ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、前国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

あまりにも異常な日本の論文数のカーブ

2012年06月27日 | 科学

 今年度から、私は内閣府総合科学技術会議の「基礎研究および人育成部会」という会議の委員として出席をしているのですが、その会議で配られた資料には、日本の学術論文数が減少していること、そして、若手教員(研究者)の比率が減っていることを含め、たくさんの日本の研究機能についての分析データが示されていました。

 日本の若手研究者の減少については、以前のブログでもご紹介したように、最も有名な科学誌の一つであるNature誌の3月20日号にも記事が掲載されていましたね。http://www.nature.com/news/numbers-of-young-scientists-declining-in-japan-1.10254

 そして、資料の中で私が目を留めたのは、エルゼビア(Elsevier)社のスコーパス(Scopus)という学術文献データべ―スによる、日本の学術論文数の変化を示したグラフでした。

 今まで、私は、主としてトムソン・ロイター社の学術文献データベースにもとづいて分析し、日本の学術論文数が停滞し、国際シェアが低下していることを皆さんにお示ししてきましたが、エルゼビア社の学術文献データベースも、トムソン・ロイター社と並んで、世界の大学のランキング等にも採用されている、たいへん有名なデータベースですね。

 日本と海外諸国の最近の学術論文数の推移を示してあるのが下の図です。米国と中国は他の国よりもはるかに多くの論文を書いており、スケールが違うことにご注意ください。

 

 さて、この図をみると、少し太めの赤線で示されている日本の論文数が、多くの国々の中で唯一異常とも感じられるカーブを描いて減少していますね。いつから減少しているかというと、国立大学が法人化された翌年の2005年から増加が鈍化して2007年から減少に転じています。他の国はすべて、右肩上がりです。

  トムソン・ロイター社のデータベースによる分析(5年移動平均値)では、日本の論文数は少し早く2000年頃から停滞を示しており、エルゼビア社ほどはっきりと増減を示していません。エルゼビア社では、トムソン・ロイター社ではすでに停滞している2003年頃から増加し、そして、2007年から減少に転じています。

 データベースによって、収載する学術誌の選び方や変更の仕方が違うので、二つの会社のカーブが多少異なっていることは不思議な事ではありません。ただし、データベースによって、その“くせ”のようなものがあり、一つのデータベースだけにこだわって分析をすると、過ちを犯すリスクがあると思います。やはり複数のデータベースで確認することが、大切なことですね。

 トムソン・ロイター社のデータベースでは2000年頃から日本の論文数が停滞しているので、2004年からの国立大学法人化とは必ずしも一致せず、その原因についても法人化と必ずしも関係のないことも影響したのではないかと考えられてきました。たとえばその前後から始まった国立大学教員の定員削減も原因の1つの候補ですね。政府支出研究費が頭打ちになったのも2000年頃からなので、大きな要因の一つであると思います。

 一方、エルゼビア社のデータベースでは、2004年の国立大学法人化の数年後から論文が顕著に減少しており、これを見ると、まさに国立大学法人化、あるいは、法人化の時期と一致して起こった何かが原因であることを思わせるデータですね。減少に転じるのが2004年から少し遅れているのは、何らかの原因が論文数に反映されるのにはタイムラグがありますから、それで説明できるかもしれません。

 エルゼビア社のデータでは、唯一日本だけが異常なカーブを描いており、これは、徐々に、自然の流れで生じたことがらではなく、突然に、人為的・政策的に生じた現象であることを思わせます。

 このカーブを見せられたら、たとえ法人化そのものが原因ではなくても、他の国は国立大学を法人化することを躊躇するでしょうね。まだ韓国と台湾が国立大学を法人化していないのも、わかるような気がします。

 私は、各大学の裁量を増やすことが法人化であると解釈すれば、法人化そのものが論文数減少の原因にはなりえないと思っています。台湾の国立大学は、法人化をしていないのに、各大学の裁量を増やして、論文数が増えていますからね。法人化によってさらに裁量が増えたら、ひょっとしてもっとパフォーマンスがあがるかもしれません。

 そんなことから、裁量を増やしたたことが論文数の停滞~減少につながったのではなく、法人化と同時期になされたさまざまな政策、たとえば運営費交付金の削減や、新たな運営業務の負担増、特に附属病院における診療負担増、政策的な格差拡大による2番手3番手大学の(研究者×研究時間)の減少、などが影響したのであろうと考えています。

 もっとも、トムソン・ロイター社のカーブとエルゼビア社のカーブのどちらが、研究力を真実に近い形で反映しているのかわからないわけですが、いずれにしても2000年頃から法人化後にかけて、日本の学術論文は停滞~減少傾向にあり、他国がすべて右肩上がりであることから、研究面での国際競争力が急速に低下したことは、まぎれもない事実と考えていいでしょう。

 また、いずれのデータベースでも、収載する学術誌を増やしていけば、その国の学術論文産生数が実際には増えていなくても、見かけ上増える可能性があります。たとえば、私がかつて出入りをしていた大阪大学の微生物病研究所がずっと昔から発行していたBiken Journalという学術誌が、比較的最近トムソン・ロイター社のデータベースに収載されたので、収載された時点からのBiken Journalの論文がデータベースの論文としてカウントされて、その分日本の論文数が増えたことになります。

 一方、データベースの論文数が減った場合は、実際にも、日本が産生する論文数が減った可能性が非常に高いわけです。「停滞」でも実際は減っている可能性があります。また、データベースが一部の学術誌の収載を止めることがありますが、この場合は、その学術誌のレベルが低いと判断して収載を止めるわけです。実際には論文数は減っていないかもしれないが、質の低い論文が除かれて見かけ上データベースの論文数が減るということが、理論的には生じ得ます。いずれにしても、データベースの論文数が減るということは、極めて芳しくない結果です。

 このような論文数減少のカーブを描いた国立大学法人化第一期(2004~09)において、国立大学法人評価がなされ、その点数によって運営費交付金が大学間で傾斜配分されても、いったいどういう効果があるの?と問いたくなりますね。国立大学法人評価やそのインセンティブは、国立大学全体としてのパフォーマンスを向上させることが目的であると思いますが、法人化第一期の国立大学の研究のパフォーマンスは下がっているわけですからね。もっとも、私が学長をしていた三重大学は評価によってご褒美をいただいた大学の一つなので、ありがたく頂戴しているわけですが・・・。

 さて、いつもご意見をいただくDさんから、今回もご意見をいただきました。

 「国立大学への運営費交付金の削減が研究機能の低下につながり、それが優れた論文(研究力の一つの尺度)の数を減少させているということは、私なりに理解できるのですが、それなら来年から交付金の額が増えれば解決かというと、そう簡単にいくのでしょうか?研究費以外の要因はどうなのでしょうか?」

 論文数の分析の結果「では、政策にどのように反映するべきか?」というご意見と承りました。非常に重要なご質問ですね。国においても来年度概算要求に向けていろいろな政策が検討されていると思いますが、これについては、次回のブログから考えていくことにいたしましょう、読者の皆さんからも、どうすればいいのか、どんどんアイデアやご意見をいただけるとうれしいです。

(このブログは豊田個人の感想を述べたものであり、豊田の所属する機関としての見解ではない。)

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65 コメント

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脱落者からの意見ですが (アカデミア脱落者)
2012-06-27 23:21:25
>> それなら来年から交付金の額が増えれば解決かというと、そう簡単にいくのでしょうか?

先生には言うまでもないことですが…

技術というものは(研究に限らず)積み重ねによって改善,更新を繰り返していくものですから,日本が過去10年で世界の第一集団から脱落したからといって「予算を増やせばすぐ追いつける」というものではなく,一度失った遅れを取り戻すために持続的・継続的に予算を付け続ける必要がありますね.
しかも,他国だって必死で走り続けているレースですから,今から全力で予算を付けても「いつかは追いつける」などという保証はどこにも無いというか,どちらかというと既にゲームオーバーの可能性の方が高いと思います.

それと,アカデミア脱落者(注:研究者としては脱落していませんが)として感じることは,00年代初頭あたりまでに学術系パーマネント職に付いた世代と,その後の世代の間における極端な格差です.一般企業の就職と同じ構図ですが,年を取って不良資産化した連中をクビにできないシワ寄せによって入り口が絞られまくりました.その代わりにPD職で数年間のスパンで一時的な成果を量産させようとしたのが00年代ですよね.しかし,そんな短期間の雇用ばかりで長期的・持続的な研究成果が出るはずもないですし,そもそもPDを使う側の研究者のプロジェクト・マネージメント能力が低いために,結果的にPD個人の能力に依存した研究になりがちで,PDの経験が何のスキルアップも産まず,win-winどころかlose-loseな雇用体系になってしまっているのが日本の研究現場ですね.

