高野 光二郎です !!

高知県選出の参議院議員として、国の実情を地方の視点から綴って参ります。

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被災地のまばゆい光。

2011年07月03日 08時59分08秒 | 日記

71日~2日、気仙沼・陸前高田にて。

 

 

気仙沼市に18日以降はじめて入りました。

今回は時間を有して様々な被災個所を視察、調査をしました。

改めていやもっと深く深刻な津波被害の大きさを感じます。

 

 

 

 

灌水です。地盤沈下は1m以。海面の高さと殆ど度変わりません。

 

 

市場は6月28日に待望のかつおの水揚げがされましたがこの状況です。悪臭もきついです。

 

続いて市街地

 

 

 

 

 

高校生が通学しています。

 

 

 

今回は、気仙沼の唐桑町を起点にして34日の行程でかつどうする予定です。

まず、一日目、8年来の御指導を頂き、東日本支援フォーラムにも万難を排して高知までお越しいただいた気仙沼選出の畠山和純議長ともに気仙沼に入りました。議長も通常公務も激務なうえにあの震災後の対処で久方ぶりの帰省でした。

 

自分の家、娘夫婦の家、実家共に全壊です。

今は、気仙沼中学校の上の仮屋に全員で住まわれています。

議長のお母様は震災した時、自宅で1人。必死に揺れに耐えて、子どもの時に起こったチリ地震の津波の影響程度だろうと、津波に対しての避難は考えなかったそうです。

すると、不断から住民の家族構成や生活実態を把握している地元の消防団の方々が必死になって議長のお母さんを連れ出して高台に避難したそうです。地震の揺れが収まって30分後に津波の第一波、消防団の活躍により、一命を取り留めた方がたくさんいることと、不断からの防災意識、訓練、共助の必要性を再認識しました。

すぐ下の気仙沼中学校体育館には、たくさんの方が避難されていて、仕切りはキャンプ用のテント。この日も30度を超えていました。

 

2日。まずは、「朝ズバっ」でも大変有名になった気仙沼漁業組合の佐藤亮輔代表理事組合長がお忙しい中、約30分も面会して頂きました。

気仙沼に今年はじめてかつおが水揚げされたのは628日。その5日後です。

佐藤組合長は、ゆかりの古い高知県かつお漁協からのエサ用のイワシの畜養アミの救援物資などに大変感謝されていました。気仙沼はかつお漁業はしないものの水揚げをしてくれる、高知県、宮崎県、静岡県、三重県、大分県の為にも全力をもって早期に復興すると力強く宣言してくれました。余談ですが、現在、開会されている高知県議会では、気仙沼漁港に水揚げが限定的な為、水揚げ地を千葉県などでする場合に、燃料など今まで以上にかつお漁業操業者に負担がかかる為、燃料代の半額を県で負担するように5600万円の補正予算を組み、議会で審議をしています。気仙沼漁港の復興は、高知県民の生活にも影響しているのです。

佐藤組合長は、やさしくも質問をすると熱意をこめて理論的にお話を頂き、さすがと思わせる方でした。

あれ。議長と三人で従業員さんに写真を取ってもらったはずですが、二回とも撮れていません。とほほ。

つづいて、気仙沼市へ。

加藤慶太副市長、加藤観光課長、畠山産業部商工課課長補佐と震災後の状況等についての御説明を頂いた後、意見交換としていくつか質問をさせていただきました。

 

全国からふんだんに集まった支援物資の現金化による復興財源の確保を嘆かれると、なかなか難しいとの見解でした。

気仙沼市では、市に直接送られる支援物資、県から分配される支援物資を一度、卸売市場にすべて集めて仕分けをして管理をし、避難所のニーズに応じて、災害協定を結んでするヤマト運輸さんが運ぶそうです。

又、自宅を失って、親戚や知人宅に身を寄せている避難者に対しては、自治会長や町内会長に届け支給をしてもらうそうです。ホテルや旅館などの避難者も同様のようです。

今のところ表立って問題は出ていないそうですが、私が他から聞くと実際に横領して現金化して逮捕された例や、避難所に使いもしない支援物資が山住になっており、仮設住宅の入居者には配られないなど問題はあります。

実際に行ってみました。これです。

 

 

他の地域では配られる支援物資が山住になっているのを良くみました。

もったいないではなく、全国からの善意を被災者のため、地域復興のために有効活用して頂きたいものです。

また、いくつかの前向きな提案もさせていただき、動きが出た意見交換も出ました。まだ、動き始めたばかりなので後日、報告します。

今日は土曜日。しかし、多くの職員さんは防災服で仕事をしていました。

 

続いて、高知県民有志から先日の東日本支援フォーラムで寄付いただいたガイヤ。今日、高知ナンバーから宮城ナンバーに変えたそうです。

 

一般社団法人 気仙沼振興協会さんへ被災者の就職をあっせんしたり、様々な救援、復興活動を主催しています。

 被災した就労希望者の面接をして、避難所の管理や支援物資の管理、ガレキやヘドロの除去作業。中には思い出の写真やデータなどを収集する作業と多彩です。国の緊急雇用の基金を使い時給800円~900円で最低2カ月、最長で年度末3月31日までとのことです。

 

たくさんの面接希望者が就職を求めてこられていました。

 

 

 

少し、時間が空いたので車で約30分。岩手県陸前高田市まで行きのました。

驚きました。これまた凄い惨状です。いや、ガレキの撤去が進んでおらず、まだいたるところで警察官が遺体捜索をしており、さらに気仙沼の唐桑半島や大島の形状によって津波の被害を6メートル程度で抑えられた気仙沼とは違って幅広く、並みの影響を受ける地形で、砂浜のビーチそしてそのすぐ後ろに市街地はあり、海抜も低く傾斜の緩い川幅の大きい川がすぐ近くを流れており、津波の被害はかなり遠くまで遡上していました。

