ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

研究現場の感覚と論文数はどれだけ一致するか?ー文科省科学技術・学術政策研究所定点調査より

2015年05月11日 | 高等教育

前回のブログでは、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の「科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査2014)から、大規模大学の研究者の多くが望んていることは何か?と題して、定点調査の一部をご紹介しました。

今回は、それをもう一歩僕なりに深めて、研究現場の感覚と論文数を直接突き合わせることを試みました。

定点調査でアンケートを実施した大学および公的研究機関のうち、トムソン・ロイターInCites™で論文が分析できたのは、次の表に黒字で示す機関です。公立大学では会津大学、私立大学では龍谷大学が、論文数を分析できませんでした。公的研究機関では6機関が分析できませんでした。

 

次に、Part1の質問と、その質問に対する国公私立大学および公的研究機関の指数を示しました。Part1の質問は、大学や公的研究機関における研究開発の状況についての質問であり、産学官連携やイノベーションに関する質問は含まれていません。

この結果をグラフで示したのが次の図です。

 

定点調査報告書では、指数の絶対値よりも指数の変化を重視していますが、ここでは、指数の絶対値にも着目します。絶対値の場合、たとえば、研究者が仮に劣悪な環境に置かれていても、その環境に慣れてしまってあたりまえと感じるようになっておれば、比較的高い値になるかもしれませんし、逆に、恵まれた環境に置かれていても、それがあたりまえと感じるようになっておれば低い値になるかもしれませんので、指数の変化よりも、鋭敏ではない可能性があると思います。

指数値が高かった質問は、

Q1-5「長期的な研究開発のパフォーマンスの向上という観点から、今後、若手研究者の比率をどうすべきですか?」

Q1-20「研究費の基金化は、研究開発を効果的・効率的に実施することに役立っていますか。」

であり、指数値が低かった質問は

Q1-4「海外に研究留学や就職する若手研究者の数は充分と思いますか。」

Q1-21「研究時間を確保するための取り組み(組織マネジメントの工夫、研究支援者の確保など)は充分なされていると思いますか。」

Q1-22「研究活動を円滑に実施するための業務に従事する専門人材(リサーチアドミニストレーター)の育成・確保は充分なされていると思いますか。」

でした。

また、国立大学の指数値が最も低い質問は

Q1-18「研究開発にかかる基本的な活動を実施するうえで、現状の基盤的経費(機関の内部研究費)は充分と思いますか。」

でした。

次に、各質問の指標について、国立大学と、公立大、私立大、公的研究機関との差の大きさを調べました。

 

 

上の図に示すように、国立大学が他の大学・研究機関群に比較して際立って低い値を示したのは、Q1-18の基盤的経費の状況についての質問でした。今までの僕のOECD諸国および日本の国立大学の論文数の分析からは、論文数と最も強く相関するのは、FTE研究従事者数、およびそれに密接に関係する基盤的研究資金であったので、この国立大学、公立大学、私立大学、および公的研究機関における基盤的研究費の状況についての意識レベルの大きな差が、果たして論文数(またはその変化)の差に反映されているのかどうか確認をすることにしました。 

大学グループ別の基盤的経費に対する意識レベルの推移をみると、第2グループと第3グループが低い値が継続しており、第1グループが2011年から2014年にかけて、指数値が明らかに低下して第2、第3グループに近づきました。第4グループは絶対値は比較的高い値を示していますが、徐々に低下しています。

国公私立大学・公的研究機関別では、私立大学が最も高い値を示しており、次いで公立大学、公的研究機関、国立大学の順でした。私立大学、公的研究機関、国立大学では2011年から2014年にかけてわずかに低下傾向が認められますが、公立大学の低下は明瞭ではありません。

第2、第3グループには国立大学以外の大学が含まれており、報告書にそれを除いた国立大学だけのデータも示されています(上図)。第2、第3グループの指標値はさらに低い値となっています。

 

次に、基盤的経費についての1~6の回答(指数化する前のアンケートの回答)について、回答者の分布を調べました。

 

 