…というような現状を鑑みて,私の知っている大学教員でも「最近は学生が博士を希望しても全力で止める」と公言している人が何人もいます.私の周囲で学位を取った者はかなりの割合で企業に就職しています.特に優秀な人材であれば,日本で学位を取ってから学術系を目指して不幸な人生を送る位なら,最初から米国で学位にチャレンジするべきというのは否定できない事実でしょう.その結果,さらに国間格差が開くという悪循環ですね…

国として競争力を取り戻すためには,既得権を廃止して,若くても能力のある人材を優遇するような制度にしなければならないでしょうね.若手をPD職で雇用するなら,上の世代は「最低でもPD以上の成果を出さない限り雇用する価値が無い」という認識を常識にしなければならないと思います.が,そういう基準でクビにするような制度が実現できるかといえば,制度を決める側の連中がそんな自分の首を締めるような制度を作るわけはないですよね…
研究費改革を! (布村渉)
2012-06-28 03:29:56
科研費の審査にも問題が有ると思う。自分の例では、「波及効果」の得点だけが低くて不採択になるケースが多い。結局、流行の課題でないと、基礎の基礎をテーマにした研究は理解してもらえない。ところが、流行の課題は、どこでもやっていて大型予算がつく米国、中国は圧倒的に有利だ。研究室も大講座制になって、教授一人が卒論学生の面倒まで見ている現実。大型量スーパーに個人の八百屋が挑んでいるようなもの。また、科研費は実質記名なので、知合いや高名な先生の所は絶対有利なのが現実。今、日本の大学は研究資金の面で悪循環に入っていると思う。
Unknown (通りすがり)
2012-06-28 09:49:45
原因は2000年頃から始まった若手研究者の減少でしょう。
大学法人化と結びつけるのはちょっと無理があるのでは。1990年代からの長期的な変動や、国際的に共通した論文数の変動傾向を鑑みれば、2000年頃から始まったコンスタントな論文生産者の減少が理由ではないかと。
配分に問題 (卒業生)
2012-06-28 09:55:42
旧帝大から地方大学に転勤になったとたん、研究の内容に変更がないにも関わらす、急激に科研費の採択率が下がるのは周知の事実です。ポストドクの採用にも同じような傾斜があります。研究内容ではなく、その場所によって配分に傾斜があるようでは、地方大学の研究室が研究意欲を失い、必然的に論文数が減少するのは当然です。
自然科学の研究は、何も研究費の多寡でのみその生産性が左右されるものではありませんが、ある程度の研究費がなければアイディアだけでは論文は書けません。科研費の配分の傾斜をなくすことと、事後成果の検証が厳密に行われることが必要でしょう。
大学が法人化されたことによって、ともすればすぐ成果が出やすくまた説明しやすい応用分野への研究が重要視され、基礎科学分野が軽視されます。この傾向は日本の将来の科学技術の発展に大きな禍根を残すことになるのではと危惧します。
Unknown (MK)
2012-06-28 10:04:24
2000年頃・・・ちょうど団塊ジュニアがドクターに進学する年齢になり、あちこちで大学院が増設され、教員たちはウハウハして・・・そうそんな頃に私も進学したのでした。潜在的若手研究者は増えたはず、そして、あちこちでPDが増えたのに、全く若手育成という視点で若者と接することなく、傭兵のごとく使ってきたのに、論文数は低下。人を育てることができなくなってしまったら、しかも教育機関で!!、未来が真っ暗に見えてしまいます。

まぁ、そんなことを考えないで、おじさんおばさんのことは完全に無視して、今のこれらからの若者のことだけを考えていきたいです。

ちなみに私は地方大学でPD、をしています。1歳と6歳の子供がおり、全力で研究なんてできません。低空飛行でもいいから続けていこう、という気持ちです。今では、教員数削減、地方大学では教授が数名やめたって、助教を雇うことはありません。

でも、後数年、そうしたら、世代交代が始まるのだろうと思います。その時、なにが変化するのか、まったく予想できません。

まとまりないコメント、お許し下さい。
もっと寄付を集める努力を (ken)
2012-06-28 12:47:06
大学だから、教授だから、研究者だから、自分の生活のことをいっさい考えなくてもいい。そんな環境が欲しい。だけどそのためには国民の税金を国からとってこなくてはいけない。でも、財政が厳しくて金が入ってこない。こまったなあという話。

でも海外の大学のように寄付を集める努力を日本の大学はしているようには思えない。世の中に自分たちのやっている事は世に必要で大切なものだから、それに寄付してください。と胸をはって日本の大学は人様に言えるのだろうか。
論文って・・・ (市井の者)
2012-06-28 14:27:51
日本の大学は、流れとして、すでに就活予備校になっているのではないでしょうか?しかしながら、これが現実なので、このこと自体は否定しませんが。

研究テーマの発掘力(問題探求力)低下もあるのではないでしょうか?大学に入学するという目標で少年少女時代をすごし、大学に入学して即その力量がつくのは難しいように感じます。

単発の研究にとどまらず、それらを束ねて大規模に実績を出す時代に来たと思います。各大学や講座というバイアスから独立してデータ集積などを行うことで競争力が増すような気もします。

書いて書庫に眠る論文なら、少なくなることはさして問題ではないと思うのです。
なぜ日本以外は増えるんでしょう? (通りすがりの者です)
2012-06-28 14:40:26
不勉強なものでよくわからないのですが、そもそもなぜ他国は一様に増加しているのでしょうか?
先生のブログでも書かれているとおり、研究者の数、質、研究費など様々な要因により増減することはわかりますが、いずれも無限に増えるものではないし、それならば減少することも自然にありえるはずです。
また、人口が一様に増加している国であれば研究者数は自然に単調増加しうることもわかりますが、すべての国で人口が一様に増加しているわけでもないはずです。
私には、むしろ、(日本以外の)すべての国で一様に増加していることのほうが異常に思えるのですが。
Unknown (p_h)
2012-06-28 17:16:36
各国2002年まで穏やかなのが飛び跳ねる要因はそもそもなんなんでしょうか
短期的目標とポストの不安定さ (HY)
2012-06-28 18:35:30
地方国立大学に籍をおいていた者(幸いにもpermanentでした)としましては、運営費交付金の縮減や大学の存続の危険性など将来に不安を感じる環境は負担があります。
若手研究者を取り巻く状況では、結果が出るかどうかもわからないような研究などしたら、次の契約までに結果が出なくて、職を失う危険と隣り合わせの状況に追いやられた若手研究者が多く存在します。このような状況では、研究面でのおもしろさを感じるいとまもないのではないでしょうか。この状況で後輩に対して本気で勧誘できるでしょうか。
若手研究者はpermanentの職や次の仕事を必死に探しています。この状況で、研究を腰を据えてできる人は尊敬に値しますが、多くは疲弊して耐えられなくなっていくのではないでしょうか。
夢が見られることがなくならないような政策を期待いたします。

2002年からの増加傾向 (2001年博士号取得者)
2012-06-28 20:58:23
2002年から各国の論文数が増加したのは、インターネットの普及によって投稿しやすくなったからだと思います。
Unknown (a)
2012-06-28 21:39:46
理由は分からないけど、これと法人化とくっつけて述べるのは乱暴じゃないか。
同じ理由で言えば、
「日本のサッカーが強くなったせいでみんながサッカーばかり見て馬鹿になったんで、論文数が減った」でもいいじゃん。

あとカネないから仕方ねーじゃん。
と言う本音も。
君の給料、誰がどうやって出すよ?
無い袖は触れません。

若手研究者には経済と時間の余力がない (転職考え中のPD)
2012-06-28 23:29:33
PD職では教授に手足として使われ、データを吸い取られ、終わったら就職斡旋もなく、ポイ捨て。
非常勤講師で食いつなごうにも、地方中核都市ではコネ次第。アカデミック職に就くのもコネ次第。
週6コマ講義しても、手取り15万円もない。
学会会費・参加費・研究費・書籍代・英文校閲費・・

非常勤の合間に研究、当たるとも知れぬ公募への応募、生活苦を補うためのアルバイト。
非常勤はある程度なら休講が許された時代ではなく、一昔前より雑務は増え、時給が下がる。

PDをポイ捨てする分野からPDが足を洗うことで学会員数が減り、若手は元気がない(それに比べて自分たちは!)とご老人たちが嬉しそうに酒を飲む。
研究と人生のアドバイスだと役に立たない説教しつつ、嫌がる若手女性研究者の体を触る。

こんな分野に進みたいと、進路相談をする学生やわが子がいたら(研究生活苦で婚活すらできないけれど)、私も全力で止めるでしょう。
日本政府は博士号取得者をもっと採用すべきである (辺境地方大学より)
2012-06-29 01:51:31
他の方も書いておられますが、論文数の減少の主因の一つは若手研究者の数・アクティビティーの減少だと思います。これには、政府による、でたらめなPD政策の他、戦後日本特有の博士号取得者を軽視する社会が深く関わっていると考えます。欧米はもとより、それ以外の国でもこれほど博士を軽視する国は無いと聞いています。この部分を改善できれば、その効果は論文数の回復も含めて非常に大きいと思います。すぐに出来る対策としては、政府が博士号持ちをもっと積極的に登用することが挙げられます。これは博士号取得者の進路の幅を広げるだけでなく、以下のような別の効果もあります。アメリカでは理系の博士号取り立ての人が政権の科学政策のブレーンとして参加しています(そもそもアメリカには文科省は無いですが)。一方、日本の政府はどうでしょう?科学政策立案に若い人は(研究の現場を良く分かっていない文系学部を出た官僚は除いて)参加しているでしょうか?年寄りばかりが牛耳っているから、若い人にしわ寄せが来るのではないですか?

