それが、ここに至って、いよいよ大規模大学にも及びつつあるということでしょう。基盤的資金の削減と競争的資金への移行は、大規模大学の研究者も含めて、研究現場のほとんどは歓迎していません。

たとえ、現場の研究者が歓迎していなくても、基盤的研究資金の削減とそれに伴うFTE研究者数の減少、および競争的資金への移行と重点化(選択と集中)が、大学全体としての、そして日本全体としての研究機能を向上させるのであればまだいいのですが、それらが日本の学術論文産生機能を停滞(または減少)させ、国際競争力を失わせた最も大きな要因であるというのが、僕の論文数分析の結果でした。データの分析結果と現場の感覚が驚くほど一致している。現場の感覚というのはけっこう信頼できる指標であると思います。

ある先生が自由記載で「意見が何も生かされていない不適切なアンケートも多い」とお書きになっているわけですが、この膨大なアンケートにご協力いただいた研究現場の皆さんの声が何とか政策決定者に届いて、適切な政策に生かされることを切に願います。

次回のブログでは、この定点調査の結果を一歩進めて、現場の感覚と論文数の突き合せを試みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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