鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

小笠原・硫黄列島に海鳥を訪ねて①

2012-06-06 18:20:14 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All Photos by Chishima,J.
南硫黄島 以下すべて 2011年7月 東京都小笠原村)

日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより175号」(2011年8月発行)に掲載の「小笠原・硫黄列島に海鳥を訪ねて(前編)」を分割して掲載 写真を追加)


 海鳥に魅せられ、その姿を追い続ける者にとって憧れの海域というものが幾つかある。日本国内でその筆頭を挙げるならば、北海道は道東太平洋岸だ。沿岸ではエトピリカやケイマフリが繁殖し、沖に目を転じればアホウドリやミズナギドリの仲間がそれこそ世界中から集まる。高校三年の夏に釧路航路で出会った海鳥の乱舞とその後の道東の風景にすっかり惹かれてしまった自分は、18年を経た今も道東に棲んでいる。そんな憧れの海域の一つに、北海道とは対極の南に位置する硫黄列島(火山列島)周辺がある。東京から南に1000kmの小笠原諸島父島から更に南に300㎞。第二次大戦の激戦地である硫黄島を含み、現在では一般人の訪問は困難になってしまったが、戦前は集落もあり、籾山徳太郎(*注1)らによる精力的な鳥類調査もなされ、シロアジサシやナンヨウマミジロアジサシといった幻のような鳥たちも記録されている。小笠原までは10年以上前に一度行っているが、戦後閉ざされてしまった硫黄までは行くすべもなく、近年になって年に一度この海域を訪れるクルーズが行なわれていることは知っていたものの、参加は夢のまた夢と思っていた。
 しかし今年、7月頭に東京で開かれた野鳥の会全国会議に出席することとなり、調べてみると会議の数日後に硫黄クルーズが始まるというではないか。何という絶妙なタイミング!この機を逃しては一生行く機会は無いかもしれぬと思い立ち、参加を決意した。とはいえ、いつも通り申し込みは締め切り直前、宿の確保に至っては出発の前日に探し始めるという無計画旅行に変わりは無い。なお、このクルーズは小笠原群島へのフェリーを運航する小笠原海運株式会社が企画し、小笠原へ行くフェリーに乗り込んでそこから更に南の硫黄列島を目指し、途中小笠原での宿や旅程は自分で確保するという、半分団体ツアー、半分個人旅行みたいなものである。また、硫黄列島では島には上陸せず、船で島に接近しての観察となる。


カツオドリ♂成鳥
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7月6日:全国会議の後2日ほど群馬の実家で滞在し、久しぶりにコアジサシやゴイサギとじっくり付き合った後、昨日の午後東京に戻った。天気はずっと晴れ、気温は連日35℃前後まで上がっている。本来梅雨のこの時期は天気が悪く気温もそう高くはないはずだが、今年は空梅雨なのか。今朝も6時頃起床してホテルの窓を眺めると、眩しいほどの青空。コンクリートの街は既に灼熱の中にある。
 電車を乗り継いで竹芝桟橋へ移動。ターミナルに到着すると見渡すばかりの人、人、人…。伊豆諸島や小笠原への玄関口となるこの桟橋は混雑しがちなものだが、これほどの人は初めてだ。所々に「祝 世界遺産決定」の垂れ幕。そう云えば直前の6月24日に小笠原諸島が屋久島、白神山地、知床に次ぐ国内4番目の世界自然遺産に決定されたばかりである。それが効いているのか、とにかくターミナル内はごったがえしている。


おがさわら丸
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 何とか受付を済ませ、9時半近く「おがさわら丸(通称おが丸)」に乗船。おがさわら丸は6700トン、全長131mの大型の貨客船で、東京と父島を片道25時間30分で結んでいる。船は父島で3泊ほどして、東京出港の6日後再び帰って来るのが基本的な運航パターンである。したがって、小笠原を旅するには最低6日間が必要となる(繁忙期は増便もあるらしい)。10時竹芝桟橋出港。甲板は暑い上に人で混み合っているが、船が海面を滑り出すと舳先を渡る風が心地良い。レインボーブリッジやお台場、羽田空港等、普段テレビで見る景色を実際に眺めながら進む。観光客の多くは旅の解放感からか、午前中でありながらビールやチューハイの缶を片手に伴っている。無論僕とて例外でない。その中で異様な雰囲気を放っていたのは、巨大な望遠レンズ付きカメラを据えた三脚を大きく広げ、虎視眈々と周囲を伺っている一団である。鳥屋、否鳥カメラマンである。普段行けない海域に行けるこのクルーズには当然多くのバーダーも乗船しており、その大部分は某バードウオッチングツアー会社のツアー参加者だったようだ。当然といえば当然なのだが、彼らとは旅程の多くを共有する羽目になり、その面白い生態も垣間見ることになる。