また、論文数の減少は、若手研究者の数・アクティビティーの減少の他に、既存の研究者が研究以外の雑用に忙殺されていることもあると思います(なぜか優秀な人ほど雑用が降ってくる)。これは、秘書を含めて事務職員を大学が削っているのが主因だと思います。誰でも出来る事務仕事に研究者が忙殺されて、研究に十分な時間がとれない(下手をすると教育にすら)、というのは非常におかしな話です。この辺を政府や大学執行部にはもう少し考えてもらいたいものです。
論文数を大学内でちゃんと評価すべきでは (台湾の大学のPIです(日本人))
2012-06-29 07:05:05
台湾では国立大学も私立大学も研究中心の大学では、大学ごとにさだめる一定の質のジャーナルに論文を掲載すると、ボーナスがでます。また、大学内の研究所やセクションごとに論文業績や獲得外部資金を毎年集計して、大学内の予算配分に反映していると思います。このような仕組みも有効かもしれません。この仕組みによって、ひとりひとりは、テニュア審査や昇進に必要最低限の論文数を超えて、論文を書き続けるモチベーションを持ちやすいのではないでしょうか。

ところで、日本国内に職がなく、海外でPIやポスドクをする日本人の業績は、上の集計では日本には反映されていないですよね。
雇用される側から見ると感じが大分違う (世捨て人)
2012-06-29 09:26:22
論文は人が書くので、第一義的には「人」に関する部分でしょう。
特に論文生産性の高い若い研究者に関する部分。
ここがおかしくなっている。

若い人を取らなくなったし、取ると言ってもPD。
それも研究能力の低い雇用者の下働き。
パーマネントは研究能力も無いのに学閥だけの人事。

有能な研究者は日本を捨てて海外に出るか、
そもそも汚れ切った研究界を捨てる。

バブル後の人の流れも大きいでしょうか。
研究ではなく、場を見切ってうまくやる人々が
外は儲かる社会でなくなったので、安定して収入の入る研究者に転進。
それまでの研究さえできれば良い、と言った価値観の
世渡り下手な連中を蹴散らして研究職に就く。
そういうのは周りばかり見て研究しないんだよね。
元々研究がしたくて進んだ訳じゃないから。
それらを見抜けない層が今、雇用側にいるのも問題。

世代の断絶が進行しているので未来は暗そう。
うまく海外に逃れた層が帰国して盛り返すかは
なかなか難しいでしょうか。
20年ほど日本の大学で暮らして (alchemist)
2012-06-29 09:31:19
2000年前後で思い当たるのは大学院充填化です。助手の数を減らして(つまり研究の主力が少なくなって)教授を増やした、革命前のメキシコ軍(将校の方が兵隊より多かった)みたいな組織がほぼ全国的に完成したのがその頃です。それに続いたのがおっしゃる法人化。最後にボデイブローみたいに効いてきているのが5年くらい前から一つの論文に要求されるデータの量が非常に増えてきたこと(それだけのデータを準備できる資金量を持つ研究室が我が国では極めて限定されていること)ではないでしょうか。今の科研費では、基盤Aクラスをコンスタントに取れないと、難しいですね。
学問の世界だけの問題ではない (通行人A)
2012-06-29 10:47:07
論文数と学問のレベルとの関係は分からない。政治の世界でも、おかしくなっているのは昨今の現状の通り。会社でもマニュアル人間の増加に頭を痛めている。世の中、年金を払わず、生活保護に頼るのを恥としない風潮がすすむ。
明治維新で、命をかけた改革が行われ、第二次世界大戦でどん底から這い上がった日本国が、一つの制度疲労に陥っている。それに、少子高齢化が迫る。
論文数の減少を嘆く前に、シッカリと考え無くてはならない問題でしょう。
経済構造やマクロ経済の影響も (tribute-2x2)
2012-06-29 14:32:59
リンクをたどってこちらに辿り着き、データを拝見していて、経済要因についても気になっております。
具体的にどの分野の論文がどの年に何本出ているのか、共著者の扱いはどうかうんとされているのか、など、元データの詳細までにあたって、統計的な分析から主要因を導くべき問題だと思っています。
このデータの時期には、ITバブルがあり、アメリカの特許政策・制度の転換もあり、携帯通信機器の爆発的な普及もあり、アジアの生産工場化もあり、サブプライムローンによるインフレがあり、中国の五輪・万博を控えた不動産バブルもあり、リーマンショックもあり、日本円の独歩高による日本企業の疲弊もあり、研究者・技術者の日本外への流出もあり。
知的財産の法的位置づけや、各国マクロ経済の各指標(GDP,マネーサプライ,貿易収支,対米ドルレート等々)の推移も含め、どの学術・技術分野がどの時点で変化したのはどの要因によるものか、という統計的手法による要因分析に拠るべきでしょう。
米国で勤務していたときには、数百人の現地子会社に開発スタッフとして片手より多い博士が雇用されていました。彼らは、今も民間企業で開発にあたっています。
パーマネントのアカデミアにしがみつく必要がある日本の現状を、政策立案や民間企業のR&D、ひいては起業に動けるよう、博士の将来の環境整備を官民共同で行う仕掛けが必要ではないでしょうか。
そして、論文数ではなく、引用数で勝負されるような業績を、基礎研究・応用研究とわずに人類全体への寄与として評価する知的財産のバリュエーションが、特許の資産価値算定同様に確立することで、現代のパトロンの出資意欲を引き出す必要もあるでしょう。
これは、自分の研究は次の世代に何を残すためにやっているのか、を研究者が常に自問自答しながら、自己満足に陥っていないか、もっとスマートな戦略・方法論・アプローチはないのか、という質の向上のためにも有効でしょう。
文科省の政策 (kamokaneyoshi)
2012-06-29 17:41:51
BLOGSというサイトに谷口智彦と言う方の「文科省は果たして必要な役所か」と題するブログ記事が掲載されております。この記事に対する私のコメントが、今回のこちらの記事に関係しておりますので、以下にコピーさせていただきます:

<<どのような制度であろうと良い点と悪い点がある。ある制度に悪い点があるからと言って、別な制度に変えると、今度は新しい問題が生ずる。従って、悪い点のない制度を求めるのではなく、プラスの点とマイナスの点を総合して一番いい制度を選ぶべきでさある。

文科省の政策は、この基本点で欠けることが多い。大学教員の任期制導入の促進、各種の資金の競争資金化、留学生増への政策的誘導などのどれをとっても、マイナス点の方が多かったのではないだろうか。実際、任期制や競争資金化は、教員=研究者を論文が量産できる無難な研究分野に誘導し、野心的であるがリスキーな研究が避けられる傾向を助長している。古い制度の中で育った人材からは、それなりにノーベル賞受賞者を輩出してきたが、現在のような制度の中からノーベル賞受賞者が出るかどうか疑問である。>>

このコメントでは、文科省の「悪い政策」に国立大学法人化を書き入れ忘れておりました。私は数年前に定年となりましたが、最近の現役教授の多忙さを見ると本当に気の毒に思っております。
Unknown (springxps)
2012-06-29 17:54:35
PD職では教授に手足として使われ、データを吸い取られ、終わったら就職斡旋もなく、ポイ捨て。
非常勤講師で食いつなごうにも、地方中核都市ではコネ次第。アカデミック職に就くのもコネ次第。
週6コマ講義しても、手取り15万円もない。
学会会費・参加費・研究費・書籍代・英文校閲費・・
色々と無理を感じる論です (名無し(K.R))
2012-06-30 15:45:35
Unknown (a) さんも言及していますが、論文数の変化の原因を法人化に持っていく根拠が何も無いですよね。

そのデータベースも何か怪しい。
論文数減少が異常というか、論文数の減少自体がほとんど日本にしか見られませんけど、
(フランス・カナダが何故か揃って2000年までは減少気味。とかその他少し)
これ各国間の比較対象の根拠にできるほど整理手法は統一とれてるんですか?
そもそもこの日本の2007年以降の変動は、まずは
データの不備やカウント方法が変わったことを疑うレベルではないですか?

あとこれも既に言及している方がいますが、各国とも2002年まで変化が緩やかなのが、
その後急に増加傾向に転じ、日本以外は増加し続けているのが共通なのは何故なんでしょうか?