まさに惨状です。被災地に来て久しぶりに声を失いました。まったく逃げるところがありません。

 

 

 

 

 

写真手前たぶん3キロほど海は離れているものの、津波はこの橋を越えて川をのぼり被害が拡大しました。

 

 

 

 

 

 

千昌夫さんがオーナーのホテル。浅瀬の長いきれいなビーチが自慢だったようです。

 

砂浜はなくなっています。

 

夕刻、「八幡太鼓ジュニアベストチーム」が813日~21日まで北京人民政府、中国中央電視台主催で行われる国際児童親睦会に日本代表として招待をされました。米国、日本、韓国、インド、北朝鮮、豪州など各中学生代表と世界の青春アイドルスターを招待する文化、芸術のビックイベントです。

 

しかし、気仙沼は御承知の通り。家族や親せき、友達を亡くした子供、学校が崩壊し、別の中学校で授業受けている子供、家が流された子どもなど心を傷つけている状況を聞き、太鼓や楽器は寄付を頂き、Tシャツなどは大手のメーカーに提供して頂いたとの事でしたが、一番大事な衣装がない事を知り、高知応援隊の役員全員で協議し、先日の全体報告会で支援の承認を得て、支援金として寄付する贈呈式を練習場でしました。

 

宮地隊長、字が汚くてすみません。

地元の新聞社2社も来られていました。

今日は、震災後初めての練習だそうで、子どもたちの嬉しそうで少し照れくさがっている再会を一緒に感じました。

 

 

 驚いた事に6月18日の高知応援隊の炊き出しを食べてくれた気仙沼高校の女子高生がメンバーの中にいました。

 

彼女は「カレー、ナスのぽん酢、トマト、それとリーベル???(高知の誇るリープルです。)とてもおいしかったです。ありがとうございました。とまだもらったウーロン茶も冷蔵庫に入れています。」

と言ってくれました。聞ききましたか高知応援隊のみんな。

 

 高知応援隊の印象を聞くと「明るくて気さくで、よく声をかけてくれて。ああっそう。このTシャツ人たち。人数が多かった」と。

 

 他にもたくさんの全国の炊き出しボランティアがある中、高知応援隊ははっきりと認識してもらっていました。

 

 本当に純朴で礼儀正しく、人懐っこい、可愛らしい子ども達、友達思いが伝わってきます。

ただ、1人だけ。何となく表情にさみしさを感じた女の子がいましたが、気のせいであってほしい。八幡太鼓を通して元気を持ち、希望を持ってもらいたい、と感じました。しかし、彼女にも彼女を優しく気遣う仲間たちがしっかりといました。

 

また、驚いた事に私も親しくして頂いている高知県の大西勝也黒潮町長一団も八幡太鼓を訪問されていたそうです。

 

いざ。練習に入るとすごい。集中力と技術。躍動感がすごい。

 

 

リーダーの愛里ちゃんがしっかりとリーダーシップをとり、監督の村上さんの神の様なアドバイスは絶妙です。

 

 

練習の合間に村上さんがベストタイミングで私を紹介して頂き、あいさつをさせて頂いた後に監督から、「本当に高知の皆さんにはなんとお礼を言ったらいいか分からないぐらい感謝しています。」としみじみと伝わる真摯な御礼を強く感じました。もちろん、高知応援隊のメンバーそして応援隊の活動を理解してくれた多くの高知県民に対して。

子どもたちもきらきら、うるうると見てわかるくらいの感謝の感情を出してくれました。

 

 

村上さんからその高知応援隊のロゴを衣装につけてくれる。と言って頂き、

 

「そのロゴはどういう意味ですか?と改めて聞かれ

 

私は、「見てください。宮城県を応援する高知応援隊と書いています。そしてこの渦のマークは、暗い渦巻、トンネルを意味しています。被災地の皆さんの心理はこのような状態だと思います。私達高知応援隊もそのつらさや哀しさを土佐人魂として一緒に共有します。そして一緒にこの苦難から一日も早く抜け出せるように共にがんばります。と言う意味です。そしてこのロゴの下には、1人じゃないぜよ !東北と共に土佐人魂として継続的な支援をしていきます。」と応えさせてい頂きました。

 

それでいいよね。制作してくれた㈱ほっとこうち 社長の広井っちゃん。

 

被災地に今、確実に前に向いて走り出したまばゆい光を感じました。この光は気仙沼発信ですが、被災地や高知県そして日本の誇りとして世界各国にその存在感を示してくれることと確信しました。

 

 

私は、猛烈に感激しました。ありがとう。八幡太鼓の皆さん。そして応援隊、高知の皆さん。ありがとう。

 

★高知応援隊の現地での活動を三谷事務局長補佐が撮影してくれアップしてくれました

 

http://www.youtube.com/results?search_query=%E9%AB%98%E7%9F%A5%E5%BF%9C%E6%8F%B4%E9%9A%8A&aq=f

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます。 (宮地貴嗣)
2011-07-04 17:32:44
美しい字での目録ありがとうございます。

子供たちが喜んでくれたこと何よりです!
Unknown (ひで)
2011-07-05 01:15:02
やっぱり、子どもたちの元気そうな姿が嬉しいですね!

また、現地での情報をよろしく!
でも、あんまり無理しないようにねっ!
Unknown (ひでさん。宮地さん。)
2011-07-05 09:33:13
ありがとうございます。

お二人にも見て頂きたかった。あの輝きをを。

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