東京湾を進むおがさわら丸
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 この時期の東京湾奥部の鳥はカワウにウミネコ、それに湾を横断するように飛んでいたチョウゲンボウくらいのものですぐに飽きてしまう。昼時となりレストランへ移動。多くの客はまだ甲板にいるためか比較的空いており、名物「島塩ステーキ定食」を食す。なかなかに立派な牛のステーキを小笠原の塩で頂く一品で、1300円という値段は船内にしては良心的だ。旅の終わりに打ち上げとしてと思っていたものの、可能な時に食べてしまおうという直感が働いてそうしたが、結果正解だった。以降はレストランの混雑や品切れでその機会は無かった。
 昼食を済ませ甲板に復帰すると、東京湾も終わりに近付いている。館山の洲崎灯台を過ぎ、右手には伊豆大島の島影。しかし現れる海鳥の大部分はオオミズナギドリで、たまにアナドリ。オオミズナギドリは夏から秋に道東近海でも多数見ることができるし、アナドリは小笠原近海に行けば沢山見られるはずである。テンションはいまいち上がらない。午後遅く三宅島や御蔵島沖を航行する頃にはカツオドリやオナガミズナギドリも現れ、繁殖地近海に浮かぶオオミズナギドリのラフト(*注2)も幾つも確認できたが、船はじき暗雲の中に入り、激しい風雨が甲板に叩き付けた。雨雲の直前、ミナミハンドウイルカとゴンドウ類(オキゴンドウ?)の混群を近くで見ることができたのはこの日の収穫であった。三宅島はアカコッコやイイジマムシクイ等鳥の島としてバードウオッチャーには名高いが、火山の島でもあり、2000年の噴火では全島民が島外へ避難した。御蔵島は三宅島の南に位置し、島を覆う原生林の林床は国内でも有数のオオミズナギドリの繁殖地となっている。


御蔵島
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ミナミハンドウイルカゴンドウ類
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 以降は船内で?みながら読書や昼寝をし、夕方6時頃八丈島と八丈小島の間を通過中とのアナウンスに再度甲板に立つ。八丈小島の属島ではウミネコやカンムリウミスズメが繁殖するというが、白波立ち暗雲垂れ込める海上に鳥の姿は無い。もっとも南の地ではカンムリウミスズメはもちろん、ウミネコも既に繁殖を終えているのだろう。じきに暗くなり、再度船内で一人宴。船内で酒を飲むのも人口過密のおが丸では一苦労だ。あてがわれた二等船室のスペースは寝返りも打てない狭さである。せめて両側が麗しき美女とかならそれでも結構なのだが、当然どちらも爺さんだ。仕方ないのでラウンジ等で飲むことになるが、その場所取りも中々に熾烈で椅子やソファーは常に埋まっており、床に僅かな空きを見付けて潜り込むのが精一杯。それでも両側の爺さんと触れ合いながらよりは良い夢が見れそうなので、この日はここを寝床とすることにした(要するに酔いつぶれたということだ)。

*注1 籾山徳太郎(もみやまとくたろう):日本橋の商家に生まれ、戦前には貿易で財を成し、伊豆諸島や小笠原諸島を中心に各地で鳥類標本の採集を行なって鳥類学者としても名を上げる。戦後は商売の失敗により苦労したが、明治神宮探鳥会の指導者として活躍したという。彼の採集した約8000点の標本の多くは山階鳥類研究所に所蔵されており、またフクロウの本州北・中部産亜種モミヤマフクロウにその名を残す。
*注2 ラフト(raft):海鳥や水鳥、ラッコ等が集団で水面に浮遊しているものをそう呼ぶことがある。元々の意味は「イカダ」。


八丈小島
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(2011年8月   千嶋 淳)



フルマカモメ(その1) <em>Fulmarus glacialis</em> 1

2012-06-06 15:47:15 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
フルマカモメ暗色型 2011年7月 北海道厚岸郡浜中町)


 北太平洋と北大西洋で広く繁殖するミズナギドリ類。和名や英名、属名は、古ノルウエー語の「悪臭のするカモメ類」に由来する。「カモメ」というものの、嘴基部の上部に管鼻の開口する、れっきとしたミズナギドリの仲間である。本種には暗色型(Dark Phase)と淡色型(白色型;Light Phase)の2つの型が存在し、前者は全身灰褐色で下面はやや淡色、後者は上面が淡灰色で下面は白色を呈す。北太平洋では、アジア側でもアメリカ側でも分布域の南部で暗色型、北部で淡色型が卓越し、オホーツク海北部やベーリング海では淡色型が優占する。分布域の南限に当たる日本近海では殆んどが暗色型で、淡色型は稀に見られる程度であるが、根室海峡では淡色型の頻度がやや高いように思われる。
フルマカモメ淡色型
2011年8月 北海道厚岸郡浜中町
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 2つの型の分布は、南北の緯度だけでなく、淡色型は大陸棚と寒流帯、暗色型は深海域と外洋域を好む傾向のあることが、ロシア人研究者によって指摘されている。2つの型の南北による分布の違いは北大西洋では逆転し、南側ほど淡色型が多い。そのため、英国等で撮られた本種の写真には淡色型が多い。


フルマカモメ淡色型

2011年5月 北海道厚岸郡浜中町
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2008年5月 北海道目梨郡羅臼町
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 淡色型は内側初列風切と初列雨覆の白い部分が白斑を形成するが、その大きさは個体によってまちまちである。配色や飛び方は独特で、他種と見誤ることは少ないが、サイズや全体的な雰囲気がカモメ類のように見えることがある。


(2012年6月6日   千嶋 淳)