>2002年からの増加傾向 (2001年博士号取得者)
インターネットが普及して「投稿しやすくなる」という理屈が全く理解できません。
パクリが楽になるからですか?
インターネット普及のおかげで論文データベースの整備状況が劇的に変わった、
あつまり2002年以前と後でデータの質自体が違うとかなら分るのですけど。
Unknown (通りすがりの助教)
2012-07-01 18:16:04
>2002年からの増加傾向 (2001年博士号取得者)

恐らく、収載journal数がこの頃から増加したのが一因ではないでしょうか。例えば、NatureやCellなどの姉妹紙が増えていったのもこの頃かと思います。最近ではonline journalも爆発的に増加しています。しかしもちろん、雑誌数が増えてもトータルの発表論文数が増える理由にはなりませんね。恐らく、原著論文の数はそれほど増えてはいないけれども、総説の数は増えているのかでしょう。現在では、どのjournalもページ数とインパクトファクターを稼ぐために積極的に総説執筆を依頼し、掲載するようになっています。これである程度、2002年からの増加傾向を説明できるかもしれません。

いずれにしても、日本だけ大きく減少していることが異常であることは間違いありません。既に指摘されているように、論文生産の主要な担い手である若手研究者の減少と、大学教員が研究に割くことのできる時間の減少が日本の科学研究の縮小を招いていることは誰もが感じていることでしょう。また、研究者として大きな成果を挙げることだけで十分なプレッシャーなのに、任期などのさらに余計なプレッシャーが若手研究者を心理的に萎縮、疲弊させていることも大きな問題です。

企業の研究力低下では? (通りすがり)
2012-07-01 18:48:05
データが足りないので正確なところは分かりませんが、文部科学省のデータを見る限りでは、大学の論文数は増えている一方で企業の論文数が減っているようです(下記URL図9)。
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa201001/detail/1296363.htm

2000年以降といえば大手企業が軒並み企業研究所を閉鎖し、あるいは研究所といいながら基礎研究から製品開発に重点を移した時期に重なります。国内の学会はどこも企業会員が減少して経営難に陥っていますので、日本の論文数減少の主たる原因は民間企業ではないでしょうか。それが10年後の今日、自動車や家電などの主力輸出分野で日本製品が国際的な競争に勝てなくなっていることにもつながっているように思います。
論文の数ばかり増やしても仕方がないよね。 (三重大学と論文捏造)
2012-07-02 08:44:34
http://mainichi.jp/select/news/20120630k0000m040061000c2.html

元東邦大准教授:論文172本のデータ捏造、学会が認定
選択と集中の弊害 (地方国立大の助教)
2012-07-08 11:21:02
論文数の低下をもたらした原因の一つは、研究費の選択と集中により、国内の科学研究の裾野が狭まったことにあると考えます。やみくもに研究費の大型化を目指すのではなく、少ない研究費で良い成果を出した研究者を評価する仕組みが必要ではないでしょうか?
論旨がよくわかりません (sumer camus)
2012-07-08 14:00:53
前提として、論文数の増減と結びつくベネフィットが何なのか、公立大法人化のデメリットが門外漢にはわからないのですが・・

1.
論文数と国立大学法人化を結びつける論拠に欠けていませんでしょうか。

2.
また、何人か既におっしゃっていますが、2002年以降の増加こそ異常に見えます。気になりませんか。

3.
今後も同様に論文数が線形に増加していくような前提に立っているように見えます。日本も他国もいつかは飽和量に達するのでは?基礎研究等、特に時間がかかりますし。

4.
あと、コメント中にありましたが、PD雇用は一般企業からすると非常に厳しいと思います。採用するにしても、学部卒と同等の給与水準です。
企業は連続性を前提にしているので、イノベーションと相容れない要素が強いです。もしイノベーションを起こせる何かが本当にあるのならば、就職しないで起業した方が本人・世の中双方にとって幸せです。
グラフのもう一つの読み方 (山本)
2012-07-08 14:57:35
 理系の大学教授です。興味ぶかい議論ですが、掲げられている図の意味について、もう少し教えていただきたく存じます。
 これは「各国から出版される論文数」のグラフですか?あるいは「各国の研究者による論文発表数」のどちらでしょうか。グラフでは日本の論文数が急減していますが、日本の研究の水準がここ数年で急速に劣化したとは思えないのです。私には、グラフは前者(つまり国別の論文出版数)と思われるのですが、いかがでしょうか。
 理系分野では国際的な論文発表は英文で、しかも米国・EUあるいは英国発の論文誌から行うことがかなり多いです。つまり日本人研究者の成果であっても、外国から出版されます。一般に、学術誌の出版は採算性が非常にわるいです。これを補うために科研費(研究成果公開促進費(学術定期刊行物))があるのですが、数年前から予算額が大幅に削減されました。いま日本の学術誌は、経済的に厳しい状況に立たされています。
 これらを勘案すると、ここに掲げられたグラフを説明するストーリーとして、以下は成り立ちませんでしょうか。
(1)2002年頃から世界的に論文数の増加が始まった(理由は、ここでは問わない)。
(2)日本の学術誌も対応していったが、出版体制が弱いので出版できる論文数が限界を迎えた。
(3)同様の時期に出版助成の科研費が絞られて論文誌の退出や縮小が始まり、論文出版数が下落した。

 もしこのストーリーが正しいのであれば、それと国別論文出版数の維持向上が重要なのであれば、以下の対策が考えられると思います。
○学術誌への支援を元に戻す。
○日本の研究者が日本から論文発表するように促す(インセンティブをつける)。

 カンフル剤としては、エルゼビア(でもどこでも良い)を買収して日本の出版社にしてしまえば良いと思います。ユニクロさん、楽天さん、いかがですか?ええ格好できますよ。
Unknown (Unknown)
2012-07-09 10:21:33
ロングテール的考え方をするのであれば研究者数を増やし、一箇所に集めるのが研究者の質を上げることになります。つまり地方から東大、京大、阪大へと優秀な人材を送り込むわけです。
地方の国立大学は総合大学をやめ、強みのある分野のみにするべきではないでしょうか?

※個人感想
三重大学は大学全体の研究費が○億円と噂で聞きました。個人的には少ないのではないかと思います。なんとかなるといいですね。

阪大がノーベル賞を取れるといいですね。九州大学はノーベル賞候補枠みたいなのを設けてるそうなので阪大もそう言うのをしたらいいと思います。
韓国だけには負けたくないですよね・・・
へ~! 大学も・・・・ (日比野)
2012-07-10 09:15:33
産業界だけでなく、学術の分野もレベルの低下?ですか。悲しいですね。当然、国際競争力も低下、教える側のレベルが低下すれば教えられる側もレベル低下、産業界では使えないので、外国人の雇用増大(市場に近いところの人を雇用という面もあるでしょうが・・・)→新卒採用の減少につながる?
論文の数もさることながら、質はどうなんでしょうか? 質より量? 量が質を向上させる面もあるでしょうが・・・。
大学主宰のセミナーなどに参加すると、「え~!」と驚くようなレベルの大学もありました。そんなレベルで論文なんて書かれても・・・。
山本さんが指摘されているように、英語で発表も増えているでしょうね。産業界でも英語でコミュニケーションがとれなければ技術者ではないと言われてますから・・・。
根本から見直さないとダメなんでしょうね。
一度ガラガラポンを期待するしかないですかね。
女性・外国人の優遇政策 (海外PD)
2012-07-13 04:01:26
ここ数年、日本とアメリカで就職活動をしているPDですが、就職活動において感じる日本の研究レベルの低下の大きな原因の一つは、PIポジションへの女性・外国人の限定・優先採用であると思います。

最近政府が進めているこの政策のために、女性のPDが元々少ない私の研究分野では、女性や外国人なら非常に低い競争率でPIに採用されてしまい、その結果、経験・実力のないPIが多く生まれています。そしてただでさえ少ない若手PIのポジションの一部をそのような能力の低い人材が占めることになっています。さらにその結果、そのような女性・外国人よりも能力の高い日本人男性PDがPIの職に就けず、他職種への転職あるいは海外の研究職への就職を余儀なくされています。これでは日本の論文数が停滞・減少するのも当然のような気がします。

もちろん女性や外国人研究者を増やすことに異論はありませんが、そのような政策は、元々「日本の研究レベルの向上」という目標のもとに進められているのであるのですから、女性・外国人枠導入によって逆に研究レベルが下がってしまうのは本末転倒です。言うまでもなく、研究のレベルを下げずに、女性・外国人研究者の割合を増やす取り組みをしなければ意味がありません。そのためには、性別・国籍に関わらない公平な競争を維持しつつ、なぜ女性・外国人研究者が少ないのか?という直接の原因を探ってそれを解決させることが不可欠であると思います(米国では業績が同様のときにだけ女性を優先採用するという制度をとっているので、それにより研究のレベルが下がることはありません)。

