たけじゅん短歌

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上原良美『油小路七条上る米屋町』-協調性あるが緻密とは疎遠-

2022-07-23 19:07:36 | 書評

・司馬遼太郎記念館の蔵書見て病気なのではないかと思う

あまりに大量な蔵書への驚きだと分かるが、こうした感慨への持って行き方がなんともユニークで独特だ。

・為せば成る、為さねばならぬ極月のボーボワールは丈夫な女

おそらくこの作者はボーボワールの詳細は知らない。なぜ「丈夫」なのかをもし訊ねれば、きっと「私もよう分からんねんけどな、ボーボワールいう音からして、なんかいかにも丈夫そうな感じせぇへん?」と返ってくるに違いない。だから上の句との関連性を問うても全く意味が無い。短歌は「語感」の文芸でもあるから、見方によってはとてもまっとうな歌かもしれないのだ。

・何となくいんちきっぽい朝がきてごそごそと履く赤いくつ下
・魚屋の串谷さんの二代目のポチはインテリ 空を見ている
・狂わない電波時計が狂ってて誰にともなく勝ったと思う

言葉の繋げ方やユーモアのズレ加減に、思わず「そやからどやねん?」と読み手側の脳が制御不能になってしまう。こうした世界は堅い頭でもって捉えてはいけない。一首を丸ごと両腕でドンと引き受ける度量と感性が必要だ。

・千年の古都にぐいっと割りこみぬ我と真白き三輪自転車
・芋積んで米積み子も積み春の日の三輪自転車おっとっとっと
・修理をして乗っては修理をして乗って二十七年 三輪自転車

愛用の三輪自転車、上原号と呼ばれているらしい。この連作が19首あり、すべてに「三輪自転車」が入っている。幼児を運ぶ、買い物…なにをするにも自分の足の延長のようだ。
・炊きたてのご飯のうえに海苔のせてまんまとジジイになるつもりだな
・真夜中に私の布団を引っぺがしきれいにしゅっしゅっとしなくていいよ
・ハロー周三わたしの周三きのうよりちょっと禿げてる今日の周三

夫の歌。2013年心の花賞の「俵万智賞」受賞の連作である。(私事だがこの年、私の応募作は俵万智賞次点、つまり上原のこの溢れる才の前に完全KOをくらわされた)。

修辞としては「パーレン(丸括弧の記号)」の使い方が巧みだと感じた。

・誰かに言いたい(いったい誰に)アメリカン こんな感じという風のなか
・おばさんはフツーにマダム(だとしても)言われるたびにめっちゃええやん
・行先も告げずにあなた靴はいて(どこで買ったの?)出てゆく真昼

パーレンには補足のような、呟きのような機能がある。加藤治郎は自著「短歌レトリック入門」でパーレンの機能を「つぶやき(うわごとか?)のような自問自答のような微妙な感じ」と紹介している。上原はこの記号の本質を理解している。究極の使用例は、一首全部を括ってしまった下記だ。

・(なつかしいヒットソングを聞きながら十二指腸も病んでおります)
全体をつぶやきとして包んでしまいたい心だったのだろう。

歌たちも独特なら、その製作手法もまた異色である。イラストとフォントはふたりの息子さんが手がけた。そして印刷、製本はすべて夫の周三さんが引き受けている。職人気質のとても器用な方なのだ。つまり家族総出のホンマの私家版歌集である。今でも製作は続いているとかで、日々、発行部数が増え続ける歌集なんて初めて出会った。

著者略歴の最後には「協調性あるが緻密とは疎遠」とある。正に一冊全体がそんな感じでまとめられているようで、大いに納得させられた。

『油小路七条上る米屋町』
上原工房(私家版)
発行2021年12月10日~
2022-07-23

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