鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

アラナミキンクロのメスの識別について

2007-03-20 22:25:28 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
アラナミキンクロのメス(右)とオス 以下すべて 2007年3月 北海道)


 ここ数年、アラナミキンクロのオスが1羽越冬する漁港に、今年はメスも飛来しているという話を聞いたのは2月の中頃だった。オスは北海道では割と見る機会があるものの、メスは記録自体少なく、私自身は見たこと無かったので是非見たいと思いつつ中々行けないでいたが、先日晴れて見ることができた。メスは国内の図鑑では写真が載っているものも少なく、イラストや記載も不十分に感じるので、ビロードキンクロとの識別も合わせてここに紹介する。

 アラナミキンクロの雌雄は漁港内で活発に潜水して貝類を捕食しており、すぐに見つかった。メスの第一印象は、「後頚が白くない…」というものだった。アラナミキンクロのメスというと、例えば「フィールドガイド日本の野鳥」のイラストにあるように、オス同様の白斑が後頚にあり、それが識別上の特徴になると思っていたからである。しかし、目の前で泳いでいるメスの後頚は、どう目を凝らしても周囲と同じ黒褐色。この点については、帰宅後に開いたMullarneyらの「Collins Bird Guide」やMadgeらの「Wildfowl」等に納得の行く記述があった。メスの後頚の白斑はオスに比べると小さく、不明瞭である上に無い個体もいるらしく、更に幼鳥では認められないとのことである。今回観察した個体は白斑の欠如に加え、頭頂部の黒色みが強い、頬から下がやや淡色であることから幼鳥(第1回冬羽)であると考えられる。メスの写真が掲載されている数少ない国内の図鑑の一つ、「日本の野鳥590」の個体は、白斑の欠如をはじめ同様の特徴を持つことから、やはり幼鳥ではないだろうか。「日本の鳥550 水辺の鳥」に写真の掲載されている、顔が一様に黒褐色で後頚に白斑のあるものがメス成鳥と思われる。


アラナミキンクロのオス
北米の鳥で、日本での初記録は1970年と新しい。
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アラナミキンクロのメス(その1)
国内でのメスの確実な記録が出てきたのは、近年ではないだろうか。背後は二枚貝をくわえて浮上したクロガモのメス。
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 港内にはビロードキンクロのメスも1羽いた。冷静に考えれば、ビロードキンクロ以外の何者でもないのだが、現場で見た時は「アラナミのメスが2羽??」と混乱しかけた。というのも、このビロードキンクロは翼を折りたたんだ状態で次列風切が見えなかったためである。通常、前述の後頚の白斑と次列風切が2種の識別において大きな特徴とされる。すなわち、ビロードキンクロでは次列風切が白色なのに対して、アラナミキンクロでは周囲と同様の黒褐色なのである。それが見えなかったので迷ったわけだ。羽ばたきをしたり、潜水のために翼をすぼめる時には次列風切が見えるので、そうしたチャンスを待とうと思ったが、アラナミキンクロの観察をしているうちにこの個体は姿を消してしまった。
 何枚か撮っておいた写真をもとに、前掲のCollinsのガイドやKaufmanの「Advanced Birding」等いくつかの洋書を調べたところ、2種は顔に着目することによって容易に識別できることがわかった。注目点は大きく2つあり、1つは嘴と顔の境目のラインである。アラナミキンクロではこの部分は垂直で切り立って見えるが、ビロードキンクロでは境目は上方から中ほどまで垂直に落ち込んだ後、緩やかに後方(顔側)に入り込んでいる(実はこの点は「フィールドガイド日本の野鳥」のイラストでも図示されていた)。もう1つは目前方の白斑の形で、嘴境目のラインとも関連して、アラナミキンクロでは縦長だがビロードキンクロでは楕円形に横長である。


アラナミキンクロのメス(その2)
ビロードキンクロ・メスとの識別については、本文を参照。
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ビロードキンクロのメス
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 遊泳時には折りたたまれた翼の、次列風切が見えないことは往々にしてある。北米の図鑑では比較的古いものでも、2種の顔の特徴は正確に描かれているので昔から知られていたのだろうが、日本の図鑑ではこの識別点を強調したものは無いように思う。従来、アラナミキンクロのメスの記録が少ないのは、後頚の白斑を欠き、次列風切が見えない個体が、それなりに距離のある波間に浮かんでいたりする時には見逃されてきたということもあるのかもしれない。


アラナミキンクロ・オスの飛行
雌雄ともに翼上面は一様な色で、白色部は無い。
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ビロードキンクロのオス
ビロードキンクロ属 Melanitta (国内では他にクロガモ、アラナミキンクロ)は、皆独特な嘴をしており、オスでは特に顕著だ。各々の採餌や繁殖の習性と結び付いているのだろうか?
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(2007年3月19日   千嶋 淳)