それにもかかわらず、このような女性・外国人研究者の優遇政策の欠点を議論することがタブーになっている風潮すらあるように感じます。現在の政策では実力を伴わない女性・外国人が増え、研究のレベルが落ちることは誰の目にも明らかなのに、「過渡期だから仕方がない」「女性・外国人研究者が実際に増えているのだから方向性は間違っていない」などという盲目的な意見ばかりが聞かれます。そしてそのようなことを言って現在の政策を続けていったら、日本の科学レベルの低下をより加速させ、取り返しのないことになってしまいます(もう遅い?)。そうならないためにも、明らかに問題の多い現在の女性・外国人優遇政策を今すぐ止め、公平な競争のもとでの女性・外国人研究者を増やす政策を行うべきだと思います。
Elsevier =英文査読付学術誌で勝負、理系はよいが、文系は? (米国州立大学Tenured)
2012-07-13 10:40:24
これは素晴らしい問題提起だと思います。 
Elsevierですので、当然英文査読付学術誌でのカウントデータだと思います。 日本の場合、多くの「理系」の研究者は英文で論文を投稿し世界と勝負するのが当たり前の世界だと思いますが、問題はいわゆる「文系」学部にどの程度、世界と勝負するビジネスモデルで育成された研究者がいるかだと思います。 米国博士課程はいまや、韓国中国台湾の学生で圧倒されており、既にテニュアトラックにも大量の若手研究者を送り込んでいます。そして優秀なのは当地でポジションを取り、一部は本国に帰り、そこから凄い生産性で論文を投稿します。韓国は定量化された点数制でテニュアを決定する制度があります(文系学部です)が、欧米のトップ誌は配点が高いですし、中国からの教員は論文掲載毎に大学から現金貰えるので、英文誌投稿が最も重要と言っています。 日本の文系学部、例外もあるでしょうが、世界と勝負する基本ルールである英文査読付論文勝負で戦っている研究者そのものが少ないように見えますが、如何でしょうか。 日本の大学で勤務した事無いので、無知はお許し下さい。
Unknown (MD)
2012-07-14 18:12:04
昨今、論文誌ビジネスにも金融業界と同様の構造的なバブルと虚構性が指摘されています。

先生方には論文数ビジネスに安易に乗って虚学に興ずるよりも、学術が本当に社会に貢献するにはどうすればよいか、もっと中身のある議論を期待したいと思います。

http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2012021700020.html
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2012022000011.html
教育の再生を (もと教員)
2012-07-27 01:22:45
茅有名大学で教員の頃、大学院重点化と法人化を経験し前後の変化を実感した。論文を云々する以前に非常にまずい状態と確信。以下、すでに見切りをつけた立場から個人的かつ身勝手な感想。まずは重点化前には大学院に行けなかった層が進学、同時期にスタッフ数が減少し相対的負担が激増。一子相伝的な教育が理想だったが教育の重点は修了できなさそうな人のフォローに移り、質のいい論文を書きそうな人にすべき教育ができなくなる。次に教員数削減で苦しむ若手教員やPDなどの状況を見て、昔ならアカデミアになっていたはずの優秀者層がアカデミアどころか、理系研究職にのこらなくなった。さらに最優秀な学生さんは日本の大学院生がきちんと教育されていないことを悟り海外の大学・大学院に流れた。そして従来就職していた層が就職できないなどの理由もありPDを経て若手研究者層となる。など。逆説的ではあるがまず、大学院生の数とPDの数を減らす施策(技術員/秘書予算を組み単純労働の担い手は確保)で教員数の相対的増加をはかることがまず必要。加えて質的にも教育力を高める。情や、誰の推薦、女性は優秀でない方がやりやすい、など思惑による人事でなく正当な評価から本当に優秀な人(だけ)をアカデミアに残す努力を各関係者がするべき。国立大教員選考の際に単純な業績だけでなく、将来の指導者たる人材か、手足としての能力と研究構築力・教育力が別であることを踏まえたフラットな立場の目利きが、足切りや推薦をする制度もあってもよい。(現若手教員でも業績はよくても系統的な科学教育を受けたことがなく教育法もわからず作業だけさせている人も多く~特に医学系出身者~教育の劣化が激しい。)現実的には行き場のなくなったPDなどの受け皿になる、中途採用振興・再教育システムも必要と思う。
「教育の再生を」記事を支持 (地方私大准教授)
2012-08-01 19:24:25
「教育の再生を」記事が、真実をついています。

私は、理数系ですが、教授会のこの5年間の人事採用を見ていると、「学生の就職に資する企業経験者(研究能力ゼロ)」、「10年程度で退職しそうな年齢の各大学を転々とした元企業勤務の研究者(すでに研究意欲も業績もなし)」、「海外でPhDをとったが、それ以降の業績はほとんどパッとしない縁故採用」、となっております。

「教育の再生を」で指摘されている以上に、現在の大学における教員採用、特に地方私大では、きわめて恣意的で、悪い意味での「経営的」観念からなされることが目につきます。

これでは、まっとうな研究者養成や次代につながる研究者採用はできません。大学が、「商売」や「顧客主義ではなく」、本来の学校(客に懲戒などできません、学生は客ではないのです)の姿に立ち戻らないと、いくら、法人化をやめたり、研究大学と学修大学に分けても、事態は改善しないと思います。

ここでは、論文数がよく議論されていますが、もっと重大な問題があります。
私は、米国のIEEEを構成する学会の分科会において、チェアをしておりますが、日本の大学の教員で、役員、委員についている人数は、すでに、電子・情報工学系では、中国に抜かれております。国際学会の指導的立場に、日本のプレゼンスがなければ、日本初の研究テーマが評価される、すなわち、論文テーマ自体として注目されることは、きわめて困難です。

論文数に注目するよりも、国際学会における、役員等のプレゼンスを考慮し、「日本の研究機関」の研究者が、国際的に本当に注目されているか、また、将来の学術テーマを指導する立場にどれだけ選ばれているかを、議論するほうが、重要です。

ここで、もう一つ言いたいのは、私たちが、国際会議の役員となった時に、自分たちをサポートしてくれる研究者をどこから選ぶかです。きわめて残念なことに、日本の研究者を選ぶことが非常に困難です。ここで議論になっております、論文は、査読審査によって、選別されます。審査員は、無休で善意により引き受けるわけですが、当然、だれでもいいわけではありません。一定以上の能力と、所属する国や機関等から離れ内容を公平に審査する倫理性、そして迅速な審査能力が求められます。日本の研究機関に勤めている若手研究者には、最後の迅速な審査が期待できない状況にあります。つまり、疲弊しているのです。国立大学では、事務的作業へのコミットメントの増大、私大では教育コマ数の増大や付属高校・外部企業等への出前講義など、結局、研究に結びつかない雑事に、「大学の社会貢献」の美名のもとに、時間を割かれています。

こういった、大学とは何かという根本問題を解決しない限り、日本の研究の明日はないというのが、実感です。

私は、米国の研究中心の大学院で学位を取りましたが、米国では、大学の教員が、学生をお客さん扱いしたり、事務を行ったり、高校や企業に出前講義しているなど、聞いたことがありません。そんなことをするのは、俗にいうコミュニティ・カレッジやきわめて程度の低い大学です。それが、日本では、東大や京大レベルで行われております。

大学の研究を大事にするならば、企業や国民の声という、民主主義の美名のもとに行うのではなく、学問の自由とその成果の享受という、別の原理で考え直すべきです。

話を論文数に戻します。明らかなのは、2つのデータベースともに示すように、日本の研究機関のアウトプットが減っていることです。なぜか、アウトプットが減っても困らないような、おかしな人事採用を大学側がしている可能性があるからです。たとえば、教育貢献の重視、FDと言われる新たな教育貢献重視施策の導入です。研究成果と教育(ひいては大学の経営基盤となる学生の獲得数)とどちらを重視するのか、各大学にとって、それが岐路となったのが、2000年、2005年です。いずれも、経済、人口動態で、大きな変化があった年です。

論文数と社会全体の変化要因を複数比較するなど、もっと、違う視点で見れば、今の大学を取り巻く現状が、より根深い、日本社会の変化とリンクしている可能性を見失わないと思います。


Unknown (逆では)
2012-08-02 09:41:59
米国の特に資金の潤沢な大学というのは、歴史的にも社会貢献が認められているからこそ資金が集まるのでしょう。
資金が集まるから人も雇える。

日本ではそこに疑義がかけられている以上、まず社会貢献していることを示さなければ増資を訴えても説得力がありません。

米国との比較をするなら、それこそ種々の社会的歴史的要因とのリンクを考えるべきでしょう。
Unknown(逆では)さんへ回答します (地方私大准教授)
2012-08-02 17:12:36
社会貢献と資金の問題が提起されています。これは、重要な問題です。

社会貢献について、まず、何が社会貢献か定義する必要があります。

私の考え方です。
我々米国大学の卒業生同窓会(各年度)は、有志で毎年出身大学に寄付奨学金を出しております。個人だけでは到底無理なので、関係する企業・団体にお願いしております。ここ5年間では、大学院生修士課程を、毎年1名が1年間過ごせる金額を集めております。

これが、大学とその卒業生に期待される、第一番目の社会貢献なのです。

つまり、大学は社会で活躍する人材を育てる、その卒業生が大学に資金を提供して、さらに良い人材を育てる。大学の中では、しっかりと基礎研究を行い、そこから新たな研究者を育て、よりよい教育が与えられる。このサイクルを作ることが重要です。
高校に出前講義に行くより、すでに試験を通ってきた人材を鍛えたほうが、確率的にも社会に資する人間を育てられます。

