当初ぱらぱらと拾い読みをして、とっさに出た言葉は「…パワフル!」だった。
・昼休み防塵マスクのゴムの跡くっきりさせて社食へ向かう
・ミドリ安全帯電防止防寒着「男の冬に!」の袋を破る
・展示会「研究職」の札下げてなるべく老けて見える化粧で
個性的な職場詠だ。現場でも働く理系の研究職らしい。情緒的な言葉が無く、事実を淡々と力強く積み上げてゆく姿勢が心地良い。
・軍手にはピンクと黄色と青があり女性の数だけ置かれるピンク
会社は「女性にはピンクがいいだろう」と考慮してくれているのだろうけれど、でもこの決めつけってどうなの?…そんな呟きが聞こえてきそうだ。
・3Lのズボンの裾をまるめ上げマタニティー用作業着とする
マタニティー用作業着という代物を持っていないから、私はこうして仕事するのだという気概を感じる。これらは正に働く女性のハードボイルド短歌だ。同じ姿勢はさらに子や育児への視線にも貫かれる。
・軍手越しに触れて昇温確かめる子どもの額に手をやるように
・どんぐりが通貨単位の商店に息子から買う虫の死骸を
・週末にルンバのゴミを捨てるときレゴの男の身体が混ざる
子を直にうたわず、その関連の物を通すことで子への愛情を浮かび上がらせている。
・子を抱いて眠った腕で真昼間はモーターを抱きケーブルを抱く
印象深い一首。子を抱く…とくれば、私は河野裕子の「子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る」を思う。子への愛は河野も奥村も同様にマックスなのだが、奥村は河野のような情熱は直に出さず、職場での感触を通して子をこんな風に描く。距離を置いた冷静な見立てであるが故に、逆に子への愛を強く感じさせてくれる。こうしたところが歌の世界の面白さでもある。
・パレードの山車で手を振る姫たちのスカートの中の安全ベルト
・ディズニーのジャングルの川を行く船に塩素のにおいのする波が立つ
職業柄なのだろう、ディズニーランドへ行ってもこんなことを思ってしまう。隠れている事実を冷静に見据える目を感じる。
・ひとつずつ服を絞れば古代から女がやった動きを思う
・ガリガリとコーンフレーク噛む息子暴力は主に男が担う
俯瞰的に見た「男」「女」への思い。男らしさ、女らしさの概念が大きく変容している現代である。ジェンダーとして読むよりも、男優位の職場世界を真っ直ぐ生きる女性の素直な心として私は読みたい。
『工場』
書肆侃侃房
2021年6月10日発行
1700円(税別)
2021-11-26
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