上図左図の第4グループの回答者の分布は1と4の二峰性を示し、異質な集団からなることが示唆されます。右図の私立大学の分布も3と4の二峰性の分布を示し、異質の集団からなることが示唆されます。そして、私立大学が多く含まれている第4グループの4のピークは、私立大学の4のピークにもとづくものと推測されます。

 

参考までに科研費の基金化についての質問では、各大学グループおよび公的研究機関とも高い評価をしていますが、特に第1グループの大学の評価が高くなっています。国公私立大学および公的研究機関別では、それほど大きな差はないようです。

 

また、研究時間確保の取り組みについては、各大学群とも低い指標値となっていますが、公的研究機関はやや高い値を示しています。公的研究機関の研究者は研究に専念できるはずなので、大学よりも高い値であることは当然だと思うのですが、それにしては低い値ですね。そして、各群とも徐々に状況は悪化しているようです。

次に、各群の論文数を検討しました。

まずは、大学グループ別の論文数の推移です。

大学グループ別の比較では、上の右図に示した2004年を基点とする比率の推移は、各グループ間でそれほど大きな違いは無いようです。ここで、以前にもお話しましたが、論文数の増加傾向については、共著論文の影響を考える必要があることを再度説明しておきます。

次の図は、トムソン・ロイターInCites™で「国立大学論文数」というセット項目があるので、その論文数と、国立大学個々の論文数を足し合わせた論文数合計を比較したものです。国立大学のセット項目では、国立大学間の共著論文は重複カウントされませんが、各国立大学論文数を足し合わせた論文数合計では、国立大学間共著論文が重複カウントされ、実際の論文数よりも多く表示されます。さらに、大学間共著論文数が近年増加傾向にあるので、一見、論文数が増えているように表示され、実際の論文数は増えなくても、10年間で最大約10%増加したように表示されることになります。

また、国際共著論文の影響も考える必要があり、わが国の国際共著論文数は10年間で約10%増えているので、仮に10%論文数が増えていても、実際の論文産生能力はその半分の5%以下と考える必要があるかも知れません。このような理由により、多少論文数が増えているように見えても、それを差し引いて考える必要があります。論文数が停滞しているように表示されれば、実際は減少していると考えられます。

以下に、国公私立大学・公的研究機関別に、全大学・機関の2004年を基点とする論文数の推移を示します。国立大については、各大学グループ別に示します。

この中で、公立大学群については、大学数が少ないことに加えて、大きく論文数が減少している大学と大きく増加している大学が混在しているために、必ずしも公立大学全体を代表するサンプルになっているとは限らないことに注意する必要があると思います。論文数が大きく減少している公立大学は、予算カットが大きくなされた自治体の大学と考えられます。

 

次の図は、国公私立大学・公的研究機関別に、論文数の推移を示したものですが、右の2004年を基点とする比率の推移では、私立大学、公的研究機関、公立大学、国立大学の順となっています。また、私立大学の直近の減少傾向、公的研究機関や国立大学の増加率の鈍化に対して、公立大学の増加率が最も良好となっています。

これは、先に示した基盤的経費の状況についての指数値の順位や増減傾向と、整合性のある結果であると考えます。

 

 

下の図は、国立大学を第1グループ、第2グループ、第3グループ、第4グループに分けて示したものですが、全体の傾向としては上図と同様ですが、国立大学の第4グループが非常に低い値となっています。

以上、研究現場の基盤的経費の状況に対する意識レベルと論文数の推移を突き合わせてみたところ、ほぼパラレルに対応していることがわかりました。今回の検討は不完全な部分があり統計学的分析もできないので今後のさらなる検討が必要ですが、研究機能に大きな影響を与える適切な指標(KPI)を選べば、それに対する現場の研究者の感覚をモニターすることで、研究機能の動向を把握できる可能性を示唆するものではないかと考えています。

なお、今までは、国立大学の論文数が停滞から減少しているのに対して、私立大学の論文数は順調に増加していたのですが、ここにきて、私立大学の論文数が腰折れしてきたことについては、日本全体の研究面での国際競争力について、懸念材料がさらに増えたことになります。

 

 

 

 

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