資金が先か、社会貢献が先かといえば、社会貢献が先。それは、正しいです。
問題はその内容です。日本で言っている「社会貢献」と、アメリカでの「社会貢献」は内容が違います。

大学の社会貢献とは、あくまで社会に貢献できる卒業生を育てることです。それは、研究であったり、ビジネスであったりです。そのためには、大学は、そこで研究・学問をすることを望みたいと集まる人材を引き付ける魅力的な研究内容が必要です。大学はそれに集中する。卒業生はそれをサポートする。これが「社会貢献」の本質です。しかも、これは何も社会的・歴史的・文化的という要因よりも、どのようなシステムを構築するかという大学側の意思です(アメリカの高度研究大学の多くは市立であることはご存じでしょう)。

ちなみに、寄付はアメリカ以外の国籍の企業・人間がしても、税額控除等の恩典は受けられませんが、それでもみな喜んでしています。なぜなら、よりよい卒業生が増えることは、社会にとって最も良い影響を与えられると、信じているからですし、自分が受けた良い教育を望む資格のある人で、経済的な問題がある人にも受けてほしいと思うからです。もちろん、ネットワーク拡大による、社会における相互利益も重要です。それがあるからこそ、企業・団体も寄付もするわけですが。税制やネットワークだけでは寄付を継続するインセンティブにはなりません。やはり、大学の社会貢献として、自分たちを育ててくれたという恩義を感じています。

社会貢献を考えるときには、何が「大学」の「社会貢献」となるのか、きちんととらえる必要があります。

さらに、それは時間的・歴史的にというよりも、システムとして、どのように「社会貢献」をとらえるかが重要です。

たしかに、社会貢献と資金はリンクしますが、それは、大学がどのような理念に基づき、学生を育て、卒業生が大学との関係において、理念を共有することこそが、社会貢献の基礎なのです。

アメリカでの社会貢献は、今日本の文科省が声高に主張している高校への出前講義・産業界への貢献などを主流とする社会貢献を主眼としていません。大学の本分である、研究を通した教育の高度化、それによる人材の育成が、本来の「社会貢献」です。

歴史的要因という指摘がありますが、ハーバードやイェール以外の、ノーベル賞受賞者輩出大学である、カルテク、カリフォルニア大、シカゴ、スタンフォードと東大・京大の設立年度を比べてみても、時間的隔たりは小さく、かえって前者のほうが新しいぐらいです。

社会的・歴史的要因とのリンクを考えるのは賛成です。しかし、その要因をしっかりと分析する必要があります。それは、システムをどう構築するかです。

日本の大学がいくら文科省の言うような「社会貢献」をしても、本当に卒業生が資金を提供する気が起きる研究・教育がされるでしょうか。

あともうひとつ。
アメリカでも、何も卒業した大学・学校全部に均等に寄付をしているわけではないのです。私は、3つの大学・大学院を出ていますが、その中の一つを選んでしています。理由は、受けた研究・教育を評価しているからです。

社会的歴史的要因も、システムとして何を我々が選んでいくかによって作られたものです。
米国と比較をするとき、まったく異なる文化・社会としてみるのではなく、システムとして比較すれば、日本でも多くのことがまだできると信じています。
Unknown (歴史を鑑みると)
2012-08-03 14:37:05
米国での科学研究への投資が巨大化するきっかけは、歴史的には原爆とペニシリンでしょう。
これが米国における「社会貢献」の原点です。
せっかく米国の歴史に触れるというのに、こういった具体的な当たり前の議論がなされず、抽象論に終始するのは残念です。
米国の企業研究者 (tribute-2x2)
2012-08-04 18:11:23
極論が飛び込んでいるようですが、民間でR&Dができている例というのは、古くはカロザースによるデュポン社でのナイロン重合でしょう。

当時のカロザースが、マネジメント層と基礎R&Dとの共存に悩み、そして最後に自ら命を絶ちました。

その思いを受けて、日本でも島津製作所の田中耕一フェローのような、民間でのノーベル賞受賞者の苦悩をお伺いするのが、有用に思います。

原爆・ペニシリンなどは、二度の世界大戦および冷戦にともなう国防的な国家的援助がある点で、民間でのポスドク活用の参考例とはなりにくいと考えます。
Unknown (歴史を鑑みると)
2012-08-05 20:53:23
文脈をおわない発言が飛び込んでいるようですが、民間のポスドク活用の話をしているのではなくて、米国における科学研究投資の社会的・歴史的背景の話をしています。

こういう基本的な議論ができないようでは、日本の科学政策論が成熟することはないでしょう。
本記事およびコメントを踏まえた「非抽象論」に期待します (tribute-2x2)
2012-08-06 01:10:10
ポスドクPDの待遇などに関するコメントや、そもそもの先生のご指摘の端緒である、

『今年度から、私は内閣府総合科学技術会議の「基礎研究および人育成部会」という会議の委員として出席をしているのですが、その会議で配られた資料には、日本の学術論文数が減少していること、そして、若手教員(研究者)の比率が減っていることを含め、たくさんの日本の研究機能についての分析データが示されていました。』

に沿った具体論をいただけることを、

『せっかく米国の歴史に触れるというのに、こういった具体的な当たり前の議論がなされず、抽象論に終始するのは残念です。』

というご指摘の方には期待して止みません。
単に時間がない (地方国立工学部)
2012-08-16 14:37:49
中堅以下の国立大学に勤めている方であれば誰でも知っていることですが、ただ単に研究する時間(論文を書く時間も含まれる)が年々足りなくなっているだけでしょう。

一握りの大学に資金を集中させたところで、国内の論文の総数は増えません。1人に資金を集中させることで、その1人の論文数が10本から20本に増えたとしても、その一方で資金を削られた10人の論文数が5本から1本に減ってしまえば、総数は激減します。10本論文を書いていた優秀な人の論文数を2倍にさせることは大金をつぎ込んでも至難の業ですが、5本書いていた普通の研究者の資金と時間を奪って論文数を5分の1にすることはとても簡単です。大学の運営費を削り続けていることで、地方大学の教員の主な仕事が結局“学生集め”のための企画(本質的に意味のない教育改革や低学力学生の支援も含む)になってしまっています。

法人化以降、それが全国的に起こっています。

グラフが変な曲線を描くのは当然です。
COE (地方国立工学部)
2012-08-16 15:01:31
どなたも書かれていないようなので・・・

2002年頃からの論文数の急増の裏に何があったのか。

2002年というのは、21世紀COEが始まった年です。
そしてその数年前に旧帝大を中心とする大学院重点化が始まりました。大学院重点化政策の初期に修士に進学した人たちが学位を取り始めたのが2000年頃です。そして、21世紀COEの資金の多くはその人たちを雇うための人件費になりました。

つまり、2002年頃というのは、博士修了者の量産が始まった頃であり、その人たちが競って論文数を増やし始めた頃になります。

その後、国立大学の法人化にともなう効率化係数の導入により、コンスタントに論文を生産していた常勤教員の層の生産性が急激に落ちていきました。そして、21世紀COEのような大型の若手研究者延命策も一発芸的に終わりを告げ、今に至る。G-COEの評判の悪さはご周知の通り。
論文数を増やすだけなら人と金でできる。2002年以降の増加は各国で見られ日本21世紀COEのみが要因ではない。 (tribute-2x2)
2012-08-17 01:32:43
財務省は、とにかく各大学の自助努力で経営資金を捻出してもらい、国費負担を減らしたい。

財界は、とにかく英語もグローバルな視点ももった即戦力スーパービジネスパーソンを、大学に生み出してもらいたい。

文科省は、財界に推された文部科学大臣につつかれて、財界が求めるような人材を育成できる、教育者を高等教育で維持したい。

でも、国公立大学は、すぐに成果や金になるわけではない、基礎研究や理論構築をしなければ、企業の活動との差別化ができず、存在意義を説明できない。

そんな利害関係の各人が、上手い話でまとまるはずもないのは自明です。

そんな中で、論文数を増やせば上記の人は満足するのか?(アカデミアの方しかメリットないのでは?)という矛先を向けられているのです。

アカデミアも、以前から教授・助教授は研究費確保のために尽力されておりました。京大ですら。つまり、そこ頃から既に、研究室は国費をパトロンとした一ベンチャー企業になりつつあったのです。

そういう経営センスが、教授・助教授に求められることを無視して、現在の教授・准教授・助教が、資材調達の効率化や研究成果の知的財産化をないがしろにするわけにはいきません。

いかにすぐれた研究者であっても、経営センスがないと、研究室の運営自体ができないのです。

2002年からしばらくの論文数増加は、日本に限らない現象であり、日本の21世紀COEが直接要因とはみられません。ただ、その前のご指摘のように、事務作業の時間ばかり増やしてしまい、研究および論文執筆の時間を捻出できない「劣悪な労働環境」の背景になっていることは否めません。

