昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(四十八) 一と二

2012-10-14 12:19:24 | 小説

(一)

小夜子の初お目見えに、店内は蜂の巣を突付いたような騒ぎとなった。
ある者は絶叫し、ある者は万歳をし、また中には泣き出す者も居た。

「見えたぞー! 奥さまが見えたぞー!」
「ばんざーい! 社長ー、ばんざーい!」
「あぁぁ、シャチョー! いや、もう!」

奥の事務室からも、どっと出てくる。
そして、皆口々に囃す。
「かわいぃぃ! お人形さんみたいぃぃ!」
「素敵ぃぃ! お姫さまだわぁ!」
「そうよ、そうよ。富士商会のお姫さまよ!」

顔を真っ赤にして、武蔵の背に顔を隠す小夜子。
まさかこれ程に歓待されるとは、思いも寄らぬことだ。
武蔵の妻としての小夜子だ、拍手ぐらいはあるだろうと思ってはいた。
しかし、この歓声。

武蔵の背から降りた小夜子。
ぴったりと背に張り付いて、顔を隠している。
「ほら、みんなに挨拶しろ。
みんな、待ってるぞ。」

武蔵に急かされて、おずおずと背から顔を出した。
「奥さま、お待ちしていました。」
と、花束が贈られる。
顔を真っ赤にしながら、受け取る小夜子。

かつての小夜子なら、至極当然のことと傲慢に受け取った。
いやそのように振舞った。
“弱みを見せたらだめ!”

その思いが、小夜子をして傲慢な態度を取らせていた。
しかし今、小夜子を敵視する者は居ない。
小夜子を見下す者も、勿論居ない。
どころか、心底から小夜子を歓迎している。



(二)

「うっ、うっ、うぅぅ」
むせび泣く小夜子に、
「どうした、小夜子。
見ろ、みんながお前を待ってたんだ。」
と、声をかける武蔵。

「がんばってください、奥さま。」
最古参事務員の徳子が声をかけた。
意外な言葉に、武蔵が驚いた。
五平は、ニヤニヤと笑っている。

昨夜、五平と徳子の間で交わされたやりとり。
武蔵は知る由もない。
「いいか。社長の愛人でいたかったら、よく考えることだ。 」
「どうしてあたしじゃ、ダメなの? 
いつかは奥さんにしてもらえるって、そう信じてきたのに。」

「ふん。社長にそう言って貰えたのか? 」
「いえ、それは。
でも、それを信じて縁談話も断ったし。」
口を尖らせ小声で、口にした。

「おいおい。それを俺に言うのか? 
俺が知らないとでも、思っているのか!」
ギロリと睨みつけられて、思わず目を伏せた。

「去年の春だ、お花見がてらのあれは、一体なんでしょうかね。
えぇ、徳子さんよ。まあ、いい。
どうせ、小夜子さんを見たら、お前さんも納得するさ。」


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