ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

国際リニアコライダー(ILC)を誘致する前に日本がやるべきこと

2019年02月08日 | 科学

 新聞等で報道されていることですが、宇宙誕生の謎に迫る巨大加速器「国際リニアコライダー(ILC)」を日本に誘致する構想を巡って、科学者の国際組織が日本政府に求める意思表明の期限が3月7日に迫っています。

 建設候補地の東北地方などでは国際的な研究拠点が生まれることへの期待が大きく、また、米カリフォルニア大学バークレー校の村山斉さんをはじめ、誘致をするべきという有識者も多いようです。

 一方で、日本学術会議は12月19日に政府に慎重な判断を求めました。約8千億円とされる建設費の国際分担が不明瞭であり、科学的成果が巨額の負担に見合うと認識できないなどとして「誘致の意思表明に関する判断は慎重になされるべきだ」とする回答をまとめ、文科省に回答を提出したとのことです。検討委員会の家泰弘委員長(日本学術振興会理事)は「現時点でゴーサインを出すには至らなかった」と述べ、誘致の判断は時期尚早との認識を示したと報じられています。

 私は、日本学術会議の判断に賛成するものであり、その英断を高く評価します。
 
 今、日本の研究力は失速し、学術の国際競争力が大きく損なわれており、科学立国として危機的状況にあります。その惨憺たる状況と原因については、拙著「科学立国の危機ー失速する日本の研究力」において、エビデンスに基づいて詳しく説明しました。「国際リニアコライダー(ILC)」の学術的意義は大きいと思われますが、この本をお読みいただければ、日本が巨額の資金を投じてILCを建設する状況にないこと、そして、同じ金額を研究に投資するならば、別のことに投資するべきであることがご理解いただけるものと思います。
 
 学術論文(数)に反映される「大学の研究教育力」が、その国の国内総生産や労働生産性に貢献することは、先行研究においても、また、拙著でお示しした分析においても明らかであると思います。その日本の「大学の研究教育力」が2000年を超えた頃から失速し、学術論文の数および質ともに、海外先進国に引き離され新興国に追い抜かれてしまいました。その最大の原因は、国の財政難により大学への研究投資が縮小され、研究従事者数が抑制されたことにあります。そして、公的研究資金と研究従事者数を増やした海外諸国に大きく引き離されてしまいました。人口当りでは、韓国には1.5倍、ドイツには2倍以上引き離されています。
 
 今、日本が投資するべき部分は、「大学の研究教育力」であり、研究従事者数の増、つまり、「ヒト」への投資です。イノベーションを起こすのは「ヒト」であり、多くの研究従事者やイノベータが、多様な発見・発明やイノベーションの芽を生み出すことによって、GDPに大きく貢献するイノベーションが生まれます。学術論文数は、各種のイノベーションの指標の中で、GDPとの相関が最も強い指標ですが、学術論文数を決める最大の因子は、研究従事者数であり、ついで研究活動費です。研究設備費は相関せず、むしろ、研究設備費に多額のお金をかけている国ほど論文数は少なくなっています。
 
 「大学の研究教育力」は、イノベーションの量とともに、その「広がり」に貢献することにより、GDPに貢献します。今、日本が特に力を入れるべきは、イノベーションの多様な「広がり」です。ILCの地元に及ぼす経済効果も計算されていますが、経済効果というのは「投資効果」とは違いますね。ILCの年間維持費は約400憶円と試算されていますが、もし、年400憶円を投資するのであれば、年俸1千万円として、4000人の規模の研究従事者を雇用する大学院大学を創って、地元の既存の大学と一体となって、AIや人口減少対策などを始めとして多様な研究を行えば、地元に対して、単なる経済効果だけではなく大きな「投資効果」を生み出すことが期待されます。地域が抱えている多くの課題の解決に繋がり、ベンチャーの起業や地元企業のイノベーションも促され、あるいは企業の誘致にプラスになり、また、優秀な頭脳の地域への還流も起こる可能性があります。ILCでは、このようなことは起こりえません。
 
 また、政府の財政難の中でのILCへの巨額の政府資金の投入は、このような「大学の研究教育力」への投資を削減することにもつながりかねず、ますます、日本の公的研究力の国際競争力が低下し、差し引きを考えると日本のGDPへの貢献がマイナスになる可能性があります。
 
 日本がILCを誘致するのは、公的研究資金を、人口当りで計算して韓国やドイツ並みに投資することが可能になってからです。
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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「科学立国の危機ー失速する日本の研究力」へのご意見や検証を希望

2019年02月04日 | 科学

2月1日は東洋経済新報社から発売された拙著「科学立国の危機―失速する日本の研究力」が僕の手元にも送られてきたので、さっそく読み直してみました。ところどころミスプリント等があるものの、僕の主張したかった大切なことを、お伝えできる本に仕上がっていると感じました。

この拙著では、日本の科学研究の実態についての新しいデータ分析や、現場の官民の研究者のご意見を紹介し、そして日本の科学政策や大学政策について、ずいぶんと思い切った主張をしています。各分野の専門家がお読みになれば、とんでもないというような間違いもあるかも知れませんし、また、賛否両論があると思います。

ぜひとも各分野の皆さんからのご意見やご批判をいただきたいと思っています。そして、多くの方々による検証や修正や今後のこの方面の研究の進展を期待いたします。

そして、科学政策や大学政策に関わる政策決定者や審議会の委員の皆様には、ぜひとも本書をお読みいただき、少なくとも本書に書かれているデータや意見や主張があるということをお知り頂いた上で、日本の科学政策や大学政策をお決めいただきたいと思います。

本書の最後の結論の文章を引用しておきます。

「統合イノベーションン戦略」に書かれている「大学や国研が産学官を交えた知的集約型産業の中核となるイノベーション・エコシステムが全国各地に構築」を実現するためには、「ヒト」の投資を増やすことが必要不可欠です。データに基づいた政策立案により、日本の人口や富に見合った、人口が減少した時は減少した人口に見合った「ヒト」の投資を増やしつつ、イノベーションの「広がり」を推進するイノベーション・エコシステムを日本全国津々浦々で展開し、地域で進行しつつある人口減少社会を成長社会に化けさせることが、今日本が取り組まねばならない喫緊の課題であると考えます。

この最後の結論の文章をお読みになって、「なんだ、あたり前のことを主張しているだけではないか」とお感じる方も多いのではないかと思います。そうであれば、いいのです。ところが、これは、現下の日本の科学政策や大学政策にとっては当たり前のことにはなっていないのです。なぜ、当たり前のことになっていないのか、その理由は拙著を読んでいただければご理解いただけるのではないかと思っています。

日本の科学研究の競争力を高めるために、いったいどうすればいいのか、多くの皆様からの建設的なご意見を期待いたします。

 


(ミスプリント等につきましては、後日このブログ等で訂正を報告させていただきます。)

 

 

 

 

 

 

 

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