だから、私は、1985年時点への回帰が全員にとっての幸せになりうると思っています。これは、大学も法人化されず、職員も正規雇用され、企業も自社で新人に必要な事項を研修させ人材育成を行う、という至ってシンプルで、それだけ各人が自分の責任を他人に押し付けられない「自己責任」「精力善用」「自他共栄」の日本人の美徳への回帰です。
Unknown (lame duck)
2012-08-22 16:10:24
科研費の採択率が3割くらい。運営交付金は光熱費で消える。これで論文数増える訳が無い。
Unknown (ユッキー)
2013-05-05 22:15:22
はてなブックマークからきました

とても参考になりました

ありがとうございます
Unknown (毒舌野郎)
2013-05-05 23:16:27
なるほど

参考になりました

他の記事も拝見させていただきます

ありがとうございます
Unknown (物理屋)
2013-05-27 08:24:10
もっと詳細なデータが無いと結論はでないと思います。例えば、
・論文数/研究者人口 vs 年
・論文数/予算 vs 年
・論文数/(予算*研究者人口) vs 年
・上記のplotを学問別、出身大学別、所属研究機関別にする。
などなど。
Unknown (工学者)
2013-05-28 09:58:44
東大はじめ旧帝大が大学院の定員を大幅に増やしたせいで、他の大学の教員の研究環境が大幅に悪化したのが、このころからじゃないですか。

研究の質を重視してトップに資金を集中させたのでしょうが、少なくとも量という意味では日本全体での論文の数は減るでしょう。

あとは、少子化とゆとり教育も関係あると思いますよ。それに伴う、大学教育の質の低下と教員の負担増、さらには文科省からの教育重視政策。

それに、工学分野だと日本のメーカーの経営が厳しくなって、研究所を閉鎖したり、研究費が出なくなったこともあるでしょう。この10年間、日本は産業構造の変化に対応できず、企業がR&Dに使える金も減っています。
法人化後の地方差別と学長資質の問題 (ET (地球))
2013-06-11 19:57:01
大切なご指摘です。 以下コメントです。 
研究意欲減少の件は、法人化後大学間で明確な差別等と、経費抑制により研究(特に地方の基礎系)活動が停止しました。 個人的な問題として、研究する為自分の給料等を使い対応しました(例:電話の個人携帯電話へ切り替え)。旅費捻出に他の中央組織の共同研究、権利はなくその組織になる。そのうち大学本部から健康値が悪いので、生活改善と警告された。さらに、「学内夜間の電気使用禁止で、その違反の場合は刑罰の対象」とまで警告され嫌気がさした。 もっと組織で深刻になったのは、研究でなく「教育(取得資格)本位の学科・学部運営」を宣伝が進められたことです(今数人事をその延長でしても、抜本的な研究の改革は無理な現状)。 この予算削減等は主に地方大学だけなので、国の機関から地方国立大学に対して研究停止を選択できる予算削減を結果的に提示されたことになり、研究意欲を減退しています。 背景はそのように悪くても、問題は地方大学の学長がどのような考えで学内の運営と決断をしたかです (例:出身分野学部の実学待遇が可能になると、基礎分野は研究意欲を減退する予算配分となります)。 その意味で裁量権を持つ学長の選別が、今後選考の仕方等で重大な問題となります。(ツイッター:適役学長の人材不足!国の問題化!の実例です)
法人化大学長:公平な経営責任者を優先 (ET人(地球・惑星・工学))
2013-06-12 09:52:14
この件は、「新しい組織の法人化大学を運営する学長の資質とその支援組織に関係し、公平な学長の人選に依存します」。
コメント: 論文数のレベル維持(旧帝大の頑張り)、減少(地方大学の意欲減退)。若い方の非採用は、予算がない地方大学などでのどんな採用もあり得ない。
経済・政策の影響:どこも同じような影響を受けているので主原因でなく環境状況です。
地方での基礎研究の減退: 国は同じお金を分配したというので、裁量権を持つ学長が、実学(医工農)であれば、社会との重要性を説いて意図的な加重配分し、基礎系分野学部は「社会性がない」等で、配分を停止状態で、研究はできない(国も監査で承知なはず)。
今後:まず、学長を教員でなく、経営のプロもできるようにし、支援組織で学内外の関係者などを提案採用する。
コメント:予算の自由裁量制度を日本人によって受け取り方が異なる。社会性重視か、研究論文重視か、学長選挙結果で異なる。前者なら論文数は当然下がる。
その他: 米国のある大学では、学長は教員でなく経営専門家で運営組織し教員を構成員にいれている。 その頃次期学長選討論会の要請で公開質問して公開録画が大学全体に流れました。その実学出身の方は落選したが、借入金の返済で数年後もこの状態(次期学長も他の実学分野でほぼ同じ)がかなり続いた。 「ヒトの命・生活を守るのが大事か、学問研究が役に立つのかと?」表面上は問われた。 この裏表がある意味で日本の現状(問題)でもある (しかし責任は現場科学者の論調?!)。

地方でおこんな基礎研究の減退: 国は同じお金を分配したというので、裁量権を持つ学長が、実学(医工農)であれば、社会との重要性を説いて意図的な加重配分し、基礎系分野学部は「社会性がない」等で、配分を停止状態で、研究はできない(国も監査で承知)。
今後:まず、学長を教員でなく、経営のプロができるようにし、支援組織で学内外の関係者とする。
コメント:自由裁量を日本人は取り方が異なる。社会性重視か、研究論文重視か、選挙結果で異なる。前者なら論文数は当然下がる。
その他: 米国のある大学では、学長は教員でなく経営専門家で運営組織で教員を構成員にいれています。 その頃次期学長選討論会の要請で公開質問して録画が大学全体に流れました。その実学出身の方は落選したが、借入金の返済で数年後もこの状態(次期学長も他の実学分野でほぼ同じ)が続いた。 「ヒトの命・生活を守るのが大事か、学問研究が役に立つのかと?」問われた。 ある意味で日本の現状(問題)でもある (しかし責任は現場科学者の論調?!)。
国策と現場担当学長で決まる依存国日本 (隼太郎)
2013-06-14 10:26:46
1)日本の国策や現場での実行は事前の了解です(その意味や効果・影響が不明でも)。
2)法人化で事前に行われたのは大学の統合で、医科大学が総合大学に統合されました。学内予算の偏重は当然起こるべき状態でした。
3)教員多い分野(医学・病院系)では、適任者がおられたら、ほとんど学長に選出されます。
4)法人化後、裁量権を持つ学長は、まず収入の多い実学分野(医学・工学など)を充実することが、限られた予算から集中的に配分できました。(実例:数年間に及ぶ拡張・改装費用で長期借入もできた)
5)おかげで、その分野の特徴(医療充実・特許の増加など)が評価されました。当然なる程度の学術論文数も維持できました。
6)大学の限られた予算なので、全体ではバランスが必要となり、上下した配分になった。それはないという方は、医学分野の上配分の分野の方である(良い思いをされ、法人化の影響はないとまで言われる分野や中央の大学の学長ら)。 下配分の分野の方は、ほとんどの研究費を削減されー年末に配分された少額は電話・コピー代の支払い程度(教育用)ー、大半の教員の研究意欲を(強制的に)減退させられている。この件のご指摘の負の部分です。
7)これらの学内自由裁量をもたらした法人化大学は、国策であった。その結果については、施策した現場の責任者(学長・副学長)の主導であり、公的残存している大学の運営資料を公開して評価し、上下バランスを緊急に適宜なくす事をしない限り、エンドレス(責任転嫁)な状況が予想される。良く行けば拍手、無視されたらそれば日本の暗部(将来)となる。
日本の役所は低学歴ではないのか? (のらくら)
2013-06-26 00:45:09
文部科学省の高等教育局から来て大学で弁舌を
ふるっていった役人の履歴は、学部卒で民間企業
に出て、文科省に入省して、いろいろ回って
たまたま今高等教育局に居るだけだった。

いわゆる先進国の中では日本の役所は最も低学歴
の部類に属するのではないかと想像している。
誰か検証して欲しい。
明治の時代では大卒でも高学歴だったろうけれども。
国家間で討議するとき、相手はドクターで日本は
ミスターでは、完全に相手になめて掛かられているに
違いない。
役所、特に文科省は人文理工系など分野を問わず、
博士号の保有者を優先的に採用するべきでは
ないのだろうか?
Unknown (Unknown)
2013-06-26 02:03:06
上のコメントでも触れられていますが、国立大学における教員の負担増はもう限界を超えているというのが実情ではないでしょうか。法人化が嚆矢となり、近年では、例えば旧帝大を中心としたいくつかの大学ではグローバル30(留学生30面人計画)なるプログラムが導入され、事実上無償で通常の授業プラス英語による留学生向け大学院の授業がおこなわれています。研究の現場や実情をまったくわかっていない大卒の役人が、表面的な「グローバル化」のみを大学に押し付けた結果、研究どころではなく、ただのサービス業に成り下がっているという側面が確実にあります。
頑張るひとほど馬鹿を見る (通りすがり)
2013-07-08 23:06:06
日本の国公立大学では、なんとなく、頑張るひとほど馬鹿を見るような感があります。一度、任期なしのポストに就けば、論文書けなくても、研究費とれなくても、定年までは安泰ですし、給料は同じように上がっていくシステムです。
身を粉にして働いていても、横を見ると…。隣の席の50代の助教は、昼過ぎに職場に出てきて、メシ食って昼寝したりしています。雨の日には、職場に出てこなかったり、暑かったり寒かったりすると、職場に出てこなかったり。業績は20歳以上若い、僕よりも少ないですし、残りの10年で伸びていく見込みは皆無でしょう。
僕は若いので、5年が経ったら任期が切れます。彼は、定年までの身分が保証されています。そして、彼の年収は、僕よりも数百万円はいいのでしょうね。彼が僕の年齢だった頃には、もっと給料はよかったのでしょうね。そして、彼はそれに悪びれることもなく、自分が当たり前であるかのように振る舞っています。
ときどき、どうしようもない気持ちになります。
昔の予想してた事が起きてるだけですwww (予言者)
2013-07-28 12:07:35
約20年前、地方帝大で教官達と喧嘩別れしました。
教官たちはたまたまクジ負けで入った学生に対し、
他大学院進学を妨害する、それでいて、やりたい事をやらせない、手足扱い、勉強の邪魔をする(すっ飛んできて本を閉じて「仕事しろ」など)、減点評価しかしない(くだらない仕事を命令しておきながら馬鹿にする。「お前は〇▽はいいんだけどな、と長所すら馬鹿にする材料にする)、などです。挙句の果てに「大学時代に不本意な研究分野を選んだ人は企業でもその分野」というシステムに気付き、分野を変えようとすると教授も含めて「宇宙飛行士になりたい」と言ってるようなものだ」と足を引っ張る、などです。
その教官は優れてるのか?と言えばそうではありませんでした。「AWK(Perlの先祖のスクリプト言語)で1秒で終わる仕事を、自分のやり方にこだわり3時間かけて部下にやらせる」 「隣りの女性教官を殴って喜んでる」 「研究テーマはパラメータ変更だけ」 「部下の提案を全て怒りながら激しく拒絶する(学生はやる気をなくす)」 「数学も扱えず、顧問を2ヶ月ほどで解雇された助教授」 「数学ボケちゃったよ、と強がりを言う助教授」など書いてて恥ずかしくなる水準です。

約20年前、私が大学や民間研究所や国立研究所で目にした研究で、その後、携帯電話やパソコンなどに応用されたものは一つもありません。教育はおろか研究の方向すら間違っていたのです。
 その頃、父に「日本の弱電産業はもうお終いだ」と言いました。過去、20年に日本の弱電産業に起きてきたことを外部から見てきても何も驚かないことの連続です。小さな判断間違いの積み重ねです。その時は些細な事でも普段から判断間違いをするのですから大局でも判断間違いをするのです。
大学での論文生産性は下がっていない (理系、国立大学教授)
2013-09-26 20:20:47
既に、「通りすがりのもの」さんが書かれているように、

「文部科学省のデータを見る限りでは、大学の論文数は増えている一方で企業の論文数が減っているようです(下記URL図9)。」

バブル以降、企業が基礎研究にお金を出さなくなったのが全てです。これを、大学の法人化その他と結びつけるのは難しい。
Unknown (通りすがりの者)
2014-04-10 04:37:50
最近、STAP細胞の論文の件で問題になってますが、おっしゃるとおりだと思います

やはり、資金をなんとかして集めないことには、厳しいと思います
Unknown (神様)
2014-07-01 17:36:49
論文は数なのか?
中身の質です!!
国全体の論文が減っていても、
その中に1つでも2つでも世界を驚かす論文があればいいわけです。
企業が独自研究部門でやらず、大学院などに依頼して研究さすので減っていても仕方ありません、企業経営上そうなります。
どうでもいいような論文が多いのは、学生が情熱を燃やせるような研究テーマが見つからない点にあります。
しかし、そのような研究テーマに巡り合うのは稀であり
見つかった方は非常に幸せな事です、現実は厳しい!
Unknown (Unknown)
2014-11-10 20:59:26
独法化前からパーマネントで勤務している理系国立大教員の生の声を聞きたい。
法人化の問題もあるけど、研究の財政難や学会発表が減少していることも。 (wy)
2015-06-25 07:16:34
財政難は医療側の主体研究をメインにすると、スポンサーが必要であることは明らか。それにもかかわらず、薬開発している製薬会社が接待費を少なくしたことで、研究費の削減とともに、ノバルティスファーマの大学研究の不正事件が表立ったことで、全製薬会社が一気にスポンサータイプの臨床研究を行わないことで幹になる研究が減少。そのため、付属となる各研究室が行っていた研究も少なくなるという負の連鎖を起こしている。少なくとも製薬会社は、新規薬品に関しては開発費と称し値段を厚労省が増額して、会社に利益になるようにしているにもかかわらず、それも10年間という期間で保証しているにもかかわらず、会社の利益にために還元しなくなった。ジェネリック薬品が安く、薬が売れなくなるから、その分の利益を保とうとする。おかしくないか。製薬会社が新しく開発しないから利益が減っているにもかかわらず、国から研究費の増額として高く設定した値段になっているとにもかかわらず、保身のために研究費を止める。これでは研究したい若者も財政が回ってこなければ論文も増えない。日本の医療は研究の多さによって、他の国から尊敬されていた。その権威も減らすことになるのであろう。科研費だけでは研究室は保てないのも事実である。旧帝大と筑波大、広島大までが精一杯であり、まともに研究するには共同研究しかないのだが、財政共有は難しくなっている。だから研究者も増やせられない。人件費は大学がなんとかしてくれているが、研究室の会計は火の車である。学会発表にもお金がかかり、今では各研究者が自腹で活動しているにも珍しくない。まだ国立大は救われている方である。日本の未来は普通の国になる。弱者優先のこの国の方針では、知力、権力は保てない。平等が求められてくるとこのような弊害がでてくる。残念ながら、人口も減少し、少子化したことも豊かになり、何も意欲がなくなっているからである。強者が支配する世界が、それを妥協したい気持ちががめついた研究をすすめていた。意欲は平等論により減らされたとしか思えない。
良い問題提起ですね (yn)
2015-10-10 09:44:39
ここのコメント面白い。
・エルゼビアの論文ビジネス
・PhDの採用、
・企業の論文数低下
私のいた国立大学医学部の変化 (米国留学循環器内科医)
2015-10-13 08:18:44
現在米国留学中の循環器内科医です。数年前まで国立大学医学部にいました。先生の内容があまりに自分の危惧していたこととマッチしたので投稿させてもらいます。
ちょうど法人化した前後に日本にいました。それまで基礎論文をだして活気のあった私の所属医局が、教授の交代により一気に力をなくしました。新教授は研究成果はあまりなくこれから大変だ、だけど1から立て直そう…と私は思っていたのですが、もはやそれは関係ない時代になりました。現在、研究しない我が医局は大学中から賞賛の嵐です。なぜなら研究しない分、人員を収益のあがる検査手技や血管内治療にたくさんさけるため、たくさん患者が入退院を繰り返して収入効率が上がっているからです。これこそ今の大学経営に求められるものだ、と教授は鼻高々です。これが国がやりたかったことですか?私は日本を出ました。
私のいた国立大学医学部の変化 (米国留学循環器内科医)
2015-10-13 08:19:08
現在米国留学中の循環器内科医です。数年前まで国立大学医学部にいました。先生の内容があまりに自分の危惧していたこととマッチしたので投稿させてもらいます。
ちょうど法人化した前後に日本にいました。それまで基礎論文をだして活気のあった私の所属医局が、教授の交代により一気に力をなくしました。新教授は研究成果はあまりなくこれから大変だ、だけど1から立て直そう…と私は思っていたのですが、もはやそれは関係ない時代になりました。現在、研究しない我が医局は大学中から賞賛の嵐です。なぜなら研究しない分、人員を収益のあがる検査手技や血管内治療にたくさんさけるため、たくさん患者が入退院を繰り返して収入効率が上がっているからです。これこそ今の大学経営に求められるものだ、と教授は鼻高々です。これが国がやりたかったことですか?私は日本を出ました。
Unknown (とう●ぐ)
2016-05-23 22:46:43
大学教授におもねってゴマすった奴から奨励賞もらって、コネあるところに就職。大学は創造性や革新性よりゴマスリと演技力を競う場だから仕方ないね。研究者組織じゃなくて公務員組織なんだし。下らない研究でも時代遅れな教授陣にウケれば高評価で助手にしてももらえるからね。そんな彼らは同じ内容をタイトル変えて論文発表数を稼ぐ。旧帝ですらこの程度かと呆れてしまったよ(笑)。生活のために教授やってるような脳が枯れた連中が研究者気どりしてんだからなあ。

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